130 対決
マリアの故郷に向かっている聡史たちは・・・・・・
アレクシナツに向かう聡史たちは・・・・・・
「聡史さん、そろそろ街が見えてきますぅ!」
「そうか、無事だといいんだが」
「兄ちゃん、今度こそは串焼きにありつくよー!」
相変わらず食い物のことしか頭にない妹はこの際放置するに限る。俺は目を凝らして遠方の景色に注意を向ける。だが俺よりも妹が先に異変に気が付いた。
「兄ちゃん、ガッカリだよ! どうやら串焼きはまたお預けみたいだね。遠くから煙の臭いが漂ってくるんだよ!」
「お前はイヌか!」
車に乗って移動しているにも拘らず臭いに反応するとは我が妹ながら恐ろしいやつだ。確かに妹は並外れた嗅覚と聴覚と視力の持ち主だから、何事も真っ先に気が付くのは当然といえば当然だが。おっと、それよりも街がどうなっているのかこの目で確かめないと!
「大変ですぅ! 街から煙が上がっていますぅ!」
マリアがその異変に気が付いたのは俺と殆ど同時だった。こいつめ、中々いい目をしているじゃないか! ワゴン車が更に街に接近するとより詳細な情報が飛び込んでくる。小さな街ということだが、それにしても立ち上っている煙の量が少ないんじゃないかな? これはもしかしたらカイザーが襲撃を開始したばかりなのか?
「さくら、車から降りて単独で街に乗り込め! やるべきことはわかっているな?」
「兄ちゃん、営業中の串焼き屋さんを発見するんだね!」
「違う! この非常時に暢気に屋台を開いているはずないだろうが!」
「兄ちゃん軽い冗談だよ! このさくらちゃんがカイザーとかいうやつを派手にぶっ飛ばしてくるよ!」
「お前の冗談はわかりにくいんだよ! 運転手さん、ここで一旦車を停めてください」
「それじゃあ兄ちゃんたち! 一足先に行ってくるよ!」
ドアから転がり出す勢いで妹はワゴン車の外に出ると、そのまま全速力で駆け出していく。車で追い掛けても到底追いつかないその速度に運転役を務めるCIAのエージェントは唖然としている。
「さくらちゃんはあっという間に見えなくなったですぅ! 1人で飛び出していって心配ですぅ!」
「マリア、心配すべきはさくらが暴れて街に被害が出ないかどうかだ。俺たちも急ぐぞ! 車を出してくれ」
俺の指示にはっとして自分を取り戻した運転手はホイールスピンさせる勢いで車を発進させる。身を乗り出して妹が飛び出した方向を見ていたマリアはその勢いでカエルのような姿で床に転がっている。
「痛いですぅ! 腰を打ち付けてしまって立ち上がれないですぅ!」
「カレン、頼む」
「はい」
カレンの指先から白い光が放たれると、マリアは不思議そうな表情に変わる。
「急に痛みがなくなったですぅ! 何が起きたのか不思議ですぅ!」
「聡史! 今のはもしかしたら回復魔法じゃないの? カレンはヒーラーなのかしら?」
「そうだな・・・・・・ どちらかといえばブリーストの方が役職としては近いかもしれないな」
「神官職とか聖女なの?」
「まあ何でもいいだろう。神に仕える仕事だよ」
俺の大雑把な説明にマギーは納得しない表情を浮かべているな。今のところカレンは回復役に専念しているから正体は明かさずにこのままで押し通すつもりだ。カレンも余計な話しはせずに俺に合わせて押し黙っている。
「そろそろ街の入り口に差し掛かるですぅ! 大変ですぅ! あんなに建物が壊れていますぅ!」
「そのようだな・・・・・・ 待てよ! 壊れた建物はこの一角だけだな。どういうことなんだ?」
「きっと街の皆さんは教会に避難しているんですぅ! シスターの不思議な力が教会を護るんですぅ! 街の人は何かあると一斉に教会に逃げ込むんですぅ!」
「そうなのか、俺たちも教会に急ごう! 爆発音が聞こえてくるが教会の方向か?」
「そうですぅ! 急がないと大変ですぅ!」
だがその直後、通りに乗り捨てられた車の影響でワゴン車は前に進めなくなる。妹を先行させたのは良い判断だったな。あいつは車の屋根だろうが平気で飛び跳ねて突き進むからな。
「この車は引き返して街の外で待機してくれ。俺たちは徒歩で進む」
「わかりました」
俺たちはワゴン車を乗り捨てて徒歩で教会に向かう。すでに何かが爆発する音が鼓膜に響く距離だ。そのまま人っ子一人いない通りをマリアの案内を頼りに急ぎ足で進んでいくのだった。
同じ時間、アレクシナツから北東に200キロ離れた深い森の中では・・・・・・
「クックック、私の思惑通りにカイザーは日本の帰還者と邂逅するようであるな」
