118 ハイジャック犯の運命
ハイジャック事件発生!
ハワイ行きの旅客機に乗り込んだ俺たち3人はハイジャックに遭遇するという事態に陥っている。上空1万メートルで多数の乗客の命が懸かっているという非常事態だ。慎重な対処が必要になるのはいうまでもない。
客室内の乗客の殆どはハワイで休暇を楽しもうという日本人だ。当然自分が搭乗する便がハイジャックに出くわすなんて予想していた人などいない。全員が呆然としながら恐怖と不安に肩を寄せ合っている。銃を突き付けられて身動きを封じられたまま、自らの運命がその銃を手にするハイジャック犯に握られているという絶望感に顔を伏せて泣き出す女性の姿もあるようだ。
ハイジャック犯は俺たちが座っている機体後部のエコノミー席に4人、壁で仕切られた前方からも『抵抗するな!』という声が聞こえてくるから、全員で7~8人のグループかもしれない。それぞれがサブマシンガンや小銃を手にして乗客に反抗する動きがないか目を光らせている。
それにしてもおかしいな。この場に立っているハイジャック犯はどうしてこんなにも簡単に武器を機内に持ち込めたんだ? 搭乗する際には手荷物検査や金属探知機を用いたボディーチェックを受けている筈だ。このような銃器類を何丁も持ち込むのは不可能に思えるが、こうして実際に存在しているということはどこかに抜け道があるはずだ。
しばらく考えた結果俺はある結論に辿り着いた。それは俺自身にも該当するとある手段だ。帰還者がアイテムボックスに武器を仕舞い込んだら、空港のチェックなどフリーパスで通り抜けられる。現に俺のアイテムボックスには魔力バズーカの他にも異世界製の武器がてんこ盛りで収納されている。
ハイジャック犯の中に帰還者がいて、そいつが武器をアイテムボックスに収納して機内に乗り込んだとしたら、あとは取り出して仲間に手渡せば準備はすぐに整ってしまうな。これは航空機の防犯体制に重大な危機を齎す事態だろう。帰還者というのはかように厄介な存在なのだ。
ただし現在問題となるのはハイジャック犯に紛れているかもしれない帰還者込みで制圧して、機内の安全を取り戻さなければならない点だ。そのためには犯人たちを一気に取り押さえる必要がある。美鈴がいれば魔法で全員行動不能にできるんだが、生憎この場にはいないんだよな。そうだ! カレンの力に頼ってみるのはどうだろうか。
「カレン、天使の力でハイジャック犯を行動不能にするのは可能か?」
俺の問い掛けにカレンの瞳が銀色に変わる。これは天使の本性が意識の表面に現れた現象だな。
「我が神よ、僕であります私の力にご期待いただけて身に余る光栄でございます。さすれば機内の人間の魂を残らず滅ぼしましょう」
おい、機内の人間ということは乗客も含めて皆殺しか! パイロットはどうするんだ! 魂を滅ぼしちゃいかんだろうが! ダメだ、やはり天使の力は使い場所に困る。この場はカレンに頼らずに何とかするしかない。
「カレン、その案は却下する。お前の力を借りるかもしれないから、しばらくはそのままで待機してくれ」
「御意、我が力は等しく我が神の御心のままに」
ひとまずは物騒な天使の動きは封じておく。天使から見ればハイジャック犯と乗客の区別など大した問題ではないのだろうな。俺同様に力の細かい制御が出来ないから、まとめてドン! という具合に裁きの鉄槌が天から落ちてくるのだろう。
それにしても困ったな。早く解決したいがこのままでは打開策が見つからない袋小路だ。今のところ機内は若干の落ち着きを取り戻して、ハイジャック犯は乗客に銃を突き付けるのを中止して銃口を上に向けている。銃を構える側もすぐに発砲可能な緊張状態というのは長時間継続は出来ないし、何よりも銃は結構重たいから腕が疲れる。これは実際に持ってみないと中々わからない感覚だ。
その時だった・・・・・・
「兄ちゃん、トイレに行ってくるよ」
半目を開いた妹がスッと立ち上がると、フラフラした足取りで通路に出ていった。
「待て! さくら!」
