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15 テロリストの行方

スクランブル交差点での戦闘が一段落して、主人公たちは残ったもう1人の帰還者の元に向かいます。そして結末は意外な方向に・・・・・・



「兄ちゃんたち、こっちに居るよ!」


 妹の案内で公園の奥に進むと、そこにはすでにシックスが木から降り立って俺たちを待ち受けているかのような目でこちらを見ている。だが彼女からは殺気も戦う意思も感じない。どうも様子が変だなと思いつつ、俺たち3人は彼女が居る場所に近づいていく。



「ようやく来てくれたか。急に追いかける気配が消えて見失ったのかと思って心配したぞ」


「途中で色々あってな、だがお前の気配はしっかりわかっていたからちゃんとこの場に来れたぞ」


 妹が屋台から流れてくるいい匂いに惹かれて買い食いしていました! なんて正直に言おうものなら殴り掛かられそうだから適当に誤魔化しておこう。って、このアホ妹が! 買い食いしたのはクレープだけじゃなかったのかよ! いつの間にかアイテムボックスからドネリケバブを取り出して食い始めやがった! 見ろ、シックスが変な目でお前を見ているぞ。



「ま、まあいいだろう。お前たちが揃ってこの場に来たということはセカンドはどうなった?」


「すでにあの世に旅立った」


「やはりな、ヤツは実力以上に気位が高い男だった。私の目から見ても絶対にお前たちには敵わないだろうという判断は正しかったようだな」


「戦う意思がないようだが、わざわざ話をするために俺たちを待っていたのか?」


「正直に打ち明ければその通りだ。私はこの国に来て1人になれるタイミングを待っていた。戦いの最中にうまく離脱してこうしてお前たちと話がしたかった」


「なるほど、どんな話か聞こうか。つまらない時間稼ぎは無駄だぞ」


「まずはこの幸運を神に感謝しないといけないな」


 シックスは目を閉じて両手を組んで祈りの言葉を口にしている。その呟きの中には『アラー』というフレーズが混ざっている。あれっ? アラーってイスラムの神様だよな。中華民族にもイスラム教徒って居るのか? 祈りを終えたシックスは俺たちを正面から見つめながら話を始める。


「私は現在表向きは主席直轄帰還者部隊の所属だが、異世界に旅立つ以前は全く別の肩書きを持っていた。『ウイグル自由闘争連盟』の闘士というのが私の本来の肩書きだ」


「ウイグル? 世界史の授業で聞いた記憶があるな。えーと・・・・・・」


「中央アジアに広く分布しているトルコ系の遊牧騎馬民族、中国の侵攻によって新疆ウイグル自治区として併合されているわね」


 さすがは学年トップの美鈴さんです! こんな知識がスラスラ出てくるんだから大したもんだ。そうか、だから現在は中華大陸連合の帰還者としてこうしてこの場に居るのか。


 そういえばよくよくシックスの姿を良く見ると確かに俺たちが普通に知っている中華民族とは容姿が異なっている。というよりも人種からして違うんじゃないのか? どう見ても白人系のえらいベッピンさんだ。待て待て、俺の表現に昭和の臭いを感じるぞ! ともかく表現に困るほどのきれいな人というわけだ。



「ウイグル人を知っているのか! 私たちは中国政府に不当に支配されて長い年月戦ってきた少数民族だ。こうして日本にやって来た機会を利用して、私は現在の中華大陸連合に反旗を翻したい。そして抑圧されてきた私たちの故郷をやつらから解放したいのだ」


 美鈴が披露した知識にシックスは思いっきり食い付きを見せている。違う国の人間が自分たちを知っているのが嬉しいのかもな。俺も外人が日本の文化とか知っているとなんだか嬉しくなるしな。



「具体的にはどうするのか考えているの?」


「ひとまずは日本に亡命を求めたい。世界各地に散っている同胞にも呼び掛けて、中華大陸連合への戦いを始めたい」


「確かにウイグル人が大変な目に遭っているとは聞いているわ。でもそれとあなたの亡命希望をどうするかは全く別の問題ね。どうするかは私たちの上層部に判断してもらうしかないわね。今から連絡を取るけど、ちょっと待ってもらえるかしら」


「構わない、私たちは機会を何十年もの間待ってきた。良い返事を聞かせてもらうまでいくらでもでも待とう」


 さすがは美鈴さんだ! その判断に一分の隙もないな。もう1人の俺の妹はアイテムボックスからホットドッグを取り出して食っているよ! こんな大事な用件を目の前にして少しくらい食欲を抑えてほしいものだが・・・・・・ 今更仕方がないか。



