127 不死の存在
司令官がちょっとだけ本気を・・・・・
ベルリンの住宅街、外相の私邸では・・・・・・
俺はドイツの帰還者ベルガー、外相の私邸周辺を調査している時にバンパイアに襲われて絶体絶命のピンチに陥った。だが間一髪俺たちに救いの手を差し伸べたのは今や伝説となっている帰還者〔神殺し〕その人だった。
彼女の伝説がどれだけ凄いのかというと、俺たち帰還者がこうして軍務に着任して学ぶ一般教養の最初の1ページ目に登場するのが神殺しなのだ。かつてヨーロッパを又にかけて伝説の魔女と繰り広げた人智を越える戦いは、壮大なサーガを再現したかのような神々しいまでの神秘に彩られている。その神殺しが今目の前に立っているのだった。
俺たちに自ら名乗った神殺しはバズーカ砲で吹き飛ばされてようやく立ち上がろうとするバンパイアに目を向けながら一言だけ言葉を残す。
「私の戦いに巻き込まれたら命の保障はできないぞ。十分距離をとるか障壁を張って防御に徹しておけ!」
「わ、わかりました」
俺たち3人は慌てて身を寄せ合ってイエーネが展開した障壁の影に身を屈めて退避する。その間に神殺しは悠然とした態度でバンパイアがいる方へと向かっていく。俺たちの攻撃が全く通用しなかったバンパイアに対してあの余裕の態度はなんだろうか? これが本当に神すらその手にかけた人間が放つ凄みとでもいうのだろうか?
「おい、バンパイア! この場で消滅したくなかったらお前たちを操っている人間の名を明かせ。場合によっては多少の手心を加えてやってもいいぞ」
「人間の分際で我ら闇の一族に大層な口の訊きようだな。不死の身にして永遠の生命を誇る我らにはどう足掻いても人間風情が勝てる訳がなかろうに!」
「そうだったか? 確か富士駐屯地にわざわざ出向いてきたお前の仲間はうちの若い連中にあっという間に倒されたと記憶しているが」
「あのような下っ端と我らを一緒にするな! 我らは真租の直系、由緒正しきバンパイアだ! あのような異世界にてバンパイアの称号を得た者と同様には語れぬと知るがよい!」
「くだらない、どちらでも似たようなものだ。さてどうやら私の勧告に従う気はないようだな。それでは蹂躙を開始する!」
神殺しの体から恐ろしいまでの闘気が感じられる。果たして斬っても潰しても簡単に復活するバンパイアに対してどのように挑むのだろうか? 対するバンパイアは3体揃って低空を滑空するように猛スピードで襲い掛かってくる。
「軽い挨拶だ、受け取れ!」
神殺しは両手を左右に3回振る。まだ距離があるのに何をするつもりなんだ? いや、違うぞ! 彼女は身にまとう闘気を軽く放ったんだ!
シュパッ! ドサドサドサッ!
闘気の刃がバンパイアたちに襲い掛かってその体をきれいに輪切りにしている。腕を振っただけだぞ! 神殺しの闘気は鋭利な刃物のようにバンパイアを切り裂いていた。
「ベルガー、一体何が起こったの?」
「神殺しの闘気がバンパイアを切り捨てたんだ。あんなことができるとは信じられない。絶対に真似が出来ない高次元の技だな」
イエーネは格闘に関しては素人同然だ。俺たちと違って神殺しの超高度な技を追いかける目を持っていない。突然バンパイアが輪切りになった現象に理解が追いつかないらしい。だがバンパイアたちは何事もなかったかのように復活する。
「何が起きたのだ? いきなり体がバラバラになったぞ。だがこの程度の攻撃など我らには何のダメージも残さぬ!」
「馬鹿が! 挨拶だと言っただろうが! それともただの挨拶で死にたかったのか? 少しくらいは楽しませろ!」