私はサン・ジェルマン、現在ルーマニアの深い森の中にある偉大なる魔女様の館に引き篭もってカイザーなる手駒の戦い振りを配下のバンパイアの目を通して注視している最中である。コウモリの姿に身を窶したバンパイアの存在に気が付かぬとは、私の目から見るにつけまだまだカイザーとは名ばかりの若輩者に過ぎぬな。
あのカイザーなる者は更なる多くの血と憎しみに染まらねばならぬ。それこそがあの憎き日本の帰還者を倒す糧となる。精々この場で抵抗してみよ。カイザーよ、未来のそなたに私も期待している。
ふむ、どうやら強い魔力が急激に接近しているようであるな。この魔力の波長は我の配下のバンパイアを軽々と倒したあの子供のような存在に違いなきようである。カイザーよ、そなたが憎しみに染まるには十分な相手であるな。より多くの憎しみを心に抱えるがよかろう。
こうして私は思考を中断して、これから繰り広げられる戦いの行方に再び目を向けるのだった。
街に全速力で向かっている鉄砲玉、ではなくて、さくらは・・・・・・
それにしてもカイザーとかいうやつは私のお楽しみを邪魔してくれるよね! さくらちゃんはカンカンになって怒っているのだ! せっかくマリアちゃんから聞いた串焼きのお肉の情報でお腹がグーグー鳴って、もう我慢の限界なんだよ! こうなったら思いっきりカイザーをぶっ飛ばして、満足するまで串焼きを食べないと腹の虫が収まらないんだよ!
おや、そんなことを考えているうちにいつの間にか街に入っていたね。入り口の周辺は瓦礫でいっぱいだから身軽にピョンピョン飛び越えちゃうよ! 先に進むと通りにはたくさん車が止まっているね。でも歩道はガラ空きだからこのまま全速力で爆発する音が聞こえてくる方向に突撃していくんだよ!
そのまま風を切って進むと教会らしき建物が見えてくるね。門の前には魔力銃を抱えて盛んに銃撃している男たちがいるよ! 全部で5人だね。まずは一まとめにぶっ飛ばしちゃおうかな。一旦停止だよ! 歩道の敷石から煙が上がる勢いでブレーキを掛けると、拳に力を込めて一気に撃ち出しちゃうよ!
キーーーン! スバババーン!
うん、いい感じに銃撃していた5人の男はさくらちゃんの衝撃波で吹き飛ばされているね。通りに転がって痛そうな表情で呻いているいる最中だね。
「貴様は何者だ?!」
おやおや、こいつは建物の影にいてどうやら無事だったみたいだね。偉そうな態度がなんだか気に食わないよ! たぶんこいつがカイザーだね。さあ、さくらちゃんに華麗にぶっ飛ばされるんだよ! 止まっている体勢から再始動すると真っ直ぐにカイザーがいる場所に向かうよ! ほらね、相手はこのさくらちゃんの姿を見失って棒立ちになったままだよ。さあて、串焼きの恨みは高くつくからね!
「それー! 天国に行くと見せかけて地獄にちゅき落とすアッパー!」
しまったー! 技の名前を噛んじゃったよ! おかげで最後のフィニッシュに若干力が入らなかったじゃないかね! その分普段よりも空に飛んでいく高さが今イチだね。これは天才さくらちゃんにとっては大失敗だよ。無理せず他の技にすればよかったね。
上空50メートルまで舞い上がったカイザーはギリギリで足から地面に着地するよ。やっぱり威力が足りなかったんだね。でもカイザーは口からダラダラと血を流して膝を付いているよ。半分くらいの威力でもそれなりにダメージがあったのかな?
「急に現れたかと思ったらこいつが私を空に打ち上げただと! 一体何者だ?」
おお! そうだったよ! 自己紹介を忘れるところだったね。ここはしっかりとアピールすべきだよね。
「ふふふ、私の正体を知りたいのかな? この私こそ、引かない、媚びない、省みない、最後のとどめに落ち着きないの4拍子揃ったさくらちゃんだよぉぉぉ!」
どうかね、このビシッと決まったポーズは? あれ、この場の全員がなんだか固まっているみたいだね。何が原因だろうかとさくらちゃんは考え込んでしまうよ。おお! カイザーだけは何とか立ち直ったみたいだね。
「貴様は日本の帰還者だな! 何故あの化け物のような男が来ないんだ?!」
「化け物? ああ、兄ちゃんのことか! もうすぐやって来るよ! もうその辺まで来ているんじゃないのかな」
「そうか、ならば貴様ら2人とも心臓を抉り出して血を大地にぶちまけてくれるぞ!」
「それは無理だね! 相手をするのはこのさくらちゃん1人で十分だよ! それに串焼きの恨みもあるからね。最初の一撃は失敗したけど、今度は華麗にぶっ飛ばすよ!」
「これだけの人数に勝てると思っているのか? これだから馬鹿なガキは救いようがないんだ。おい、全員で狙い撃ちにするのだ」
「はっ!」
バシュ、バシュ、バシュ!
