117 またトラブルに巻き込まれた
新たな任務に聡史たちは・・・・・・
美鈴とフィオは昼前にヘリで隠岐に向かって出発していった。魔公爵レイフェンも同行するがこの3人の組み合わせというのも傍から見たらなんだか奇妙に映るな。ダンディーな紳士の形をしているレイフェンは常に恭しい態度で美鈴に傅いている。外見は親子のような年の差なのだが、決してレイフェンが保護者役ではない。レイフェンはあくまでも執事に徹して美鈴を主君として奉っているんだ。
この2人が人前で一緒に行動すると名家のお嬢様とその付き添いの爺やに見えるかもしれないな。そこに金髪碧眼の欧風美少女のフィオが加わるんだから、これは周囲の人目を引き付けるに違いない。よくよく考えたら目立ち過ぎてこっそり調査をするには向かないメンバーだったような気もする。
ただしその辺は司令がしっかり考えていて、この3人で注目を集めておいて細かな情報収集は一足先に現地に乗り込んでいる忍者部隊が実行するそうだ。彼らが密かに集めた情報を基にして、美鈴たちが山吹を取り押さえる段取りになっているらしい。その辺はあまり詳しく聞かされていないから、おいおいに連絡が来るのを待つしかないな。
美鈴たちからは特に進展がないという連絡が来てその日は終わる。そしてその翌日、俺たちは司令から呼び出しを受けるのだった。
「イギリス政府から正式な依頼が来て日本は了承した。すでに渡航の手配は済ませてある。これが3人のパスポートだ」
テーブルの上には航空券のチケットと3人分のパスポートが置かれている。もちろん表紙には菊の紋が入った日本政府発行の正式なものだ。俺も妹もパスポートの申請なんかしていないんだが、いつの間に作られたんだろう? どれどれ、ちょっと中を開いてみよう。ああ、ちゃんと俺の写真が張ってあるな。その下には・・・・・・
影山 仁史
影山 桃子
平川 エレン ウッドワース
思いっきり偽名じゃないかよ! 初めて見たぞ。政府発行の偽造パスポートだ。権力が一枚咬むと何でもアリだな! こうして本名や身分を偽ったスパイが出来上がるのか。
「外国でお前たちの本名など明かせないだろう。しばらくはこの名前で通すんだ。それから旅行者に紛れて入国する手筈となっているから民間の旅客機で向かってくれ」
「司令、もしかしてファーストクラスとか?」
「予算不足の国防軍に過度な期待をするな!」
「それじゃあビジネスクラスですね」
「何なら貨物扱いでもいいんだぞ」
「エコノミーで我慢します」
こうして俺たちはその日の昼過ぎに成田に向かって出発するのだった。
新東京国際空港では・・・・・・
「兄ちゃん、スーツケースが邪魔だよ!」
「さくら、我慢するんだ。手ぶらの観光客なんておかしいだろうが」
俺たち3人はリムジンバスを降りて国際線ターミナルに向かっているところだ。妹は着替えなどを適当に詰め込んだスーツケースに文句を言っている。普段からアイテムボックスに生活必需品が放り込んであるから、こうして荷物を自分で運ぶのは俺としても億劫に感じる。アイテムボックスの便利さは一度体験すると絶対に手放せないな。ああ、カレンはアイテムボックスのスキルがないから小容量のマジックバッグを渡してあるんだ。
「この時期はオフシーズンですから人が少ないですね」
「そうだな、もう少しすると年末年始の旅行客で混雑するんだろうな」
搭乗手続きのためにカウンターに並んで手荷物を預けるとちょっとほっとした気分になるな。やはり邪魔な荷物など持たないに限る! あとは搭乗案内に従って飛行機に乗り込めばオーケーだ。
「兄ちゃん、そろそろ晩ご飯の時間だよ!」
「そうだな、少し早いけど今のうちに済ませておこうか」
「聡史様、私は余りお腹が空いていませんので軽食で十分です。機内でも食事は出ますし」
カレン、何を甘いことを言っているんだ! 妹の概念には『軽食』という物は存在していないんだぞ。しこたま食べて腹いっぱいになるか、あとは場繋ぎのおやつという二者択一だ。そしてこやつは晩ご飯と主張しているんだから、腹いっぱいになる方向を選択するに決まっている。
