13 開戦とスクランブル交差点
お待たせしました、13話の投稿です。
今回いよいよ世界戦争の火蓋が切られるお話しになりました。
後日聞いた話だけど、中華大陸連合の陸上戦力がロシアに侵攻したのは大体次のような流れらしい。
沿海州方面の中華連合とロシアとの国境沿いは川か山岳地帯だ。司令官は『アムール川を越えた』と話していたけど、実際に中華連合は2箇所から越境作戦を決行した。
豆満江からは旧韓国と旧北朝鮮の連合軍が揚陸艦まで用いて韓国製のK‐1戦車やK‐2戦車を沿岸部から揚陸して、ロシア第5軍の軍本部があるウスリースクに侵攻するルートを取る。もちろん旧北朝鮮政府が所持していた中短距離ミサイルは事前に戦略目標目掛けて残弾が無くなるまで撃ち尽くしたあとだ。
突然のミサイル攻撃にロシア航空軍基地は滑走路の補修が終わるまで迎撃機を飛ばせずに歯噛みする思いをしている。同じようにロシア太平洋艦隊も停泊中の船舶や港湾施設に大きな被害を受けて、復旧の目処が立たなくなっていた。
旧北朝鮮の部隊は小銃と僅かな食糧だけを手にして、雲霞のように豆満江を押し渡っていく。虎の子のホバークラフトや軍用ボートだけでなくて、河で漁をする漁船まで駆り出して有りっ丈の兵力で河を渡ろうとする。対岸からはロシア国境警備兵がバルカン砲とAK自動小銃の弾丸の雨を降らせるが、多くの犠牲を払いながら迎撃の網を掻い潜って1艘が岸に辿り着くと、そこからロシア側の守備網に穴が開いて多数の旧北朝鮮人民軍の侵入を許した。
ロシア国境警備隊も対岸に兵力が集結しているのを知って人数を掻き集めて警備を強化していたが、想定をはるかに上回る人海戦術の前に国境を突破されて、止む無く守備ラインを下げる決定をする。豆満江とクラスキノの中間点に陣を構築して、無傷だったポクロフカの第719ロケット連隊と第958対戦車砲連隊を南下させてこれを迎え撃とうとする。
旧韓国と旧北朝鮮は中華大陸連合に組み込まれてから国民全体がまるで奴隷のような過酷な扱いを受けていた。兵士たちは仮に生きて戻ったとしても、死ぬよりも辛い生活が待っているので、半ば自棄になってロシアの陣地目掛けて突っ込んでいく。中華連合に占領された現在の朝鮮半島こそこの世の地獄なのだ。地獄から抜け出す最も手っ取り早い方法は死ぬことだった。死すら褒美に感じる程に追い込まれた兵士たちは、ロケット砲や対戦車砲の砲弾が飛び交う中で付近に次々火柱が上がっても全く怯まずに前進を続けるのだった。
血で血を洗う激戦が繰り広げられている豆満江戦線だが、ここでの戦いは中華大陸連合の軍首脳部にとっては戦略上それ程重要視されてはいなかった。要はロシア軍をこの場に引き付けてくれれば良い箇所だった。そして現在陽動部隊として占領地の兵士たちは実に良くやっているのだった。
朝鮮半島の両国は中華大陸連合に無血開城して国権を明け渡した。そんな占領地の住民や兵士の命など、首脳部にとっては単なる消耗品に過ぎない。どの道最初から食料収奪による飢餓で人口を半分以下にする予定の朝鮮半島だ。
こうして南部にロシアの注意を引き付けてから、夜陰に紛れて中華大陸連合が誇る帰還者『セブンス・ドラゴン』のうち、3龍、4龍、7龍の3人がロシアの警戒網を破って国境を越えていく。彼らには戦略上重要なロシア軍基地の殲滅という任務が与えられていた。
唯一橋で繋がっている三盆口からウスリー川を渡って、3人は国境警備隊の詰め所に襲い掛かる。そこに居る警備兵を手早く皆殺しにすると、軍用車両を奪ってルートA187を南東に進んでいく。第1目標は国境沿いの街ポロタフカの先にあるポログフカだ。旧韓国・北朝鮮軍の迎撃のために半数が出撃して手薄になったところに3人の帰還者が襲い掛かる。
どんなに厳重な警備をしていてもロシア軍基地は帰還者の前には無力だった。3人は警備の穴を突いて進入を果たすと、寝ている隊員をまとめて皆殺しにしていく。物音に気がついて小銃を手に散発的に抵抗する兵士の姿もあるが、その程度の武装では帰還者の前では気休めに過ぎなかった。銃弾の雨を涼しい顔で潜り抜けて、3人の帰還者は基地全体の人員を殲滅していく。いくら多種多様な武器が保管してあっても、それを動かす人間がいなければロケット弾や重火器はただの鉄の塊に過ぎない。
「殲滅完了! 次の目標はロシア第5軍の本部があるウスリースクだ」
こうして3人の帰還者が戦略上重要な基地を片っ端から潰していく。その後から中華大陸連合の機動部隊や夥しい歩兵が悠然と侵攻してくるのだった。
帰還者たちの襲撃に気が付いた街の住民は殆ど居なかった。彼らが異変に気が付くのは中華大陸連合の大軍が街の近郊に姿を見せてからだ。
「逃げろーー!」
「ロシア軍は何をしているんだ!」
「こっちだ! 早くしろ!」
住民たちは手に僅かな荷物を持っただけの姿で車に乗り込んで避難を開始する。だが何の予兆もなく突如現れた中華大陸連合の大軍を前にして逃げ遅れた住民も多数に渡った。街を包囲した兵士に居残った住民は次々に銃を突き付けられて広場に引き出されていく。
広場に集められた住民は『若い女性と子供』と『大人の男性と婦人と老人』の2つのグループに分けられた。そして後者のグループには容赦なく兵士たちが引き金を引いた。
タタタタッタッタッタタタタタタタタタタタタタタタタタタッタタタタタタタタ!