おやおや、横合いから起き上がった連中が魔法銃をぶっ放してきたね。人がポーズを取っているのに邪魔するんじゃないよ! もう1回地面に寝転ばしちゃおうかな。飛んでくる魔力弾を今度はさっきよりも強めの衝撃波で迎撃するよ。ほらほら、いわんこっちゃないね! 魔力弾を消し飛ばした私の衝撃波がついでに5人まとめて後方2回宙返りをさせているよ。あっ、頭から石畳に突っ込んで行ったね。これはちょっと痛そうだよ。まあいいか。
「おい、そこのクソガキ! 貴様たちは兄妹揃って化け物なのか?!」
「どうもさっきから人をガキ扱いしているね。これはちょっと強めのお仕置きが必要だね」
「質問に答えろ!」
「どんなお仕置きがいいかな? タマを躾けたギャラクシーイリュージョンお回りなんかどうかな?」
「何の話をしているんだ?」
「そういえばポチとタマにしばらく顔を見せていなかったよ! 寂しがっていないかなぁ?」
「ダメだ、まったく会話が成立しない」
おや、私がちょっと考えに没頭していたらカイザーが呆れた顔をしているよ。失礼なやつだよね! さくらちゃんを馬鹿にした分更に倍返しにするよ!
「まあいい、妹を殺されて泣き叫ぶあの化け物の顔が見られるのなら構わないであろう。このカイザーには2度の敗北など有り得ないからな」
「いいから早く私にぶっ飛ばされるんだよ!」
「ようやくギリギリで理解可能な返答が返ってきたな。このカイザーの力をその目で見よ! 真魔装備よ、私の元に!」
おや、カイザーの体が光に包まれたかと思ったら真っ黒な鎧に身を包んで登場したね。これはもしかしてちょっとは歯応えがあるのかな? なんだか楽しみになってきたよ! でも串焼きの方がもっと楽しみかな。
「私がこの真魔装備を身に着けたからには貴様には勝ち目はない! この指輪と剣の力で相手の魔力を封じて更に自らの鎧の防御力に変換する究極の装備なのだ!」
「ふーん、そうなんだ。それはよかったね」
特に興味がない話だね。さくらちゃんは魔力に頼って戦っていないから大した影響はないんだよ。それじゃあ始めようかな。両手に嵌めているオリハルコンの篭手に力を込めて思いっきり殴るよ!
ガキーン!
心臓の辺りに私の拳が決まったね。普通の相手なら一撃で倒れているんだけど、このカイザーは足を踏ん張ってギリギリで耐えているね。たぶん私の魔力を利用している分だけ鎧の防御力が高いんだろうね。
「フッ、実に危険な攻撃ではあったが我が真魔装備の無敵の防御を超えられないようだな。次はこちらから行くぞ! 喰らえぇぇぇ!」
「そんな動きなんか止まって見えるよ!」
カイザ-が振り下ろしてくる剣を軽く右に回避すると左手で脇腹にフック気味にパンチを入れてみるよ! それにしても『フッ』ていう笑い方はどうかと思うよ。どこかにいい薬が売っているといいね。厨2病に効く薬ってあるのかな?
「グッ! まだこんなものは効かぬ!」
薬は効かないみたいだけど、私のパンチは鎧越しにもダメージがあるんだね。顔色がだいぶ悪くなってきたよ。でもこのままじゃ華麗に決められないんだよね。身体強化しちゃおうかな・・・・・・・ あれ? そうか! 私の魔力を封じたってさっきカイザーが言っていたね。すっかり忘れていたよ。
「喰らえっ!」
また剣を振るってくるね。無駄なんだよ、そんな遅い剣じゃいくら振ってもさくらちゃんには当たらないからね。それにしてもどうしようかな・・・・・・ 今まで機会がなかったアレを出しちゃおうかな。
さくらちゃんは自分から下がってカイザーとは距離を取るよ。ついでにまた起き上がろうとしている5人組に衝撃波をお見舞いしちゃおうかな。ほらほら、今度は踏ん張りが利かないから木の葉のように宙をクルクル舞っているよ。あっ、また頭から地面に落ちていったね。どうでもいいか。
さて、さくらちゃんにはまだお見せしていない最終兵器があるんだよ! 私は通称『裏さくら』と呼んでいるんだけどね。これは魔力ではなくて体内の気を練って攻撃力強化に繋げる技だよ。とっても危険だから中々使う場所がなかったんだけど、今日は思い切ってやってみようかな。
精神を集中して体を巡る気を十分に練り上げていくと体からじんわりと汗が出てくるね。気を練ると老廃物の排出効果もあるから健康にいいんだよ! でも今は戦いのために気を練っているからそれはどうでもいいね。体を巡る気で次第に熱く感じてきたら準備完了だよ!
