124 3人のドイツの帰還者
尾行を開始する聡史たち、その結果は・・・・・・
俺たちは現在ホテルから出てきたドイツの帰還者を追跡中だ。彼らはホテルの車に乗り込んで国立公園の方面に向かっている。俺たちは200メートル間隔を空けて後方から追跡している。この距離は俺の魔力探知のギリギリ範囲内だ。これ以上近づくと警戒される恐れがあるので200メートルの車間をキープして後を辿る。
「彼らはそれこそハイキングでもするような格好で出掛けたけど、一体何をするつもりなのか理解に苦しむわね」
マギー、そう言うなって! 俺にだって見当がつかないんだから。
港町スカボローを抜けると車はなだらかな丘陵地帯の曲がりくねった道に差し掛かる。先を進むドイツの帰還者の車はカーブやアップダウンの影響で姿が見当たらなくなるが、この先は公園に向かう一本道になっておりもう見失う心配はないと運転役のイギリス陸軍士官が教えてくれる。
さて、本当に彼らはこの場所で何をしたいのだろうか? のどかといえば聞こえはいいが、初冬この時期にイギリス中部にあるノースヨークアームズ国立公園を訪れる人は皆無だ。こんな場所で何らかの騒動を起こしたとしてもイギリスにとって大した影響を与えるとは思えない。
「仮にテロを起こすとしたら標的は大都市か海軍施設が目標となるはずだ。だがこの場所にはどう考えてもテロとは無縁の自然しかない。雨が多い季節だから山火事を起こしてとしても自然に鎮火してしまうだろうな」
俺たちは首を捻りながら前方を進む車を追いかける。車内ではカレンがようやく目を覚ましたが、マリアは相変わらず口を開け放ってグッスリと眠っている。妹はスナック菓子を開けてパクパク食べているよ。およそ緊張感とは無縁の状況だな。
「あと2キロで国立公園の入り口に到着します」
「車を少し手前に停めて帰還者の様子を窺ってください」
運転する陸軍士官にそう返事をすると俺は前方に注意を向ける。俺たちが追跡している車は公園の駐車場に入っていくようだ。駐車場の手前で停車して様子を窺うと彼らは車から降りてくる。トレッキングの服装に身を包んで見た目は観光客を装っている。彼らを降ろすとホテルの送迎車は来た道を引き返して戻っていく。
「どうやら公園の中に入っていくようね」
双眼鏡を見つめるマギーが状況を報告する。
「兄ちゃん、誰もいないから思いっきりぶっ飛ばしても大丈夫そうだよ!」
「これ、さくら! いきなり襲い掛かるなよ! まずは彼らが何をするのか様子を見極めるんだ」
「まだるっこしいなぁ。さっさと片付けちゃえばいいのに」
過激な妹は俺がしっかりと手綱を握っていないと何を仕出かすかわかったものではない。最初にこうして釘を刺しておけばおそらくは俺の指示があるまでは大人しくしているだろう。
「我が神よ、あれに見えまするが我が神の敵でございますか? このミカエルが我が神に代わって神罰を下しましょうか?」
「カレン、まだしばらくはそっちのペルソナは引っ込めておいてくれ。俺が合図するまで絶対に手を出すなよ!」
「承知いたしました。今しばらくは控えておりまする。お声が掛かるのをお待ちしております」
いつの間にかカレンの人格の表面に現れてきたミカエルがこれまた物騒な発言をしてくれる。ほら見ろ、あまりに普段のカレンと様子が違っているから、マギーが不審な表情で見ているじゃないか!
「カレンは急にどうしたのかしら? もしかして二重人格とか?」
「アニメ好きが昂じて時々厨2病の発作を起こすんだ。気にしないでくれ」
「ああ、それは仕方がないわね、私にも身に覚えがあるから。特に戦闘が近づくと突然コスプレに身を包みたくなるわ。やっぱり戦隊モノとかの衣装に憧れを抱いてしまうのよね」
危ない危ない。カレンの秘密は同盟国のアメリカといえども簡単には明かせないからな。俺たち特殊能力者部隊最強の隠し玉なんだから。それに天使の秘密が外部に漏れると大騒ぎになるのが目に見えている。殊にヨーロッパは彼女の身柄を狙う連中の本拠地だけに、ことは慎重を期する必要がある。
それよりもマギーさんや! 君ももしかしたら厨2病の発作を抱えているのか? アニメ好きだというのは知っていたが、コスプレとかいう方面の怪しげな道にも手を出しているのか? 身に覚えがあるというのはそういう意味だろうが! もう18歳なんだからいい加減戦隊ヒーローは卒業しようよ! どうしても止められなかったらデパートの屋上で子供たちのためにショーを行うアルバイトを紹介しようか?
