141 陽動作戦
香港攻略に先立って大掛かりな陽動作戦が・・・・・・
香港攻略戦に先立って、日本の最前線の島では・・・・・・
済州島要塞、日本国防軍特殊能力者部隊によって中華大陸連合から奪取した大阪府程の面積の島である。位置は朝鮮半島南西、日本から見ると長崎県の西方約200キロにある。
中華大陸連合の内海である黄海の出口に存在するこの島は、日本が占領後アメリカと共同で空軍戦力の整備と大規模なミサイル基地の建設が進められてきた。
日米が共同で運用する空軍基地は旧済州空港を拡大して、滑走路5本を有する大規模航空基地となっている。日本国防空軍の機体はおよそ40機程度配備されているだけであるが、米軍はこの地に戦闘機120機、爆撃機80機、その他輸送機や偵察機なども含めると合計で300機を超える航空戦力を集結させている。その中には門外不出のF-22ラプターやB-2スピリットなどといったマニアには堪らない機体も駐機しているのだった。
そのほか核爆弾搭載可能なB-52戦略爆撃機などもグアムからやって来ており、さながらアメリカ空軍の最大戦力を集めたような光景が出来上がりつつあった。
ミサイル基地は完全に米軍が主体となって建設しており、運用等に日本は直接関わっていない。日本は軍港整備の担当を請け負っており、もし戦力に不足があれば九州の各地から航空機が結集する体制を整えている。
日本から見ると済州島要塞の位置付けは、対馬要塞と並んで、朝鮮半島から九州に侵攻しようという中華大陸連合に対する防衛の要である。だが米軍の立場は日本とは異なっている。この島は中華大陸連合の喉元に突きつけたナイフで、この位置に有効な戦力を配備することで、いつでも大陸の大都市に攻撃を加えるのが可能だという脅しを掛けているに等しいのだ。
したがって米軍はこの島に航空戦力だけでなく、合計5千発にも及ぶトマホーク巡航ミサイルと中短距離弾道ミサイルを配備しており、その弾頭に搭載されているのは当然ながら通常爆弾とは限らない。これはもちろん公表はされていないが、いわゆる公然の秘密というヤツだ。これは日本政府にも明かされてはいない米軍の専決事項であった。
済州島の米軍ミサイル部隊は香港攻略戦に於いて重要な役割を担っていた。それは中華大陸連合の注意を引き付けて大陸南方から目を逸らさせる目的で、沿岸部の主要都市をミサイル攻撃するというミッションだった。主要都市のどこを狙うかは戦略上の観点から入念に検討を加えた上で、今回は河北省天津、山東省青島、江華省南通の3都市が選択されている。
この3都市が選ばれた理由として以下の点が上げられるのであった。
天津は黄海の奥にある重要な港で、北京までは直線でおよそ100キロに位置しており、ここを攻められると首都が危うくなるという危機感を中華大陸連合首脳部に抱かせることが可能となる。
青島は遼東半島の根元に位置する都市で、この地を押さえると戦略的に重要な遼東半島を孤立させることが可能となってくる。
南通は上海や抗州といった珠江デルタ下流部にある大都市のひとつで、ここを攻撃することによって経済の中心地である上海をいつでも狙えるという脅しを掛けることが可能となる。
以上の理由でこれらの3都市が今回標的と定められた。あくまでも今回のミサイル攻撃は香港攻略戦の陽動であって、本格的にこれらの都市を壊滅に追い込むのではないが、実際に主要都市を攻撃された際の中華大陸連合政府の出方を探るという意味合いもある作戦となっている。
したがってミサイルを雨あられのように撃ち込むのではなくて、都市近郊の軍事基地やレイダーサイトが標的となっているのだった。これらの標的をある程度破壊した上で、再建にどの程度の日数が掛かるかを測定すれば、現状の中華大陸連合の国力が浮かび上がってくる。これらは当然データとして活用されて、来るべき大規模攻勢の貴重な資料となるのだ。その意味で本作戦は重要なシミレーションでもあった。