「兄ちゃん、トンカツ屋さんがあるよ! 今の気分は揚げ物だからちょうどいいね!」
「あっ、こらっ! さくら、1人で勝手に入っていくんじゃない!」
「聡史様、待ってください!」
レストランフロアーで発見したトンカツ屋に妹はダッシュで入り込んでいく。仕方なしに俺たちもその後を追うのだった。そして俺たちが店内に入ると妹はすでに座席に腰を下ろしてメニューを開いている。なんて幸せそうな顔をしているんだ! 妹にとってこの時こそが最も生きているという実感を得られるのかもしれない。やれやれと思いながらも、俺たちは妹の隣の席に腰を落ち着ける。
「すいませーん! ロースカツ定食とヒレカツ定食、ミックスフライ定食、ロースカツとエビフライ定食、ダブルカツ定食、あとカツ丼2杯! ついでに豚汁も3杯付けて!」
注文を受けた店員さんの目が点になっているは言うまでもない。これだけの量を端末に打ち込む間もなく一気に注文されたら、大概の店員さんは何事が起きているのかと自分の耳を疑うだろう。
「すみません、もう一度お願いします」
「わかったよ、今度はよく聞いてね! ロースカツ定食とヒレカツ定食、ミックスフライ定食、ロースカツとエビフライ定食、ダブルカツ定食、唐揚げ定食、あとカツ丼3杯! ついでに豚汁も3杯付けて!」
おい、最初の注文から一品増えていないか? なぜ唐揚げ定食が急浮上したんだ? 地味にカツ丼も一杯増えているし。
「ご注文を繰り返します。ロースカツ定食とヒレカツ定食、ミックスフライ定食、ロースカツとエビフライ定食、ダブルカツ定食、唐揚げ定食、あとカツ丼3杯! ついでに豚汁3杯ですね」
この店員さんは妹の注文を律儀に繰り返したぞ。店員としての職業意識がなせる業かそれとも店の教育がしっかりしているのかは不明だが・・・・・・
「それから食後にチョコレートパフェ、ストロベリーパフェ、ミックスパフェを持ってきてよ!」
「かしこまりました。食後にチョコレートパフェ、ストロベリーパフェ、ミックスパフェですね。少々お待ちください」
まだ若い店員さんは端末をエプロンに仕舞ってから厨房に戻っていく。だが動揺している様子がありありだな。歩いているその姿は右手と右足が同時に出ているぞ。今頃厨房内ではとんでもない客が現れたと大騒ぎになっているんだろうな。
「兄ちゃん、ここは私のおごりだから好きな物を頼んでいいよ! この前ちょっとしたお小遣いが入ったからね!」
「コラッ、さくら! その小遣いというのは例のヤク○の事務所をナニした件だろうが!」
「なんだ、兄ちゃんも知っていたんだ! 気にしなくていいよ、今の私は太っ腹だからね!」
「そこじゃないぃぃぃ! 気にしているのはそこじゃないだろうが!」
「お待たせしました。ロースカツ定食とヒレカツ定食です」
俺のツッコミは定食を運んできた店員さんによって中断を余儀なくされる。
「おお、素早いね! 注文してからあっという間にきたよ」
妹は俺の話など聞く耳を持たないようで、その関心はもっぱら目の前のトンカツに移っている。こうなったらもう一切外野の声は耳に入らないから、いくら説教しようともまったくの無駄だ。カタツムリに人生とは何かを説くに等しい。
仕方なしに俺とカレンも店員さんに一人前ずつ定食を注文する。当然妹のツレだと店員さんにもわかっているから、俺たちが普通に注文をするのを聞いて迷える子羊が救いを得たような顔をしているな。相当身構えていたから、ほっとして厨房に戻っていった。妹の注文が相当なダメージを彼女に与えていたようだ。もうSAN値が限りなくゼロに接近しているに違いない。
「さくらちゃんはどこに行っても動じないんですね」
「少しは動じて欲しいんだが、今日も頭のネジが相当緩んでいるようだ」
「この前新宿のホテルのバイキングに行ったんですけど、それはもう凄かったんです!」
「野獣が野に放たれたんだな。餌を求めて手当たり次第だったんだろう」
「それからアニメイ○に行って・・・・・・」
ここからカレンのアニメ談義が延々とスタートするのだった。俺はアニメとか殆ど見ないから全然わからないよ! 誰か助けてくれぇぇぇ!!
