112 カイザー
勇者を救出に向かった美鈴、その先に待ち受けるのは・・・・・・
米軍の帰還者に案内されて勇者が怪我をした場所に到着すると、そこには血を流して倒れている彼とその周りを取り囲んで魔法銃を向けている連中の姿が目に飛び込んでくるわ。これはつい先程の嫌な予感が的中したというべきよね。さて、どうしましょうか。ひとまずは穏便に話を聞いておこうかしら。
「勇者が怪我をしたと聞いて駆け付けてみれば、これは一体どういう事態なのかしら? 同盟国の一員として説明を求めたいわね」
「同盟国だって! ルシファー、君は面白い冗談を言うんだね。私は有色人種と手を組むつもりなどないよ。有色人種など異世界の亜人どもと同じだ存在だ。我々によって奴隷として支配されていればいいんだよ」
へぇ、この大魔王を目の前にしてとんでもないセリフを口走ってくれたわね。これでカイザーという男の正体なが露呈したわね。人種差別に凝り固まった白人優位主義者とでもいえばいいのかしら。
つくづくこの場にさくらちゃんがいなくて良かったわね。今のセリフを聞いただけで即座に敵認定されて死を運ぶ鉄拳が飛んでくるわよ。異世界の獣人の王様を怒らせるとそれはもう恐ろしい目に遭うんだから。それだけあの子は配下の獣人に慕われていたし、王国の民を心から信頼していたのよ。
ただしさくらちゃんのことを語る以前に私は大魔王なのよ。魔族を率いるこの私の前でそのセリフは絶対に言うべきではないわね。このままその許されざる口を永遠に開けないようにしてやろうかしら。大魔王の怒りに触れる人間なんてここ最近お目にかかっていないから中々新鮮な光景よね。
「あなたのゴミのような馬鹿らしい主張などどうでもいいのよ。それよりもそこに倒れている勇者をどうするつもりなのかしら?」
「そうだね、彼は人質として利用させてもらうよ。どうするんだい? このまま見殺しにするのかな?」
さすがにこれは困ったわね。実は司令から『命の危険が迫るまでは力を隠せ』と命令を受けているのよね。もしその命令がなかったら魔法の一撃で全員葬り去るところだけど、この場はまだ命令が優先ね。大人しく従って相手の出方を伺うしかないわ。それにしても司令は何を考えてあんな命令を出したのか疑問が残るんですけど。
「人質の命が懸かっている以上抵抗はしないわ。あなたの要求は何かしら?」
「素直で助かるな。それでは私が指示する場所に立ってもらおうか」
素直に従うフリをしながら私はカイザーが指定した場所に立つわ。どうやらこの場所には何らかの魔法陣が隠されているようね。私がその中心に立つと見立てどおりに魔法陣が地面に浮かび上がるわ。カイザーは私の背後に立って金属製の2メートルはある杭をアイテムボックスから取り出して地面に突き刺すと、私の両手を後ろ手にして背後にあるその杭に鎖で拘束するわ。
「これで準備は出来たね。その強がりがどこまで続くか楽しみだよ」
カイザーが指をパチンと鳴らすと彼に従う5人が大きな魔石を取り出して魔法陣の周囲に置いていくわね。どうやらこれは強固な拘束の術式のようだわ。あの魔石は魔力を殆ど含んでいないわね。どのように使用するつもりかしら?