「あなたーーー!」
「おとうさん! お母さん!」
悲鳴が響き渡る広場にたっぷり3分以上銃声が響くと、その場所に立っている人の姿は無くなっている。全員体のどこかから血を流して地面に横たわっているのだった。中にはまだ息があって呻き声を上げている人の姿もある。
「連行しろ」
指揮官の命令で、若い女性と子供たちは街の大きな建物に連れられていく。おそらく彼らにはこれから銃殺された人たちよりも恐ろしい運命が待っているに違いない。女性たちは兵士の慰み者にされて、子供たちは・・・・・・ これ以上想像するのは止そう。
そもそも中華大陸連合という国家は国民の人権すら認めていない。したがって占領地の他国の住民の命に配慮するという認識を全く持っていいなかった。『捕虜虐待を禁じたジュネーブ条約など知ったことか!』というのが2千年来続いてきた伝統的な中華民族の考え方だ。それは現在チベットやウイグルでどのような人道に背く行為が行われているかちょっとググレばわかる話だ。それがより過激に行われていると考えてもらえればわかるだろう。
これが中ロ開戦直後の様子だった。俺は後日衛星からの情報を分析した係官からこんな話を聞いただけなので、細かな部分まで正確かと言うとそれはどうだかわからない。でも上から見た様子を分析した結果なので、大抵の部分ぱ合っているだろう。まあどこの世界でも戦争というのは幾多の悲劇を生み出す。もうなんだかあっちの世界でこんな光景をたくさん見過ぎて、どうも俺の感覚が麻痺しているようだけど。
さーて、話を日本に戻すかな。
俺たちがマークしている中華大陸連合の帰還者は現在渋谷に来ている。妹が気配を消して直後を尾行中でどうやらまだ相手が気が付いた様子はない。妹の気配遮断スキルは俺すら上回っているからな。食事中に気配を絶って俺のおかずに箸を伸ばしてくる。もちろん気が付かないうちに俺はいつもおかずを奪われていた。これは家に居る頃の食事中の出来事であって、国防軍に入隊してからは好きなだけ食べ放題なので妹は俺のおかずには興味を示さなくなっている。
相変わらずスクランブル交差点を行き交う人と車列が途切れないな。俺の目に入る人だけでこの近辺に居るのは何万人にも上るだろうな。俺は今近くのビルの屋上から路上を見下ろして監視中だ。美鈴は通りの反対側のビルの屋上に居る。この距離ならば十分に大魔王の魔法が届くから、こうして上から標的を見下ろしている方が有利だ。
帰還者は男女2人組でスクランブル交差点を渡っている。屋上から見ても2人が無意識に放つオーラが普通の人間ではないと告げている。あんなオーラを放ってくれれば、俺の探査スキルで追跡は楽勝だ。
おや、交差点を渡りきった男の体から急激に魔力が放出されているぞ!