「お待たせしました」
ちょうどそこに店員さんが現れて俺たちの食事を運んでくれる。よかった、カレンの怒涛のアニメ談義が中断されたよ。アニメを語る彼女の目が別人のように輝いてちょっと怖かった。
「聡史様、私には量が多いようです。もしよかったら半分食べていただけますか?」
「そうだな、残すのはもったいないから手伝おうか」
「嬉しいです! それでは、はい! アーンしてください!」
俺の口元には箸で抓まれた一切れのトンカツが・・・・・・ こんな場所でいきなり『はい、アーン!』イベントが発生したぞ! これは男としてのひとつの夢かもしれないな。子供の頃のままごとで美鈴からやってもらって以来の超ワクワク感が体を走る。
「そ、それではいただきます」
俺が口をあけてパクリとそのトンカツを食べると、カレンは天にも昇るようなウットリとした表情になっている。いや、そもそも天使なんだから天に昇ったらダメでしょうが! 元々の神様の所に戻る気なのか?
「なんだか嬉しくて癖になります! それではもう一度! はい、アーン!」
「お、おう」
こうしてカレンが満足するまでこのバカップルイベントが繰り返されるのだった。
1時間後・・・・・・
「ふう、お腹がいっぱいになったよ! 当分日本の味とはお別れだから十分堪能してきたよ」
「なんだか聡史様との距離が近付いた気がします」
「ちょっと食べ過ぎたかもしれない」
三者三様の感想を抱えてトンカツ屋を出る。ちなみに会計は2万円を超えていたぞ。さすがは空港料金だ。街中の倍近い額を突き付けてくるな。
「もうすぐ搭乗開始になりそうだ。この先のゲートに向かおうか」
案内板の表示が間もなく搭乗開始を告げている。指定された搭乗ゲートに向かう途中で黒いコートに身を包んだ集団とそれを取り囲む報道陣の姿が目に入る。彼らは記者章を腕に巻いて盛んにカメラのフラッシュを黒ずくめの集団へと向けているのだった。
「兄ちゃん、あの黒い集団はそこそこ鍛えているみたいだね。私から見れば子供騙しだけどね!」
「聡史様、あれはアメリカ政府の高官のようですね。ニュースで国防次官補が来日していると報じていましたから」
「ということはあの黒ずくめの集団はSPだな。おそらく武器も携帯しているんだろうな」
俺たちはその一行を見送りながら、報道陣の目に触れないようにしてゲートへと向っていくのだった。
機内では・・・・・・
出国と搭乗の手続きはスムーズに終わって、俺たちはハワイ行きの飛行機に乗り込んでいる。窓側の3人並んだ席で、通路側に妹、真ん中に俺、窓側にカレンが座っている。
さてこれからイギリスに向かうにあたって、なぜ俺たちがハワイ行きの飛行機に乗っているか説明しないといけないな。
現在中華大陸連合が東南アジアに侵攻しているせいでカンボジアからインドにかけてのアジア南部が小競り合い程度だが戦場と指定されている。このため民間の航空機はその上空のフライトを制限されている。更にその先の中東も同様に広い範囲が戦場に指定されている。よってアジア全体の殆どが民間航空機の飛行に制限が掛かっている。
それだけならば北回り航路でヨーロッパに向かえるのだが、ロシアとウクライナが本格的な交戦状態でロシア全域が安全とは言い難い。北極航路も極東の沿海州が最高レベルの危険地帯と指定されている。よって、日本から安全に外国に向える航路は東回りしか残されていなかった。アラスカ航路もサハリンや千島を掠めて通るので現在は閉鎖されている。残されたルートはハワイを経由してアメリカの本土に向って、そこから大西洋を渡るルートだけだった。これはリディア姉妹が日本に渡ってきたルートと真逆となる。
直行だったら8時間から10時間で到着するヨーロッパ行きだが、このような事情で2泊3日の長旅となるのだった。途中のハワイとシカゴで飛行機の乗り換えのためにホテルを予約してある。この辺の手続きは特殊能力者部隊の総務課が滞りなく済ませている。海外旅行のオフシーズンだったから直前でも予約は簡単に取れたそうだ。
「お飲み物をどうぞ」
「サービスがいいね! オレンジジュースがいいよ!」
妹はジュースを受け取ってご機嫌な表情だ。しばらくすると・・・・・・
「お食事は和風と洋風のどちらにしますか?」
「そうだね、外国の味に舌を慣らす意味で洋風にしようかな。この量は軽い夜食としてちょうどいいね!」
何が舌を慣らすだ! お前は口に入れば何でもいいんだろうが! それよりも店員さんがドン引きするくらいトンカツを食べておいて、まだ機内食を口にするつもりか! 軽い夜食じゃないだろうが! 一人前! これが普通の人の一人前だからな!
