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136 よせばいいのに・・・・・・

ヨーロッパが一段落して、舞台は日本へ・・・・・・

 ニーシの街では・・・・・・



「ドイツが送り込んだ帰還者によってここニーシの街では罪もない多くの住人が犠牲となり、住む場所を失った人々は寒空の下でテント生活を余儀なくされています」


 ヨーロッパ全土から集まってきた大勢の報道陣が街の惨状をカメラに収めて盛んにドイツの非人道的な行為の責任を問う報道がなされている。この報道を見聞きした国際世論は圧倒的にドイツを非難する声で埋め尽くされていた。


 俺たちは一切取材を受け付けないように裏方に徹して、代わって報道陣の矢面にはバチカンの連中を押し出しておいた。どの国よりも真っ先に救助の手を差し伸べた形になっているバチカンの評判は今や全世界で鰻上りだ。ザマー見やがれだな。これで救援作業が完全に終わるまでこの場に残らざるを得なくなったぞ。ローマ法王が『1人でも多くの人命を助ける』と公の場で表明したから、守護聖人の連中は尚更後には引けなくなっていた。1日24時間キッチリと働けよ! 帰還者は体力があるからそのくらいの無茶は利く筈だ。俺と妹が目を光らせている間は奴隷以上にこき使ってやったぞ。


 ローマ法王からは感謝状でももらいたいよな! 一歩間違うと被災現場で騒動を引き起こした悪人になる場面を温情で救われたんだからな。身を粉にして働くのは罪滅ぼしの一環だ。俺にボコられたくらいはバチカン全体の名誉を考えたら安いもんだろう。持ち込んだ聖遺物が全部粉々になったくらいは我慢しろ!


 ということで予定の3日が経過した時点で俺たちはニーシを撤収した。すでに街の8割方は瓦礫の撤去が進み、後は現地の人に引き継いで帰国の途についたのだった。セルビアに入国した経路の逆を辿って、トルコとイギリスの米軍基地を経由して西回りで日本に戻るルートだ。


 イギリスに到着した途端に妹の表情が曇った以外は差し当たって事件も起こらず、俺たちは日本に向けて3泊4日の旅をするのだった。思えばヨーロッパで過ごした3週間はなんだか消化不良だったな。イギリスで出会ったドイツの帰還者は戦う気はなかったし、カイザーを仕留めたかと思ったら横から何者かに掻っ攫われて行方知らずだし・・・・・・ 考えても仕方ないか。妹なんか日本が近づくにつれて表情が生き生きとしてきている。しばらくご無沙汰だった日本の味を思いっきり腹に詰め込もうという魂胆が丸見えだ。


 こうして俺たちは中途半端な形でヨーロッパでの任務を終えるのだった。








 約10日前の富士駐屯地では・・・・・・・


 俺は滝川敦司、異世界からの帰還者にして国防軍特殊能力者部隊の訓練生だ。自慢じゃないが俺は異世界では無敵の存在! 魔王だろうが邪神だろうが一介の冒険者の身で全て薙ぎ倒した英雄だ。あっちの世界では美女に取り囲まれてウハウハの生活だった。


 日本に戻ってきてこの強靭な肉体と何者も切り伏せる剣で頂点に立ってやろうと意気込んで国防軍に入隊したまではよかったが、ここでとんでもないヤツと出会ってしまった。あれは人間じゃない! ヤバ過ぎる相手だ。俺をガキ扱いして一切の抵抗を許さないんだ。


 しかもそれが1人ならまだしも、後から出てきた妹というのがこれまた強烈で、俺は心が折れるまで何度も空高く体が舞い上がっていった。あの時感じた恐怖がどれだけのものか普通の人間には想像がつかないだろうな。何度も死の瀬戸際を垣間見るというのは本当に心の奥底にある何かがポッキリと音を立てて折れるんだ。異世界でも経験したことがないトラウマを植え付けられたせいで、今でも時々夢で魘される日々が続いている。もちろん高所恐怖症になったのは言うまでもないだろう。


 だが俺は諦めないぞ! もっと力をつけていつかあの2人を地面に這い蹲らせてやるんだ! そのためだったら厳しい訓練だろうが耐えてやる! 