そして済州島米軍ミサイル基地では、3都市に対するミサイル攻撃のカウントダウンが開始されている。
「済州島第1ミサイル部隊、目標、天津郊外黄哺陸軍基地 カウントダウン10,9,8・・・・・・ 2,1、0、発射!」
発射車両に搭載されたトマホークブロック5型ミサイルが炎の帯を引きながら上空に飛び出していく。次々に打ち出されるその数は100基にも上っている。
トマホーク巡航ミサイルは1970年代から開発が進み、80年代に実戦配備された巡航ミサイルで、それ以降陸上発射型や海上発射型、潜水艦発射型など様々なバリエーションが作り出された。基本的には安価なジェットエンジンで飛行しており、巡航速度は約800キロとなっている。民間の旅客機にも劣る速度だが『数打ちゃ当たる』というアメリカらしい戦術思想の下で運用されている。現在は誘導システムが最新型に改められたブロック5が主力を務めているが、最新の次期ミサイルも秘かに開発されている模様だ。
「続いて第2ミサイル部隊、目標青島郊外の王台陸軍基地、カウントダウン10,9・・・・・ 発射!」
「第3ミサイル部隊、目標南通郊外林梓陸軍基地、カウントダウン10,9・・・・・・ 発射!」
こうして3都市に向かっておのおの100発ずつのミサイルが発射されていく。済州島から天津までは距離およそ800キロ、青島までは500キロ、南通までは400キロである。30分から1時間でミサイルは目標地点に到達する筈だ。
30分後・・・・・・
「トマホークミサイル、約40基が南通に着弾した模様! 約6割は迎撃されました!」
「迎撃率は6割か。あちらのミサイル迎撃網は相変わらずお粗末なものだ」
日本は今のところ中華大陸連合から飛来するミサイルを100パーセント迎撃に成功している。それは独自に開発した〔天岩戸システム〕とイージス艦や陸上イージスシステムに加えて、富士駐屯地の魔力砲が大きな威力を発揮しているおかげだ。対する中華大陸連合は技術不足に加えて資源不足が重なったせいで、有効なミサイル迎撃網の構築が遅れている。それに加えて、宇宙空間の衛星監視網が破壊されているのがボディーブローのように効いている。こうして次第に日米に対して戦術的な不利に追い込まれている中華大陸連合であった。
南通郊外、林梓陸軍基地・・・・・・
「レーダーに反応多数! 攻撃ミサイルがこちらに向かってきます! 着弾まで20分!」
「全軍迎撃体制に入れ!」
指揮官の命令が下り、兵たちが慌しく持ち場に向かって走り出す。ある者は対空バルカン砲に銃弾を装填して、ある者は対空迎撃用ロケット発射車両に飛び乗る。地上レーダーがミサイルを発見してから迎撃準備に取り掛かる時間の余裕は殆どない中で、彼らは訓練通りに所定の配置に散ることができた。
誰もが固唾を呑んでミサイルが向かってくる方向を見つめる。双眼鏡を手にする下士官は空に映るであろうミサイルの姿に目を凝らす。そして・・・・・・
「10時の方向、敵ミサイル発見! 距離20、高度300! 迎撃開始!」
多連装ロケット砲からトマホーク目掛けて迎撃ミサイルがシュパンシュパンと音を立てて次々に飛び出して、バルカン砲が狙いを定める。
バリバリバリバリバリバリバリバリ!
とても弾丸を撃ち出している音とは思えない耳障りな騒音が周囲を包む。オレンジ色の曳航弾とともに夥しい弾丸がミサイルに向かって発射される。空中には次々に炎が上がって、敵ミサイルを打ち落としていく。だが空からこちらを目掛けて飛翔してくるその数は、基地の迎撃能力を上回っていた。1発、また1発と爆発の火柱と轟音を上げて、トマホークが着弾する。
ドーン! ドドーン!
