119 帰還者の正体
意識を取り戻したハイジャック一味の帰還者は・・・・・・
妹に殴られたダメージから回復した女性が薄っすらと目を開く。その瞳がまず俺の姿を捉え、次にカレン、最後に妹の姿を確認する。
「ヒィィィィィィィ! ゴメンなさいぃぃぃ! 殴らないでくださいぃぃぃ!」
なんだ? この怯えようは? 両腕で頭を隠して膝に埋めているぞ。いくら殴られたとはいえ、妹に対してここまで怯えるとはこの女は本当に帰還者なのだろうか?
「正直に白状すれば命は助けてやる。お前は帰還者か?」
「は、はい。その通りですぅぅぅ! 帰還者でゴメンなさいぃぃぃ!」
この時点で声が涙混じりになっているな。おそらくは演技ではないだろう。妹に殴られて演技をする余裕があったら、それは相当な歴戦の兵だろうからな。
「お前が銃を機内に持ち込んだんだな」
「その通りですぅ!」
「名前と国籍は?」
「マリア・ヴロビッチ、セルビア人ですぅ!」
「セルビア人? 今回のテロにセルビア政府が絡んでいたのか?」
「違いますぅ! 私は政府に属さないフリーの運び屋なんですぅ!」
「フリーの運び屋だと?!」
驚いたな。政府に所属しないフリーの帰還者がいたのか。まあ確かに日本のようなキッチリとした社会体制が構築されていない国だと、帰還者と思しき人間の追跡が十分ではなくて網から漏れる者もいるのかもしれない。
「兄ちゃん、この子は本当に弱いね! 保持している魔力がナディアちゃんよりも少ないよ」
妹の魔力察知能力は非常に高い。察知するだけではなくておよその魔力量まで把握するという高性能だ。こやつの日頃の言動はまったくアテならないが、このような場面の発言だけは信用に値する。
「帰還者なのに何でそんなに魔力が少ないんだ?」
「私が異世界に行って与えられた能力はアイテムボックスだけだったんですぅ! 腕力も全然なくて冒険者なんて絶対無理だったんですぅ! ですからあちらの世界で生きていくためにアイテムボックスを利用した運び屋をやっていたですぅ!」
「だから地球に戻ってきても運び屋なのか?」
「そうなんですぅ! これしか出来ないから何でもアイテムボックスに仕舞って運ぶ仕事を請け負っていたんですぅ!」
なるほど、事情はなんとなくわかってきたぞ。金で雇われて非合法な物だろうが何でも運ぶ仕事か。今回のハイジャック事件のように表沙汰にしたくない物品を運んでほしいという需要があるんだろうな。
「それでハイジャックの片棒を担いだのか。このまま日本で裁判にかけられて懲役20年は間違いなさそうだな」
「許してくださいぃ! 裏の仕事は稼ぎがいいんですぅ! 裏社会の事情とかフリーの帰還者の話とか知っていることは何でもしゃべりますから許してくださいですぅ!」
これはまた虫のいいことを言っているな。テロの片棒を担いでおいてそんなに簡単に無罪放免になると思うなよ。法治国家の日本は厳しいんだぞ!
「兄ちゃん、もしかしたら使い道があるかもしれないよ!」
「さくら、こいつにどんな使い道があるんだ?」
「私も経験があるけど裏社会の情報っていうのは結構役に立つんだよ! これから向かうヨーロッパの事情だってこいつから聞き出せばある程度はわかってくるよ!」
妹よ! お前は珍しく冴えた意見を言うな! さすがはヤ○ザから金を巻き上げた実績を積んでいる・・・・・・・ 違うだろうが! 断言するぞ! お前の考え方は正真正銘の犯罪者の論理だ!
「聡史様、日本にはございませんが欧米諸国には司法取引という制度があります。罪を認めて情報を提供した者は赦免される場合があるのです」
ああ、そんな制度があると聞いたことがあるぞ。それにしてもどうしようかな、この場に相談できる人物がいればいいんだけど・・・・・・ ピコーン! ファーストクラスに1人いるじゃないか!