 でもその前に重要かつ俺にとって絶対的な必要事項がある。それは美女に囲まれたハーレム作りだ! 強くなるためにはモチベーションを保つのが第1だからな。幸いこの部隊には相当な美人たちが揃っている。彼女たちを全員俺の取り巻きにして良好な精神状態を保ってこそ、更なる高みを目指せるというものだろう。


 現在あの恐怖の兄妹はヨーロッパに出撃中で不在だ。おまけに得体の知れない司令官も急にどこかに出掛けたそうで、今こそ千載一遇のチャンスだといわんばかりだろう! 俺の好みである魔王と賢者の魔法使いコンビがいないのは少々残念かもしれないな。どんな力を持っているのかは知らないが、どうせ大した事ないんだろうな。現に異世界の魔王なんか俺の手に掛かって瞬殺だったし。あの2人にも俺の格好いい所を見せ付けて気を惹いてやろうと思っていたんだが。


 まあいいか、まずは手近な所から始めるとするか。今特殊能力者部隊で駐屯地に残っている女は・・・・・・ ああ、その、なんだ、明日香というのはパスしておこう。あそこまで空気を読まないヤツは色々と面倒だし。それからチェリー・クラッシャーとかいう5人組も後回しにしておこうか。脳筋女というのはしゃべっていると頭が痛くなってくるからな。アイシャとかいう女はいつも勇者やタンクと一緒にいるから、中々話しかけ辛いな。


 となると残っているのはガキの妹を連れているリディアだけか。よし、あいつらは演習場で魔法の練習をしている筈だ。俺がちょこっと指導をするという名目で近づいてやろう。なに、最初の1人をゲットしたら後は勝手にハーレムメンバーが集まってくるというのが俺が経験した異世界のお約束だ。まずは第1関門クリアを目指そうじゃないか!


 俺は意気揚々と演習場に向かうと、そこには姉妹で的を目掛けて魔法を放っているリディアたちがいる。なんだ、放たれる魔法はまだまだ初心者レベルに過ぎないな。魔力が少ないからあんなものなのかもしれないか。



「お姉ちゃん、また〔せくはら〕男がこっちに来たよ! 私の魔法で串刺しにしようか?」


「ナディア、魔法は人に向かって撃ってはいけないのよ。気にしないでしっかり練習を続けましょう」


「うん、わかった! 串刺しにするのは別の日にする!」


「べ、別の日もダメだからね」


 姉妹の間で物騒な話題が出ているな。セクハラ男って誰のことを指しているんだ? まあいいか、これから俺様が魔法の指導をしてやるぜ。



「よう、魔法の調子はどうだ?」


「練習の邪魔ですからどこかに行ってください」


 なんだ? いきなり俺様を邪険にする返事か飛んできたぞ。まあどんな女でも最初は多少の警戒感を抱くのは当然だよな。そこから様々な出来事を経て俺に夢中になるというのがお決まりのパターンだ。



「そんな冷たいことを言うなよ! 魔法というのはこんな感じで放つんだぜ」


 俺が的を目掛けてファイアーボールを撃ち出すと、一直線に飛んでいった火球は的を破壊する。どうだ! 俺様は剣士タイプだけど魔法だってかなりのレベルで操れるんだぜ!



「的がなくなってしまったじゃないですか! 私たちの邪魔をしないでください!」


「お姉ちゃん! 邪魔者は串刺しが一番!」


 なんだか強い口調で抗議を受けている俺がいる。あのファイアーボールで尊敬される筈だったのに、どこで間違えたんだろうな? まあいいか、きっと何か誤解が生じているんだろう。誤解を解けばきっと俺にイチコロになる筈だ。



