150 ニューモデル
順調に基地の攻略を進める聡史たち・・・・・・
香港の主要拠点がイギリス軍特殊部隊の急襲を受けているという情報を得た中華大陸連合統合軍深セン基地は、即座に行動を開始しようと人員の動員を開始する。香港内部には多数の統合軍や情報機関に所属する工作員が潜入しており、そこからかなり具体的な情報内容を聞き取り終えていた。
香港に隣接した深セン基地は、中華人民共和国時代から度々繰り返されてきた香港における反政府運動を鎮圧する拠点で、時には香港警察の制服を着用したり、また時には直接国境を越えて現地に乗り込んで弾圧を行っていた。香港市民からは最も憎しみを集めている存在といえるであろう。
だが、基地の隊員たちは今回の出動に際して緊張した面持ちをしながら装備を手に取っている。今までは、精々石や火炎ビンを投げてくる一般の民衆が相手の楽なお仕事だったのが、これから対峙しようというのは秘密裏に潜入を果たしたイギリスの正規軍なのだ。当然相手が所持している装備は桁違いに強力なのは、全員が承知している。相手が相手だけに、今度こそは自分たちも無事には済まないであろう・・・・・・ この認識が隊員の表情にこれまでには見られなかった緊張を齎しているのだった。
「おい、いくらなんでも状況がヤバ過ぎないか?」
「まさかすぐそこまでイギリス軍が上陸しているとは・・・・・・」
「香港の連中は敵に内通して裏切っていやがったんだ!」
「ここで死ぬ訳にはいかないんだ! 婚約したばかりなのに」
だが彼らの会話はこれ以上は続かなかった。突如兵舎の建物が押し潰されたかのように崩壊する。天井から巨大なコンクリートの塊が頭上に崩落して、兵舎にいた隊員は全員が声も上げられないままに圧死した。当然この突然の崩壊は兵舎だけには留まらない。基地内にある建物が残らず一気に巨人が踏み潰したかのように瓦礫へと変わっているのだった。崩壊の轟音が収まると、そこには風が通り抜ける音だけしかなかった。
その直前、基地の外では・・・・・・
「グラビティー・エクスプロージョン!」
美鈴の手から100Gの重力がこめられた光のオーブが浮かび上がると、上空をふわふわと漂いながら基地の内部にある建物へと向かっていく。その頼りない動きにも拘らず、オーブ内には大魔王謹製の極大重力魔法が仕込んであるから、発動した瞬間にこの場は地獄絵図となる。
パチン!
美鈴が指を鳴らすと、光は次々に建物の屋上に舞い降りて破裂する。一つ一つに内包される強烈な重力は一瞬で消え去るが、それが1000個集まると簡単に建物を崩壊に導いていく。
ズズーン! ガラガラガラガラ! ズーーン!
土煙が消え去ると、その場にあった鉄筋5階建ての管理棟は地下までめり込んでいる。地下施設までまとめて押し潰したんだろうな。周辺の2階建ての兵舎ももれなく平屋の高さ以下の瓦礫に変わっている。中にいた兵士はよほどの幸運がない限りは即死しているだろう。どうもご愁傷様です。
「美、美鈴! 一体何がどうなっているのよ?!」
「マギーは何をそんなに慌てているのかしら? 増幅した重力で押し潰しただけよ」
「規模が大き過ぎて意味がわからないわよ! どんな術式なのか教えなさいよ!」
「フィオが得意な術式にアレンジを加えただけよ。詳しい仕組みはフィオに聞いたほうがいいでしょうね」
美鈴は面倒だからフィオに丸投げを敢行している。マギーは魔法も使えるけど、一目見れば術式を理解可能というレベルではないからな。これだけの大魔法になると、色々と教えてもらわないと術式の内容を理解できないんだろうな。
「ということはフィオに教えてもらったら私もこの魔法を使用可能になる訳よね!」
「それは難しいんじゃないかしら。今放った1発で魔力を2千万使用しているから」
「私の全魔力量を大幅に超えているじゃない! なんで日本の帰還者は揃いも揃ってこうも理不尽なのかしら! 開いた口が塞がらないわよ!」
「マギー准尉、大魔王に対する苦情はそろそろお仕舞いにして欲しい。元々存在自体が理不尽の塊なんだから、いまさら何を言っても始まらないぞ。それよりも次の目標に向かうから車両に乗り込め!」
司令がマギーのよく回る口を封じたな。さすがのマギーも司令には逆らえないようで、素直に駐車してあるワゴン車に向かっている。おや、レイフェンが美鈴に何か話しかけているぞ。
「大魔王様、相変わらずお見事でございますな。ところで大魔王様に不遜な態度をとるあの小娘はこのまま見逃してよろしいでしょうか?」
「レイフェンよ、捨て置けばよかろう。今は味方同士であるぞ」
「御意」
やっぱり物騒な内容だったか。レイフェンは美鈴に接する態度が悪い者には厳しく目を光らせているからな。忠義に溢れているのは結構なんだけど、時々行き過ぎがあるから要注意だよな。
ともあれ第1目標は美鈴の魔法が炸裂して僅か5分で殲滅を終えた。まだ先が長いから、1箇所にそうそう時間を取れないんだよな。さあ、次の基地に向かうとするか!
