149 香港ミッション始動
聡史たちが行動開始! でもその前に・・・・・・
中華大陸連合、福建省で核爆発!
日米が観測した結果をマスコミに伝えたこのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。第2次世界大戦で広島と長崎に原子爆弾が投下されてから80年を経て、ついに世界で3番目に核兵器が都市の近郊で大勢の人を巻き込む形で使用された。この行為に対して世界中では核兵器に対する激しい拒絶反応が引き起こされたのは言うまでもないだろう。
それは世界が『大国同士で引き起こされたアジアでの地域紛争』と捉えていた日米連合と中華大陸連合の戦闘が、一気に国際社会でクローズアップされた瞬間だった。
今回の核爆発に関して日米政府が共同で表明した公式な見解は以上の通り。
「中華大陸連合の戦略ミサイル基地において、打ち上げ準備中の核弾頭が何らかの原因で誤作動した末に爆発した。ミサイル基地周辺半径10キロの地域は壊滅状態で、隣接する泉州の市街地にも大きな被害が出た模様である」
これに対して遅れて出された中華大陸連合の声明は次のように反論している。
「今回の核爆発はアメリカがミサイル基地に向けて打ち込んだ弾道ミサイルによって引き起こされたものであり、このような非人道的な残虐行為に対して我が政府は断固反対する」
両者の主張は真っ向から対立しており、日米中各国の政府が出す声明を通してしか情報を得られない世界中の多くの人々の意見は二つに分かれた。
「何重にもセーフティーロックを施されている筈の核弾頭がそんなに簡単に誤作動する訳がない。これはアメリカによる核攻撃があったと判断するのが妥当であろう」
このような論調が当初は優勢だった。これは主に中華大陸連合寄りのマスコミやアメリカに反感を抱いている各国で為された主張で、国際世論を日米連合に対して不利に誘導しようという隠された意図を感じる感は否めない。
これに対して、
「日米両国の連合は中華大陸連合に対して圧倒的に戦線を優位に進めており、わざわざ世界中から非難を受ける覚悟で核兵器を使用する正当な理由が見当たらない。おそらくは発射準備をしていたミサイル基地の核兵器が何らかの理由で誤爆したものであろう」
この意見はイギリスを中心としたヨーロッパや、実際に中華大陸連合の侵略を間近に感じている東南アジア諸国に広がっている。ただし真相はいまだに闇の中であって、様々な議論を喚起しながら今回の件に関して真実を追究しようという論調に発展していくのだった。その背景として、簡単に核兵器が使用される戦いは絶対に避けなければならないという国際社会の願いが存在するのは言うまでもなかった。
そのような中で新たに公表された日本政府の発表が注目を浴びる結果となる。その内容は・・・・・・
「中華大陸連合はすでに100発近い戦略核ミサイルを日本に向けて発射している。全て宇宙空間で迎撃しているので実害は発生していないが、真っ先に核兵器の使用に踏み切ったのは中華大陸連合であり、今回の不幸な事件はあくまでも同国の自業自得である」
この件は日本のミサイル迎撃能力を世界に公表することに繋がるため、国内にも非公開にしていた重大な内容であった。日本中の人々はまさか自分たちに向けて核ミサイルが飛んできていたとは知らずに、戦争は日本国内から離れた大陸で行われているものと信じていた。それが核ミサイルの恐怖が間近に迫っていたという思わぬ形の現実を突き付けられて、大きな不安が広がっていくこととなる。だが同時に日本政府はその不安を一掃するために国内向けての声明も発表する。
「日本が誇るミサイル迎撃能力は100パーセントで、国内に攻撃が及ぶ可能性は存在しない。現に昨日にも蘭州基地から50基に及ぶ戦略ミサイルが日本へ向けて飛来したが、全て宇宙空間で迎撃して国土には1発も着弾しなかった。この攻撃によって中華大陸連合が保有する戦略核ミサイルは底をついたものと思われるので、今後はこのような危険が大幅に減るものと考えている」