「すまなかったな。でも魔法というのはこのくらいの威力じゃないと実戦では通用しないんだぜ」


「そんなことはわかっています! 私たちはいかに効率よく魔力を使用するかという練習をしています。威力を競っているのではありませんから!」


「お姉ちゃん、先を尖らせれば小さな魔力でも串刺しに出来るんだよね!」


「そうね、ナディア。後は上手に氷の槍に回転を掛けるのよ」


「的がなくなったから、せくはら男を的にするの?」


「ナディア、それは我慢しましょうね。お姉ちゃんも出来ればそうしたいんですけど」


 おかしいな、姉妹揃って俺を的にどうこう話をしている。ここは矛先を変えて妹の気を惹いてみるか。



「小さなお嬢ちゃん、魔法の練習で疲れただろう。お兄ちゃんがチョコレートをあげるよ!」


「お姉ちゃん! せくはら男が人攫いに変身したよ! お菓子で子供を誘うのは誘拐犯の手口だよね!」


「ナディア、誰も彼も疑って掛かるのはどうかと思うけど、あの男は疑って掛かった方がいいわね」


 何かがおかしいぞ! 俺の遣る事成す事全て悪意に満ちているかのように姉妹に受け取られていると感じるのは気のせいではないだろう。何故こうなったのかサッパリだぞ? 確かにリディアの肩を抱こうとした覚えはあるが、あの程度でセクハラ呼ばわりされるのは甚だ遺憾だ。異世界では俺が手を触れただけで女たちは身悶えするようにして喜んでいたからな。


 俺がどうしたものかと首を捻っているとこの場に新たに厄介な連中が姿を見せる。



「おーい、そろそろ休憩の時間だよ! 水分補給も訓練のうちだぞ!」


「チェリーのお姉ちゃんたち!」


 ゾロゾロとこの場に姿を現したのは隣の演習場で訓練していたチェリー・クラッシャーの5人だった。せっかくこれからいい所だったのに、とんだ邪魔者が乱入してくれたな。



「あれ? 姉妹は新入りと練習していたのか?」


「美晴お姉ちゃん! せくはら男が私を誘拐しようとして近づいてきたの!」


 待て待て! そこのガキ! いきなり話が飛躍しすぎだろう! 俺はお前の気を惹こうとしてチョコレートを差し出しただけだぞ! 冤罪もいいところだ! 断固抗議する!



「ほう、いたいけな子供を攫って何をするつもりだったのか聞かせてもらおうか。いや、申し開きなど無用! この場で成敗する!」


「待つんだ! 冷静に話し合おう!」


 俺は必死に状況の説明を試みるが、脳筋頭の5人にまともな話など通じなかった。さっと武器を構えると殺気を漲らせて俺を取り囲む。



「一斉に掛かれ!」


「「「「おう!」」」」


 剣や槍を手にした前衛が突っ込んでくると同時に後衛が弓と魔法銃を放ってくる。動き自体はそれ程早くはないからかわすのは余裕だが、彼我の実力差など諸共しないで突っ込んでくるこいつらの頭の中身はどうなっているんだ?



「ハハハ! ボスの殺気と比べたら子供騙しだぞ! どんどん攻撃を仕掛けろ!」


「それそれ! 反撃してみろ!」


「この程度でカウンターを放ったつもりか! ボスなら有無を言わさずに吹き飛ばしているぞ!」


「これしきの矢も避けられぬとは笑止!」


「威力を弱めてあるとはいえ、魔法銃に当たれば無事には済まぬぞ!」


 こいつらはどうなっているんだ? おのおのから感じられる魔力量は1万に満たない。俺の1000分の1に過ぎない筈なんだが、攻撃の精度やコンビネーションが群を抜いている。もちろんこいつらの攻撃が当たってもダメージなど受けないが、俺が振り払おうとする両手を嘲笑うがごとくに回避して新たな攻撃を組み立ててくるのだ。体の周囲を大量の羽虫が飛び交うかのようで鬱陶しいことこの上ない。



「テメーら! いい加減にしやがれ! 頭に来たから本気を出すぞ!」


「あら、本気とはどういう意味かしら?」


 それはチェリー・クラッシャーや姉妹とは全く別の角度から演習場に響く声であった。








 演習場で騒動が起こる30分前・・・・・・



「フィオ、そろそろ到着ね」


「ずいぶん長く留守にしていたわね。美鈴は駐屯地に戻ったら早速レイフェンの復活に取り組むのかしら?」


「もちろんよ! あんな危機に際して自らの命を投げ出して私たちを救ってくれたんですもの。レイフェンは必ずこの手で復活させるわ」


 お馴染みのフィオです。私たちは昨夜山吹を倒して、一夜明けると京都からヘリで真っ直ぐに富士を目指しているところよ。レイフェンに関して美鈴の決意は固いようね。忠実な執事としてだけでなく様々な面で美鈴の片腕を務めてくれていたから、その気持ちは当然でしょうね。



