表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/229

120 ドイツの判断

ハワイに到着した聡史たちではなくて、別の場所から話がスタートします。

 話は少し少し遡って聡史たちが出発する2週間前、ドイツの首都ベルリンでは・・・・・・



 ドイツ連邦政府、その首相官邸では辞任したシュローダー首相に代わって新たに連立内閣で組閣したシュバイケル首相が政府の幹部を招集して非公開の会議を開催している。



「私が首相に就任して3ヶ月が経過した。我が国を取り囲む課題が山積しているが、いまだ解決の糸口が見当たらない状況だ。今後の連邦政府の運営方針に関して忌憚のない意見を述べて欲しい」


 前任の首相が日本に対するテロ行為を教唆したと公表されて辞任に至った経緯がある手前、新たな内閣は組閣に大幅に手間取っただけでなく、発足当時の支持率は低迷していた。そしてそれは現在も上昇する気配を見せてはいない。内閣の主要メンバーは大スキャンダルによって国際舞台で失った国家としての名誉回復と低迷する経済の回復こそが支持率回復の鍵だとわかっているものの、これといって有効な対策が打てないまま時間だけが経過しているのだ。



「財務担当者として申し上げます。国民生活に直結する経済こそ真っ先に立て直すべきです。今こそ紙幣の増刷によって不況を乗り切るべきでしょう。海外資産の回収にも積極的に乗り出す方針を明らかにすれば、それだけで心理的な好転が見込まれます」


 財務大臣の発言にシュバイケルは力なく首を振る。政府の最高責任者としてその策が最も妥当であるのは彼も理解していた。



「その手法が可能ならば前任者も何らかの手を打っていたよ。だが紙幣の増刷によって引き起こされるインフレを理由に他の通貨統合加盟国が反対している。海外資産は大半が中華大陸連合内にあるために実質的には不良債権だ。回収しても今の価値では赤字にしかならんよ」


 EUの盟主として欧州の政治と経済を牽引していたドイツの輝ける栄光は見る影もなくなっていた。10年前に発生した中華人民共和国の経済破綻が最も深く肩入れしていたドイツに連鎖的な影響が波及すると、国内最大の投資銀行であったドイツ銀行の倒産。それが引き金となって欧州統一通貨ユーロの暴落とヨーロッパ中に大不況の波が押し寄せたのだった。


 それだけには留まらずに東欧諸国のいくつかはユーロの暴落によって連鎖的に経済破綻してユーロおよびEU体制からの脱退の道を選択する。世界経済が大混乱に陥った〔チャイナショック〕から日米は約2年で脱却したのに対して、イギリス、フランス、イタリアといった欧州主要国はほぼ2倍の期間を要した。そしてドイツに至っては国家予算の3倍とも言われる負債を抱えていまだに経済の建て直しが終わっていなかった。



「国民は10年にも及ぶ不況に喘いで困窮する生活が限界に近づいております。この際名誉は捨てて実を取る政策に転換すべきです」


 なおも財務大臣は食い下がる。彼は民間銀行出身で新内閣の発足とともに財務大臣のポストに請われて就任した。この内閣では一番国民の生活を肌で知っている人物だ。



「実を取るとはユーロからの脱退を指しているのかね? それは不可能だ! 我が国が脱退するとその場でユーロとEU体制は崩壊する。欧州統一という長年の夢を手放すわけには行かないんだよ」


 紙幣の増刷はユーロに加盟する他国によって反対されていた。何とか経済を立て直したフランスなどはインフレを警戒して通貨流通量の緊縮を主張しているくらいだ。これが国家が通貨発行権を放棄した立場での経済運営の難しさであった。自国で独自の通貨政策を有機的に運用できない。日本のように政府と日銀が必要な通貨量を判断して必要量を発行するという政策の自由がないのだ。



「私から提言できるのは以上です」


 こうして財務大臣は発言を終える。彼の主張が最適な回答だとこの場に居合わせる誰もが理解しているにも拘わらず、欧州統一の大義という現実不可能な夢から未だに脱却できない硬直したドイツ首脳部だった。



「外交的な見地から発言いたします」


 次に発言を求めたのは外務大臣だった。彼はこの場でもっとも強硬なEU体制存続の支持者だ。それはある意味狂信的ですらあった。盲目的に統一ヨーロッパを夢見る人間を内閣の重要閣僚として任命したのは、ある意味でドイツにとって大きな不幸の始まりだったかもしれない。



