133 大魔王の涙
後鳥羽上皇の怨霊との対決は・・・・・・
塚から顕現した怨霊と対峙する美鈴たちは・・・・・・
御火葬塚の内部で瘴気を撒き散らしながら後鳥羽上皇の怨念は宙に浮かび上がる。高貴でありながらも禍々しい雰囲気を湛えるその姿はまさに怨念と呼ぶに相応しいわ。
〈我が無念、世を滅ぼすことのみで成就したり〉
これは怨霊が発した言葉ではなくて思念として直接私たちの頭の中に響いてくる一種のテレパシーのようなものかしら? 並の人間はこれだけで命を落としそうな強烈な呪詛を孕んでいるわね。私、フィオ、レイフェンの3人はこの程度でダメージを被るようなヤワな精神は持っていないわ。ただし呪詛と瘴気がともに周囲に広がっていくと島内で被害が懸念されるから、早い段階で対処する必要があるわね。
「フィオ、私から先に行っていいかしら?」
「大魔王のお手並みを拝見するわ」
ということで話がまとまって私から魔法を放つわよ。グズグズしていられないから最初から出し惜しみなどしないわ。
「黒蝕無葬懺!」
さて、怨霊の様子はどうかしら? 大魔王の必殺魔法、万物を分子単位で分解する暗黒の波動で消し去られるといいわ。
「美鈴、残念ながら効果はないみたいね。怨霊は物質ではないから分解されないみたいよ」
「そうね、周囲から噴き出している瘴気は魔力と似たような物だから消し去ることは出来ても、怨霊本体には効果がなかったわね」
この大魔王の最強魔法が通用しないとは恐れ入ったわね。でもまだ打つ手は残っているわ。次よ次!
「深淵なる業火!」
バンパイアすらも一瞬で滅ぼした地獄の業火が怨霊を包み込むわ。これはさすがに効果があるでしょう。怨霊は暗黒と言うのも憚られる炎に包まれて苦しむ様子を見せるわね・・・・・・
なんということでしょう! 深淵なる業火に耐え切ったわよ。これはいよいよ大問題ね。
「美鈴の魔法は闇属性だから闇から這い出た怨霊には相性が悪いんじゃないの? ここは大賢者の出番よ!」
「どうやらその通りね。バンパイア如きの小物は簡単に滅ぼせても、これだけ大物の怨霊となると相性が悪いみたいね。この場はフィオに任せるわ」
「いいでしょう。久しぶりに大賢者の全力を披露するわ。どうぞご照覧あれ! パニッシュメント・オブ、オーロラ!」
フィオの体から魔力が吹き上がって上空に7色のオーロラを作り出すわ。オーロラの色はそれぞれが魔法の各属性を表していて、おのおのに最強の術式が込められているのよ。つまり全ての属性の最強魔法の詰め合わせよね。大賢者らしい大技だわ。
次第に高度を下げたオーロラはスッポリと怨霊を包み込むわ。7色の光に包まれた怨霊の姿はまったく見えなくなっているけど、光の内部では強烈な爆発音や空間を切り裂く暴風が唸りをあげているわね。正反対の属性が打ち消し合わずに強力な魔法の効果を発揮しているのは大賢者ならではとしか言いようがないわ。
「さて、どうかしら?」
5分以上念入りにミキサーに掛けた状態のような術式を保っていたフィオが魔法を解除するわ。7色の光が消えるとそこにはそのままの姿形を保った後鳥羽上皇の怨霊が立っていたのよ。それどころか攻撃を加えられて益々荒れ狂っているわ。
〈滅ぼしたらむ! 滅ぼしたらむ! 滅ぼしたらむ!〉
頭の中に響いてくる怨念が更に強くなって瘴気をより激しく振り撒いているわね。その一部はすでに塚の内部から飛び出て周辺の木々を猛烈な勢いで枯らしているわ。私たちに直接攻撃を加えてくる訳ではないけど、住民の命が人質に取られているから何とかしないといけないわ。
「次は神聖魔法を試してみるわ。パニッシュメント・オブ・ヘブン!」
フィオが召喚した術式は勇者レベルの神聖魔法とは桁が違うわね。あんなの子供の遊びに見えてくる神罰そのもののような稲妻が天から落ちてきたわ。それでも怨霊には神罰レベルの魔法すらもまったく効果がなかったのよ。これはもはや非常事態よ。
「止むを得ないわね。討伐を諦めて亜空間に封じ込めるわ。アナザー・ディメンション!」
フィオが作り出した別の空間が塚全体を覆って怨霊はその内部に封じ込められていく。そしてすっかりその姿が消え去ったわ。
「さすがは大賢者! 見事に亜空間に封じたわね」
「さすがにこれなら出てこれないでしょう」
「一安心・・・・・・ でもないようね」
空間に裂け目が出来たかと思ったら、そこから再び怨霊が姿を現して以前と変わらぬ姿で瘴気を振り撒き始めるわ。まさか大賢者が作り出した亜空間の牢獄からこんなにもあっさりと抜け出してくるなんて予想外よ。その時・・・・・・
「大魔王様、私めはいささかあのような怨霊に詳しく存じます」
「レイフェン、あなたにはあの怨霊を何とかする考えがあるの?」
「左様でございます。あれはまさしく黄泉の国から這い出てきた怨霊、現の世界の理が通ずる相手ではございませぬ。聡史殿でしたらあるいは何とかするかもしれませぬが、大魔王、大賢者の魔法をしても如何様にもなりませぬ」
それは困った問題ね。私たちの魔法が通用しないとなるとこの場で打つ手がなくなってしまうわ。かといってこのまま放置しておけば、甚大な被害が周囲に及んでしまうのよ。何かいい案はないかしら?
