106 上陸作戦 1
お待たせしました、いよいよ島への上陸開始です。
それから104話に出てきた島内にある空軍基地の名称を変更しました。永興島航空基地から三亜航空基地と変えてあります。位置が大幅に違っていたので、ストーリーの辻褄を合わせるための変更です。ご了承ください。
月が雲に隠れた真っ暗な夜の海を俺たちが乗った特殊艇は30ノットで進んでいく。実はこの特殊艇は国防海軍の制式装備一覧には掲載されていない船艇だ。元々日本には潜入用の特殊船というレギュレーションは存在せず、俺たち帰還者が暗闇に乗じて敵地に潜入することだけを目的に急遽作られた船だった。
より詳しく説明すると、済州島攻略の直前に市販のプレジャーボートに若干の装甲を施しただけのただのモーターボートである。小型レーダーは搭載しているものの武装の類は一切ない。船体の強度も実は軍用船の基準を満たしてはおらず、一般の将兵が使用する機会はまずないといっていいだろう。その代わりに操作が簡単で、海上は門外漢の司令官さんでも容易に操縦可能なのだ。
かような理由で全長5メートルの小さな船が大海原を木の葉のようにポツンと航行するのはなんとも頼りなく映る。その上いくら温暖な南シナ海とはいえ冬が近いこの時期は波が高い。時折2メートルを越える大波に船体が乗り上げたかと思ったら、次の瞬間奈落に落ちていくかのように急角度で真下に叩きつけられる。この荒っぽい船の挙動に音を上げている人物が1人いるのだった。何を隠そうそれは俺自身だ。側舷に掴まって必死で体を支えながら悲鳴を上げている。たぶん顔色は真っ青になっていることだろう。
「美鈴、もう無理! ゲ○吐きそうだ!」
「聡史君は船酔いするんだったっけ?」
「さすがにこの波は耐えらないぞ」
「仕方がないわね。大魔王が何とかしましょう。表面張力減少!」
美鈴の一声で海の上にまっ平らな道が出来上がる。そこだけは波の影響を受けず殆ど船体が揺れずに進むのが可能だった。
「美鈴、助かったよ」
「西川訓練生、波で暴れる船体を抑え付けるのに苦労していたが、これは操縦が楽だぞ!」
船酔いで死に掛けていた俺と操縦に手を焼いていた司令官さんが同時に感謝の声を上げている。特殊艇はまるで道路を走行するかの如くに滑らかに海上を進むのだった。
2時間ほど進むと海南島が近付いて来る。美鈴が海面に魔法を掛け続けてくれているおかげで、俺の船酔いも今のところは収まっている。本当に助かったよ!
「この辺りが島の最南端の沖合いだな。ここから北東方向に回り込んでいくぞ」
船酔いという若干のトラブルがあったものの、ここまでの海路は順調といえよう。海域をパトロールする敵の艦船を駆逐してあるのとレーダーサイトを潰しているという理由で、島への潜入を企てている俺たちはまだ発見されてはいないようだ。雲で月が翳っているから何も見えないけど、距離だけで言えば島のシルエットが遠くに映ってもおかしくない辺りを順調に航行している。
「約1時間で上陸地点に到着する。ここから先は気を抜けないぞ」
「「了解しました」」
司令官さんがGPSで位置を確認しながら警戒を指示する。島に接近すればそれだけ発見される確率も高くなるから当然だ。美鈴は司令官さんの隣に座ってGPS画面を見ながら魔法で海面を安定させた航路を作り出している。俺1人が船体後部の座席に座って何もすることがなくてぼんやりと夜空の星を眺めているのだった。だがその時間は長くは続かない。
「レーダーに機影が映っている。どうやら哨戒ヘリのようだな。偶然かもしれないがこちらに向かってくるぞ!」
そうだよな・・・・・・ レーダーサイトが破壊されてパトロールする艦船もない以上はヘリを飛ばして沿岸を警戒するくらいしか出来ないだろうな。やがて遠くの空に海面を投光機で照らしながら低空を飛翔するヘリのシルエットがおぼろげに浮かんでくる。
「本来ならば遣り過したい所だが、発見される前に撃ち落しておくとするか」
司令官さんは操縦席のシートの上に立ち上がっていつの間にか小銃を構えているぞ。美鈴が術式を解析して特殊能力者部隊に配備されている魔法銃のオリジナルモデルだ。更に器用にも右足を操舵用のハンドルに掛けて足で舵を操作しているよ。あのレヴィ○姉さんでもさすがにここまではしないだろうに!
