11 帰還者たちの動き
お待たせしました、11話の投稿です。前回の投稿で異世界から帰還した勇者と遭遇した主人公たちですが、今回のお話はそこからスタートします。後半は全く別の話になっているので、ご注意ください。
勇者は剣を構えて余裕の表情を見せている。俺は剣は専門外だからよくわからないけど、あれは勇者だけが扱える『聖剣』ってやつみたいだな。年齢は俺たちとそんなに変わらないくらいに見えるが、異世界でどんな経験をしてきたんだろうな? ちょっと興味が湧くぞ。
それにしても勇者君はどうなっても知らないぞ! 妹の外見だけを見て舐めてかかると、大概コテンパンに遣られるんだよな。ちんちくりんな体型で小学生とよく間違えられる妹だけど、異世界では7体のドラゴンを使役する獣王だ。もちろんドラゴンは自分よりも弱い者を主とは認めないからからな。
「まあまあいい構えをしているねぇ! ちょっとは練習相手になってくれるかな?」
「こんなくだらない茶番は終わりにして、早く自分のトレーニングに戻りたいんだよ。遣るならサッサと掛かって来るんだ」
相変わらず上から目線で見ている妹のセリフに勇者君が苛立ちを露わにしている。この程度の挑発でカッカ来るようじゃ、妹の思う壺だろうな。美鈴はさっきの勇者との遣り取りが終わったら『大魔王モード』を引っ込めて、俺の隣で2人の激突を黙って見ている。
「それじゃあ行くよ! ちゃんと相手になってよ!」
妹は勇者君に一声掛けるとそのまま距離を詰めに掛かる。いや、そんな生易しいものではないな。勇者君の目には瞬間移動に映っているかもしれない。10メートル先に居たのが突如目の前に現れるんだから、そりゃー驚くだろうな。
「な、なんだと!」
初見で妹の動きを見切るのは至難の業だ。見慣れている俺でさえも時々その姿を見失うからな。当然勇者君は構えている剣をピクリとも動かせない。
「これくらいの動きに付いてこれないと、私の練習相手は務まらないよ! これは邪魔だね!」
妹は勇者の右側に立つと、手刀を剣を握る手に見舞う。ジャージ姿で防具は一切身につけていないから、あれは骨身に堪えそうだ。
”カラン”
たぶん手刀を食らった勇者君の両手は痺れて使い物にならなくなっていうだろう。軽く見舞ったように見えるが、妹はキッチリ腕が痺れて動かなくなるポイントを突いているからな。
「本気だったら今の一撃で両腕が折れているよ! はい、これでおしまいね!」
剣を落として無防備な姿になった勇者に向けて、妹は両手を揃えて胸を目掛けて突きを放つ。あれは最近DVDを見てマスターしたと言っていた硬気功の一種のようだな。俺は詳しくないからよくわからないけど。勉強はからっきしだけど武術に関しては本当に天才だよ、俺の妹は。
「ぐわーー!」
勇者君は5メートルくらい吹き飛ばされて、背中から地面に落ちていく。妹の両手は勇者の体に直接当たっていないのに『気』だけで5メートルも吹き飛ばしてたよ。
俺も遣ろうと思えば同じような真似はできる。俺の場合は『気』ではなくて魔力を拳に纏わり付かせて撃ち放つから、あの大使館のビルを崩壊させるような衝撃を生み出すんだ。人に向けてはよほどのことがない限り使えないけど。
「君たちは異世界で何を遣らかしてきたのかね?」
中尉さんが驚いた表情で俺に聞いてくる。まあ、同じ異世界からの帰還者が手も足も出ないうちに地面に寝転んでいるんだから、それは当然の疑問だよな。
「ちょっと派手に暴れてきただけですよ。妹はうちのパーティーの切り込み隊長ですからね」
「詳しく聞くのは止めておこう。どうも心臓に良くなさそうだ」
中尉さん、それが正解です! 俺もあんまり詳しく話したくないし、仮に話しても信じてもらえるかわからないしね。
こうして初っ端から妹によって強烈な国防軍デビューを果たした俺たちは、中尉さんの指示に従って訓練場を見て回っていくのだった。
ここはニュ-ヨークのJ・F・ケネディー空港。
