128 行動開始!
いよいよカイザーとの対決に向かって動き出します。
数日前のモスクワでは・・・・・・
「クリミア半島に送っている占領部隊と連絡が取れないぞ!」
「ここ数日で6個師団からの連絡が途絶えた。一体何が起きているんだ?」
「状況がまったくわからない! あまりに不可解な点が多いので確認のために偵察機を送れるか?」
「困難な状況です。ウクライナ軍がすでに半島全域に進駐を再開しました」
「何とか情報を集めるんだ!」
こうしてほぼ無抵抗でカイザーによって全滅に追いやられたクリミア半島占領軍を巡って、ロシア軍の中枢部は対応の糸口すら見つからないまま時間だけが過ぎていくのだった。現地に紛れ込んでいる工作員からは『少人数による襲撃』という報告が上がってはいるが、一体誰が何の目的でロシア軍に牙を剥いたのかは不明なままであった。
だが数日後、ついにロシア側にもこの一件に関わっている人物の正体が明らかになってくる。
「黒海沿岸のアナバとノヴォロシスクが何者かの襲撃を受けて街ごと壊滅した模様です!」
「なんだと! 我が国はなんという悪魔に魅入られたのだ!」
数日間というごく短い期間でクリミア半島のロシア軍を攻め滅ぼした勢力によって、ついに黒海の対岸にあるロシアの都市が壊滅と表現される被害を出すに及んでいた。その後、続報で敵対勢力はやや内陸にある大都市グラスノタールを襲撃しているとの報告が入ってくる。この一報を受けてロシア軍も手を拱いていた訳ではなかった。北方のドネツクと北東にあるボルコグラードの師団を編成してグラスノタールに大至急向かわせていた。
だが増援師団が到着した頃には襲撃者たちはすでに街を発ち去っていた。数少ない生き残り住民の情報によると5、6人のグループが車に乗って南へと向かったとのことであった。さらに様々な情報を総合すると彼らはグラスノタールから南下して隣国ジョージアとの国境を抜けたらしい。それから先はどこへ向かったのかはロシアの情報機関も詳細を掴めなかった。
だがグラスノタール並びに他の街の救助活動と平行して行われた監視カメラの映像解析によって徐々に襲撃者の正体が明らかになってきた。迫撃砲から未知のエネルギーを乱射しながら次々に建物ごと街を破壊するその姿はまさに悪魔そのもののように映る。そして多くの監視カメラの映像を集めてコンピューターで画像解析に掛けた結果、ある1人の人物が浮かび上がってきた。
「まさかアメリカの帰還者がなぜ我が国に攻撃を仕掛けてきたのだ?!」
この時点でロシア諜報機関はカイザーがドイツに亡命したという事実を掴んではいたが、その情報は国防軍の中枢部に齎されてはいなかった。そしてこの事実が政府に報告されると、ロシア政府は極度の緊張状態に包まれる。アメリカが帰還者を送り込んでロシアを直接攻撃したという事実の誤認が発生していた。
「なんということだ!」
側近からこの報告を聞いたブーニン大統領は頭を抱える。現在沿海州では中華大陸連合との血みどろの争いを繰り広げている。そこへもって来てアメリカまでが敵に回るというのはロシアにとっては悪夢であった。一歩間違うと国家そのものが崩壊しかねない困難な状況に追い詰められた大統領は一縷の望みを託してアメリカとのホットラインを繋ぐように指示を出す。回線が繋がるまでの1秒1秒がまるで永遠のように感じる程、日頃は強気の発言をするブーニンはこの時追い詰められていた。
「ハロー! プレジデント、ブーニン! ご機嫌はいかがかな?」
しばらくの時間の後にモニターには明るい表情のアメリカ大統領が映し出される。ブーニンは開口一番マクニール大統領に抗議の声を上げる。
「マクニール大統領! 貴国は何を考えているのだ?! 我が国に何か恨みでもあるのか?」
「恨みがないとは言えないが、ブーニン大統領が顔を真っ赤にして私に抗議してくる心当たりはない」
「クリミア半島とグラスノタールで引き起こされた惨劇はマクニール大統領の指示なのだろう」
マクニール大統領の頭には???が浮かぶ。現在アメリカは中華大陸連合を相手にした本格的な戦争を継続中で、とてもロシアに手を伸ばす余裕などないのは周知の事実なのだ。それがこうしてロシア大統領からホットラインを通じて抗議を受ける事態に当惑している。
「貴国のクリミア半島侵攻には反対していたが、私はその地域に関してここ1年間は特に指示は出していない」