「さあ、行くよ!」
右手は拳じゃなくって掌打の構えだよ。この方が効果が高いからね。一気に動き出すとカイザーの懐に飛び込んでいくよ。
「これでお終いだよ! 迷わず成仏波!!」
「これは何だ・・・・・・ グワーーー!」
さくらちゃんの掌打がカイザーの鳩尾にきれいに入ったよ。手の平から飛び出した気が鎧を付き抜けて体を通り過ぎて背中側から飛び出していくね。カイザーの体は私の気で内部から破壊されていくから、痛みを感じるのがワンテンポ遅れるんだよ。私が手の平でその体をちょっと押すと、カイザーは口から大量の血を吐いて後ろに倒れていったね。
「ま、まさか私が再び負けるとは・・・・・・」
カイザーの口から小さな声が漏れてくるね。それっきりガクッと動かなくなったよ。さくらちゃんに掛かるとどんな相手でも最期はこうなるんだからね! 地獄に行ってからもよく覚えておくといいよ!
ちょうどその時・・・・・・
「さくら、もう終わったのか?」
「なんだ、兄ちゃんたちは今頃来たんだ。もう終わっちゃたよ」
カイザーは地面に横たわってもう動かなくなっているね。『どうか迷わず成仏してください』という気持ちを込めた私の裏の必殺技だからね。このまま閻魔さんと面会しに行くんだよ! おや、あっちでは私の衝撃波を発喰らった連中がまた起き上がろうとしているね。
「さくらちゃん、カイザーの親衛隊は私に任せて!」
ありゃ、マギーちゃんが張り切って駆け寄っていくよ。まあいいか、私は久しぶりに裏技まで使って満足しているからね。
バシュバシュバシュ!
カイザーの親衛隊は迫り来るマギーちゃんに向かって魔法銃を乱射して寄せ付けまいと抵抗しているね。でもマギーちゃんは巧みなステップでかわし様に1人にハイキックを放つよ。
バキッ!
「ごわっ!」
今度は振り向き様に次の相手の顔面に裏拳がヒットしているね。私と訓練した時よりもなんだか威力が上がっているみたいだよ。親衛隊は軽々と吹っ飛んでいくね。あの動きはマーシャルアーツかな?
「これで終わりよ!」
「げふっ!」
最後の1人の顔面に真正面からパンチが入ったよ。なんだか殴られた男の顔が凄いことになっているね。どうやらマギーちゃんは私と同じタイプで近接格闘系だね。中々いい腕をしているよ。
こうして私とマギーちゃんの活躍でカイザーと親衛隊は討ち取られてこの街での戦いは終結したんだよ!
この様子をコウモリを通して見ていたサン・ジェルマンは・・・・・・
「抵抗はしたものの、やはり敵わぬ相手であったか。どれどれ、良き具合にカイザーなる者の心は憎しみに染まったであろう。頃合であるな」
私はその場に配しているバンパイアを通して転移の術式を放つ。このまま朽ちて死んでいくには惜しい手駒であるから、私の手元でより強くなってもらおうではないか。そしてあの憎き日本の帰還者を倒し、天使の身柄を偉大なる魔女様に捧げるのだ。
再びアレクシナツの教会前では聡史たちが・・・・・・
「兄ちゃん、なんだか魔力の気配を感じるよ!」
「さくら、どの辺りだ?」
「あっちの木から感じるね」
妹が指差す方向には大木があり確かにそこから強い魔力が感じられる。一体誰が何の目的で? 俺は念のためこの場にいる全員を自らの魔力で包み込む。
魔力の行方に注目していると、その魔力は真っ直ぐにカイザーとその手下たちに向かって放たれる。その結果・・・・・・
「ありゃりゃ、消えちゃったよ!」
「これは転移の術式のようだが、行き先は皆目見当がつかないな」
「カイザーたちを奪われたっていうのかしら?」
「どうやらこいつらを操っていた黒幕がいるようだ」
俺と妹とマギーが話しこんでいると、マリアが横から割り込んでくる。
「聡史さん、教会の中の様子が気になりますぅ!」
「そうだったな、急いで内部を確認しよう」
「みんな無事でいて欲しいですぅ!」
こうして俺たちは教会の敷地に入ろうと正門を潜るのだった。
消えてしまったカイザーは・・・・・・ この続きは週の中頃に投稿します。
これでヨーロッパ編は一段落・・・・・・ でもないようで、新たな企みが水面下で進行中、果たして誰が何を計画しているのかはまだ秘密です。
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