俺が止めようとした左手は僅かに届かず、妹はそのままフラフラと通路を歩いていく。不味いぞ! あやつは半分寝惚けている。今の今までグッスリと寝ていたからハイジャック騒ぎなど全く知らないままにトイレに立って行ってしまった。俺はもどかしい手付きでシートベルトを外して妹の後を追う。
「貴様ら何をしているんだ! 止まれ! 手を上げて動くな!」
当然ハイジャック犯はフラフラ歩き出した妹に気がついて銃口を向けるよな。えーい、こうなったらもう成るように成るしかない! 俺は覚悟を決めると妹の追跡は諦めてもう一方の通路に立っているハイジャック犯に向かって突進する。
「止まれ! 撃つぞ!」
「面倒だから地獄に落ちろ!」
ハイジャック犯が発砲する前に俺はその目の前に立っている。そしてその額に向けてデコピンを放つ。
「ウボ$&?ガ=%!」
普通の人間が破壊神のデコピンを食らうとどうなるか・・・・・・ 額が陥没してそのまま崩れ去っちゃったよ! これはもうリアル北○の拳だよな。手にしていたサブマシンガンは回収してアイテムボックスに放り込んでおこう。更にその先にはもう1人残っているから同様に手早く片付ける。そして妹がフラフラ歩いているもう一方の通路では・・・・・・
「止まれ! 命が惜しくないのか!」
「おや、私のトイレを邪魔するオークがいるね! こんな弱い魔物は一捻りだよ!」
おい、まだ寝惚けているのか! 妹よ、ここは異世界ではなくて飛行機の中だぞ! 早く正気に帰れ!
「どうやら命が惜しくないようだな。死ね!」
ハイジャック犯が引き金に掛けている指に力を込めようとする。その瞬間・・・・・・ 犯人の目の前から妹の姿が消えた!
と思ったらいつの間にか後ろ側に瞬時に移動している。寝惚けているせいで夢遊病者のようでありながらも、その足捌きは普段と全く変わらない。
「これでお終いだよ!」
オークと間違えてはいるが、妹のパンチが犯人の後頭部にヒットすると、その体は通路を20メートル程弾丸のように飛翔して、客室を仕切る壁に上半身から突っ込んでいった。
グシャン!
壁を破壊しながら体は内部にめり込んで足だけがこちらに見えている。壁から足だけが生えているようなシュールな光景の出来上がりだ。
「キャーー!」
この光景を目撃した乗客の女性たちから悲鳴が上がっているが、妹はそんなことはお構いなしにフラフラしながらトイレに向かっている。
「この化け物が! 喰らえぇぇぇ!」
壁に埋め込まれたハイジャック犯とトイレの間にはもう1人銃を構える男が立っていた。こいつは妹の様子を見て躊躇いなく引き金を引く。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタ!
サブマシンガンから小気味いい連続音が奏でられる。銃口から吐き出された弾丸は狙いを過たずにに妹に向かっている。だが・・・・・・
「おかしいね? オークが銃を発砲したよ! まあこのさくらちゃんが全部掴み取っちゃったから問題ないんだけどね。それじゃあお返しだよ!」
妹は右手にある銃弾をハイジャック犯に向けて投げつけた。そしてその弾丸は犯人の額に寸分違わずにめり込んでいる。マシンガンから飛び出してきた銃弾を全部掴み取ってそれを投げ返すなんて芸当は俺の妹以外には不可能だろうな。寝惚けていてもしっかりとやることはやっている。これでエコノミー席の犯人は全員死亡したな。そのまま妹はフラフラした足取りでトイレに入っていった。まるで何事もなかったように・・・・・・
エコノミークラスの客席はハイジャック犯が全滅した安堵感と目の前で起きた信じられない光景に我を忘れて全員がポカンとしている。そりゃあそうだろうな。機関銃で撃たれた側がケロリとしていて、撃った側が額に銃弾をめり込ませて死んでいるんだから、誰もが信じられない思いを抱えるだろう。
そしてトイレのドアが開いて妹が中から出てくる。
「ふうー、実にスッキリしたよ! あれ? トイレから出てみれば人が倒れているよ! これはどうしたことだろうね?」
妹よ、どうやら寝惚け状態から脱却したようだな。『人が倒れている!』じゃないだろうが! 半分はお前の仕業だからな!