と、このようなどうでもいい遣り取りをしている間にドイツの帰還者たちは案内板を見ながらこれから踏み入る公園内のコースの相談を開始しているようだ。公園といっても何十平方キロに及ぶ広大な面積を誇る自然豊かな丘陵地帯だ。しっかりとルートを頭に入れておかないと道に迷う可能性もある。標高500メートル程度のなだらかな丘が続くハイキングコースを想像してもらえばいいんじゃないかな。
「どうやら出発するみたいね。私たちも公園に入りましょう!」
双眼鏡を覗いているマギーの声で俺たちは外に出る。戦闘服の上から防寒用の上着や手袋を身に着けて先行するドイツの帰還者の後に続く。気温は摂氏5℃前後で天候が急変すると防寒対策をしっかりしていないと危険なのだ。特に冬季は霧が発生したり急な雨が降ってくるので注意が必要となっている。
「兄ちゃん、こうして山道を歩いていると冒険者をやっていた頃を思い出すよ! あの頃は毎日魔物を倒して楽しかったよね!」
「さくら、お前はお気楽でいいな」
俺たちはあえて普段のように話をしながらハイキングコースに踏み入っていく。もうここまで来たらドイツの帰還者たちに尾行を勘付かれても問題はない。むしろ俺たちが後を付けていると気付いて何らかのアクションがあるのを期待しているのだ。
「さくらちゃんは異世界が好きなの?」
「マギーちゃん、それはとってもいい質問だね! 異世界は毎日が戦いの連続だから飽きないんだよ! それに私が王様を務めている獣人の連中がいるからね! いつかはあいつらにも顔を見せてやらないとね」
「さくらちゃんは王様だったのね。人は見掛けによらないわ。ということはその獣人たちに会いにもう一度異世界に行きたいのね」
「そうだね、獣人たちは単純だけどみんな気風がいい連中なんだよ! それからペットのドラゴンたちも首を長くして私の帰りを待っているんじゃないかな」
「ドラゴンは元々首が長いわよ」
するとここでカレンが話に首を突っ込んでくる。
「さくらちゃん、今度異世界に行く時には是非私も連れて行ってくださいね」
「そういえばカレンちゃんはまだ異世界に行ってなかったんだよね。ついでにポチとタマと親衛隊も一緒に連れて行こうかな」
「それは楽しそうですね。いつか実現するといいですね」
ここで妹とカレンの話を聞いていたマギーがハッとした表情になる。何か気になることでもあるのだろうか?
「ちょっとカレン! あなたは異世界には行ってなかったの? ということは帰還者ではないということよね! それなのに何故そんなに強力な魔力の気配を漂わせているのよ?」
「えーと、これは魔力のような魔力ではないような・・・・・・・」
カレンは天使として目覚めた際に吸収した魔力が体内で変質して霊力となっている。霊力はもちろん魔力よりも数段上の力の源で、神とその眷族のみが取り扱い可能だ。これこそが天使が行使する〔天界の呪法〕が人が操る魔法よりもはるかに優れている点だ。あの大魔王様の美鈴でもカレンの天界の呪法は未だに解析不能なのだ。
「ふふふ、マギーちゃん! それは重大な秘密だから明かせないんだよ! でもね、日本の駐屯地では普通の女の子だった私の親衛隊が魔力を身に着けて着実に強くなっているんだよ! 異世界に行かなくても魔力は身に着くんだからね!」
「何ですって! さくらちゃん、それは本当なの?!」
マギーは妹の話に驚愕の表情を浮かべているな。おそらく魔力を自在に操れるのは異世界からの帰還者だけだという固定観念があったのだろう。俺たちの駐屯地には妹の親衛隊だけではなくて修行で魔力を身に着けた陰陽師の人たちもいるから、普通の人間が魔力に目覚めるのは取り立てて珍しい話ではない。
「ということは普通の人間でも努力によっては魔力を得られるのね」
「ただし今のところは帰還者とは大きな格差があってそれ程強大な戦力とは成り得ないがな」