「消えてなくなれ!」
引き金を引いた司令官さんの小銃から魔力弾が連続して射出されていく。かなり距離があってもお構いなしに撃っているよ! 数十発発射した段階で上空に火の玉が発生する。お見事な腕でございます。あっという間に哨戒ヘリを撃墜しちゃっているよ。小銃を仕舞った司令官さんは素早い身のこなしでシートに戻っている。
「敵が保有しているヘリの数はそれほど多くないはずだ。このまま一気に上陸地点に突っ込むぞ!」
本当にうちの部隊の司令官は威勢がいいね! こうして自分の舞台がやって来て生き生きとしているじゃないか! なんだったら1人で突っ込んでもらっても構わないですよ。
その後俺たちは特に抵抗を受けずに予定の地点に上陸を果たした。砂浜に特殊艇を乗り上げると、俺が船を丸ごとアイテムボックスに仕舞って遠浅の砂浜を歩いたらあっという間に上陸完了だ。少人数だからこうして見つからずにこっそりと上陸できたんだ。
ドライスーツを脱いでいつもの戦闘服姿になると港がある方向を目指して歩いていく。地図によると5キロ西側に漁港があるらしい。そこにあった鍵が付いたままのオンボロトラックに乗り込んで、俺たちは最南端にある三亜市を目指す。そこはこの島で2番目に大きな街で、郊外には海軍基地だけではなくて国際空港などもある場所だ。
「一旦高台を目指すぞ」
司令官さんはオンボロトラックを幹線道路から外れた山に向かう方面に向けて走らせている。高台から全体を見渡して攻略箇所を確認したいそうだ。島の南部は結構山が海岸の近くまで迫っている場所が多いので、それほど奥地に進まなくても見晴らしのいい高台はすぐに見つかった。それにしてもこのトラックは大丈夫かな? 坂道を登っているとエンジンから変な音がしてくるし、マフラーからは真っ黒な煙が出てくるぞ。しかも漁港で使用していただけあって内部は魚臭いんだ。美鈴が魔法できれいにしても染み付いた魚臭さだけは一向に消えなかった。
「どうにも暗くて何も見えないな。おそらく最低限の照明で照らされている場所が基地だろうが、施設がどんな配置になっているのかここからではまったくわからないぞ」
市街地を見下ろしている司令官さんが匙を投げているよ。灯火管制が敷かれているのか、それとも石油不足で夜間は電力の供給がカットされているのかはわからないが、市街地全体が真っ暗なんだ。その中に僅かに基地と思しき箇所だけは最低限の夜間照明が稼動している。でもあれでは侵入者なんか発見できないだろうな。なんか見ているだけで哀れな感覚をもようしてきた。中華大陸連合内部の苦しい台所実情がわかった気がする。
「仕方がないな。この場で一旦休止して夜明けになったら行動を開始するぞ」
俺も美鈴もその意見には同意だ。本当に真っ暗で夜空の星がこれでもかというくらいに鮮明に瞬いている。天文観測には都合がいいかもしれないが、高台から偵察もできないようでは動きようがない。その場で毛布に包まって3時間ほど仮眠を取ることとなった。
ようやく朝日が昇る時間になって改めて双眼鏡で三亜市の様子を確認してみると、高速道路やショッピングモールだけでなく海岸沿いにはビーチリゾートがあるかなり大きな都市だった。人口もこの市内だけで400万人以上いるらしいな。早朝という理由もあるのかもしれないが道路を走っている車の量は少ない。運送用のトラックの姿がたまにある程度で自家用車は殆ど見ないぞ。せっかく造った高速道路がもったいないじゃないか!
そして俺たちが最初に狙いをつけているのが三亜市の東にある海軍基地だ。市街地とは岬をひとつ隔てた向こう側の湾内に大規模な海軍基地が建設されている。もちろん南シナ海の海中に潜んでいた原潜の母港もここで、ドッグで点検を受けている黒光りする潜水艦の姿もある。
ぱっと見た印象は横須賀に似ているな。あそこも日米の海軍基地が置かれて市街地の先には海水浴場なんかがあるから、大雑把に言えばこんな感じだ。もっともこちらは南国のリゾート地らしく真っ白なビーチが広がっているけど。
「よし、まずはあの海軍基地を片付けるぞ。港湾施設は利用価値があるから手を出すなよ。それから停泊している艦船も無傷で確保したい」
「司令、それは中々難しい注文ではないでしょうか?」
「西川訓練生、どう思う?」
「この規模の基地でしたらそれほど手間は掛からないと思います」
さいですか・・・・・・ さすがに済州島を落とした経験者は言うことが違うな。艦船の乗組員の大半は船とともに南シナ海に沈んでいるけど、守備隊や整備員を含めると3千人以上はいるだろうに。まだ俺には現代装備を所持している大勢の兵士と戦うというイメージが湧いてこないんだよな。
「海軍基地を攻略したら次は空軍だな。それ、市街地の西側に空港があるだろう。元々は民間の国際空港だったようだが、今は完全に軍事転用されているな」
「駐機している機体が少ないですね」
「昨日の航空戦であれだけの被害を出している。残っている機体もどうせ使い物にはならないだろう。だから飛行場は後回しにする。まともな戦力がない場所を優先する理由はないからな」
新型戦闘機は昨日の日米航空戦力の猛攻を受けて大半が撃墜されている。陸上を進む俺たちにとって危険な攻撃ヘリの姿もまったくないな。九州と同じくらいある広い島内のあちこちに分散されているんだろうな。
「それでは行くぞ」
俺たちは再びオンボロトラックに乗り込んで高台から市街地に降りていく道を進む。警戒されているかと思っていたけど、市内は警官の姿が少なくて誰にも咎められなかったのは意外だ。検問とかもまったくないし、市内は警備などあってないようなものだな。
広々とした道路を東に向かって進むと海岸沿いの一本道に出る。この先には軍事施設しかないので一般車両の通行は制限されているのだろう。そこをオンボロトラックに乗って俺たちは堂々と進んでいく。
「変にコソコソするから怪しまれるんだ。堂々と正面から突破すればいい」
司令官さん、本当にそれでいいんですか? 確かに済州島でも俺の妹を先頭にして正面から乗り込んだらしいから別にいいんだけど。ほら、こんな話をしていたら正面に検問所が現れたぞ。警備兵がトラックを見て不審な表情を浮かべているじゃないか。
「止まれ!」
小銃を構えて俺たちを制止しようとする警備兵が計5人か。あっ、詰め所から更に5人出てきたぞ!