神殺しがニヤリと笑う。それは笑顔などと呼べるような生易しいものではない。凄惨と残虐に彩られた地獄の門番も裸足で逃げ出すような笑みだ。この人は笑い顔ひとつで人間を殺しそうだ。気の弱い人だったら確実にショック死しているだろう。
「ほらほら、もう少しだけ遊んでやるぞ!」
今度は右足を猛烈な勢いで右から左に振る。空気を切り裂くように闘気の刃がバンパイアに襲い掛かるとその体を再び両断している。手も触れないうちにすでに2回もバンパイアを切り捨てるとは、知識で知っていた神殺しのイメージを100倍くらい上方修正せねばなるまい。
だが神殺しの攻撃を諸共せずに再びバンパイアは立ち上がる。3体とも立ち上がった様子を見て顔には恐怖の笑みを湛えたままで神殺しが問い掛ける。
「さて、お前たちは神がどのような存在か知っているか?」
「我らは闇に生きる一族、我らにとって神は敵だ!」
「なるほど、どうやら貴様らは神に出会ったことはない様だな、いいか、よく聞いておけよ。神というのはな・・・・・・ 死なないんだよ」
「それがどうしたというのだ?」
神は死なない? ニーチェの主張とは正反対だな。確かに神様が簡単に死んでしまっては信仰している者たちは困るだろう。それが今目の前で行われている戦いとどんな関係があるのだ? バンパイアも突然何の話なんだという表情で俺同様に首を捻っている。
「本来死なない筈の神をこの手で抹殺した私が、不死を謳うバンパイアの前に立ったら結果はどうなるだろうな?」
「なんだと、そ、それは・・・・・・」
えーと、神は死なない。でもその神を手にかけて殺したのが神殺し。つまりは不死の存在だろうがお構いなしに消滅を齎したということなのか? ということは神殺しの前では不死は何の意味も持たないということなのではないか。さすがに話の次元が高尚過ぎて俺の頭も完全に理解しきれないが、大よそこのような意味で合っていると思う。
「どうやら貴様らの頭では話してもわからないようだな。いいだろう、よく見ておけよ! 天羽羽斬剣よ!」
神殺しの右手に魔力が集まったかと思ったら、一瞬で形を成して一振りの剣が握られている。随分古い形の剣だな。異世界でも見たことがない形状をしている。それにしても魔力で作られた剣など初めてこの目にしたぞ!
「それでは改めて死んでもらおうか!」
神殺しは厳かに宣言するとその体が消え去る。いや、これは俺の目がその動きに付いていけなかっただけだ。そして神殺しは刹那の後に中央に立っていたバンパイアの心臓に剣を突き立てていた。
「グオォォォォォォ!」
バンパイアの口から絶叫が迸る。今までどのような攻撃を食らっても平気な顔をして復活してきた筈なのに、口から漏れる絶叫には悲痛な響きを感じる。両隣に立っていた2体のバンパイアは本能的に危険を感じたのか翼を広げて宙に逃れていく。
「天羽羽斬剣を受けた感想はどうだ? もう口もきけないだろうがな。あと一息で貴様の魔力は全部この剣に吸収されるぞ!」
神殺しの言葉通りに剣を突き立てられたバンパイアは見る見る体が干からびて骨と皮だけの枯れ木のように成り果てている。体内の魔力を僅かな一瞬で吸収し尽くす剣とは恐ろしい代物が登場したな。
「このくらいでいいだろう」
神殺しはバンパイアに突き刺していた剣を引き抜く。
「火産霊」
なんと言う意味なのかはわからないが、神殺しが呪文のような言葉を紡ぐと手にする剣から炎が湧き上がる。そしてその剣を再び枯れ木のようになって動くのもままならないバンパイアの心臓に突き立てる。その炎は消えることなくバンパイアの体内で燃え広がっていく。
「ギャァァァァァ!」
「どうだ、自分の魔力で体が燃え上がる感想は? 灰も残さずにきれいに燃え尽きろよ!」