「アンカレッジ経由成田行きのアメリカン航空457便の搭乗手続きを開始します」
ファーストクラス利用者の専用ラウンジにもアナウンスが聞こえてくる。
「ファーストクラスを用意するなんて軍もずいぶん大サービスね。よっぽど重要な任務なんでしょうね」
「マギー、不必要な発言は控えるんだ。僕たちはあくまでも観光目的で日本を訪れるんだからね」
「ダニエル、大丈夫よ! こんな人が居ない所で誰かが聞いているわけないでしょう」
「盗聴器という心配があるからね。何事も用心するに越したことはない」
ブロンドの長い髪を翻してダニエルにプイッと背を向ける私は、マーガレット・ヒルダ・オースチン、アメリカ合衆国が擁する異世界からの帰還者の1人。同行するダニエルと名乗る男はCIAのエージェントで、私の監視とお守り役を務めるウザイ男。
今回は大統領直々の命令によって、日本に現れた可能性が高い新たな帰還者の調査目的でこれから潜入する予定だけど、初めて足を踏み入れる日本には元々興味があったから楽しみなのよね。アニメの聖地の秋葉原には絶対に行ってみたいわ! いいえ、空港に着いたらその足で直行するつもりよ。自由な時間なんか取れるかどうかわからないんだから。
「もう、ダニエルは真面目過ぎるのよ! わかったわ、もっと声を小さくすれば良いんでしょう」
「そうだね、なるべく口元は隠した方がいい」
「それじゃあ余計怪しいじゃないの! もっと自然に振舞った方が良いでしょう!」
「わかったよ、小声で頼む」
30過ぎのダニエルが肩を竦めて私に折れている。ダニエルは機密保護に神経質過ぎるわ!
「中華大陸連合の大使館って10階建て以上あるビルだったんでしょう。いくら帰還者とは言え、どうやって破壊したのか方法がわからないわ」
「マギーは9・11の映像を見た記憶はあるかい? 高層ビルは全体の構造で剛性を保つ設計になっている。どこか1箇所が破壊されると意外と脆く崩壊するんだよ」
「なんだ、そうなんだ。魔法でビル全体を粉々にしたのかと思ったわ」
「たぶん下の階層の柱を何本か破壊したんだろう。あとはビル自体の重みで崩壊する」
「そうか、それくらいならば私の力でも可能ね。とんでもない帰還者が現れたと思ったけど、タネを明かせば意外と大したことがないのかもしれないわね」
「それよりも建物が崩壊した事象を3日後まで隠蔽していた技術の方が私には興味があるね。監視衛星の目すら欺かれていたなんて、どうにも信じられないよ」
アメリカ政府は中華大陸連合在日本大使館が事件が発覚する3日前から音信不通だったという事実を掴んでいた。つまり事件が発覚する前からすでに大使館は襲撃を受けて崩壊していたということね。都心で人目につく場所にあるという話は聞いていたけど、それをどうやって隠していたか・・・・・・ 確かに興味があるわね。私も自分自身や周囲の10メートル四方くらいなら隠蔽魔法で人目につかないようにはできるけど、ビルのある一角を丸々隠してしまうような技術はないわ。
そう考えるとやっぱり相当な力を持った帰還者が居ると判断した方が良さそうね。日本という国は私の目から見てもやっぱりミステリアスな国だわ。
「マギー、今回は調査が目的だからくれぐれも不用意な行動は慎んでくれよ」
「わかっているわよ! 秋葉原を集中的に調査するわ! きっと有力な手掛かりが見つかる予感がするのよ!」
「今からその可能性はきっぱりと排除しておこう」
「ダニエルはわかってないわね! 観光客を装うんだから、人気がある場所に行かないとダメでしょう!」
「・・・・・・ 止むを得ないな、程々にするんだぞ」
「オーケー! 心行くまで秋葉原を楽しむわよ!」
「ホワイトハウスは完全に人選を誤ったな」
ダニエルは否定的な意見だけど、何よりも今回は聖地・秋葉原の調査が最優先よ! 帰還者についてはそのついでに調べるわ。何しろ旅行者を装わないといけないしね。張り切っていきましょう!