話しはまったく別になるが、人間は生物学的に見て自然進化の極限に到達しているという説がある。
地球上の他の動物、ことに近種の哺乳類や霊長類と比較して、人の脳容量はこれ以上増える余地がないであろうと言われている。だが、実は進化の極地にあるとされている人間も、現在のように文明を発展させて安定した生活を営むに当たって部分的に退化している機能も存在する。それは自然にそうなったのか、若しくはなんらかの神の意図があったのかは全くを以って不明である。
具体的な例を挙げれば、人間と最も種族が近いゴリラやチンパンジーの握力は200~300キロと言われている。これは樹上生活をする際に木から木に飛び移る体を支えるためには必須であろう。当然それを支える腕力や背筋力も人間よりも霊長類の方がより大きな力を発揮するように、身体機能が形作られている。
逆に人間は2足歩行を開始して樹上生活を放棄した時点で、上半身よりも立ち上がって歩くための下半身の筋力が発達するように進化したと言えるだろう。こうして進化の道のりで環境に適合可能なように体を作り変えてきたのが、一般的な進化論の考え方だ。
このような中でイヌの嗅覚は非常に優れているが、人間の嗅覚はその何万分の1しか役に立たないように、進化の過程で退化若しくは後退してしまった能力も存在する。これは感覚器官が受け取った周囲の情報を処理するためではなくて、脳のリソースを記憶や思考、コミュニケーションに使用する方向で進化してきた影響ではないかと考えられている。環境から与えられる情報処理を最低限に留めて、その分を人間独自の使用法に限定して脳内活動を割り振っているという、言われてみれば至極もっともな理論だ。
もし人間らしい思考力と野生の動物が持っている強大な力や鋭い五感を持ち合わせているとしたら、それはどのような存在なのか・・・・・・ 実はその答えはこの小説に登場している。
人間が太刀打ちできない強大な力と野生動物を思わせる素早さ、そして鋭い五感の持ち主こそ、何を隠そうさくらである。普段大して頭が働かないのは、周囲から受け取る環境情報が多過ぎて、常に脳がその処理に追われているのかもしれない。これは本人にしかわからないから、真偽の程は定かではない。
仮にこの理論を推し進めていくと、人類が新たな進化を目指すとしたら、ある意味では異世界からの帰還者こそがその鍵に成り得るのではないだろうか。彼ら、彼女ら帰還者の子孫がその能力を何らかの形で受け継いでいったのなら、それは新たな人類の可能性に成り得るかもしれない。逆に、能力は遺伝することなく一代限りで終わってしまうものかもしれないが、この辺は一体どうなるのかはまだ解明が行われていないので、現時点では何とも言えない所である。
人間の進化と帰還者の関わりについて長々と述べさせてもらったが、実は人間を進化させていく方法は何も帰還者が鍵という説に限定されている訳ではない。それは20世紀後半から始まった遺伝子ゲノムの解析が完了すると同時に、世界各国で様々な形で研究が開始されていた。
人為的に遺伝子を操作して、病原菌やウイルスに耐性を持った新たな人類の可能性や、高い放射線や高温、低温という過酷な環境下でも生きていける生物の遺伝子を他の生物が取り込むとどのようになるかという基礎研究が、各国の最先端の生命工学の研究所で行われてきた。
もちろん各国は生命倫理規定に従って研究を進めているのだが、そのような規定など最初から無視をする国家も当然存在する。その筆頭に挙げられるのが中華人民共和国といえよう。国民の人権など最初からないこの国では、すでに全国民の遺伝子情報をデータベース化しようという試みが始まっているという噂が聞こえてくる。
15億人に上る膨大な遺伝子情報を得て、一体何をしようというのであろうか? 実はこれが何を意味しているかというと、臓器移植用のクローン人間の作成と、人間を超える存在を作り出そうという最終的な結論に行き着くのは自明の理であった。そして中華人民共和国が崩壊した後も、中華大陸連合の手によってこの研究は国家プロジェクトとして推し進められていた。
わかり易く説明すると、遺伝子に手を加えられた〔デザインベイビー〕と呼ばれる受精卵が、政治犯などの名目で当局に拘束された若い女性の子宮に強制的に着床されて、妊娠、出産を大量に行っているのだった。これは2010年代から始まった動きで、現在もこのような本人が望まない形での妊娠や出産が年間1万件以上秘かに繰り返されている。