「大魔王様、どうかこの場はレイフェンにお任せください。私めも長きに渡り黄泉の住人でございました。黄泉は一度住人となった者は逃しませぬ。幸いにして私めは黄泉の門番の目を眩ますアイテムを所持しているゆえに、こうして現の世で無事に過ごしておりまするが、それを手放しますればその場に黄泉が現れます。さすれば私めが門番とともに怨霊を黄泉の国に運びまする」
「レイフェン、そなたはどうなるのだ?」
「黄泉の住人に戻るだけでございます」
「それは許さぬぞ! そなたはこの大魔王の側近! 末永く我に仕えると誓ったであろう!」
「大魔王様からそのような厚き信頼をいただいて、このレイフェン身に余る光栄でございます。こうして大魔王様のお側に仕えた日々があるからこそ、喜んで黄泉へと向かえまする。さあ、どうか私めにお命じください」
「ならぬ!」
「これは私めにしか為せぬこと。大魔王様、たった一言『行け!』とお命じください。レイフェンは笑って黄泉に参りまする」
「レイフェン、そなたは・・・・・・」
いつの間にか大魔王モードを発動していた私にはレイフェンの固い決意が伝わってきたわ。自らを犠牲にして怨霊を黄泉の国に連れ帰るというその申し出に、大魔王として断腸の思いで首を振るしかなかった。それ程打つ手がなくてこの大魔王をしても困り果てていたとも言えるでしょうね。
「レイフェン、そなたに全てを任せる」
「大魔王様、それではレイフェンはこれでお暇でございます。これまでの並々ならぬご厚情に深く感謝いたします。最後に黄泉の出現に巻き込まれぬよう、この場を離れ結界で取り囲んでいただくよう申し上げます」
「そのようにいたす。そなたの忠義、無駄にはせぬ!」
「それでは行ってまいりまする」
こうしてレイフェンは私たちを置いて1人で塚の内部に踏み込んでいくわ。怨霊はその姿を目にしたのか、さっきよりも荒れ狂って瘴気を振り撒いているけど、レンフェンは決意した様子で一歩も引かない。その様子を遠巻きに見ながら私とフィオは協力して結界を築き上げるわ。
「黄泉から這い出たる怨霊よ! いかにかつては帝であろうとも今は我と等しき黄泉の住人なるぞ! 我とともに再び黄泉へと戻るべし!」
レイフェンはいつの間にか大嶽丸の姿を取り戻して漆黒の鎧に身を包む魔人の姿になっているわ。そして両腰と背中から3本の剣を引き抜くと地面に深々と突き立てる。2,3歩下がって怨霊を睨み付けながら腕を組んで待っている様子ね。レイフェンに襲い掛からんと怨霊は盛んに瘴気を差し向けているけど、レイフェンは全く気にする様子もなくその場に仁王立ちしているわ。
やがて塚の内部の空間に裂け目が出来上がると、そこから何かが出てくる様子が目に留まるわ。
「美鈴、あれが黄泉の国の門番かしら?」
「どうやらそのようね。想像の何百倍もおぞましい姿をしているわ。レンフェンはあんな場所に自ら戻るなんて・・・・・・」
知らず知らずの間に涙が滲んでくる。レイフェンを側近として迎えたのはそれ程長い時間ではないけど、大魔王としてずいぶん魔公爵に気を許していたようね。でもこれは主君としての務め! レイフェンが黄泉に旅立つ姿をしっかりとこの目に焼き付けなければならないわ。
「どれ、ようようにして迎え来たり! 我ここなる! 早う黄泉に連れ参れ!」
レイフェンの体を黄泉の門番が両脇からガッシリと抱える。そしてそのまま空間の裂け目に出来ている真っ暗な穴に連れ込もうとする。
「忘れるでないぞ! そこなる怨霊も黄泉の住人! 一緒に連れ参れ!」
レイフェンの言葉に門番は瘴気を撒き散らしている後鳥羽上皇の怨霊に気がついたようね。真っ暗な穴に何か声を掛けると中からもう1人門番が現れたわ。そしてその門番は怨霊の襟首を掴むと穴の内部に放り込んで、何事もなかったかのように戻っていく。そしてついに・・・・・・
レイフェン諸共門番は穴に消えていってしまったわ。この場に出現した黄泉の世界の一部は目的を果たすと消え去っていく。さっきまで渦巻いていた瘴気がすっかり収まった御火葬塚は日頃の静けさを取り戻して、僅かに枯れ果てた木がたった今この場で起きた出来事の名残を留めているに過ぎないわ。