「今からアメリカの政府関係者と談判してくるからちょっと待っていろ」
「おっ、兄ちゃんも乗り気になってきたね!」
「どうかお願いしますぅ!」
俺は再びファーストクラスにとって返すと、そこではシークレットサービスの生き残りが仲間の遺体にコートを被せている最中だった。
「取り込み中お邪魔する。国防次官補と話がしたいがいいだろうか?」
「命の恩人を追い返すような無作法なマネはしないよ」
どうやら快く受け入れてくれたようだな。第1段階は無事に通過したと思って差し支えないだろう。
「実は機内に武器を持ち込んだ帰還者を確保した」
「そうか、それはお手柄だったね」
「確認だがこの飛行はに日本の航空会社が運用している。機内は日本の司法権が及ぶということで問題はないか?」
「それは国際条約で決まった司法制度だから異議はない。可能ならば犯人一味の身柄は事後に我が国に引き渡してもらえると尚ありがたい」
まあそうだろうな。今回のハイジャック事件で人命に実害が及んだのはこの場にいるシークレットサービスだ。アメリカ政府としては高官の命が狙われてことと相まって自国で裁判にかけたいであろう。
「その帰還者は司法取引を望んでいる。本人の自白によるとどうやら金で雇われたフリーの運び屋らしい。裏社会やテロ組織とのパイプがあるから、その情報と引き換えに免罪を望んでいる。得られた情報は全てアメリカに提供するという条件で身柄の引渡しを断念しないか?」
「これはまたずいぶんと政治的に高度な判断を求めてくるね。もしその要請を私が断るとしたらどうするんだい?」
「運び屋はテロリストの一味ということでこの場で処分する。情報は誰も得られない」
「これはまた思い切った条件を突きつけてくるものだな」
国防次官補は一瞬シークレットサービスのメンバーに視線を向ける。仲間を失って腸が煮えくり返っているであろう彼らの心情に配慮したのだろう。だが彼らは敢えて何も口に出さない。VIPの身を守るという自らの領分を弁えているのだ。
「仕方がない、テロリストに関する情報は我々も喉から手が出る程欲しい。この場は君を信用するしかなさそうだ」
「了承してもらって感謝する。帰還者の身柄はこちらが責任持って管理する」
よし、命を狙われた国防次官補自身が取引を認めたとあらば、アメリカ政府もそう易々とは動きが取れないだろう。あとは何らかの重要な情報を流せば運び屋から得られる情報の必要性を認職するに違いない。さて、言質は取れたからさっさと戻るか。そのまま俺はファーストクラスを出て行く。
「ひとまずはアメリカから同意を得たぞ。あとはホノルルに到着次第司令に連絡だな。俺が判断すべき事案ではないし」
「兄ちゃん、ということはしばらくこの運び屋は生かしていくんだね」
「ありがとうございますぅ! 一生感謝しますぅ!」
運び屋はさめざめと涙を流しながら俺に感謝の目を向けている。それにしても厄介な人間を抱え込んでしまったな。どうしようか・・・・・・ そうだ、最初の仕事をさせようか。
「おい、運び屋! 一緒に来い! テロリストの死体を回収するぞ」
「は、はいですぅ!」
否応なく俺の命令に従って運び屋はエコノミークラスにドナドナされる。何気なく振り返ると妹とカレンはビジネスクラスの運び屋の席にちゃっかりと座っているぞ。隣が空席になっているから、おそらくテロリストが座っていたんだろうな。
「カレンちゃん! さすがはビジネスクラスだよ! 席がゆったりしているからグッスリと寝られそうだよ!」
「テロリストを逮捕したご褒美ですね」
おいおい調子が良過ぎるだろう! ビジネスクラスのシートをこのまま接収する気か? 空席は並びで2つしかないんだぞ! 俺の分はどうするんだ?