 やがてヘリは駐屯地へと無事に着陸するわ。10日近く離れていたからみんな無事に遣っているかしら? 私と美鈴がヘリから降りると、早速東中尉が駆け寄ってくる。



「任務ご苦労だったね。報告は後回しにして演習場で騒ぎが起きているんだ。私たちには止められないから収拾は2人に任せるよ。あいにく今朝から司令まで不在でね」


「誰が駐屯地内で騒ぎを起こしているんですか?」


 最大のトラブルメーカーことさくらちゃんはまだヨーロッパにいるはず。居残っているのはそんなトラブルとは無縁のメンバーだと思うんだけど・・・・・・



「どうやら滝川訓練生が原因らしい」


「ああ、そんな人もいましたね。すっかり忘れていました」


 聡史とさくらちゃんに痛い目に遭わされて大人しくなっていたかと思ったけど、彼はあの2人がいない間に羽目を外していたのかしら? 仕方がないわね、私たちで止めてきましょうか。


 美鈴と2人揃って演習場へと向かうと、外にまで響く声が聞こえてくるわ。



「これしきの矢も避けられぬとは笑止!」


「威力を弱めてあるとはいえ、魔法銃に当たれば無事には済まぬぞ!」

  

 この声はチェリークラッシャーの子達かしら? あの子達はさくらちゃんの影響で一旦火が点いたら止まらないのよね。魔法銃まで持ち出して暴れているとしたら穏やかではないわね。私と美鈴は足早に演習場の中へと駆け込むわ。

 


「テメーら! いい加減にしやがれ! 頭に来たから本気を出すぞ!」


「あら、本気とはどういう意味かしら?」


 私よりも一足先に美鈴の凍り付くような声が演習場に響き渡るわ。大魔王の一声は一瞬で騒乱状態の演習場を静まり返らせるのに十分だったわね。



「フィオお姉ちゃん! せくはら男が私のお姉ちゃんに酷いことをするの!」


 私の姿を発見したナディアが駆け寄って滝川訓練生を告発するわ。騒ぎを鎮めた筈の美鈴ではなくて普段から魔法の練習を見ている私の所に来たの。ナディアにフラれた美鈴は特大のダメージを食らっているわね。お気の毒様でした、あんな凍り付くような声を響かせると益々ナディアが怖がるじゃないの。


 私はナディアの宥め役に回って、美鈴に視線で合図を送る。そのアイコンタクトでようやく美鈴は落ち込んだ精神を立て直すわ。



「何が原因かこの大魔王の面前ではっきりと申せ!」


 ププッ! 美鈴ったら精神を立て直そうとして勢い余って大魔王モードを発動しているじゃないの! 私の腹筋をそんなに崩壊させたいのかしら!



「美鈴さん! この新入りがナディアをチョコレートで釣って誘拐しようとしたんです!」


「ウソだ! 俺は2人と親睦を図る意味で魔法の練習に手を貸そうとしただけだ!」


 両者の意見は対立しているようね。大方新入りがまたリディアに手を出そうとして色々と拗れた結果でしょう。



「あいわかった! そこなる新参者は性懲りもなくリディアと接触を試みたのだな」


「俺が誰としゃべっても自由だろうが!」


「自由をはき違えるでないぞ! 嫌がる者に対して強引な会話を望むはストーカーである」


「俺がストーカーだと! 誰がそんなことを決めたんだよ!」


「この大魔王の判断に意義があると申すのか?」


「大有りだぜ! 何が偉そうに大魔王だ! 俺は弱いヤツの意見など聞く耳は持っていないからな!」


 これはまたとんでもない跳ね返りの新入りね。大魔王相手に『弱いヤツ』と言い放ったわ。見て御覧なさい! 美鈴のこめかみがピクピクしているわよ。目がスーっと細められて哀れな生贄を見るような目付きに変わっているじゃないの! どうなっても知らないわよ!