「さくら、ハイジャックだ! 犯人一味には帰還者が紛れ込んでいる可能性が高い。お前は魔力を持った人間を探してくれ」
「了解だよ! 兄ちゃんはどうするの?」
「このまま前方にいる犯人を制圧してくる」
俺はそのまま気配を消しながら機内前方へと向かう。ビジネスクラスのエリアに行くとそこには広々とした座席が並んでいた。チクショウ、ゆったり座りやがって・・・・・・ じゃない! 犯人はどこだ? ここにはそれらしき姿は見当たらないぞ!
更に前方に向かうと〔ファーストクラス〕という表示がある。おそらく最初に銃声が聞こえたのはここからだろう。すでに機内後方で起きた発砲音にハイジャック犯も気がついている筈だ。躊躇している暇はないな。このまま強行突入だ!
自動ドアがスライドするとそこは血の海が広がっていた。倒れているのは黒服に身を包んだシークレットサービスの男たちが6人と犯人らしき男が1人。その他に一番前方の操縦席に通じるドア付近にはサブマシンガンを構える男が2人立ってこちらを見ている。
「撃て!」
おいおい、いきなり発砲してくるのか! 俺は自分を包み込む魔力のバリアーを広げる。俺の後ろには大勢の乗客がいるし、万一機体に穴でも開くと大変だ。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!
俺に向かって飛んできた数え切れない程の銃弾は魔力のバリアーに阻まれて音を立てて床に落ちていく。うまい具合に魔力を広げられたようで、後方に飛んでいく銃弾はなさそうだな。これで一応の安全は確保できた。
「喜ぶんだ、破壊神が地獄に案内してやるぞ!」
俺はつかつかとサブマシンガンをぶっ放している犯人に近づいていく。
「何故だ! 何故銃が効果がないんだ!」
犯人の顔は盛大に引き攣っているな。恐怖で瞳孔が開いて歯の根がガチガチと音を立てているぞ。今まで無抵抗な乗客を狩る側だと思っていたのに、一転して狩られる側になった気持ちはどんなもんだ? 暴力はより大きな暴力によって押し潰されるんだぞ。
「戦争だの革命だのと騒ぎ立てるのは結構だが、俺の目の前でやったらどうなるか知らなかったのか? 銃を降ろして投降しろ。ああ、やっぱり投降するんじゃないぞ。いいな、お前たちは一言も投降などという言葉は口にしなかった」
事情聴取する必要を感じないわけではないが、テロリストに人権はない。下手に生かしておいてあとから奪還のために再びテロが引き起こされる悪循環はこの場で断ち切っておこう。それではテロリストさんたち、さようなら!