この声明によって不安な様子を見せていた国民は一定の安心を得ることとなる。迎撃に成功しているという実績が何よりも雄弁に日本の軍事技術の高さを物語っているのだ。軍事評論家たちも口を揃えて『公表されている中華大陸連合が保有する弾頭数が正確ならば、もう在庫は底をついている筈』と、ワイドショーでお茶の間に伝えているのも、この安心感を増幅していった。
日本に続いて政府として公式な声明を出したのはロシアであった。曰く。
「中華大陸連合は我が国の沿海州にある基地を占領した挙句に、各基地に保有していた戦略ミサイルを日本に向けて発射したと考えられる。この卑劣極まりない行為に対して断固として抗議するとともに、我が国に侵入してきた中華大陸連合を最後の1兵まで国境の向こう側へと押し戻す覚悟がある」
後半は自国民を鼓舞する意味でのスローガンとなっているが、前半部分は日本政府の声明を裏付ける形となっている。日露両国の公式発表によって中華大陸連合がすでに核ミサイルの使用に踏み切っていた実態が明らかになると、今回の泉州の事件もおそらくは中華大陸連合の自爆であろうという意見が大勢を占めるようになっていくのだった。
そのような国際的な論争とは無関係な場所、ここはルーマニアの人目から隠された森の奥深く・・・・・・
「貴様は一体何者だ? 俺たちを助けたつもりでいい気になっているのか?」
「これはずいぶんとご挨拶だね。改めて自己紹介しようか。私はサン・ジェルマン、中世から長きに渡ってヨーロッパの闇を見てきた存在」
ひっそりと佇む館の内部で二人の男がソファーに腰掛けてこのような遣り取りをしている。一人はサン・ジェルマンと名乗っているが、もう一方は・・・・・・
「そうか、古い言い伝えでその名には聞き覚えがある。それで、サン・ジェルマン殿が私に何の用があるんだ?」
病み上がりのような青白い顔をしてしゃべるこの男は、ニーシの街でさくらに手も足も出ないまでに破れて、転移の術でここに収容されたカイザーであった。帰還者といえどもあれだけボコボコにされたとあっては回復に手間取り、ようやく起き上がるまでになったのが昨日のことであった。
「それにしても酷い怪我であったな。あれだけ防御力が高い鎧を着ていたにも拘らず、体中の器官が全て重篤なダメージを受けていた。どうすればあれほどのダメージを与えられるのか私も首を捻ったよ」
「自分が負けた話はあまりしたくない心境だ。命を助けてもらった礼はしておく」
カイザーは身体のダメージとともに、さくらに手も足も出ないままに打ち負かされた事実によって精神的にも深い傷を負っていた。そのため日頃の不遜な態度はやや影を潜めている。
「カイザー、日本の帰還者の力は君ならば十分に理解しているものと思っている。実は私にとっても彼らは言葉では言い表せない強大な敵だよ」
「そうだな・・・・・・ あれは人間の常識など遥かに超えている。私の力など足元にも及ばない」
さすがにカイザーも2度の敗戦を喫したことでその恐るべき力を悟っているようだ。
「ほほう、カイザーともあろう者がずいぶん弱気になっているようだな」
「完膚なきまでに敗れ去った身だ。いまさら何を言っても言い訳に過ぎない」
自らが信じて疑わなかった能力に裏切られて敗れた結果を、カイザーは彼なりに受け入れようとしているのか。だがその高いプライドが敗戦を完全に受け入れるには、まだ越えなければならない葛藤が存在しているように見受けられる。
「彼らを倒したくはないかね?」
「どうやって倒せばいいのか何も思いつかないな」
「これはずいぶんと弱気の虫に取り付かれたものだ。カイザーとあろう者が、まことに残念な結果だよ」
「巨人に踏み潰されたアリの分際で、どのように対抗策を考えればいいんだ? そもそもの力のスケールが違い過ぎる」
自らの攻撃が全く通用せず、一方的にやられるだけの戦いだった。あの苦い敗戦を振り返りながら、良くぞ命が助かったものだとカイザーは胸の内で考えている。
「力を欲するかね? それも人の身に余る大いなる力だ」
「そんな物が何処にあるというんだ? 彼らを倒すには神に匹敵する力が必要だ。異世界ならばともかくとして、そんな力がこの世界にある筈ないだろう!」
カイザーにしては珍しく声のトーンが高くなっている。自らがサン・ジェルマンから馬鹿にされているように感じているのだった。
