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12 テロ警戒

いよいよ世界規模の戦争が開始される前夜が今回のお話です。日本に入国した敵国の帰還者の情報を掴んだ政府はどのような対策を取るのでしょうか・・・・・・

 さくらに敗北を喫した翌日、勇者・浜田はまだ 茂樹しげきは自室で静養しながら、1人で考えに耽っている。


(彼らは一体何者なんだ? 全く僕の目が追いつかないあの動き、そこから繰り出された強烈な一撃、異世界でも経験した記憶がない攻撃だったぞ。あんな規格外の帰還者が存在するなんて、想像もしていなかった)


 両腕を見ると剣を弾き落とすために振るわれた手刀の跡が、どす黒い痣になっている。『首狩りウサギ』と名乗る少女は軽く見舞っただけのように見えたが、その瞬間両腕が痺れて剣を持っていることすらできなかった。その直後に胸部に感じた衝撃で脳震盪を起こして丸1日医務室に寝かされていたそうで、ようやく意識がはっきりしてきて自分の部屋に戻ったのがついさっきだ。



(これでも異世界に召喚されて魔王を倒してきたのにな)


 一緒に戦う仲間と共に必死でレベルを上げて、手強い魔物を倒し、多くの犠牲を出しながら魔族に挑み、そして永劫にも感じられる長い戦いの末にようやく魔王を打ち倒した。今思い返してもそれは数々の奇跡の連続と、自分のために命を投げ打ってくれた仲間の友情のおかげで何とか勝ち取った勝利という思いに強く駆られる。



(ミカエラ姫、ロンゾ兄貴、ゴッデス爺さん、ミランダ、みんなの魂は僕の中で生きているよ)


 最期の戦いで次々と命を落としていった仲間の冥福を祈ると共に、過ぎ去った異世界での日々を思い返す。勇者として特別な力を与えられて、戸惑いながらも必死で剣を振り続けた日々。日本に戻ってきた今となっては懐かしくもあり、なぜかもう一度行ってみたいと感じる不思議な世界だった。



 そんな僕が経験した戦いの日々など何の価値もないかのように、あの僅かな時間で全てが打ち砕かれた。僕は国防軍の帰還者区分ではCランクになっている。大体帰還者の平均的な能力があると看做されている。だから努力次第ではこの国を守る戦力として役に立てると思っていた。


 だけど彼らは違う。帰還者としての根本が違い過ぎる。どんな経験をすればあそこまで強くなれるのか聞いてみたい気がする。いや、それは止そうか。僕は勇者だ、日本に戻ってきたのも『何かここでやり遂げろ』という運命なんだ。だから僕は自分にできることをこれからもしていこう。


 そろそろ午後の訓練が始まる時間だな。よし、体に異常はないし外に出るか!







 




 屋外にある訓練場には初夏の強い日差しが降り注いでいる。ベンチに腰を下ろしている美鈴は日焼けしたくないらしくて、魔力で紫外線をカットしている。どんな魔力の使い方をすればそんな器用な真似ができるのか俺には皆目見当がつかない。


 まだ昼休み時間なので俺たち3人は訓練場の脇に置かれているベンチに並んで座っている。そしてもう1人タンクも一緒だ。



「そうそう、最初全然知らない森の中に転移して、そこで次から次にランクが高い魔物に襲われたんだよ! でも戦ってみると意外と大した事なくてなくって、全部返り討ちにしてやったよ!」


「ほう、お前たちは最初から強かったんだな」


「その通り! 特に私は格闘技全般が得意だからね! 軽く捻ってやったよ!」


 妹がタンクに得意げにあっちの世界の話をしている。確かにその話通りで、俺たちは異世界に召喚されたその時から不思議な力に目覚めて、人間には絶対に発揮できないような強大な力を所持していた。それじゃなきゃあんな魔物の巣窟のような森では1日も生きてはいけなかっただろう。武器は木の枝程度しかなかったしな。


 タンクはあまり自分から話をしない寡黙な男だ。年齢は俺たちよりも上に見えるが、聞いいてみると俺たちと同い年だった。あれはそのなんだ・・・・・・ フケ顔ってやつだな! すでに所帯を持っていて、子供が3人くらい居てもおかしくない面構えをしている。こんなオッサン顔のタンクだが、異世界では常に最前線に立ち続けて魔物に立ち向かっていたそうだ。攻撃系よりも防御系のスキルを多く持っているらしい。もちろんあの馬鹿デカイ盾を振り回して、敵を薙ぎ倒すのも可能だ。もしかしたら防御面ではあの勇者君よりも頼りになるんじゃないのかな?