マギーが誤解しないように俺が妹の話をフォローしてやる。こうしておかないとアメリカで魔力を得ようとする人間が続出しないとも限らないからだ。あの国は極端な方向に走りやすいからな。精々頑張っても魔力量100~200の初級魔法使いを量産する程度の効果しか得られないときちんと説明しておく。
「何だ、その程度じゃ軍の強化には繋がらないわね」
「マギーちゃん、でも私の親衛隊はかれこれ魔力が8000くらいになっているんだよ! やっぱり努力は裏切らないね!」
「これっ! さくら! あんまり秘密を明かすんじゃないぞ!」
「聡史、一体どういうことなのよ?! 精々魔力量100程度の人間しか出来ないんじゃないの?」
あーあ、マギーが食い付いてきたよ! これだから口の軽い妹がいると秘密の保持どころではないんだよな。さて、どうしようか・・・・・・ 親衛隊の子たちは隙あらば俺の魔力を吸収して努力と根性で魔力を増やしている。これをマギーにどう説明しようかな。中々頭が痛い問題だぞ。仕方がないから俺は厳かな口調でマギーに宣託を下す。
「全ては気合だ! 世の中はある程度気合でどうにかなるものだ」
「全然説明になっていないじゃないの!」
マギー、頼むからこんな場所でキレないでくれ! あの子たちは妹に洗脳された結果、魔力に関する理論とかステータス上のレベルの壁とかを力尽くで乗り越えようとしているんだ。そんな存在をどうやって理論立てて説明すればいいのか俺が聞きたいくらいだ。その他富士には明日香ちゃんというこれまた謎の存在までいるんだから、これだけビックリ人間が勢揃いすると理論も仮説もゲシュタルト崩壊するレベルだろう。俺の容量が乏しい脳みそではきっちりした解説は不可能だ。現実をあるがままに受け入れるしかない。
「まったく、日本軍は何をしているのかわかったものではないわね! ひょっとして恐ろしい人体実験とかしているんじゃないかしら?」
「うーん、あれは人体実験に相当するのだろうか?」
俺は遠い目をして日々駐屯地で繰り広げられる光景を思い浮かべる。それは妹によって宙高く放り出されるアイシャや勇者の姿だ。最近タンクは妹のパンチを盾でガッシリと受け止めるようになって随分パワーが上昇しているらしい。気を失ったら無理やり口にカレン特性の回復水を流し込まれて、再び気を失うまで妹に投げられるという無間地獄があの場には毎日出現しているのだった。それは訓練に名を借りた人間性など無視したある意味人体実験かもしれない。
「まさか本当に人体実験が行われているというの?」
「うーん、人間の限界を超えた訓練が日常的に繰り返されているんだ。ちなみに訓練教官は俺の妹だ」
「あぁ、それは想像を絶する地獄よね。私はあんな目に遭うのは二度とご免だわ」
マギーはアメリカの他の帰還者と共にハワイで妹が参加する共同訓練を経験していた。腕に覚えがある帰還者たちが簡単に空にポンポン打ち上げられる光景を思い出しているのだろう。彼女は俺と同様に遠い目をしてあの悪夢の出来事を振り返っている。
「という訳で、日本軍の訓練は非常に厳しい。その中で鍛えられているから各自が日々力を増しているんだ」
「なんだか納得してきたわね。さくらが訓練教官を務めているんじゃ、それは無理もないわ。米軍の訓練が厳しいと思っていたけど、どうやら私たちはぬるま湯に漬かっていたようね」
良かったよ! 強引な論法でマギーを納得させたぞ。かなり理論的な思考をする彼女ではあるが、理論を超越した妹の訓練風景には衝撃を受けたのだろうな。妹との訓練を理解するには理論や理屈を捏ねても無駄だ。並の帰還者程度では暴力の嵐の中で生き残ることだけを考えなければならないのだ。それを身をもって体験したマギーは全てを悟ったような表情になっている。妹も時には役に立つんだな。そしてその時、その妹が警鐘を鳴らす。
「兄ちゃん、前方で3人組が立ち止まっているようだね。私たちを待ち構えているのかもしれないよ!」