「ならば貴国はカイザーなる帰還者を派遣して我が軍に甚大な被害を与えた点をどのように釈明するつもりだ?!」
ブーニンは追い詰められているという本音を隠してあくまでも強気に捲くし立てる。ここで弱味を見せては負けだとでも考えているのだろう。
「カイザーだと? これはまた忘れたい名前が出てきたものだな。彼は我が国の国籍を離脱して現在ドイツ国籍となっているよ。彼は完全に我が国との関係は断ち切っている。今更何をしようと我が国の責任は及ばない問題だ」
「そ、それは本当か! この一件にアメリカは関わっていないと?」
「その通り。もちろん我が国もそれなりに情報を集めてはいるが、今はまだクリミアで何が起きているかを調査している段階だよ。その点ブーニン大統領から齎された情報の価値は高い」
国際政治とは非情な世界である。手元を離れたカイザーたちがこうしてロシアを苦しめているという事実はアメリカにとっては欧州政策を進める上では歓迎すべき事態だった。他人の不幸は蜜の味がしてくるとマクニールは腹黒く考えている。
「それでは今回の一件の黒幕はドイツだと・・・・・・」
「可能性は高いだろう。貴国は中華大陸連合と紛争中だ。そして我が国も彼の国とは戦争状態にある。ドイツにとってはどちらも潰れて欲しい国家だろうな。もちろん我が国としてはドイツの責任を追及して国際社会と歩調を合わせて非難する用意はある」
「頼むからあのカイザーを何とかして欲しい! 我々の手にはとてもではないが負えない相手だ!」
「そうだな・・・・・・ 所属を離れたとはいえ合衆国の一員であった人物だ。彼を管理出来なかった責任の一端を認めよう。現在イギリスに我が国の帰還者を派遣している。ちょうど手が空いたようだからカイザーの抹殺に向かわせよう」
「よろしく頼む」
ブーニンは安堵の表情を浮かべている。現在唯一の超大国アメリカを敵に回さずに済んだという安心感故の表情であった。だが彼は知っている。国際社会での貸し借りは後々大きな利息を付けて返さなければならないのだ。アメリカからどのような要求を突き付けられるかを考えると安穏とはしていられないブーニンであった。
その日のうちにロシア大統領の名前で国際社会に向けての声明が発表された。その内容は帰還者を派遣してクリミア半島並びにロシア国内に大虐殺を齎したドイツを非難する内容で溢れていた。証拠となる監視カメラの映像も同時に公表されたので、ヨーロッパ各国はドイツに対する非難一色に染まる。特にイギリスは口を極めてドイツを罵る声明を発表したのは注目に値するであろう。もしもロシアでなかったら自国がカイザーによって蹂躙される可能性があった故の過剰な反応とも言えるのだった。
ロシアからの声明が発表される直前、ブルガリアの首都ソフィアでは・・・・・・
「カイザー、ここからセルビア国境までは100キロもありません」
「そうか、しばらく移動の日々だったから流血はご無沙汰だった。明日から気が済むまで暴れまわって構わぬ」
彼らはグラスノタールを攻撃中にドイツ政府、正確には政権内部に巣食っていたサン・ジェルマンからセルビアへの転進を命じられた。その指令は未だに有効なので、彼らは国家保安局の手引きによってセルビアの隣国であるブルガリアまでやって来ていた。グラスノタールから南部の国境を越えてジョージアに入り、そこからさらに南のトルコに渡ってイスタンブールを経由してブルガリアに到着していた。黒海を右回りにほぼ半周した形だ。
「グラスノタールを発ってからは旅行者を装っておりましたから腕が鈍ってしまいそうでした。明日から精々スラブ人どもの血を大地に流してやりましょう」
「その通りだ。住民を根こそぎ抹殺するような気概で臨むのだ。国境を抜けてしばらく進むとニーシというそこそこの規模の街がある。その地を第1の目標と定める」
「我らのカイザーに栄光あれ!」
こうして彼らは陸路でニーシの街を目指すのだった。
その頃、ロンドンでは・・・・・・・
俺はベルガー並びに司令から齎された情報を大急ぎでこの場にいるメンバーに伝えようとしているところだ。
「カイザーの行方が判明した。やつの次の狙いはセルビアとのことだ」
「私の国じゃないですかぁ!」
ああ、そういえばすっかり忘れていたな。マリアはセルビア出身だとハイジャック現場で白状していたっけ。ところでセルビアってどんな国だろうな?