付近にいた兵士を巻き込んで爆発を繰り返すミサイル、炎と轟音に包まれて建物が次々に倒壊する。爆発音が響く基地には阿鼻叫喚が広がる。ミサイルの直撃を受けた兵士がパーツに分かれて空に向かって飛び散るその光景は、さながら悪夢と評するのが妥当といえよう。
「消火を急げ! 負傷者を運び出せ!」
指揮官が懸命に声を枯らして指示を出すが、パニックに感染した兵の耳には入らなかった。彼らは次々に持ち場を放棄して我先に逃げ出そうとする。だがその先には無情なまでにトマホ-クが着弾する。
ドカーン!
一瞬の閃光、それが多くの兵士にとって人生の最後に見た光景だったかもしれない。彼らは木の葉のように爆風に吹き飛ばされて、あるいは炎に巻き込まれて命を落としていった。やがて猛威を振るったミサイルの雨は終わりを告げる。
「被害を報告せよ!」
「兵舎は殆ど崩壊しました! 戦車、装甲車格納庫が被弾して火災が発生しています! 燃料に燃え移って消火は困難です。死者、負傷者は未だ判明しません」
無事であったのは司令室が置かれている管理棟と練兵場くらいのものであった。車両の大半と火砲を失って、陸軍基地としての機能を喪失したも同然である。今でも弾薬庫からは保管してあった弾薬が引火して爆発する音が断続的に聞こえてくる惨状であった。
辛うじて機能している林梓陸軍基地司令部は軍の上層部にミサイル攻撃を受けた旨を報告する。当然ながらこの報告は陸軍だけではなくて統合軍の上層部に衝撃をもたらした。
北京、統合軍作戦司令部では・・・・・・
「南通、林梓陸軍基地より通信! 敵のミサイル攻撃を受けて、基地の交戦能力の大半を失いました!」
「なんだと! ミサイルはどこから飛んできたのだ?!」
「方向から判断すると済州島と思われますが、詳しいことは判明しておりません!」
「至急事実を確認せよ! それから済州島に向けて反撃のミサイル攻撃を実施するのだ!」
「了解しました、無事な斉南ミサイル基地に攻撃命令を発します」
「作戦本部の責任を問われかねない。高々島のひとつを失っただけだとたかを括って静観していたのは不味かった。このままでは主席は失態を許さないであろう。何とか敵にも同等の被害を与えるのだ!」
中華大陸連合だけでなく、歴代の中華政府や王朝は陸軍国家であった。北や西方からの異民族の侵入に備えて万里の長城を築いた点でもお分かりであろう。21世紀に入って海洋に進出してきたばかりの浅い経験しか持ち合わせていないので、島嶼部が持つ本質的な意味を完全には理解していなかった。
したがって済州島や海南島を失っても、僅かな小さな島の領有など大局に影響は少ないと楽観している節がある。というよりも、むしろその失態を政府の目から誤魔化そうと奔走していたと言っても差し支えない。海南島の攻防でも日米空海軍に大打撃を与えたという戦果を強調した報告をして、辛うじて作戦本部の体裁を整えていたのだ。
その結果が南通へのミサイル攻撃に繋がったという失態に、統合軍の上層部は顔色を失っているのだった。だが彼らを更に追い詰める報告が齎される。
「青島郊外、王台基地からミサイル攻撃を受けているとの報告あり! 相当な被害を出している模様です!」
「天津、黄哺基地からも通信あり! 同様にミサイル攻撃を受けて着弾多数!」
3箇所の基地へのミサイル攻撃を聞いて、作戦部の主要メンバーは大慌てで周辺の空軍基地へ戦闘機と爆撃機の発進を命じる。このまま済州島を放置しておけば、自分たちの首が危うくなるから必死であった。
「江華省、折江省、山東省の各空軍基地から発進可能な全機を逐次飛び立たせます」
「それでよい、必ずや済州島の敵基地を全滅に追い込むのだ」
上海から青島にかけての沿岸にある航空基地からは次々に中華大陸連合が有する戦闘機と爆撃機が舞い上がる。だが急な発進であったために燃料や対地ミサイルの不足が相次いで、何とか飛び立てたのは合計120機に過ぎなかった。