「はい、わかりました。本人に伝えます」


 美鈴が通話を切ってシックスに向き直る。



「司令からの指示をそのまま伝えます。あなたの身柄は一時的に市ヶ谷駐屯地で保護します。その後に事情聴取を経てから、亡命の希望を受け入れるかどうかを政府が判断するそうです。もしその間に日本国に対して何らかの攻撃を企てたら即座に処分されるそうですから、言動には十分に注意してください」


「一時的にせよ受け入れてもらえるのだな。感謝する」


「良かったら名前を教えてもらえるか?」


「アイシャムギュル、アイシャだ」


「そうか、俺は聡史だ」


「聡史か、覚えておこう」


 こうして彼女は公園にやって来た司令官によって市ヶ谷に保護されて、今回の帰還者によるテロ騒ぎは終息を向かえた。俺たち3人は別の車で市ヶ谷駐屯地に向かう。警察によって封鎖されていたスクランブル交差点はすでに人と車が行き交ういつもの姿を取り戻して、美鈴が歩道に空けた穴は仮の復旧が行われているそうだ。


 時間はまだ昼過ぎで、妹はそのまま食堂に直行していく。俺たちもあれを放し飼いにするわけにいかないので止む無くついていくが、周囲の視線が痛いよ! 



「さくら、お前は確か公園で色々と口にしていなかったか?」


「兄ちゃんはわかってないなー! あれはひと暴れしたあとの軽い燃料補給だよ! 本番は今からだからね!」


 おいおい、すでにトレーを4枚重ねているのにこれからが本番だって言うのか? 我が妹の果てしなき食欲には今更ながらに呆れる外ない。しかも任務中に堂々と買い食いをしているのだから、その神経の図太さには言葉が出ないぞ。




 食事を終えて用意された部屋に行くと、特にすることもないのでベッドに寝転んでテレビを眺める。本拠地の富士と違ってここではお客様扱いなので、訓練もできないのだ。まあ実戦を終えたばかりだから、今更訓練などしたくないけどね。



「本日午前11時頃、渋谷のスクランブル交差点で正体不明の怪物が現れて通行人に襲い掛かりましたが、国防軍の手によってすぐに退治されました。この事件で軽症者が数人出た模様です」


 アナウンサーが事件の模様を伝えている。街灯カメラの映像なんかも放映されているよ。でも俺たちの姿にはモザイクがかかっているな。全国放送で『この人たちが帰還者です!』なんて中継されないように政府が圧力を掛けたんだろうな。


 それにしてもテレビ局によってずいぶんコメントがバラバラだな。『国防軍の活躍によって早期にテロが解決した』と好意的に放送している局があるかと思えば、『帰還者は社会を混乱に陥れて危険な存在だ!』と帰還者全体を強い口調で非難している局もある。


 お言葉なんですが、社会を乱そうとしたのは中華大陸連合の帰還者で、俺たちは何の罪もない通行人を守っただけなんですけどね。こうして敵と味方の区別を曖昧に表現して最終的には日本の政府を悪者に仕立て上げるのが、大陸の息がかかったテレビ局のやり口だ。たぶん新聞も同様なんだろうな。


 もっともこの手のやり方はネットで全部暴露されているので、普通の日本人はもう誰も信じなくなっている。それでも大陸勢力が執拗にマスコミ工作を行うのは、それが彼らの本国では機能していて国民を情報統制できているからだ。しつこく続けていけばいつかは日本の世論が大陸の味方をすると考えているらしい。


 俺は当事者なのでさすがに『危険な存在』などと呼ばれるとかなりムッと来るな。まあどうせここははまともに見ているのは年寄りだけの、社会的に何の影響も与えないテレビ局だからいいけどね。


 おや、政府の公式見解が出されるらしい。どこまで真相を開示するのか興味があるな。



「それでは官房長官から発表があります。質問は後程受け付けます」


 会見場の司会者のアナウンスがあってから、政府の偉い人が出てくる。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる中で政府の公式発表が始まる。



「本日11時頃渋谷のスクランブル交差点で発生しました妖怪と思しき謎の物体が通行人を襲撃した事件は、中華大陸連合が我が国に仕掛けたテロ行為と断定します。世界の平和を脅かす中華大陸連合に対しては政府として断固たる措置を取るとここに明言します。詳しくは本日午後8時から総理大臣の重要な会見がありますので、そちらが終わってから質問等に答えたいと思います。以上です」