「これは私が出向いた世界で魔王を倒した後にその体を永遠に拘束する際に用いた術式を再現したものだよ。周囲の魔石が君の魔力を吸い取るから魔法すら発動できなくなるんだ。感想はどうだい? もっともまともに話が出来ればだけどね」
「まあまあ合格の術式ね。確かに魔法の発動を邪魔しているようだから、しばらくは大人しくしているしかないようね」
「それだけの軽口が叩けるなんて大した余裕だね。私が異世界でこの拘束の魔法陣を作り上げたら、陣の中にいた魔王の体はたった1日で干乾びていたんだよ」
「そうなの、それは大層な自慢話ね。それにしても魔王を完全に滅ぼせなくてその体を拘束するに留まったのね。これはとんだお笑い種よ! 果たして私の魔力が残らず吸い尽くされるかどうかはしばらくすればわかるでしょう」
確かに周囲に置かれた魔石に私の体から魔力が流れ込んでいるわね。さて、こんな姿になるのは大魔王として相当な屈辱だけど、しばらくは我慢して差し上げるわ。お返しは後ほどたっぷりとその体に刻み付けてあげるから、覚えていらっしゃい。
「これでようやく準備が終わったよ。さすがにあのとんでもない魔力を保有している帰還者と正面から対峙する程私も愚かではないからね。君たちを人質にして彼を屈服させるんだよ。どんな具合に許しを請う声を上げるか今から楽しみだね」
なんですって! カイザーの最終的な目的は聡史だったのね! 彼を巻き込むのはさすがに不味いわね。カイザー相手に聡史が手加減なしで力を振るったら、海口市が壊滅するかもしれないわ。早くこの術式を解析して聡史がその力を解放する前にこいつらを片付けないと大変よね。ただし結構複雑な術式だから相当な時間が必要なのは事実よ。間に合うかどうかはこの大魔王をしてもちょっと自信がないわね。
「日本軍には連絡をしておくから、間もなくあの怪物のような帰還者がここにやって来るだろう。それとも〔神殺し〕が直々に来るのかな? 個人的にはどちらでも構わないよ。私よりも強力な力を持つ帰還者の存在など許すつもりはない。ましてそれが有色人種とあらば、尚更早い段階で消し去る必要がある」
「そんなに話がうまく運ぶものかどうかもう少し熟慮を重ねる必要があるんじゃないかしら。大火傷を負ってから『こんな筈じゃなかった』と後悔するわよ」
「後悔だって! そんな文字は私の辞書には掲載されていないよ。この世界に私を頂点とする新たな秩序を創り上げるためには、邪魔な存在は抹殺するのさ」
一体何を考えているのかこうして聞いていても理解が出来ないわね。誇大妄想狂の戯言をこれ以上聞かされてもウザいだけよ。精々頭の中で独裁者ごっこでもしていなさい。さて、大人しくするフリをして魔法陣の解析を開始しましょう。勇者は血を流しているけどもうしばらくは保ちそうね。死なない限りカレン特製の回復水があるから何とかなるでしょう。こうして私とカイザーはこれ以上無駄な会話をしないまま時間が経過するのを待つのでした。
三亜軍港の国防軍臨時司令部では・・・・・・
「楢崎訓練生、至急私の部屋に来てくれ」
「すぐに伺います」
魔力通信機に司令から緊急の呼び出しが入った。俺が急いで部屋に向かうと、なんだか意味深な表情を浮かべて司令が待っている。この表情は絶対に何かある! 俺の頭の中では危険を知らせるアラーム音が最高レベルで鳴り響いているぞ。
「楢崎訓練生、たった今米軍から緊急の連絡が入った。西川訓練生と勇者が怪我をしたので引き取りに来て欲しいとのことだ。すぐに現地に向かってくれ」
「勇者はともかくとして、美鈴が怪我をするなんて考えられないんですが」
大魔王にはあらゆる攻撃を撥ね返す強固なシールドがある。そう簡単に怪我をするとは思えない。これは絶対何かあるな。
「真偽の程は不明だ。すぐにヘリで発ってくれ」
「了解しました」
俺は美鈴の無事を信じながらも、心の中で万が一の可能性も考えながらヘリに乗り込む。九州とほぼ同じ面積の海南島で三亜市から美鈴がいる海口市までの移動は福岡から鹿児島くらいの感覚だ。ヘリの中で早く到着しないかとジリジリしながら、俺は美鈴を迎えに1時間少々のフライトをするのだった。
1時間後・・・・・・