なんだか納得いかない思いを抱えながら、俺は運び屋を連れてエコにミークラスのエリアに入る。当然そこには俺と妹が倒したテロリストの死体が片付ける者もないままに放置されている。
「ヒイィィィ! ひ、人が死んでいますぅ!」
「お前を雇ったテロリストだ。一歩間違うと何の罪もない乗客が死んでいたんだからな。お前が手を貸した仕事というのは簡単に人の命を奪う結果に繋がるんだと自覚しろ」
「は、反省していますぅ」
運び屋の表情は暗い。己が安易に手を貸した仕事の悲惨な結果を目の当たりにして、罪の意識に駆られているのかもしれない。だがこの程度でお前の贖罪が済むと思うなよ。
「この死体をアイテムボックスに収納しろ」
「わ、私がですか!」
「だってお前は運び屋だろうが。この死体も責任もって運ぶんだぞ」
「収納する時に手を触れないといけないんですぅ!」
「手を触れればいいだろう」
「怖いですぅ!」
どれだけ根性なしなんだ? よくこんな性根で裏の仕事に手を出していたな。命がいくつあっても足りないだろうに。あっ、そういえば駐屯地にも同じような根性なしのヘタレがいたな。でも明日香ちゃんはこのところ随分成長しているそうだから、この運び屋と比べたら失礼にあたるだろう。
「いいからさっさとやれ!」
「うう、怖いですぅ!」
俺の血も涙もない命令で運び屋は震える手で死体に触れてアイテムボックスに収納していく。4体全て仕舞い終える頃にはボロボロと涙を流していた。いい薬になっただろう。自らが仕出かした不始末は自らの手で片付けないとな。そのまま彼女をファーストクラスにも連行して、残ったテロリストの死体を片付けさせる。国防次官補とシークレットサービスたちは目の前から死体が消えていく様子を見て口を開いて呆然としていたな。
「よし、一仕事終わったから事情聴取を開始する」
俺は元々座っていた自分の席に運び屋を連行する。カレンの席に座らせると聴取開始だ。だが運び屋は図々しくも座席に何らかの不満を抱いているようだ。いい根性じゃないか! 何でその根性を死体収納の時に発揮できなかったんだ? ああ!
「あ、あの・・・・・・ 私の席は?」
「俺の仲間が接収済みだ。戻りたかったら腕尽くで取り返して来い」
「ここで我慢しますぅ! うう、ビジネスクラス初体験だったのにぃ・・・・・・」
「未練たらたらだな。贅沢を言える身分でないんだと早く自覚しろよ」
「はいですぅ」
こうして改めて聴取が開始される。まずは今回のハイジャックの背景から聞きだそうか。ああ、最初にあの件はきちんと説明しておかないと不味いよな。
「いいか運び屋! お前には黙秘権及びその他の不利な証言を拒否する権利はない。正直に吐かないと命の危険が迫ってくるという事実を認識しろ」
「理不尽すぎますぅ! どこの強制収容所ですかぁぁぁ!」
「まだテロの片棒を担いだという自覚が足りないようだな。もう1発殴られてくるか?」
「何でもしゃべりますぅ! お願いですからもう殴らないでくださいぃぃぃ!」
俺の妹はどんな殴り方をしたんだろうな? まあいい、これだけ怯えているということは何でも素直に証言するだろう。
「お前を雇った組織と連絡先は?」
「イスラム戦士連合ですぅ! モハメド・アブドゥールという男から依頼が来ましたぁ! 連絡先は・・・・・・・」
こうして俺はホノルル空港に着陸するギリギリまで運び屋からハイジャック事件の首謀者について情報を吐かせるのだった。
4時間後・・・・・・
「ご搭乗の皆様、当機は間もなくホノルル空港に着陸いたします。フライト中にハイジャック事件が発生いたしまして、皆様にはご迷惑をお掛けいたしました。犯行グループは乗客の勇気ある行動で取り押さえられて解決いたしましたことを乗員一同心から感謝いたします。また犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。皆様、アクシデントはありましたがよい旅になりますように」
機内には機長からのアナウンスが流れる。一般の乗客はスリルと非日常に満ちたフライトがようやく終わりを迎えて安堵した表情をしている。その間に機体は高度を下げて窓の外にはハワイ諸島の島影が広がる。
滑走路にタッチダウンして減速する機体の慣性によって体が手前に持っていかれるような感覚が伝わってくる。ようやくハワイに到着したんだな。まだ成田を発ってから7時間少々しか経過していないが、なんだか精神的にグッタリしてくるな。これで地面に足を付けられると安心して飛行機を下りる準備をする。だが・・・・・・
バタバタバタバタバタ!