「どうやらそなたを納得させるのは存外に簡単なようだ。皆は外へ出よ! この大魔王が然るべき力を示そうぞ」


「面白いぜ! 大魔王だろうが何だろうが俺の手で捻じ伏せてやる!」


 あーあ、結局こうなったわね。フィールドにいたリディアやチェリー・クラッシャーのメンバーが大急ぎでスタンドに上がってくるわ。私もナディアの手を引いて観客席に向かいましょう。ついでにフィールドを結界で覆うのも忘れないようにしないと。



「いつでも掛かってくるがよいぞ! 武器も魔法も好きな物を用いよ」


「後悔するなよ!」


 無知は人を死に至らしめるわね。大魔王の真の力を知らないとは本当に哀れよ。精々抗ってみなさい。本当の恐怖とは何かを知るいい機会になるでしょう。



「フィオさん、一体何の騒ぎですか?」


「美鈴と新人の模擬戦よ」


「模擬戦にしては大魔王モードまで発動して美鈴は本気が過ぎるなじゃないですか?」


 騒ぎを聞きつけたアイシャ、タンク、勇者の3人も掛け付けてきたわ。3人は朝から東富士の射撃場に出掛けていてちょうど戻ってきたばかりらしいの。2時間近く魔法銃の射撃訓練をしてきたそうよ。3人だけではなくて陰陽師部隊や支援部隊も集まっていつの間にかスタンドからは30人以上の見学者の目がフィールドに注がれているわ。



「俺の剣は万物を斬り裂く女神の祝福が込められているぞ! 怪我をしたくなかったら避けるんだな」


「よいから早う斬り掛かって来るのだ」


「いくぜー!」


 新入りは一直線に美鈴に突進していくわね。でも大魔王の防御力は生半可な攻撃では破れないわ。新入りは思いっきり剣を振り下ろすが・・・・・・



 パリン!


「何だと!」


 美鈴が展開している対物理シールドが割れる音が響いただけね。新入りは驚いた表情をしているけど、このくらいで驚いていたら命がいくつあっても足りないわよ。



「我のシールドを一太刀で打ち破るとは良い腕をしておるぞ。どれ、これは褒美だ。受け取るが良かろう」


 美鈴は軽くアイスボールを放つ。至近距離から放たれた氷の塊に対して新入りは避けようともせずにコブシで破壊する。その瞬間・・・・・・



 ドゴーン!


 アイスボールに見せ掛けて内部に爆裂の術式を仕込むのは美鈴の十八番ね。氷が破壊されると爆裂の術式が発動するのよ。新入りの体は木の葉のように吹き飛ばされて、ドシンという音を立てて地面に着地するわ。



「チクショウ、まさか氷が爆発するとは思わなかったぜ! ちょっと油断したな」


「丈夫で何よりであるな。さて、次はどのように手向かってくるのだ?」


「俺の魔法を食らえぇ!」


 新入りは剣から雷撃魔法を放つ。でもあっさりと美鈴のシールドに阻まれて効果がないわね。でもその間に美鈴との距離をつめて再び剣で打ち掛かって来るわ。



 パリン、パリン、パリン、パリン!


 続け様に何枚かのシールドが割れるけど、美鈴は全く無反応ね。新入りがどこまで遣れるかを見極めようとしているのかしら?



「おかしいぞ? これだけの物理シールドを展開するとなると莫大な魔力が必要になってくるはずだ。もう何枚も割っているのに何故魔力が尽きないんだ?」


「我の魔力がそなた如きに推し量れるはずなかろう。自らの身の丈をはるかに超える力量をわからぬとは真に愚かなこと」


 もう完全に美鈴のペースに嵌っているわね。当然最初から敵う筈ないんだけど。あのさくらちゃんでさえ美鈴の防御の壁を突破するのは手を焼くんですから。



「ハッタリに決まっている! そんなに魔力が続く筈がない!」


「早う攻めて参れ! 我から手を出しても良いのだぞ!」


「好きなだけ言ってやがれぇ!」


 再び新入りは剣を振り上げて突っ込んでいくわね。何度繰り返しても同じ結果しか得られないわよ。さくらちゃんだってもっと頭を使って美鈴のシールドを破ろうとするんだから。



「無駄な足掻きをするものだ。どれ、少々大人しくなってもらうとするか。地雷!」


「うわっ! 危ねえ!」


 ドパーン!