「それじゃあ行きましょうか! 憧れの街秋葉原へ!」
「君は完全に目的を取り違えているよ」
こうして2人は成田行きの飛行機に乗り込んでいくのだった。
場所が替わって、こちらはシンガポールのチャンギ国際空港、アジアの中心にあるトランジット空港として多数の航空機路線が乗り入れる世界でも有数の空港だ。
現在中華大陸連合は周辺各国への侵略行為を非難されて、貿易だけでなくて人の移動も殆どの国から禁止されている。その中でシンガポールは数少ない現在でも中華大陸連合の航空機が直接乗り入れる国だった。
空港内の乗り継ぎラウンジのソファーに腰掛けているのは、いかにも旅行者という服装の2人の男女、彼らはシンガポール国内に潜入している工作員から偽造パスポートを受け取ったばかりだ。
「これがシンガポールのパスポートね。内蔵されているICチップまで本物だから、問題なく日本に入国できるわね」
「まったく、日本への直行路線が途絶したせいで、ずいぶん大回りしないといけないんだな」
諸外国は我が国『中華大陸連合』の世界制覇の遣り方が気に食わないらしくて、生意気にも制裁措置を実施している。我ら偉大なる中華民族が世界を支配するのが我慢ならないらしい。ふん、だがその負け犬の遠吠えもあと僅かな時間しか保たないだろうな。
この世界で最強の帰還者である俺たちが乗り出すからには、世界は我々の前に跪くのだ。そう偉大な祖国に栄光を齎す我ら『7人の龍』が居るのだ。手始めに卑怯にもわが国の大使館を襲撃した野蛮な日本の帰還者を葬ってやろう。あの目障りな島国を我らの手で空前の混乱に陥れてやるのだ。それこそが我が民族が世界を支配する第1歩となるだろう。
「セカンド、相手も同じ帰還者よ。油断すると足元を掬われるわ」
「シックス、お前は自分を疑うのか? 相手は高々人口が10分の1にも満たない小国だぞ。多少力があろうとも15億の民から選ばれた俺たちに敵う訳がないだろう」
我々のコードネームは異世界から帰還した順番を名乗っている。全部で7人居るが決して仲間ではない。ただ単に目的を遂行するためだけに組み合わされるチームに過ぎない。それぞれの力は秘匿されているので、互いがどのような能力を持っているのかすらわからない。今回は俺・セカンドが東京に混乱を引き起こして、それによって誘き出された日本の帰還者を倒す任務が与ええられている。シックスはそのサポート役で随行しているのだ。
我々の偉大なる主席様は俺の力を信じて名誉ある一番手に指名してくださった。だからこそ憎き小日本の帰還者を血祭りに上げるのだ。
「あなたが自信があるように、待ち構えている日本の帰還者も自信を持っているかもしれないわね。この作戦は絶対に失敗できないから、慎重に運ぶ必要があるのを忘れないでいてほしいわ」
こいつは何を言っているのだ? 本当に栄誉ある我が国の帰還者なのだろうか? 高々日本の帰還者如きは軽く一捻りだろう。注意すべきは世界的に名高い『神殺し』くらいだろうが、すでに能力者部隊の司令官に就任して実戦から離れて久しいと聞いている。そうなれば現役で厳しい訓練を欠かさない俺の敵ではないだろうな。いや、いっそのこと『神殺し』も俺の手で倒して世界最強を名実ともに手に入れる機会かもしれないな。
「よし、日本に向かうぞ」
「わかったわ」
こうして搭乗案内とともに日本行きの便に姿を消していく中華大陸連合の帰還者だった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次の投稿は週末を予定しています。何話だったか忘れましたが、前書きで『10話くらいで戦争が勃発する』とお知らせしました。予定よりも遅くなりましたが、たぶん次話で火の手が上がりそうです。とはいってもまだ日本から離れた場所になりそうですが・・・・・・ 今後の展開をどうぞお楽しみに!