俺とカレンも機内食を受け取ってはみたものの、少しだけ口を付けて全部妹に差し出した。まだ入るのかと驚いて見ている俺たちを尻目に妹はペロリと平らげていた。この食欲は知ってはいても何も言えなくなる。できれば他人のフリをしたいよ。本当に・・・・・・・
「さあ、食べるだけ食べたからもう寝るよ!」
そのまま満足した妹は目を閉じて3秒で寝入っている。周囲の物音など気にしないでグッスリと寝られるこの神経は誰にも真似はできないな。
俺とカレンは小声でしゃべったり機内に流される映画を見たりしてしばらく過ごしてから、シートを倒して仮眠に入る。エコノミー席なので中々グッスリとは寝れないよな。それでもしばらく目を閉じてウトウトする時間が続く。カレンが俺に凭れ掛るようにして体を預けてくると、彼女の髪からいい香りが俺の鼻をくすぐる。だがその静まり返った時間は突然の物音で終わりを告げるのだった。
タタタタタタタタタタタタタ!
これは銃声だ! しかもこの連続した発射音は軽機関銃じゃないか? 今のところは耳に届く銃声は俺たちが座っている後部客席からは少し距離がある。どうやら前方のファーストクラスから響いているようだ。ここまで考えが至った瞬間、俺の意識があることに気がつく。
待てよ! さっき搭乗ゲートに向う時にアメリカの高官を目撃したぞ。もし彼らが同じ飛行機に乗っているとすれば当然ファーストクラスだろう。そこに銃声が響いているとしたら、これはもう最高レベルの緊急事態だ!
「カレン、起きるんだ!」
俺は小声でカレンの肩を揺さぶると彼女はうっすらと目を開く。その時、通路に複数の人影が姿を現す。彼らは客に紛れ込んで席に座っていたのだろう。小銃を手にして素早く配置についていく様子からするとある程度訓練を受けているようだ。
「全員動くな! 機内は我々が掌握した。抵抗しないで指示に従うんだ!」
突如銃を突きつけられた女性の悲鳴と何が起きたのかわからない戸惑いが機内に広がる。
「静かにしろ!」
手にはサブマシンガン、覆面をして人相はわからないが言葉の感じからするとアラブ系か。この飛行機をハイジャックして、アメリカの高官を人質に何か要求するつもりなんだろう。さて、どう対処しようか。まずは機内の安全が第一だ。民間人に犠牲は出せない。しかも俺が下手に力を振るうと飛行機自体が空中分解しかねない。ここは慎重に行動する必要性をひしひしと感じている。
「聡史様、この事態は何が起きているんですか?」
「ハイジャックだ。犯人はおそらく5人以上いる。しばらくは相手の出方を伺うぞ」
「わかりました」
こうして気配を潜めて俺とカレンはハイジャック犯の出方を伺うのだった。
突如機内にハイジャック犯が登場! その時聡史たちは・・・・・・ この続きは週末にお届けします。
最近ブックマークが伸び悩み気味・・・・・・ ぜひぜひ読者の皆様『ブックマークに登録する』というアイコンをクリックしてください。増えれば増える程頑張って投稿していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それから本日同時に投稿します別の小説の紹介をいたします。タイトルは【非公認魔法少女が征く ~話はあとで聞いてやる、ひとまずこのこの拳で殴らせろ!】です。【異世界から帰ってきたら】は比較的シリアスなシーンと茶番が交互に描かれていますが、【非公認~】は全編どうでもいいグダグダな展開でまったく肩が凝らない作品です。ちょっとだけは真面目なシーンも織り交ぜていますが・・・・・・ 良かったらこちらもご覧ください。作者のページをクリックすれば作品名が出てきます。