 新入りが危険を感じて身を翻した瞬間、地面が真上に向かって大きく爆発したわ。これはかつて渋谷でアイシャが食らったやつね。横倒しになって何とか爆発の衝撃を回避した新入りは剣を杖代わりにして立ち上がるわ。



「フィオ、あの魔法は本当に危険なんです! 私も初めて見た時は平静を装っていましたが避けるのが精一杯でした。美鈴も殺気満々で放ってきましたから本当に死にそうでした」


「アイシャ、それこそが大魔王よ」


「そう思います」


 経験者は語るね。それにしても美鈴はまだ大技を出さないわね。今までの魔法だって普通の魔法使いレベルだったら十分な大技なんだけど。  



「クソッ! これでは攻め手がないぞ! どうすればいいんだ?」


「攻め手を失ったのならば我から引導を渡してやろう。インパクト・ブリット!」


「どわぁぁぁぁ! し、身体強化ぁぁぁぁl!」 


 美鈴の手の平から恐ろしい数の魔力弾が飛び出していくわ。空間を制圧するレベルの濃密な弾幕は決して避けられない。だって避ける場所がないんですから。無数の爆発音が響いて新入りは歯を食い縛って耐えるしかないわね。



「どうだ、そろそろ大魔王にひれ伏す気になったか?」


「わかった、もう降参だ」


 さすがにこれだけの目に遭ったら誰でも相手にならないと悟るわよね。おや、美鈴の目が怪しい光を湛えているわ。



「愚か者が! この程度で大魔王への不遜が許されると考えるでないぞ! これが大魔王による恐怖の定義である。嵐よ巻き起これ! テンペスト!」


 フィールド内部に風の渦が発生して徐々に回転する速度を早めていく。新入りは必死で足を踏ん張って耐えているけど、風の猛威についにその体が浮き上がって暴風の渦に巻き込まれていく。



「降参したのに何故だぁぁぁぁぁぁ!」


「真に心根が折れるまではこの大魔王が許す筈もなかろう。精々空のひと時を楽しむが良い」


 あら、大魔王にも一片の慈悲があるのね。本来のテンペストは風属性に雷属性を組み合わせた極悪な嵐と稲妻が敵を飲み込むんだけど、今回はただの風の渦になっているのよ。内部では高速で錐揉み状に体を弄ばれている新入りが呼吸も間々ならずに手足をバタバタしているけど、それでもまだ生きてはいるようね。


 そこまでするか! とギャラリーの皆さんはドン引きしているけど。



 そしてついに嵐が収まると・・・・・・



 ドスン!


 空から意識を失った新入りが落ちてきたわ。聡史やさくらちゃんを筆頭にして物理特化の帰還者というのは丈夫に出来ているのよ。この程度では命までは落とさないでしょう。


 東中尉に命じられた勇者がカレン特性の回復水を持ってフィールドに下りていくわ。新入りの口にボトルを捻じ込んで注ぎ込んでいるわね。残った分は顔や体に掛けているわ。直接傷に掛けるのも効果があるの。しばらく時間が経過すると新入りは薄っすらと目を開くわ。



「俺はどうしていたんだろう?」


 どうやら恐怖のあまり前後の記憶を失っているようね。でも立ち上がろうとしてその目が美鈴の姿を捉えると・・・・・・



「ヒィィィィィィ! すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」


 その瞬間に土下座をしたわ。さくらちゃんに制裁を受けた時と遜色ないスピードね。相当に応えているんでしょうね。その証拠に顔色が土気色になっているんですもの。



「それこそが大魔王を目にした際にそなたの相応しき態度」


 こうして新入りこと滝川訓練生は大魔王にも絶対服従の身となったのでした。

 

  

次回は聡史たちが日本へと戻ってきます。相変わらず駐屯地では騒動が・・・・・・ 続きは明日投稿する予定です。どうぞお楽しみに!


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