両手で同時に2人からサブマシンガンを取り上げるとアイテムボックスに放り込む。ちょっと強めにデコピンを入れるとテロリストは頭から色々とぶちまけながら血の海に沈んでいく。倒れたテロリストを足で退けて最前列の席を覗き込むと、そこには高級スーツを着込んだ男性が肩から血を流して意識を失っていた。これがどうやらアメリカ政府の高官のようだな。かなりの出血をしているが、まだ息はある。
それから倒れているシークレットサービスの安否を確認する。首筋に手を当てると6人中3人は弱々しいながらも脈があった。これはついにカレンの出番だな。急いで自分の席に戻ると再びカレンを連れてファーストクラスに戻る。
「カレン、生きている人を助けてくれ」
「わが神の仰せのままに」
ついに俺から命令が出たカレンは喜びを隠せない表情で天界の光を照射する。普段駐屯地で怪我の治療に用いている回復用ではなくて、もっと本格的な再生の光だとあとから説明を受けた。どうやら天界の呪法にもランクがあるらしい。程なくしてまだ息が残っていた高官とシークレットサービスは目を開く。
「君たちは何者だ?」
一番傷が浅かった高官が不思議そうな表情で俺に問い掛けてくる。それはそうだろうな。肩に受けた銃創がきれいに消えて、痛みと出血があっという間に止まったんだから。
「我々は日本国防軍の一員だ。名前は明かせない。テロリストは制圧した」
「そうか、私は合衆国国防次官補のダグラス・ボルトンだ。君たちの助けに感謝する。名前を明かせないということは特殊部隊、いやそれとも帰還者かね?」
「・・・・・・」
「すまなかった、余計な詮索はしない方がいいようだ。シークレットサービスは無事なのか?」
「3人は間もなく息を吹き返すだろう。残りは・・・・・・」
「そうか・・・・・・ 勇敢な者たちだった、残念だよ。3人が助かったのは君たちのおかげだ。彼らに代わって感謝する」
「もう少し早く駆け付ければ良かったが、生憎後方の席のテロリスト排除に時間がかかった。亡くなった人のために祈りを奉げよう」
「彼らの魂が安息の時を迎えるように。さて、私は個人的に大きな借りができてしまったようだ。果たして君は何を望む?」
「同盟国の政府関係者を守るのは当然の行為だ。感謝する必要はないし、これは貸し借りではない」
「そうか、さすがは日本軍だ。君の言葉に甘えるとしよう」
「まだ機内にテロリストの仲間が残っている可能性がある。我々は捜索に当たる」
「よろしく頼む」
ど、どうだったかな? ちょっと司令の口調を真似てみたけど、格好ついたかな? カレンを見ると『さすがは我が神でございます』と耳元で囁いてくれた。どうやらいい感じでアメリカ政府の高官と話ができたようだ。俺も決めるべき所ではしっかりと決められるんだぞ! 異世界では国王とか軍務大臣と散々やりあった経験があるからな。
カレンと一緒にビジネスクラスに戻ると、真ん中辺りの通路際の席の前に妹が立っていた。大声で俺に向かって手招きをしているぞ。
「兄ちゃん、こいつから魔力を感じるよ! 殴って大人しくさせておいたから今は大丈夫だよ!」
これっ! 事情も聞かないで殴って気絶させるとは・・・・・・ 我が妹は面倒な話は抜きにして手が出るから危険極まりない。でもこの場合の対応としては間違いではないな。テロリストの仲間の帰還者だったら、どんな武器を隠しているかもわからないし。
「カレン、回復させてくれ。事情を聞きたい」
「我が神よ、御身に手向かった不遜な人間などこのまま死なせるべきではないですか?」
これっ! 簡単に死なせるなどと口にしてはいけません! 仮にも天使なんだから、もっと穏やかにできないもんだろうか? 『俺の敵は抹殺する!』とかねがね口にしているカレンの中の天使は妹と同レベルの危険人物だ。こんな2人を連れてヨーロッパに遠征する俺の身にもなってくれ!
「まずは申し開きを聞くべきだろう。そのあとで処分を決める」
「さすがは寛大なる我が神でございます。このミカエルには考えもつかない素晴らしき御啓示でございました。しからばこの者の息を吹き返させましょう!」
カレンが天界の光を照射すると、席に座っている女性は薄っすらと目を開いていく。果たしてこいつは何者なのだろうか? その疑問だけが俺の中に残るのだった。
意識を取り戻した女性の正体は・・・・・・ この続きは明日投降します。
たくさんのブックマークと評価をいただきましてありがとうございました。一時低迷しかけていたランクが現在ローファンタジーランキングの50~60位前後を漂っていおります。読者の皆様の応援のおかげと深く感謝します。拙い小説ではありますが今度ともご愛読いただければ幸いです。