バンパイアが上げる断末魔の絶叫は程なくして止み、その体が徐々に崩れ去っていく。炭化しても炎の勢いは収まらずに、とうとう灰も残さずにバンパイアはこの世から消えていった。恐ろしすぎる! 自分の魔力で燃やされる運命など俺は絶対にご免被りたい。
「空に逃げても無駄だぞ!」
神殺しは宙を逃げ惑うバンパイアに闘気を放って撃墜していく。地面に落ちたバンパイアの心臓に同じように剣を突き立てて、不死の存在に永劫の消滅を齎していった。
「ようやく邪魔者は排除したな。おい、そこの帰還者たち! 今から面白いものを見せてやるからもうしばらく私に付き合えよ!」
いえ、もう家に帰りたいです! だが俺たちの目の前に立っているこの人がそんな泣き言を聞き入れる筈ないだろう! 俺たちはまるで操り人形のように力なく立ち上がる。圧倒的な迫力を前にして目前の神殺しに逆らう意思など最初から持ち合わせてはいなかった。
そして神殺しは俺たちに背を向けると、屋敷に向かって大音声で声を張り上げる。
「そろそろ出て来い! あと10数えるうちに出てこなかったら1発派手にお見舞いするぞ!」
すでにあの謎の剣は姿を消して、再びその肩にはバズーカ砲を担いでいる。この人が所持している砲は魔力を撃ち出すようだな。しかもその威力は我が国の技術水準を圧倒している。イエーガーに見せたら解析を終えるまで1年でも2年でも研究室に篭りっきりになるだろう。
「折角の楽しい余興であった筈が、そなたの登場で台無しになってしまった。よもやこの場に現れるとは思ってもみなかったぞ。久しいな、神殺しよ」
屋敷の玄関が開いてそこに現れたのは一口には形容し難い人物だった。その内部に存在する闇と神秘がどれだけの奥行きを持っているのか俺如きには全く理解不能だ。
「またお前か! その顔は20年前にとうに見飽きているぞ! さっさとくたばれ、サン・ジェルマン!」
「これは久方ぶりの対面にも拘らず随分な挨拶であるな。私が先般日本へと赴いた際にはそなたとは入れ違いで顔を合わせず仕舞いであったな」
「どうせスルトの騒ぎも貴様が裏で糸を引いていたと思っていたが、どうやら当たりだったな。さて、この場で潔く死ぬ気になったか?」
「私にはまだ果たすべき使命が残っている故、今しばらくは長生きするつもりであるぞ。そなたには私の代わりに相手を努める者を用意してある。アスタロトよ、ここに顕現せよ!」
地面に魔法陣が浮かび上がるとその中から人の形とよく似た何者かがゆっくりと姿を現す。だが額から伸びる2本の角と背中に広がるコウモリの翼は決して人ではないと物語っている。アスタロト・・・・・・ 聖書にも名が残る悪魔の大物だ。バンパイアに続き今度は悪魔とご対面なんて今日はなんて1日なんだろう!
「我をバンパイア如きと一緒にするなよ! 栄えある魔界の大貴族アスタロトがそなたらを地獄へと招待するぞ」
「やかましい! 引っ込んでいろ、この下っ端が!」
神殺しの蹴りがアスタロトの胸板に炸裂すると、たったその一撃で魔界の貴族は空気に溶け込むように消え去っていく。その間に玄関にいたはずのサン・ジェルマンもいつの間にか姿を消していた。
「また転移で逃げられたか。知っておくといいぞ。サン・ジェルマンという手品師はハッタリが巧いんだ。こうして一見強敵に見せ掛けた遣い魔を囮にしてスタコラ逃げ去るのが常套手段だ」
「はあ、そうなんですか」
いやいや、今ここにいたアスタロトが下っ端の使い魔なんですか? 体から物凄い魔力が噴出していたのは俺の気のせいだったのかな? どう見ても本物の大悪魔のような気がしたんだが・・・・・・ 今更気にしても仕方がないか。神殺しだったら悪魔も簡単に仕留めてしまうんだろう。そうだ! それよりもこうして助けてもらったお礼をしないと!