「先頭がさくらで俺が直後につける。マギーが3番目で、カレンとマリアは距離を開けて進め! まだ武器は出すなよ。相手の出方次第ですぐに取り出せるように準備しておくんだ。もし戦闘が開始されたらカレンはマリアを守ってくれ」
「兄ちゃん、了解だよ!」
「我が神よ、どうかお任せください」
「カレンさんが頼りですぅ!」
「聡史、何で今から戦闘準備をしないのよ?」
「必要以上に相手を刺激したくないからな。なに、先手をとられても問題ない。妹が勝手に処理してくれる。そうだろう、さくら?」
「さすが兄ちゃんはよくわかっているね! 3人まとめてこのさくらちゃんが面倒見るよ!」
自信満々で腕捲りをしている妹の姿を見てマギーはすんなりと鉾を降ろした。やはり妹の実力の一端を垣間見ているのはどのような名演説よりも説得力がある。
どうやらこの先は左右の視界を塞いでいる森が開けて、背の低い草むらが広がっている場所のようだ。相手からすると森を抜けてきた俺たちを待ち伏せするには丁度いいかもしれないな。そのまま俺たちは森を進んで視界が開けた場所に出て行く。そしてそこには思いがけない光景が広がっていた。
「よう、いつになったら俺たちに接触してくるのかと、やきもきしながら待っていたぜ!」
「本当に時間が掛かったわ。おかげで自然を満喫していい休暇になったけど」
「敵対する意思はないから早くこちらに来てくれ!」
ドイツの3人の帰還者が手を振りながら俺たちを出迎えているのだった。この意外な光景に妹はガックリと肩を落として、マギーは拍子抜けした表情になっている。もちろん俺も何がどうなっているのか頭を整理している最中だ。彼らの態度はどう見ても戦闘前の緊張感に欠けている。どうやら敵対する意思がないというその言葉を信じていいようだ。
「この場で何がしたかったんだ?」
俺たちは万一に備えて警戒しながら3人とは20メートルの距離を置いて向かい合う。相変わらずドイツの帰還者は武器を取り出そうという素振りすら見せない。
「君たちはイギリスの帰還者かい? それにしては東洋系の人種が混ざっているようだが?」
「私は合衆国の帰還者、マギーよ! 私以外は日本の帰還者。イギリスとドイツの帰還者が戦闘に及んだらヨーロッパに大きな火種が撒かれるわ。戦争のきっかけを作らないように私たちが間を取り持つ形であなたたちに接触をしたのよ」
「そうだったのか! それはある意味我々にとっては好都合だ。俺はクラウディオ・ベルガーだ。3人を代表して俺たちの目的を話したい。願わくばこの場が平和な対話で終わることを望んでいる」
そうだったのか! まだこれが罠の可能性が残ってはいるが、ドイツ側が話し合いを望んでいるのならば事を荒立てる必要はないだろう。そこで俺はある提案をする。
「せっかく話をするのなら立ち話もなんだろう。椅子とテーブルを出すからお茶でも飲みながら話そう」
「それはいいな! こうして豊かな自然の中でお互いに寛いで話が出来ればよい結果が生まれるだろう」
ベルガーが賛同したので俺はアイテムボックスからテーブルを取り出す。異世界で購入した12人掛けの大型テーブルなので余裕で全員が座れる。
「お茶の用意は私がしましょう」
カレンは俺が取り出したティーカップやポットの準備を始める。それを見たドイツの女性帰還者も手を貸している。妹は食べるのが専門なので最初から手伝う気がない。その隣ではマギーが座ったまま動こうとはしない。彼女に視線を送ると左右に首を振っている。どうやらマギーは女子力が低いようだ。
「私はこういう場面では邪魔しか出来ないのよ」
小声で言い訳しているな。でもマギー安心するんだ! 妹に比べれば君の女子力の低さなど可愛いのもだからな!
こうして意外な展開に戸惑いつつも、俺たちはテーブルに向かい合ってドイツの帰還者の話を聞くのだった。
テーブルに着いた3カ国の帰還者たち、ドイツ人が語ろうとしている内容は・・・・・・ 続きは週末に投稿します。
たくさんの評価とブックマークをありがとうございました。引く続き読者の皆様の熱い応援をいただけると幸いです。