「おい、マリア! セルビアはどこにあってどんな国なんだ?」
「聡史さん! そんな暢気なことを言っている場合ではないですぅ! 私の国が大ピンチなんですぅ! 早く出発するですぅ!」
「そんな急に言っても今から飛行機を手配するとなるとそれなりに時間がかかるぞ」
「何とか早く到着して欲しいですぅ! 大勢の人たちが酷い目に遭いますぅ!」
その通りなんだが、今から航空券を手配するとなると・・・・・・ 待てよ! ヨーロッパの飛行機ってどうやって予約するんだ? 英語か? フランス語か? それからどこに電話をするんだ? わからないことだらけだぞ! こういう時はマギーが頼みの綱だ。彼女に声を掛けようとしたら誰かと電話でしゃべっている最中だった。
「はい、了解しました。ではレイクンヒース基地に向かいます。通信終了」
通話を終えたマギーは全員の方に顔を向ける。
「私にカイザー抹殺の命令が下ったわ。米軍が全面協力するそうよ。今から大急ぎで航空基地に向かって、そこからトルコにあるインジリキ航空基地に飛ぶわよ!」
さすがは豊富な軍事予算のアメリカだな。ヨーロッパの各地に航空機を運用する飛行場を確保しているから、どこでもひとっ飛びで行けるらしい。羨まし過ぎるぞ! どうか日本政府様、国防軍の予算を増やしていただけないものでしょうか?
ということで俺たちは荷物を取りまとめてヘリでソールズベリーを出発する。マリアの故国の運命が懸かっているからことは一刻を争う。ヘリが空軍基地に到着するとすぐに駐機している輸送機に乗り換えて、トルコにあるインジリキ航空基地に向かう。この基地はトルコの南部、地中海の一番奥に当たる場所から20キロ程内陸に入った場所にあるらしい。3000キロ以上離れているから5時間近くは掛かるかな。
輸送機の機内では・・・・・・
米軍の輸送機には2度目の搭乗だけど今俺たちが搭乗しているC-137ストライナー・ボーイングは空軍が運用する人員輸送機で、元となった機体ははボーイング707だ。大元が旅客機として設計されている機体なので内部も簡素な仕様ではあるが旅客機そのものだ。日本の国防軍のC-2輸送機のように窓側一列に座席が並んでいる機内とは大違いだ。
ただし外見は旅客機ではあるが所属が米軍のため民間の飛行場には協定がない限りは着陸できない。セルビア国内にはアメリカが協定を結んだ飛行場がないので、遠回りになるがこうして一旦トルコまで飛んでから民間機に乗り換えてブルガリアを目指すルートを取るらしい。その機内では隣に座ったマギーが話し掛けてくる。
「聡史、不思議な話なんだけどここ最近私の魔力が上昇しているのよ。どうしてなのかしら? まったく心当たりはないのに」
「さ、さあ・・・・・・ どうしてなんだろうな?」
マギー本人には心当たりはなくても俺には大有りだぞ! 俺の体の周囲は常に大量の魔力が取り巻いている。俺自身魔力を完全に制御し切れている訳ではないから、その一部は体を離れて空気中に溶け込んでいくんだ。それを知らないうちに吸い込むと保有する魔力が上昇するケースが確認されている。そう、妹の親衛隊たちと同様の現象がマギーにも発生しているのだ。
「マギーさん、それは大変喜ばしいことです。聡史様の魔力を取り込むと魔力が上昇する人がいるんですよ。私やさくらちゃんは誤差の範囲なので気にはしませんが、今でも徐々に増えているのは事実です」