美鈴が本当に怪我を負ったかもしれないという僅かな可能性を考えると、たったの1時間がやたらと長く感じた。ともあれヘリは米軍の出撃拠点に到着して、俺は海兵隊員が運転する車両に乗って現場へと向かう。三亜市は日本国防軍が占領を開始してからすでに5日が経過しているので市民生活は概ね通常に戻っているが、ここ海口市はいまだに戦闘が終結していないのでひっそりと静まり返っている。メインの通りには海兵隊の戦車や装甲車の長い隊列が続き、前進の指示がないままにその場で待機して周辺を警戒しているのだった。
俺が乗った車両はその隊列の脇を抜けて武装警察の基地へと向かう。基地の内部は不自然なくらいに静かで、とうに戦闘は終わっているようだ。破壊された建物だけがこの場で行われた戦いの残滓となっている。
俺は車両から降り立って、周辺の魔力を探査しながら美鈴を探す。どうやらかなり奥の方に強い魔力が固まっているようだな。美鈴の魔力は感じないものの、手掛かりにはなるだろうと思ってそちらに進んでいく。そして建物の残骸が並ぶ一角を抜けて視界が開けると、そこには俺に向かって銃を構える一団と金属製の杭に拘束された美鈴の姿を発見した。その瞬間、俺の体中の血液が一気に沸騰する感覚を覚える。怒りのメーターが振り切れて、レッドゾーンすらはるかに越えているのだった。
「おい、そこのチンピラ! 何をしていやがる!」
怒りのあまりに口調までもが別人になっている。美鈴をこんな目に遭わせるとはこの手で地獄の底に叩き込んでやろうか。それとも宇宙空間まで吹き飛ばして生身のままで夜空に煌く星にしてやろうか! ともかく言いようのない怒りに包まれた俺は無言のままで銃を構えている連中に向かっていく。
「ようやく真打ちが登場したね。抵抗はしない方がいいよ。君の仲間をうっかり殺してしまうからね」
「言うことはそれだけか?」
「この期に及んでまだ強がっているのか? こうして人質を取られている以上、余計な手出しをするとどうなるかわかっているだろう」
余裕の表情で俺に向かって勧告してくるこの男がどうやらリーダー格のようだな。その男から目を離さないようにしながら横目で美鈴の様子を観察すると、目を閉じたまま何かに集中している。おそらく拘束から抜け出す方法を探っているんだろうな。
「私は合衆国の帰還者、カイザーだよ。さすがは虚空に現れた巨人を難なく倒した存在だ。強力な魔力を宿しているようだね」
どうやらスルトの一件が動画にアップされてネット上に出回ったおかげで、こいつも俺についてある程度知っているようだな。というよりもいまだにネット上では俺の正体を突き止めようと何百万もの人間があれこれ調べている。こちらとしてはいい迷惑だ。
「おい、そこのアホたれ! 何がカイザーだ、気取っているんじゃないぞ! 何が目的だ?」
「言葉を知らない男だね。有色人種の蛮族に相応しいよ。さて知能の低い蛮族にもわかりやすく説明しようか。答えは君を殺すことだよ」
「ほう、それは万里の長城に匹敵する困難な事業だぞ。覚悟はあるのか?」
「君は人質を見殺しにはしないだろう」
クソッ! 勇者はどうでもいいけど美鈴が拘束されて魔法銃を向けられている以上迂闊に動けないのは事実だ。現にいつも彼女が体の周囲に展開しているシールドが見当たらない。だがこれだけは断言しておくぞ! 何があっても美鈴だけは絶対に助ける! ついで可能だったら勇者も・・・・・・
「それからあの魔法陣は真ん中に立っている犠牲者から1分間に1000ずつ魔力を吸収していくんだよ。すでに1時間以上経過しているから、早く助けないよ彼女の魔力が尽きてしまうよ」
へっ? こいつは何言っているんだ? 美鈴の魔力は軽く1億を超えているんだぞ。このまま丸1日経過してもまだ半分くらい魔力に余裕があるはずだ。自分勝手な基準を俺たちに当て嵌めないで欲しいな。
さてと、当面美鈴には大した影響がないのは理解した。しばらくこいつのふざけた火遊びに付き合ってやろうか。
「それで俺にどうしろというんだ?」
「斬られて殺されればいいだけさ」
カイザーはアイテムボックスから剣を取り出すと俺に向かって構える。相当腕に自信があるようだな。確かに手にする剣は業物と呼ぶに相応しい輝き放ってている。だが果たしてその剣で俺が斬れるかな。
「そんな鈍らな剣に簡単に斬られる自信はないが、好きにしろ」
「いい覚悟だ」
カイザーは俺に向かって大上段に剣を振り上げて斬り掛かって来る。中々いい腕をしているようだな。異世界ではさぞかし負け知らずで相当な天狗になっているんだろう。
ガキン!