「これは失礼したね。何も君を馬鹿にしている訳ではないのだ。この世界にも存在を忘れられた大いなる力が眠っているのだよ。君がそれを知らないだけの話だ」
「そんな物が本当にあるというのか?」
カイザーがやや身を乗り出している。サン・ジェルマンの話に耳を貸そうという証左に間違いない。
「もちろん手に入れるには困難と言うのも馬鹿馬鹿しい程の辛苦を伴う。だが信念と力と幸運があれば手に入れる可能性がなくはないだろう」
「力の在り処を知っているのに、何故貴様自身が得ようとはしないのだ?」
「私は少々年を取り過ぎてしまった。あと3百年若かったら自らがその力を得ていたかもしれない」
サン・ジェルマンにしては珍しく自嘲気味に話をしている。それにしても『3百歳若かったら』とは、なんとも人間離れした物の言い方だ。
「そうか、一応話だけは聞いてやる。知っている限り全て話せ」
「いいだろう。力を得ようとするか、それとも諦めて尻尾を巻いて逃げるかの判断は全て君に委ねよう」
こうしてカイザーはサン・ジェルマンの話に耳を貸していくのだった。それがどれほど途方もなく壮大な内容かは、まだこの時点で彼は気付く由もない。
海南島を出発した聡史たちは・・・・・・
俺たちは反政府組織の手引きにしたがって無事に香港への潜入を果たして、現在は空室が目立つホテルに滞在している。以前は世界中から観光客を集めていた香港も、経済制裁の影響でずいぶん寂れた都市になっている印象を受けるな。
さて、香港について少々説明をしておこう。
香港は面積は約1100平方キロメートルで、日本で言えば東京都の約半分を有している。ここに700万人の人口が集中しているため、世界でも稀な人口密集地帯となっている。
19世紀に起こったアヘン戦争で清国からイギリスに割譲されて、その後の条約で99年間という約束で租借地となり、1997年に当時の中華人民共和国に返還されたという歴史的経緯がある。
イギリスが領有中に東アジアにおける金融と貿易の拠点として大いに発展して、それは中国に返還されて後も引き継がれた。だが次第に人権の抑圧を強めていく共産党政府に対する抗議活動が2019年から始まり、中華大陸連合の支配下でも反政府組織が頑なに抵抗を続けている。共産党独裁時代から中国政府はこの香港の抵抗運動に手を焼き、それは中華大陸連合が発足してもいまだに継続されているのだった。
何故共産党政権よりも更に独裁色が強い中華大陸連合が香港に対して強気に出られないかというと、それはひとえに香港が持っている独自の地位にある。香港の金融市場は21世紀に入っても相変わらず世界経済に一定の影響力を持ち、貿易の窓口としての機能も中華大陸連合から見れば決して馬鹿にできない規模を誇っているのだった。
そして現在、経済制裁を課せられている中華大陸連合からすれば唯一の貿易拠点であって、決して粗末には扱えない地域であった。
このような背景を背負っている香港だが、この地を攻略するに当たってイギリスが主力を務める理由がなんとなくわかってくるな。アヘン戦争以来長年イギリスが統治してきた歴史があって、住民との繋がりがいまだに深いんだ。世論調査によると香港の人口の約半数がイギリスの統治を受け入れると表明しているらしい。日本やアメリカが統治に当たるとしたら、たぶんこのような結果は出ないだろうな。
さて今回の香港攻略船に当たって、実は香港そのものを中華大陸連合から奪還するのは容易いお仕事だ。なにしろ住民が率先してイギリスの統治下に戻るのを望んでいるのだから。イギリス軍が上陸して再領有を宣言すれば、香港島と九竜半島で構成される香港という地域はあっという間に中華大陸連合とは縁を切るだろう。
だが問題はそれだけでは終わらなかった。実は香港という地域は電力の60パーセントと、水道の80パーセントを中華大陸連合の本土に依存している。イギリスが領有を宣言した途端に電力と水という重要なライフラインを絶たれる危険があるのだった。