「EUから脱退した東欧諸国、ことにバルカン半島ではすでに小競り合い規模の紛争が勃発しております。各国ともに国境や飛び地を巡って懸案を抱えていますから、EUという傘がなくなればめいめいが勝手な主張を始めるのは自明の理でした。なるべく早期にこれらの国家にもEUへの復帰を促して再統一に向かうべきでしょう。それこそが欧州全体の平和と繁栄に繋がります」


 外相の発言は半分は真実だ。現に東欧のいくつかの地域ではこれまで押さえ込まれていた領土に関する不満や不況から国民の目を逸らすために隣国と軍事衝突が発生している。ことにバルカン半島では民族問題と宗教対立が激化して燎原の火の如くに戦禍が広がっているのだった。


 ただし彼の意見の後半には大事な文言が省略されている。それは平和と繁栄のためと謳ってはいるが、その実ドイツにとっての平和と繁栄のためであった。そして彼の隠された真意こそがナチスドイツが成し遂げようとした第3帝国を引き継いで、新たなドイツ第4帝国を打ち立てようという野望であった。外相自身は否定しているが、その思想的にはネオナチの隠れ党員と断定して差し支えない。この様な人物が入閣している病禍が現在のドイツという国家の危うさを物語っている。



「私としても紛争の被害は早目に摘み取りたいが、今となっては小国の思惑が絡み合って解決が困難な状況だ」


 相変わらずシュバイケル首相の発言には力がない。彼は所謂周囲に流されるタイプで、このような困難な状況下においては祖国の危機を救うために立ち上がる人間の資質を欠いていた。



「そこで私から提案がございます。それも上手くいけば圧し掛かっている国難を一気に振り払える起死回生の一手です」


「それはどのような内容だね?」


 首相は耳障りのいい発言に興味を示す。藁にも縋りたい状況で外相が表明した『起死回生』というフレーズに強く心を惹かれていた。



「我が国が経済的に苦境に立たされているのはひとえに中華大陸連合に押さえられている資産の価値がなくなってしまったことに由来しております。この資産を元の価値に戻して取り戻すことが可能だったら、我が国は再び力を取り戻せるでしょう」


「現実的な話ではないように思えるが、話を続けて欲しい」


「現在アジアでは中華大陸連合と日米が戦争状態にあります。更にロシアも単独で中華大陸連合と消耗戦を繰り広げております。戦況はやや日米に押されているようですが、もしこの戦いに中華大陸連合が勝利するようなことがあれば状況は一気に逆転します」


 外相は何かに取り付かれたように自説を述べ始める。これに耳を貸している首相も引き込まれるようにしてその話に頷いている。この場に集う大半のメンバーは話半分に聞いているが、彼らもその熱気に少々当てられ気味の様子だ。



「我が国はアメリカから亡命してまいりました6人の帰還者を受け入れました。彼らは戦力として申し分なく、行く行くは我が国の救世主となるでしょう」


 外相が述べている帰還者とは当然カイザーと彼の親衛隊を自任する5人の帰還者だ。いずれも欧米各国ではトップクラスの能力の持ち主とされている。ドイツ国内でこれまでに確認されている帰還者は5人、そのうちの1人は日本で死亡しているので実際は4人という心許ない状況だった。


 そこに振った湧いたようなカイザーたちの亡命というのはドイツの外交担当者としては諸手を挙げて歓迎する事態だった。実は外相は米国政府から亡命を受け入れないようにという通達を無視して『人道的な配慮』という名目でカイザーの受け入れを独断で決定していた。当然政府には事後承諾という形で押し通している。



「我が国が開発した第2世代の魔装兵器があれば彼らの能力と相まって無敵です! 後方から中華大陸連合を支援して日米ロシアを追い落とすべきです! 当然協力の見返りとして中華大陸連合には我が国への債務の返還を約束させましょう。これで全てが上手くいきます!」


 次第に熱血的な演説のようになってくる外相の口調に出席しているメンバーは何かに取り憑かれたかのように自らを見失い始める。これは外相がアジテーターとして優秀だったためだ。隠れてネオナチに心酔して総統閣下の演説を熱心に学習した成果といえよう。


 この意見に対する様々な議論がなされるが、結局外相に押し切られるようにして会議の結論が決定した。これは慎重な判断を下すべきである首相のリーダーシップの欠如が原因と後世の歴史家は見做すであろう。