この悪魔のような研究が開始されて早20年、こうして誕生した新たな能力を持つ人間は第1世代から第3世代までが実戦配備されて、その数はすでに1000人以上となっていた。遺伝子に手を加えられた子供が誕生するとすぐさま特殊な施設に収容されて、その能力に合わせて幼少の頃から特別な軍事訓練を施される。その結果帰還者と同様な様々な能力を持つ人間兵器が大量生産されていくのだった。
中華大陸連合ではこれらの人工的に作られた新たな人類を〔新形態〕と呼んでいる。日米連合、殊に日本の帰還者と米国の強大な兵器群に押される一方であっても、未だに中華大陸連合が強気な態度を保っているのは、広大な大陸内部に敵兵力を引き込んだ後に、ニューモデルを動員して決戦に及ぶという奥の手を隠し持っているからに相違なかった。
深センの北北東約20キロに東完市という人口800万人が住む街がある。この街の南部には深セン基地をバックアップしながら南部最大の都市広州の防衛ラインとして東完基地が築かれている。そして同基地には10人のニューモデルが配備されているのであった。彼らは与えられた区画ですでに戦闘準備を整えている。すでに東完基地にも香港がイギリス軍に占拠されつつあるという情報が齎されているのだった。
「どうやら香港が危ないらしいな。俺たちも出撃するのか?」
「まだ命令は出ていないが、準備はしておこう」
「俺たちはどうせ戦うしか能がないんだ。こんな人生にどんな意味があるのか知るためには、戦い抜くしかないんだ」
「面白くない人生だから、一思いに派手に散ってやろうぜ」
「どうせなら敵も道連れにしよう。そうすれば一人でも多くの仲間が助かるから」
ニューモデルは一箇所の訓練施設に収容されて厳しい訓練を乗り越えてきただけあって、仲間意識が非常に高い。だがその一方で人としての安らぎや楽しみが全く与えられなかったので、自分たちは何のために生きているのかを深く考える動機に欠けていた。個人とか自分といったパーソナリティーの形成に大きな欠陥を抱えているといえよう。
その理由は社会から完全に隔離されて、あまりに与えられる情報が少な過ぎたためだ。戦うことしか知らない残酷な宿命を背負った、まだ20歳に満たない少年たちだった。そんな中で唯一の少女が彼らを励ますように声をあげる。
「みんな、とにかく生きて戻るのよ。生きていればきっともっとマシな生活を送れる筈だわ。どんなことがあっても生き抜いて!」
「そうだな、9号が言う通りだ。俺たちは生きて戦うことしかできない。だったらせめて出来ることを精一杯やろう」
「そうだな。俺たちは外の世界がどうなっているのかも知らないんだ。戦いが唯一外と触れ合えるチャンスだからな」
彼らには名前すら与えられていなかった。互いを呼ぶ手段は番号しかない。厳重に監視されて逃げ出すことも不可能だ。というよりも幼い頃から反抗する感情を持たないように育成されてきたので、上官の命令を絶対的なものだと考えている。このような不幸な少年少女が多数中華大陸連合には存在するのだ。
だが世界に目を広げると、意外にこのような少年兵は多数いる。大部分がアフリカや中東で誘拐された子供がゲリラや軍隊として戦う教育だけを受けて育っていくという不幸な事例だが、このような子供たちが後を絶たないのは人間の持っている本質的な部分に何らかの問題があるのではないかと考え込んでしまう。
こうして装備を整えたまま、彼らは命令が下るのをひたすら待つのだった。
一方、深セン基地を殲滅した聡史たちは・・・・・・
現在俺たちは次の攻略目標である東完基地を見下ろせる高台にやって来ている。ここに来るまで検問の類は一切なくて、ワゴン車は到ってスムーズに道路を進んできた。司令が双眼鏡で3キロ先の東完基地の様子を観察している。
「どうやら出動の準備をしているようだな。深セン、若しくは香港の情報がすでに伝わっていると考えていいだろう」
「司令、また美鈴の魔法で終わらせるんですか?」
「いや、それでは少々運動不足だろうから、いつものように殴り込みを仕掛けるぞ!」
そうだろうと思ってましたよ! この人が目の前にぶら下がった暴れる機会をむざむざ見逃す筈がないだろう! 香港に隣接している深センは攻略を急ぐ必要があったから美鈴が大魔法で片付けたけど、ここから先は俺たち肉体労働者の出番だよな。