「レイフェン!」
私は居ても立ってもいられずに結界を解除して塚の内部に踏み込んでいく。そこにはレイフェンが残した3本の剣が持ち主を失ったまま地面に突き立っているだけだった。
「レイフェン、あなたは間違いなく大魔王の一番の側近よ! 身を犠牲にした勇気は絶対に忘れないわ! そしていつか・・・・・・」
なんでしょう? 目から零れ落ちる涙が止まらないわ。こんな出来事は大魔王になってから初めての経験ね。待っていなさいレイフェン! しばらくその身柄を黄泉の国に預けるけど、いつか必ず・・・・・・
「さすがになんと声を掛けていいのかわからないわ」
「フィオ、そんなに気を使わないで。それにしても大魔王といえど心の中に感傷に浸る部分を残していたのね。なんだか少し気恥ずかしいわ」
「それは美鈴が人間だという紛れもない証ね。聡史やさくらちゃんはもしかしたらこんな場でも平然としているかもしれないけど」
「そうね、あの2人は私から見ても別格よ。神の称号を持っているんだからある意味その精神も人間とは掛け離れているのよ」
「だからレンフェンは『あるいは聡史ならば』と言い残したのね」
「そう、聡史君が持っている神の力ならば怨霊すらも滅ぼせるでしょうね。そしてレイフェンを復活させるのも神の力よ」
私の言葉にフィオが深く頷くわ。一度は聡史君の魔力を吸収して復活したレイフェンですもの。再び黄泉の国から取り戻してみせますとも! こうして私はその場に突き刺さっている3本の剣を大切にアイテムボックスに仕舞うわ。その時、スマホに着信が入るわね。一体誰でしょう?
「西川訓練生殿、こちらは才蔵です」
そういえばさっきから姿が見えなくなっていたわね。存在感が薄いから中々気が付かないのよ。
「才蔵、怨霊は何とかしたわ。大きな犠牲は払ったけど」
「左様ですか。こちらは山吹を尾行しております。連絡船に乗り込んで境港に向かっております」
「わかりました。そのまま尾行を続けてちょうだい。私たちも後を追うわ。この貸しは何倍にもして取り立ててやる!」
「承知しました」
忍者部隊というのは本当に与えられた任務に忠実なのね。怨霊が出現した時点でこの場は自分に出来ることはないと判断して山吹の後を追う行動に切り替えたのね。私たちもこうしてはいられないわ。すぐに後を追いましょう!
私たちはその足で港に向かうわ。でもなんか変な感じね。さっきまで私の後ろに付き従うレイフェンが居たのに、今はフィオと2人っきりになってしまったわ。なんだか心の中にポッカリと穴が開いたような気分よ。
連絡船は出航したばかりで次は4時の便しかないのね。フィオと2人で待合所で自販機のお茶を飲みながら待つとするわ。フィオは私に気を使っているのか何も話し掛けてこない。大賢者は空気を読むのが上手いのよ。どこかの獣神様だったら『何か食べたい!』と大騒ぎしているでしょうね。
1時間が経過したところで再び才蔵から連絡が入ってくるわ。
「山吹は米子駅から山陰線に乗り込んで京都方面へと向かっています」
「やつの行き先を必ず突き止めて」
「承知しました」
さて、どこに行こうとも必ずこの大魔王が追いかけていくわよ! 山吹、もうあなたは安心して寝られる日はないと心しなさい! 私を敵に回した恐ろしさを魂に刻み付けてご覧に入れるわ。
こうして私とフィオは言葉少なにやって来た連絡船に乗り込んで米子へと向かうのでした。
大魔王様が涙を流した! これは空前絶後の大事件です! レイフェンを失った美鈴たちはその怒りを胸に秘めて山吹を追います。その結果・・・・・・ 続きは明日投稿の予定です。
前回の投稿で再び日間ローファンタジーランキングに返り咲きました! 皆さんがお寄せいただいた評価とブックマークに感謝しております。本当にありがとうございました。この小説を応援したいというお気持ちの方、ぜひとも評価とブックマークをお寄せください! お待ちしています。
溜まっていました感想への返信をまとめてさせていただきました。お寄せいただいた皆様、本当にありがとうございました。お気づきの点等がありましたらお気軽に感想もお寄せください。