「わかった、表向きはともかくとして我が国は水面下で当面その方向で動くとしよう。日米に表立って反旗を翻すのは時期尚早と判断する。よって当面の相手はロシアとして、まずは近場のウクライナに帰還者を送り込もう。ロシアの力が弱まるのはヨーロッパ各国とも反対はしないだろうからな」


「首相、イギリスが秘かに香港の奪還を企てております。香港を奪われると中華大陸連合はいよいよ苦境に陥ります。なんとしてもこれを阻止するべきです!」


「そうか、イギリスに対する妨害工作も同時に行う必要があるな。内容は国防省で検討して欲しい。本日は以上だ」


 首相が最終判断を下す。この秘密の方針は国民にも知らせずに実行に移されることとなる。この決定がドイツの、ひいてはヨーロッパ全体の運命を大きく左右するとは、この時点で予期可能な人間は誰もいなかった。








 会議の直後、亡命したカイザーたちの元に1人の人物が訪れ・・・・・・



「ご機嫌いかがかな? 第2の祖国の居心地はどうだろうか?」


「想像とは違ってなんだか陰鬱な国だな。国全体が病気なんじゃないか?」


 カイザーたちは亡命直後からドイツ国防軍に編入されている。しばらくは部隊の内部に慣れるのを優先しながら、徐々に訓練も開始していた。そこに現れたのは自身も帰還者であり優れた魔法工学者であるシュバイケル・イエーガー博士だった。世界に先駆けて魔法銃を完成させたイエーガー理論を構築した人物だ。



「今日は君たちに新たな魔装兵器を持参した。我が国も当初から複合銃の計画があって、君たちが齎してくれた米軍の銃のアイデアもプラスしてついに完成に漕ぎ着けたんだ。早速試して感想を聞かせてもらえるかな?」


「いいだろう。見たところ米軍の仕様に比べるとふた回りは大きいな」


「大型化した分威力は強大になっている。戦車が10両一度に吹き飛ぶ威力が出る」


 カイザーが手に取った魔装兵器はその大きさや重量が銃の概念を超えていた。カールグスタフM4、84ミリ無反動砲に小銃も撃ち出せる小型の銃口を取り付けたような形状をしている。重量は約6キロで外観から感じるよりも軽く取り回し易い。これは魔力を砲弾として使用するために機械的な部分が大幅に省略されているためだ。更に砲身には強度が高くて鉄よりも軽いチタン合金が用いられている。外観の形状は日本が開発した魔力バズーカとほぼ変わらない。威力は桁が1つ低いが・・・・・・



「面白そうな武器だな。問題は威力だ。あの日本の帰還者には並大抵の武器では効果がない。あの野郎を殺すために必要なのは強大な威力だ」


「私はその人物を見たわけではないから何とも言えない。だが通常兵力に対しては十分な効果を保証する」


 カイザーの目には海南島で一切の自らの攻撃を撥ね付けた聡史の桁外れの防御力しか見えていなかった。異世界では何もかも斬り伏せた剣が全く通用しなかったことが、カイザーにとっては衝撃だったのだ。それからカイザーの心にある種の妄執が宿った。それは聡史に復讐して地面に這い蹲らせて屈服させること。そのためにこうして形振り構わずドイツまで亡命してきた。



「そうか、まあいい。そう簡単にあの野郎を殺せる武器が手に入るとは思っていない。それで俺は何をすればいいんだ?」


「物分りがよくて助かる。これを手にしてウクライナに赴いてもらいたい。ロシア軍を殲滅してくれ」


「ロシア人なら容赦なく殺してやるよ。やつらは世界の癌だ。ヨーロッパの蛮族の分際でいつまでデカい顔をしていやがるのかとムカついていた。リハビリには丁度いいだろう」


 カイザーはアメリカ育ちだ。米ソ冷戦時代からロシアはアメリカと長らく対峙してきた歴史がある。彼の頭の中ではロシア=敵国と即座に変換出来るくらいの憎しみにも似た思想があった。それはロシアが超大国から凋落した現在でも多くのアメリカ人が仮想敵国と認識しているのと同様だ。