「最初に出撃準備を整えている車両を魔力銃で破壊する。人員は後回しだな」
「了解しました」
一番手っ取り早いのはこの高台から俺が魔力バズーカを放つことなんだけど、どうやらそれでは面白くないというのが司令の考えだからしょうがないな。さて、ワゴン車でもう少し接近しましょうかね。
俺たちは車に乗り込んで、高台から降りていく。道が平坦になると、東完基地は目と鼻の先だった。
「先頭は楢崎訓練生に任せるぞ。敵のどんな攻撃でも撥ね返すから、絶好の盾役だ」
「司令、お言葉ではありますが、それはちょっと酷いのではないでしょうか?」
「だが事実だろう」
「はい、事実です」
ということで否応なく俺が先頭に立って基地に向かって歩き出す。正門にはどこの基地にもあるように1個中隊が警戒に当たっているな。彼らは戦闘服を着込んで無用心に接近してくる俺たちをてっきり味方だと勘違いしているようだ。だがさすがに30メートルまで接近すると、胸にある日の丸のマークを理解したようだ。
「敵襲だぁぁ! 日本軍が現れたぞぉぉ!」
「撃て、撃て!」
「相手は少数だ! 一気に決着をつけろ!」
小銃から連続で撃ち出される弾丸がまるでシャワーのように俺の体に向かってくるが、魔力の壁に阻まれて全て力なくバラバラと音を立てて地面に落ちていく。
「なんだと! なぜ銃が効かないんだ!」
「なんとしてもこの場で食い止めろ!」
「化け物だ!」
人を化け物扱いとは酷い話だな。それじゃあ化け物らしく、こちらからご挨拶しようかな。俺は右の拳を軽く引いて前方に打ち出していくと、その手に纏わり付いていた魔力が千切れて飛び出していく。
ズドドーン!
1個中隊を巻き込んで大爆発しているな。正門の周辺に立っている者はもういない。すかさず美鈴がヘルファイアーで死体を片付けていく。万一息があって後ろから撃たれるのはご免蒙りたいから、こうして灰になるまで燃やし尽くすのだ。
「よし、奥にある車両に狙いをつけろ!」
俺の後ろに隠れていた司令が真っ先に飛び出して魔法銃を構えると、次いでマギーも同様に魔力弾を撃ち出していく。へえ、アメリカ製の魔法銃はかなりの性能だな。演習では何度も目撃していたが、こうして実戦で車両を吹き飛ばすのは初めて見たぞ。
あっという間に戦車と装甲車の一群は大破横転して、炎を上げて燃えている。慌てて駆け付けようとする兵士も司令とマギーの魔力銃掃射によって無抵抗で薙ぎ払われて、ついでに二人は建物へ向けて発砲を開始する。無慈悲だよな! あっという間に建物は倒壊して、その場には無数の死体と瓦礫しか残っていない。いつものように美鈴がヘルファイアーを放って、土魔法で瓦礫を片付ける。ここまでは流れるように手馴れた一連の作業だ。
「どうやらこれで終わりか・・・・・・ まだだな、奥から少人数がこちらに向かってくるようだ」
「最後の特攻でしょうか?」
「わからんな、通常だったらこれだけの戦力差を見せ付けられれば、あのような少人数は降伏する。敢えてこちらに向かってくるのはそれなりの理由がある筈だ」
まだ相当に距離があるが、司令は魔力銃を構えて1発お見舞いする。だが彼らは撃ち出された魔力弾を身軽に避けながら速度を落とさずに依然としてこちらに向かって走る。俺はその様子を観察しながらとあることに気がついた。彼らの目が意思の光を宿していないのだ。
どこかで見た光景だと思ったら、異世界で自爆攻撃を行った宗教国家の魔法使いたちがこんな目をしていたな。彼らは宗教という名の元に洗脳されて、死すら厭わない機械のような目をしていた。こちらに向かってくる連中も、全く同じ目をしている。
「司令、俺が相手をしていいですか?」
「楢崎訓練生が自ら申し出るとは珍しい。いいだろう、貴官に任せよう」
司令から許可を得た俺は美鈴に一声掛ける。
「美鈴、連中の正体が不明だ。自爆も有り得るかもしれないから全員をシールドで包んでくれ」
「わかったわ、聡史君も気をつけてね」
「俺を誰だと思っているんだ? それじゃあ行ってくる」
まだだいぶ距離があるから、俺も自分から彼らとの距離を詰めるべく歩き出す。果たして何者なんだろうかという疑念だけが俺の脳裏に浮かぶのだった。
姿を見せた少数の敵、ニューモデルに対して聡史は一体・・・・・・ 続きは明日投稿する予定です。どうぞお楽しみに!
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