「乗客の皆さん! そのまま動かないで!」
慌しく機内に雪崩れ込んできたのはフル装備に身を包んだ特殊部隊の皆さんだった。徽章は米軍ではないな。ハワイ州警察の特殊部隊かな? 小銃を構えたまま客席に座る乗客を1人1人チェックしていく。そしてその中の隊長と思しき人物がつかつかと俺の席までやって来る。
「ミスター、ハイジャック犯を探しているんだが、君の隣にいる女性は何者だ?」
「ああ、こいつはハイジャックの共犯者の可能性がある」
「我々に引き渡してもらいたい」
「だが断る! 機内は日本の司法権が優先する。これはファーストクラスにいる貴国の国防次官補にも確認している」
「だがハイジャック犯をこのまま野放しにはできない」
「断ると言っている。交渉の余地はない」
「そのような強硬な態度を取るなら君も犯人隠匿の容疑で逮捕しなければならなくなる」
「ホノルルが地図から消えることになるがいいのか? 銃の脅し程度では俺には効果がないぞ」
俺が体に殺気を込めると隊長の表情は僅かに怯む様子を見せる。この程度で自分をコントロールしているのは相当な訓練を積んでいる証だろう。
運び屋の身柄を巡って双方に険悪な空気が流れる機内、だがその空気を破るように機体の前方から女性の声が響く。
「全員銃を下ろしなさい! この場は連邦軍特殊能力者部隊が預かるわ!」
なんだか聞き覚えがある声だな。そう思って声がする方向に顔を向けると、そこに立っているのは海南島で短い時間ではあるが面識があったマギーの姿があるのだった。
「聡史、ステーツに到着する前から随分はしゃいでいるわね」
「好きで暴れたわけじゃないぞ。乗客の安全優先で行動しただけだ。シークレットサービスに犠牲者が出て申し訳なかったな」
「あなたの責任ではないわ。帰還者は万能ではないんですから」
さすがはマギーだな。海南島では美鈴を言い負かしていたし、この場の主導権は完全に彼女の手にあるようだ。それにしてもこうして知り合いが登場してくれてよかったよ。
「この便に搭乗している帰還者とハイジャックの共犯者はこのままヒッカム空軍基地に移動してもらいます。これはホワイトハウスからの指令です」
「了解しました」
こうして警察の特殊部隊は一旦撤収していく。ホワイトハウス直々の指令に彼らは逆らう権限を持っていないから止むを得ないだろうな。俺たちが降りてから機内を気が済むまで捜索してくれ。
「という訳で、聡史! 基地まで付き合ってもらえるかしら?」
「せっかく予約したホテルをキャンセルしないといけないな。市内観光は望み薄か」
「どの道任務の途中でしょう! 観光は諦めてもらうわ」
こうして俺はマギーの先導で機内から外に出るのだった。
ハワイの米軍基地に向かう主人公たち、果たして無事に済むのか・・・・・・ 続きは週の中頃に投稿します。
たくさんのブックマークをありがとうございました。おかげさまでちょっとランクアップして、現在ローファンタジーランキングの40位前後にいます。皆様の応援本当に感謝しております。引き続き楽しんでいただけるように頑張りますので、応援してください。