「君の個人的な思想はある種の危険を孕んでいると忠告しておく」


「危険かどうかは俺が決める! 他人がとやかく口を出すなよ」


 こうしてカイザーと彼の親衛隊は新たな武器のために数日の習熟訓練を消化した後に、秘密裏にウクライナへと出国するのだった。










 その頃ハワイに滞在する聡史たちは・・・・・・



 参ったなぁ・・・・・・ 何とかハワイに到着したはいいけど、俺たち一行は運び屋の事情聴取が長引いて米軍基地に3日も逗留している。日本から法務省と外務省の高官がやって来て直接運び屋から聴取しているんだ。その席には米国政府の幹部やCIAの担当者も立ち会っているらしいが、どのような内容の情報が打ち明けられているのかは知らされていない。運び屋も命懸けだから重要情報を余さず答えているだろうと予想はつくが・・・・・・



「兄ちゃん、今日もアメリカの帰還者を軽く相手にしてやったよ!」


「聡史! このさくらはどんな仕組みで動いているのですか?! 絶対にターミネータ○ーに違いないです! あんな動きは帰還者にも不可能です!」


 妹とマギーが連れ立って訓練場から戻ってくる。マギーはまだマシな方にしても、彼女の後ろを歩いている数人の帰還者はボロボロになっているな。訓練前彼らの大半は妹の小柄な体格を勝手に判断して軽く相手をしようと考えていたそうだが、実際に蓋を開けてみると自分たちが死にそうな目に遭ってしまったんだな。人は見掛けによらないと理解したようだ。


 俺とカレンは力が明らかになると不味いので米軍と一緒の訓練は自重している。もっともカイザーをこれっぽっちも相手にもしなかった時点で、ある程度俺の能力は米軍も情報として掴んでいるだろうけど。




 そして更に2日が経過した。



「ありがとうございましたですぅ! 私は晴れて釈放されたですぅ!」


 運び屋は日本の司法当局から起訴猶予という判断を下されてこうしてシャバに出てきた。もっと長目に拘留してもよかったんじゃないか? ああ、それでは俺たちの出発が更に遅れるか。



「それで今後はどうするんだ?」


「えっ、聞いていないんですかぁ?! 私は日本の国防軍に所属しますぅ!」


「なんだってぇぇぇぇ!」


 いつの間に決定したんだ? この運び屋が国防軍に入るだと! 一体そこにどのような経緯があるんだ?



「やっぱり安定っていいですぅ! 自分の立場が日本に保証してもらえるなんて夢のようですぅ! 安定万歳ですぅ! 絶対にしがみ付くですぅ!」


「お前本当にそれでいいのか?」


「運び屋なんて危険な割には実入りが少ないんですぅ! それよりも公務員! それも日本の公務員なんて私は勝ち組ですぅ!」


 はぁ・・・・・・ この鬱陶しいしゃべり方の運び屋が国防軍に一員になるとは・・・・・・ 色んな意味で頭が痛い。



「命令で聡史さんたちと一緒にヨーロッパに渡りますぅ! 私はヨーロッパ中を運び回っていましたからどこでも案内できますぅ!」


「お前が一緒だとぉ!」


 いかん、運び屋のしゃべり方が伝染してしまった。



「お前ではないですぅ! マリアですぅ!」


 こうしてマリアが俺たちのヨーロッパ行きに同行することとなった。まあ全然土地勘がない場所で俺たちだけで行動するよりはまだいいかと、無理やり納得しようとしたその時・・・・・・



「聡史ぃぃぃぃ! 私も一緒にイギリスに行くわよぉぉぉぉぉ!」


 遠くから手を振りながら走ってくる姿はマギーだった。全力でダッシュしているから見る見るその影が俺の前に迫ってくる。何もそんなに息せき切って走る必要はないだろうに。



「米英政府間で帰還者の派遣が決定したのよ! 日本だけが派遣して私たちが黙って見ている訳には行かないからね! これでしばらく一緒に行動するからどうぞよろしくね!」


「お、おう。こちらこそよろしく」


 あまりのマギーの勢いに気圧されて俺はようやくそれだけ答えるのだった。


 

いよいよヨーロッパに乗り込む聡史たちの前には・・・・・・ 続きは週末にお届けします。


この2日間ほど日間ローファンタジーランキングから転落しています。どうか読者の皆様のお力で復帰させていただけるように、ブックマークと評価で応援していただけるようにお願い申し上げます。評価とかもらえたらいいなぁ。(チラチラッ)


感想ありがとうございました。とっても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