「なんだと!」
だがカイザーの剣は俺の体に届かなかった。俺を包み込む魔力のバリアーに阻まれて体の僅か手前で停止している。そのまま握った剣に力を込めて俺の体に剣を届かせようと試みるが、どうやら無駄と悟ったようだ。
「魔力による障壁か。ならばこうしてやる。ドレインソード!」
今度は剣に魔法を掛けて俺に向かって斬り付けている。なるほど剣が当たった瞬間、ほんの僅かな量の魔力を俺から吸収しているな。この程度ではまったくの誤差の範囲だが。
「ははははは、この剣で斬り付けられる度に貴様の魔力は減っていくのだ! 魔力がすっかり空になった時こそ貴様の最期だ!」
いやいや、空にならないから! 多少吸収されたくらいでなくなる程度の可愛い魔力量じゃないから! 俺自身が膨大な魔力を持て余しているくらいだから、どうせなら少し減らして欲しいもんだ。それよりもカイザーの口調が変わったな。今まで猫を被っていたのにとうとう地が出たのか? 表情もすっかり自分に酔っているかのように目が釣り上がって危ない風貌になっているぞ。
「さあ、どこまで我慢するつもりだ!」
我慢なんかしてないし! それよりもカイザーが握っている剣が心配になってくるぞ。魔力を吸収し過ぎてもうすぐ暴走を開始しそうな勢いだ。これはかなりヤバいんじゃないか? ちょうどその時だった・・・・・・・
「止めなさい!」
周辺一帯に響く声に俺とカイザーが同時のその方向を振り向くと、そこには声の主である若い女性とその背後に2人の男性が立っている。いずれも米軍の階級章をつけているところを見るとカイザーの仲間なのか?
「カイザー、あなたは同盟国の帰還者を相手にして何をしているんですか? これは通常の軍務から逸脱した行為と見做される可能性があります!」
その女性はきっぱりと且つ威厳ある口調で俺たちを制止すると、そのまま2人の間に割って入り込んでくる。その目にはこの騒動を力尽くでも止めてみせるという強い意志の光が宿っている。
「マギー、君は上官である私に向かって命令するつもりなのかい? これは重大な服務規程違反だな」
「残念ながらあなたは私の上官ではありません。現在の私の肩書きは合衆国連邦軍特殊能力者部隊第3海兵遠征軍付き司令官よ。あなたと肩書き上は同格に扱われるわ」
「仮に同格としても我々の軍事行動を邪魔する権限はないはずだよ」
「これが軍事行動? 人質を取って同盟国の帰還者を痛めつける行為のどこに正義があるのか詳しい説明を求めるわ。あなただって連邦軍に入隊した時に聖書に手を置いて『正義を実践する』と宣誓した筈よ!」
なにやら雲行きが変わってきたぞ。米軍の帰還者同士で内輪揉めが始まっている。ことが米軍内の事情となると俺が口を挟む余地がないな。さて、どうしたものか・・・・・・ その時だった。
「とんだ茶番に成り下がったわね。さて、カイザー! この大魔王にあのような無様な姿を強要した罪は万死に値するわ! この手で直々に地獄へ送って差し上げるから、涙を流して喜びなさい!」
いつの間にか拘束を抜け出していた美鈴が俺の横に並ぶのだった。
次第に化けの皮が剥がれてくるカイザー、彼の行動を止められるのか・・・・・・ 続きは明日投稿します。
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