したがって、今回の香港攻略戦は発電所や水源地まで含めたより広範囲の土地をこちら側の手中に収める必要がある。このような理由で広東省の南部まで戦線を広げなければならないのは悩ましいところだ。更に困難な点は広東省の南部は深センや広州などの大都市があって、一つの都市に数百万の人口がホイホイ存在している。司令は『住民の被害は考えなくてもよい』と言っていたが、さすがにその後の統治を考えると、住民から反感を買うのは不味い状況なんだ。
という訳で、俺たち国防軍特殊能力者部隊の出番なんだよな。その使命は広東省南部にある中華大陸連合の基地の相当数を虱潰しに殲滅していくことだった。全部で15箇所以上の陸軍基地と3つの航空基地があるから、これを全て潰すのは相当骨が折れそうだな。沿岸に近い基地は米軍がミサイルを撃ち込んで対処するからいいけど、内陸部のミサイルの射程から外れた基地は俺たちの担当となっている。
その翌日・・・・・・
さあいよいよ行動開始だ! ホテルを出たのは司令、俺、美鈴、カレン、それからマギーの5人だ。ああ、忘れていた! 美鈴がいれば、レイフェンは必ずついてくるから、全部で6人だな。
すでにこのホテルはイギリス軍の特殊部隊が秘かに占拠しており、実質的な司令部となっている。勇者は連絡要員とイギリスとの折衝を務めることになって居残りだ。対外的には勇者というのは響きがいいから、特に軍組織からは一目置かれるらしい。大魔王様が折衝役なんか務めると絶対に頭ごなしに命令を下して交渉どころではないから、ここは適材適所ということになっている。
俺たちと同時にイギリスの特殊部隊も動きを開始する。彼らは香港にある警察署や治安部隊の拠点を占拠しようと各地に中隊単位で出撃を開始するのだった。香港の内部はイギリスにお任せで、俺たちがまず目指すのは香港と中華大陸連合の国境だ。
最寄の駅から広東線という鉄道に堂々と乗り込んでいく。戦闘服姿の集団が電車に乗り込む様子を見て、一般の乗客はギョッとした表情を浮かべているが、誰も武器を携帯していないからすぐに興味を失うようだな。俺たちがこうして普通に電車に乗り込めるというのは、どれだけ当局の警備がガバガバかを物語っている。そもそもイギリス軍の特殊部隊が1000人以上上陸している時点で、香港南部には警備などあってないようなものだろう。
電車に揺られて1時間で羅湖という駅に到着する。ここが香港と中華大陸連合の国境となっているそうだ。名目上は同じ国家に属していても、政治や経済の制度が違うのでこうして国境が設けられている。ちなみに通貨も香港は香港ドルが流通しているのに対して、深センから先は元しか使用できない。
国境は以前に比べて通過しようとする人が減っているようだな。なんだか閑散とした雰囲気が漂っている。まずはここを占拠して後続のイギリス軍に明け渡すのが俺たちの最初のミッションだ。当然国境のこちら側はまだ香港が運営している窓口だから、司令とマギーが銃を突き付けると係員はあっさりと手を上げる。
次の電車に乗って到着したイギリス軍にこの窓口は任せて、俺たちは通路を通って中華大陸連合側の国境施設へと向かう。こちらには5人くらいの警備兵が銃を構えて目を光らせているな。
「私が眠らせるわ」
わざわざ殺す必要もないから、この場は大魔王様の魔法にお任せするのが一番だろう。美鈴はいつものように魔法名だけを口にする。本当にお手軽で羨ましいぞ。
「スリープ!」
はい、警備兵たちは崩れるように眠りに陥ったね。この光景を見ていた窓口の係員は驚いた表情を浮かべているけど、実際に何が起きたのかは理解していない模様だ。
「手を上げろ! 抵抗するなよ!」
司令の一言と向けられた魔力銃を見て、窓口の係員は一斉に手を上げる。警備兵が一瞬で無力化されたら、抵抗など無駄だということだけは理解しているようだな。窓口の係員を集めて寝ている警備兵とひとまとめにしてイギリス軍に引き渡すと、国境施設の占拠は完了だな。さあて、いよいよ中華大陸連合の本土に乗り込むか。
占拠が完了したのを見届けた俺たちは施設の外に出て、改めて気を引き締めながら本格的な戦闘の準備を開始するのだった。
次回本格的に中華大陸連合の本土での戦闘が勃発します。果たしてその結果は・・・・・・ 投稿は今週末の予定です。どうぞお楽しみに!
評価とブックマークがいっぱいほしいお!