済州島、日本国防軍統合司令部では・・・・・・
「司令、AWACCSから通信あり、中華大陸連合の沿岸部基地からミサイルが発射されました。同時に空軍機が発進の兆候あり。迎撃はいかがいたしましょうか?」
「ミサイルはどの程度の数と予想されるか?」
「約100基という報告です」
「その程度ならば天岩戸システムで十分対処可能であろう。空軍機に対しては初手は地対空ミサイルで対処、撃ち漏らしが出たらこちらも迎撃機を発進せよ」
「了解しました。島内の全軍に指令を出します」
「念のため対馬と九州にも臨戦態勢を取ってもらおうか。米軍にはこちらが対処すると連絡してくれ」
「了解、米軍から返答あり。迎撃は日本に任せるそうです」
「これは責任重大だな。対馬はどうしているか?」
「すでに地対空ミサイル発射準備を整えております。いつでも発射可能とのことです」
「相変わらず手回しがいいな。都筑の動きは?」
「すでに戦闘機と空中給油機が発進して五島列島まで進出を開始しています」
「なんとも頼もしいな。敵の動きを予期して行動に出ていたか。彼らが我々をバックアップしてくれるからこそ、最前線のこの島は思いっきり戦えるというものだ」
こうして済州島を巡る日本と中華大陸連合の一大空戦が幕を開こうとしていた。
その頃、石垣島では・・・・・・・
「こちらが中華大陸連合から拿捕した漁船です」
「ずいぶんボロボロの船だね。これでちゃんと海を渡れるか不安になってくるよ!」
「機関と舵やスクリューは点検を終えておきました。船体も弱い部分は補強済みです」
ドモッ! 毎度お馴染みのさくらちゃんだよ! 私たちは今石垣島に来ているんだよ。ここから中華大陸連合からとっ捕まえた漁船に乗り込んで、こっそり漁港に入港する予定だよ。でも結構海が荒れているから、こんなオンボロ漁船で大丈夫なのか不安になってくるね。
「台北沖までは駆逐艦に乗って移動してもらいます。そこから先はこの漁船になりますが、たぶん大丈夫でしょう」
たぶんというのはどういうことかな? さすがのさくらちゃんも海の上では力を発揮できないよ。なんだか不安が残るよね。でも仕方がないか・・・・・・ 怪しまれずに潜入するにはこの方法が一番だと、司令官ちゃんが言い出したんだからね。それじゃあ行きますか。
「全員まずはこっちの大きな船に乗り込むよ!」
「主殿、いよいよ唐国へと攻め込むのですな」
「妾はまだ唐国に行ったことがない故に、どのような場所か楽しみじゃ!」
ポチとタマは気楽でいいね。その後ろでは親衛隊が何か話をしているよ。
「いよいよ実戦が近づいてきたな」
「これはあきづき型の4番艦ふゆづきだな! 戦闘艦に乗るのは初めてだからテンションが上がってくるぜ!」
「艦内で訓練は可能かな?」
「さすがに場所がないだろうし、半日で乗り換えるんだから大人しくしているんだ」
「ボスと一緒に戦場に出るなんて夢みたいだな。何とかお役に立ちたいぞ!」
相変わらず元気がいいね、この子達は! 初めての戦場で硬くならずに頑張ってもらいたいよ! おや、新入りは不安そうだね。
「教官殿、自分は船酔いしやすい体質なので、少々不安です」
「酔わないと思っていれば大丈夫なんだよ! 気合で何とかすればいいからね!」
「了解です! 気合を入れれば船酔いも何とかなるんですね!」
よしよし、新入りもこの分なら大丈夫だから、これで私たちは準備完了のようだね! それじゃあ敵地潜入作戦開始だよ!
こうして総勢9人のさくらちゃん軍団は船に乗り込んで出港を待つのでした。
黄海を挟んだ両国の空戦は、そしてさくらたちの潜入の行方は・・・・・・ 次回の投稿は週の中頃を予定しています。どうぞお楽しみに!
前回の投稿でたくさんのブックマークをいただきましてありがとうございました。おかげでローファンタジーランキングに復帰できました。引き続き読者の皆様の応援をお待ちしております!