「西川訓練生、車両は任せる」
司令官さんの意図を汲み取った美鈴はトラックにシールド展開の準備をしている。そして司令官さんはひとつ頷くとこっそりと小銃を手にしてドアを開いて地面に降りる。手を上げてゆっくりと歩くするフリをして、一気にトラックのドアの陰から飛び出すと、そのまま手にする小銃を乱射していく。この間に美鈴はシールドを展開済みだ。
魔力弾を一方的に浴びた警備兵たちは次々に体が千切れて吹き飛んでいく。戦車でも破壊する威力がある魔力弾を生身で浴びたら一溜まりもないだろうな。
「侵入者だ! 撃てー!」
声を上げた指揮官の体が次の瞬間にはバラバラになる。あっという間に警備兵10人がミンチに変わっている。平然とした表情でトラックに戻った司令官さんはこれまた平然とした表情で美鈴に指示を出す。
「西川訓練生、すまないがあの残骸を片付けてくれ」
「了解しました。ヘルファイアー!」
お馴染み暗黒の炎が次々に死体を燃やしていく。30秒くらいするとそこには白い灰しか残ってはいなかった。それにしても2人とも一切表情を変えずに淡々と任務をこなしている。ちょっとビックリするぞ。やっぱりこの世界での戦闘経験が物を言うのかな? 俺はこちらに戻ってきてから2回対人戦を経験しているけど、それは帰還者との1対1の戦いだった。こうして多数の兵士を半ば虐殺に近い形で殺していくのはまだ経験していない。その辺の差が出ているのかもしれないな。もちろん〔破壊神〕である俺は敵の命を奪うことに躊躇はしない。単に場馴れしているかどうかの問題だ。
「まだ軍港はこの先だ。しばらくはトラックに乗って進む」
こうして俺たちは同様の方法で検問所を3回突破して、一本道の先にある開けた場所に出る。ここから見ると広大な敷地の遠方には港湾施設やドッグがあるな。目を転じて200メートル先には兵舎や管理施設なども並んでいる。
「西川訓練生、基地全体を結界で包んでくれ。この場に残って逃げてくる連中の始末を頼む。楢崎訓練生、貴様は私と一緒に来い。私の指示があるまでは魔力バズーカは使用するなよ!」
「「了解しました」」
こうして俺と司令官さんは美鈴をこの場に残して前進を開始していく。そして50メートル前進した場所で司令官さんは自分のバズーカ砲を取り出して建物にその砲口を向ける。
ズバーン! ズバーン! ズバーン! ズバーン!
4発の魔力弾が着弾した建物は見事に崩落している。辺りには爆発で生じた煙が充満して敵兵は大混乱に陥っている。朝早い時間でこれから外に出ようとしていたところを急襲されて、多くの兵士が右往左往しているのだった。そしてそれ以上の兵士が崩壊した建物に押し潰されて命を失っている。
「敵襲! 敵襲だ! 全員管理棟付近に集結せよ!」
サイレンが鳴り響いてスピーカーが緊急事態を知らせる指示を声高に流している。でももう今から動いても遅いだろうな。ここには神殺しと破壊神が立っているんだ。運が悪かったと思ってどうか諦めてくれ。
「楢崎訓練生、お前はそんな武器を使うつもりなのか?」
「周囲に大きな被害を出さずにまともに使用可能なのは今のところこれだけです」
俺は行軍用スコップ・改Ⅱ型を握り締めている。これは美鈴が強化魔法を掛けた上に大嶽丸との戦いで俺が込めた魔力を吸収して、いまやダイアモンドよりも高い硬度を誇っている。史上最強のスコップだぞ。
「まあいいか、行くぞ!」
「了解」
短い遣り取りを交わしてから俺と司令官さんは敵兵が集結しつつある場所に走り出していくのだった。
ついに海軍基地に乗り込んだ3人、果たしてその結果はどうなるか・・・・・・ 次回の投稿は週の中頃を予定しています。どうぞお楽しみに!
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