 特殊能力者部隊にはもう1人帰還者が籍を置いているそうだが、現在は任務でどこかに出張中らしい。詳しい内容は軍全体の機密に触れるから教えられないそうだ。話を聞くと、その帰還者は俺たちと同世代の女性らしい。そのうち顔を合わせる機会もあるだろう。



 そうこうするうちに勇者君が訓練場に姿を見せる。妹に吹き飛ばされて背中から地面に落ちて、頭を打ったらしい。検査と安静のために1日医務室に寝かされていたけど、戻っていいと許可が下りたようだ。



「おや? ポンコツ君だね! 元気になったのかな?」


「ポンコツ君とは誰のことかな? 僕のコードネームは『勇者』だよ」


 早速妹がチョッカイを出しているよ。こいつは人の傷に塩を塗りつけるのが得意だ。肉体的なダメージから立ち直った勇者君に精神的なダメージを与えようとしている。今までどういう教育を受けてきたんだろうか? 本当に親の顔を見てみたいもんだ。



「ふふん、何もできずに私に簡単に一撃食らってノビちゃったからね! ポンコツで十分だよ!」


「グッ!」


 妹よ、勇者君が言葉に詰まっているぞ! 武士の情けだ、その辺にしてやるんだ。何とか取り成してやらないと勇者君が精神的なダメージで再び医務室に運ばれてしまうぞ。こういう場面は美鈴に任せようかと、俺は彼女に視線を向ける。



「あら、ガラクタ勇者のお出ましね」


「ググッ!」


 ダメだ! なんでこの2人は俺の予想のはるか斜め上の言動を取るのだろうか。まあ勇者と大魔王では相性が最悪というのもあるだろうが・・・・・・



 勇者君の胸の内を思い遣って俺が思案している時に、世話役の東中尉さんが俺たちを呼びに来る。何だろう、何か急用でもできたのかな?



「君たち5人を指令がお呼びだ! すぐに作戦会議室に集まってくれ」


 良かったよ! これで勇者君の件は有耶無耶にできるぞ。まだ全然顔が上がっていない勇者君を引き摺るようにして全員が会議室に向かうと、そこには司令官さんと副官さんをはじめとする幹部と、見知らぬ少佐の階級の将校が座っている。



「中華大陸連合の動きについて重要な話がある。大事になるかもしれないので心して聞くように。それでは始めてくれ」


 副官さんの指示に従って俺たちが用意された席に着くと、見知らぬ将校さんが口を開く。



「私は国防陸軍の連絡将校です。氏名は明かせませんがよろしくお願いします」


 ふーん、つまり諜報部隊だね。何らかの情報を掴んで協力を要請しにここに来たわけだね。



「今朝、成田から身元の不確かなシンガポール人が2人入国しました。2人が所持するパスポートは本物と断定さざるを得なかったので入国を認めましたが、中華大陸連合の工作員か帰還者の疑いが濃厚です。様々な情報を付き合わせた結果、我々の部署では8割以上の可能性を認識しています」


「水際で止められなかったのは残念だが、入国してしまったものは仕方がない。問題はその2人が何を目的にしているかだ」


 そうだよなー、入国前に取り押さえられれば一番良いだろうな。でもシンガポールは第3国に当たるから、無暗に入国を差し止めると国際問題になりかねないそうだ。それにもしその2人が帰還者で空港で暴れだしたらそれこそ甚大な被害を被る。そこまで考慮の末に、政府は2人の入国を許可したそうだ。



「監視はこちらで行っています。今のところは何も動く様子はありません。むしろ観光目的でやって来て、ホテルに篭りっきりというのは逆に怪しいと思われます」


「都内のホテルに居るんだな。それで政府の意向は?」


「はい、その通りです。すでに防衛大臣から特殊能力者部隊の出撃許可を得ています」


「わかった、もしその2人が帰還者で都内でテロを引き起こすのが目的だとしたら、ここに居ては初動が遅れる。ちょうど良い、活きのいい新人が3人入ったからヘリで市ヶ谷まで運んでくれ。こいつらの実力は私が保証する」


「了解しました」


「念のために私も出向くからな。都心でテロなど引き起こされたら『神殺し』の名が廃る。この国にやって来たのを死ぬ程後悔させてやるさ。おいそこの3人、私と一緒にヘリに乗り込め」


 いきなりのご指名がやって来ましたよ! つまり警察や国防軍の普通の部隊の手に負えない時には、俺たちにお鉢が回ってくるというわけだな。妹よ、そんなポカンとしている場合ではないぞ! 入隊2日目にして実戦への出動命令が下ったんだぞ! こいつはちょっと小難しい話になると、耳から耳に全部抜けていくからな。