「カレン、秘密をバラすんじゃないぞ」
まあこれは大した秘密ではないからバレてもいいんだけど。カレンも悪気があってマギーに教えたんじゃないしな。アニメ愛好者として仲良くなった彼女の素朴な疑問に答えただけだ。
「ええ! 聡史の近くにいるだけで魔力量が上昇するの! これは私的には美味しいなんてものじゃないわね!」
マギーは喜びと同時に納得の表情を浮かべているな。この前駐屯地で魔力が上昇している人間がいる話をしたばかりだから、それが自分にも当て嵌まっている点で納得がいったのだろう。
「聡史様は大変な魔力を宿していますから、自ずと周囲もその影響を受けるのは当然です。殊に私などは口移しで魔力をいただきましたから」
「なんですって! カレンは聡史から口移しで魔力をもらったの! 聡史、今すぐこの場で私にもしなさいよ!」
なんというマギーの無茶振り! 俺は輸送機の中でマギーと口移しをするのか! 出来る筈ないだろうが、場所を弁えろ! おっと、それよりももっと大事な確認事項があったな。
「マギー、ちなみに魔力はどのくらいあるんだ?」
「800万くらいね。これでも現在は全米一位よ」
「無理だな。億単位の魔力が流れ込むんだぞ。体内に吸収し切れない魔力が暴走して死ぬだけだ」
「お、億単位ですって! そんな膨大な魔力をカレンは吸収したって言うの?!」
「大変美味しくいただきました。もっとたくさんいただいても良かったのですが、聡史様が気を失ってしまいました」
そうだったな・・・・・・ あの時はまさかあれ程大量の魔力が必要とは思っていなかったからリミッターを外していなかったんだ。おかげで急激に体から魔力が抜けて俺自身初体験の魔力切れを起こした。もちろんすぐに体内から湧き上がる魔力が充填されたけど。
「カレン、あなた・・・・・・ 何者なのよ?」
「さあ、何者でしょうか。意外とマギーも良く知っている存在かもしれないですよ」
カレンの謎にマギーは首を捻っているな。まさか今話をしているのが本物の天使だとは思わないだろう。俺たちの隣では妹とマリアが話し込んでいる。
「マリアちゃんの故郷は美味しい物があるのかな?」
「さくらちゃん、楽しみにしていてくださいですぅ! セルビアはお肉料理が自慢ですぅ! 串焼きとか種類が豊富ですぅ!」
「それはとっても楽しみだよぉ! 串焼きよ、待っているんだよ!」
「さくらちゃん、ご馳走は後からいっぱい紹介しますから、どうか私の国を救って欲しいですぅ!」
「このさくらちゃんに任せればバッチリだよ! 美味しい串焼きが待っているからには絶対に悪い連中を退治するからね!」
「とっても頼もしいですぅ!」
こうして俺たちが搭乗する機体はヨーロッパを横断してトルコへと向かうのだった。
今週はあまりに仕事が忙しくて、週の半ばに予定しておりました投稿が出来ませんでした。待っていた読者の皆様、申し訳ありませんでした。
さて、いよいよカイザーとの対決第2ラウンドが、裏で糸を引くサン・ジェルマンの動きともども目が離せません。この続きは日曜日にお届けします。
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