「さくら、注意しろ! 魔力が放出されている。何らかの異変があればすぐに動き出せ!」
「兄ちゃん、私にもわかっているから安心していいよ! それじゃあ尾行にも飽きたからそろそろぶっ飛ばそうか!」
スマホの通話はオンにしてあるので妹や美鈴との通信は常時可能だ。イヤホンに流れる音声ですでに妹の準備が完了している様子を知って一安心する。だが俺が一瞬気を緩めたその時、スクランブル交差点やその周囲に大小20くらいの魔法陣が浮かび上がる。まだ交差点を歩く人々は何も気が付かない様子で足早に魔法陣の上を歩いている。
「美鈴、不味いぞ! 何か策はあるか?」
「このままだと周囲の人たちを巻き込みそうだから、ちょっと難しいわね。今いくつかの魔法陣に干渉して効力の無効化を試しているけど、相手の魔力がそれなりに強力だからどこまで効果を発揮するかわからないわ」
「そのまま実行してくれ! 何かあったら俺はそのまま突っ込んでいく!」
「了解、よろしくね」
美鈴の声は全く変化がなく冷静なままだ。だからこそこんな緊急事態でも頼りになる。さあて、魔法陣からは何が出てくるやら。
2人組のうちの男の方から更に大量の魔力が放出されると、魔法陣から現れる異形の姿が俺の目に飛び込んでくる。一番大きな魔法陣からは大蛇がウネウネとトグロを巻いて鎌首を持ち上げながら出てきた。あとから調べてもらったらこの大蛇は『巴蛇』と呼ばれる中国古典の中で出てくるゾウすら飲み込む大蛇らしい。
突如スクランブル交差点に出現した巴陀を見た群集は大パニックに陥る。我先にその場から逃げ出そうと走り出して、周囲の人とぶつかって転倒する人たちが後を絶たない。中には転倒した人に躓いて人が折り重なって倒れている。これでは群集のパニックだけでも多数の犠牲者が出かねないぞ。
「さくら、行け!」
「うほほー! お馴染みのご臨終パンチだよー!」
イヤホンから聞こえてくる様子だとすでに妹は巴陀に向かって襲い掛かっているところだったようだ。下を見おろすとせっかく現れたばかりの大蛇の首が凄い勢いで右に左にぶっ飛ばされている。あっ、消えた!
大蛇は消えたものの、浮かび上がった魔法陣からは牛頭馬頭の怪物が合計8体、羅刹鳥と呼ばれる鶴のような姿の鋭いクチバシと大きな鉤爪を持った凶鳥が5羽、全身が炎に包まれた禍斗という大型の犬が5体現れている。美鈴の干渉は魔法陣1つを潰しただけだった。あとから話を聞くと魔法陣というのはそれだけで強固な防御結界を成しているので、外部から魔力で干渉するのは困難を伴うらしい。物理的に魔法をぶつければ破壊は簡単なのだが、今回は周囲に人が多過ぎてその方法が取れなかったらしい。
スクランブル交差点では周囲を禍々しい姿の妖鬼に囲まれて中には恐怖でその場にしゃがみこんでいる人々が多数出ている。車に乗っている人たちも続々と車外に逃げ出している。大混乱に巻き込まれた交差点をこれ以上放っておく訳にはいかない。
俺は犠牲者が出る前に躇いなく10階建てのビルの屋上から飛び降りる。このくらいなら下のクッション次第ならまあ何とかなるだろう。おあつらえ向きにいい感じのデカイ目標があるし。
ドーーン! メキメキ、グシャッ!
はい、無事に着地成功! 今にも付近でしゃがみこんでいる人に太い腕を振り落とそうとしていた牛頭の化け物の上に降り立ちましたよ。もちろん牛頭は頭が砕けてそこいらに肉片を撒き散らして死んでいる。あっ、こいつも消えちゃったよ! どうやら魔力で生み出された擬似生命体らしいな。
「さくら、化け物は任せるぞ!」
「あいよ兄ちゃん! こいつら見掛け倒しで大したことないね!」
妹よ、兄は早く現実に気が付いてほしいぞ。化け物は人を簡単に殺せる力を持っているんだ。場合によっては重火器も効果がないかもしれない。それをたった1発のパンチで屠っているお前が常識からはるかに逸脱しているんだぞ!
妹に化け物たちの始末を任せると、俺は進路上に居る馬頭や鉤爪で襲い掛かろうとする鳥を殴り付けて大人しくさせながら帰還者の2人が居る方向に突進していく。
そして俺がビルの壁際に建っている2人の前に到着すると、彼らは余裕の表情で俺に出迎えの声を掛けてくる。
「ようやく姿を現したか、この小日本の帰還者めが! 今から我々が東京を蹂躙するのを指を咥えて見ているか、それともこの場で死ぬか好きな方を選ばせてやるぞ」
「はあ、どこにでも居るんだよな・・・・・・ こんな勘違い野郎がさ。ちょっと強くなっただけで大方『自分こそが世界最強』とか言って粋がっているんだろうな。どの道死んでいくんだからどうでもいいけど、首を飛ばされて死ぬか体がバラバラになって死ぬか、どちらか嫌いな方を俺が強制的に選んでやるよ!」
「小僧が粋がるなよ!」
すでに周囲から人も車も消えている。勇気ある付近の交番の警官が避難誘導を進めてくれたおかげだ。俺が警視総監だったら彼らは1階級特進にしてやりたい。周囲では妹がすっかり化け物を片付けているし、どうやら美鈴は重力を操ってビルの屋上からこちらに飛行している最中のようだ。
さて準備は整ったから、口の利き方を知らない生意気な帰還者に真の実力の違いというものを見せてやろうかな。俺は口元に笑みを浮かべてゆっくりと2人に近付いて行くのだった。
改めてご注意申し上げますが、この作品は私たちが今存在している地球とは別の平行世界の出来事を描いています。仮にそこに出てくる国の名前などが同じであっても、別の世界でたまたま同じだったという全くの偶然ですのでご了承ください。