 こうして官房長官は一切の質問を受け付けずに退席していく。残された記者たちは様々な反応をしながらざわめくばかりだ。


 なるほどねー、総理大臣が直々に会見をするのはよほどの重大事態だと考えて差し支えないよな。どんな判断を下すんだろうな? それによって俺たちの行動も色々と左右されるから、この会見はしっかりと聞いておいた方が良いだろうな。

 





「兄ちゃん! もうすぐ夕ご飯の時間だよー!」


 6時近くになってドアの外から妹の馬鹿デカイ声が俺が寝転んでいる部屋の中まで響き渡る。そんなデカイ声を出さなくても聞こえるって! そもそも1日の仕事を終えた駐屯地の皆さんに迷惑でしょうが!



「さくら、お前はもう少し遠慮というものをだな」


「いいから早く行こうよ!」


 人の話には耳を貸さずに、妹は俺の腕を引っ張って食堂目掛けて強引に連れ去っていく。その後ろから美鈴も仕方なさそうに付いて来ている。



「うほほー! 兄ちゃん、今日はハンバーグだよ!」


「そうか、好きなだけ食っていいぞ」


 どうせ俺が何を言っても妹は腹いっぱいになるまで食べる。だったら余計な話はしないで遣りたいようにさせる方がいい。予想通りにトレーを2つ手にした妹が、まだ人の姿が疎らなテーブルに着いて食べ始めている。俺と美鈴も妹に付き合うようにしてトレーを隣に置いて夕食を開始する。



「聡史君、ニュースを見た?」


「何か重大発表があるらしいな」


「どんな内容か気になるわね」


「どの道多かれ少なかれ俺たちに影響があるんだろうな」


「仕方がないわね。ある程度の覚悟はしておきましょうか」


 俺と美鈴が話をしているとあっさり2人前の食事を食べ終えた妹がお代わりを求めてカウンターに並びに行く。それと入れ違うように俺たちの席に顔見知りがやって来た。



「昼間はご苦労だった。君たちの活躍ぶりには私も満足している」


「司令、ありがとうございます」


 司令に気を取られていた俺は、彼女の陰から現れたもう1人を見て、思わず驚きの声を上げてしまった。



「アイシャ、何でここに居るんだ?! いやここに保護されると聞いていたから居てもおかしくないけど、その格好はどうした?」


「今日から聡史たちと一緒に国防軍特殊能力者部隊でお世話になります」


 俺と美鈴は『何が起こったんだ?』という表情で顔を見合わせている。亡命を求めたのが今日の昼で、もう国防軍の戦闘服に身を包んでここに立っているのはあまりにも予想外過ぎる。それからアイシャの言葉遣いとか表情がさっきよりもずいぶん穏やかになっている。どうやらこちらが彼女の本来の性格みたいだな。



「しばらく彼女はうちが預かるという話でまとまった。コードネームは『白龍ホワイトドラゴン』だ。富士に戻るまで一緒に行動してくれ。敵から帰還者を引き抜いたんだから、戦力的には大歓迎すべき事態だぞ」


 司令の有無を言わさぬ様子に俺たちは納得するしかない。アイシャは空いている俺の隣に腰掛けてニッコリと微笑みかけてくる。



「私の伯母が在日ウイグル協会の幹部で私の身元を保証してくれたんです。おかげですんなりと話がまとまりました」


「なるほど、そういうことか」


「もしかしてその叔母さんを頼って最初から日本に来るつもりだったの?」


「チャンスがあればと思っていました。それがこんなに早く叶ったのですから、神様には感謝しないといけませんね」


 アイシャはまた祈りの言葉を口にしている。そんなところにあの騒がしい妹がトレーを両手に持ってやって来る。



「おや、アイシャちゃん! ご飯を食べに来たの? あっちに自分で取りに行くんだよ!」


「さくら、2人前持ってきたんだから片方をアイシャにやってもいいんじゃないのか?」


「兄ちゃん、友情とご飯は別なんだよ! たとえ兄ちゃんでも私のご飯は譲らないからね!」


「アイシャ、私が一緒に付いていくからあちらで食事をもらってきましょう」


 義理も人情も食事を前にした妹には何の効力も発揮しないらしい。とことん腹いっぱい食べることに拘る妹だ。兄としてなんだか居た堪れない気持ちになるのを救ってくれたのが美鈴だった。2人で連れ立ってカウンターに向かう姿を俺は感謝の気持ちを込めて見送るのだった。



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