 という訳で、俺たち3人は司令官さんに付き従って、連絡将校さんと共に富士駐屯地から輸送ヘリに乗り込んで飛び立っていく。


 それにしても未だにチヌークを使っているのかよ! 初飛行が50年以上前の機体だぞ! 国防軍の予算不足の象徴だな。最新型のステルス戦闘機や弾道ミサイル迎撃システムに予算をとられて、こういう細かい部分は旧態依然の機体を改良しながら騙し騙し使っている。本当に戦争なんか勃発したら大丈夫なんだろうかと不安になってくるよ。



「揺れるし、音がうるさいわね」


 美鈴は乗り心地に眉を顰めている。そりゃー軍用の輸送ヘリに乗り心地を求めちゃダメでしょう! 『文句があるなら早く慣れろ!』と言われるのがオチだよ。



「気流安定化! 重力低減!」


 わわっ! 美鈴が魔力を発動した途端に体が浮き上がるような感覚がしてきたぞ!



「美鈴! 何をしたんだ?」


「大したことはしていないわ。この機体が進む先に安定した空気のチューブを作り出したのよ。これで全然揺れないわね。ついでに重力を3分の2にしておいたから、エンジン出力をもっと絞っても大丈夫よ」


 なんてことを仕出かすのでしょうか、俺の幼馴染みは! 快適な乗り心地のために気流だけでなくって重力すら操ったよ! 大魔王様、本当に半端ネーッす!



「なるほど、ここまで高度な魔法を操れるのか。どうやら私は大当たりを引いたらしいな。このところクジ運に恵まれなかったから、一気にその分まで回収できたようだ」


 司令官さんがホクホクしているよ。まだ美鈴はその身に宿す無数の魔法の一端しか公開していないけど、見る人が見れば彼女が持っている強大な力が容易に想像が付くだろう。 



「兄ちゃん、あの辺が私の家かな?」


「どれどれ? ああ、そうみたいだな」


 窓から外を覗いている妹が指差す方向に目をやると、彼方に厚木飛行場が見えてくる。そうするとあの辺が我が家だよな。そのまま自分の家の上空をチヌークは滑るように進んで、富士を飛び立ってから90分で市ヶ谷駐屯地に到着する。



「このような楽なフライトは初めて経験しました!」


 俺たちが降りる時に、チヌークのパイロットさんが敬礼していたよ。そりゃーそうだな、着陸の時まで美鈴が完全に機体を重力魔法でコントロールしていたから、パイロットさんは操縦桿を軽く握っていただけだし。



 市ヶ谷駐屯地に入った俺たちはこの場に残る司令官さんと別れて、用意されたタクシーで怪しい2人が宿泊しているホテルに向かう。何か動きがあった時に備えて、すぐに対応できる場所で待機しろという命令だ。



「兄ちゃん、ホテルにはバイキングがあるらしいよ!」


「わかった、ホテルが破産するまで食べていいぞ」


「うほほー! 今夜は食べ放題だよー!」


 もちろん3人とも私服に着替えている。支給されたヘルメットなどの装備は全部アイテムボックスに放り込んである。それにしてもついこの間まで高校生だったのが、こうして都心のホテルに宿泊できるなんて、なんだか大人扱いされている気分だな。


 フロントでシングルの俺の部屋と妹と美鈴が使うツインの部屋を取ってしばらくは待機だ。何か動きがあれば、即座に行動に移れるように準備はしておく。



 その日は結局妹がバイキングで用意されていた大量の料理を食べ尽くした以外は何も事件が起こらずに翌朝を迎えた。ベッドから起きて顔を洗って戻ると、スマホの着信表示がある。あっ、ヤベー! この番号は司令官さんだ! 



「もしもし、スサノウです。何かありましたか?」


「まだ寝ていたのか! すぐに出ろ! まあいい、それよりも本日の早朝、中華大陸連合がアムール川を越えたぞ。どうやらロシアとの間で本格的な戦争が始まったと考えていいだろう。もし敵の帰還者が動くとしたら、開戦に合わせると考えるのが最も合理的だ。日本政府の目をテロに引き付けられるからな。十分に注意しろよ」


「了解しました」


 通話を切って部屋にあるテレビを点けると、ごく普通のモーニングショーを中継している。きっと中ロ開戦の件は情報封鎖が行われているのだろう。



「忙しくなりそうだな」


 俺はそうつぶやくと、美鈴の携帯に連絡を入れるのだった。





最期までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は水曜日を予定しています。戦車や戦闘機、ミサイルが飛び交う本格的な戦闘場面が始まる予定です。


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