「俺たちが危ないところを助けていただいてありがとうございました」
「ああ、気にするな。どの道ひと暴れするつもりだったから行き掛かり上助けたまでだ」
「あ、あの・・・・・・ 日本の特殊能力者部隊の司令官ということは聡史たちの上官殿ですか?」
「ああそうだ。うちの若い者が世話になっているな」
「どちらかというと俺たちが余計な依頼をして世話になっています。そうだ、カイザーの件で彼らに連絡したいんですが、司令官殿から連絡していただけますか?」
「連絡先を知っているのなら君たちから知らせればいいだろう」
「それでは重要な連絡なのでこの場で電話します」
俺はモバイルを取り出して聡史から教えられた番号を選択する。呼び出し音のあとで聡史が応答する。
「もしもし、聡史です」
「聡史、夜遅くにすまない。ベルガーだ」
「ああ、まだ起きていたから問題ないぞ。それで何の連絡だ?」
「カイザーがセルビアに向かったという情報が入ってきた。命令が下されたのが4日前だからもうそろそろ到着しているかもしれない」
「なんだって! こうしてはいられないな。俺たちも動き出さないと不味いぞ」
聡史が慌てている様子が伝わってくるな。カイザーへの新たな命令を知ったのは昨日の昼食時だったから、タイミングとしてはギリギリだろう。連絡が遅くなったばかりか俺たちの情報収集能力が大したことなくて申し訳ない。ああ、それから今夜の件も伝えておかないと。
「実はは今日は危険な目に遭ったんだ。政府の動きを調べている最中に突然バンパイアに襲われた」
「バンパイアか、ベルガーたちは全員無事なのか?」
「ああ、物凄い援軍が現れて窮地に追い込まれた俺たちを助けてくれたんだ。その人と代わるから話をしてくれ」
「なんだ? 俺が知っている人なのか?」
俺は横に立っている司令官殿にモバイルを手渡そうとすると、彼女は身振りで必要ないと手を振っている。
「聡史と話をしないんですか?」
「色々と不味い!」
「でももう身バレしていると思いますよ」
「仕方がない、話すとしようか」
司令官殿はしぶしぶという様子で俺からモバイルを受け取る。
「もしもし、楢崎訓練生か?」
「その声はもしかして司令ですか?」
「ああそうだ」
「何で司令がベルガーたちを助けているんですか?」
「言っただろう。信用できる人物をドイツに送り込むと」
「自分を送り込んでどうするんですかぁぁぁぁぁぁ! 駐屯地が空っぽじゃないですかぁぁぁ!」
「いや、なんだか楽しそうに任務に当たっているお前たちを見ていたらつい…な!」
「『な!』ってなんですか! もう少しですね司令官の立場というものを弁えてもらってホイホイ海外に出掛けずにデンと構えてください!」
「そんなこと言われても退屈で仕方なかったんだ」
「俺の妹みたいな言い訳をしないでください!」
「まあ過ぎたことは水に流してくれ。ドイツの件はどうやら解決したし」
「日本に帰ったら副官が鬼の形相で待ち構えていますからね」
「グッ! 忘れようとしていた嫌な話を思い出させないでくれ! ああ、取り敢えず楢崎訓練生たちは明日にでもセルビアに向かってくれ。以上だ!」
「司令、相当心の中に疚しい思いがありますね。声に普段の迫力が全くありませんよ」
「何のことだかわからないな。私は今からドイツの首相を脅かしてから日本に戻るから、あとはヨロシク!」
ず、随分お取り込みの内容が電話口から漏れ聞こえてきたぞ! 神殺しに説教を垂れるとは聡史はもしかしたら大人物なのだろうか? 彼としゃべっている司令官殿の体が次第に小さくなっていくように感じてしまったのは俺の気のせいだろうか? そうだ! その件とは別にこれはしっかりと確認しておかないと。
「司令官殿、先程の通話で『首相を脅かしにいく』と話していたような気がするんですが、俺の聞き間違いでしたか?」
「いや、合っているぞ。サン・ジェルマンに操られていた内閣がこの国を統治するのは国際社会にとって大迷惑だからな。自ら辞職を申し出るのは当然だろう」
「お、お任せします」
ダメだ! 聡史としゃべっていた神殺しは普通の人に思えたが、やっぱり発想と行動が桁違いだ。果たしてどんな内容で我が国の首相を脅迫するのか知らないが、もう俺たちが口出しをする次元ではないな。こうして俺たちは踵を返して去っていく神殺しの後姿を見送るのだった。
まだまだ隠している部分が多い司令官、彼女の正体とは・・・・・・ それはもっとあとからの話になります。次回は聡史たちがセルビアに向かって、いよいよカイザーとの対決第2ラウンドの幕開けが・・・・・・ 投稿は週の中頃を予定しています。
感想と評価をお寄せいただいてありがとうございました。引き続き皆様の応援をお待ちしております。




