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102 異能

成り行きでヤ○ザの本部に向かう4人、その場に待ち受けているのは・・・・・・

 市ヶ谷から憲兵隊が到着するまでの間にカレンが傷を負った組員たちの治療を開始するわ。こんなならず者たちに天使の力を使用するのは場違い感が甚だしいけど、怪我を負ったままでは取り調べに支障が出るから止むを得ないわね。


 怪我の痛みがあっという間に治まって元通りになった連中は不思議な表情をしているけど、さくらちゃんがひと睨みしたらすごすごと壁際に並んで膝を抱えて泣きそうな表情をしているわ。警察ならまだしも、これから泣く子も黙る憲兵隊に連行されるのだから、自分の身に起きた不運を嘆くしかないわね。



 やがて憲兵隊が到着すると、簡単に事情を説明してからその場を彼らに預けて、私たちは兄貴を連行してワゴン車に乗り込むわ。もちろん本部も私たちから合図があったら市ヶ谷の一個連隊が包囲して内部に突入する手筈は打ち合わせ済みよ。以前渋谷の事件を解決した時の印象が強烈だったようで、憲兵隊の全員がさくらちゃんを覚えていたのはさすがよね。彼らは揃ってさくらちゃんに最敬礼していたわ。


 だから話はスムーズにまとまって、こうして私たちが兄貴を連れ出すのもすんなりと認められたのよ。今頃事務所に居た組員たちは全員市ヶ谷に連行されているでしょうね。厳しい取調べに音を上げないようにどうか頑張って欲しいものだわ。まったく同情はしないけど。



「オッチャン! 本部はどこにあるのかな?」


「渋谷の松涛だ」


「一番近道で行くんだよ!」


 ワゴン車のハンドルを握っている兄貴はもうさくらちゃんに逆らう意思はきれいさっぱりと消え失せているようね。銃弾を素手でキャッチする国防軍関係者で、しかも憲兵隊の人がペコペコ頭を下げる様子を見たら、それは逆らう気もなくなるでしょうね。



「おっかない嬢ちゃん、俺からの忠告だ。本部には化け物みたいな用心棒がいる。精々気をつけてくれ」


「ほほう、化け物みたいなやつね。いいんじゃないのかな、何も抵抗してこないのは面白くないしね」


 ハンドルを握っている兄貴が助手席のさくらちゃんに話し掛けているわね。事前に『協力したらその情状を報告する』と私が伝えたから、本部の様子を教えようという気になったのかしら。化け物みたいな用心棒というのはちょっと気になるわね。さくらちゃんは一向に気にする様子はないみたいだけど。神様の領域にまで足を突っ込んでいるさくらちゃんから見れば、人間レベルの強さなんかアリが必死で足掻いている程度にしか感じないのでしょうね。



 私たちを乗せたワゴン車は代々木上原を抜けて山手通りを東京大学の方面に向かうわ。交通量の多い通りを右折するとあっという間にそこは静かな住宅街が広がっているのね。私が日本で前世を送っていた頃はこの先の中目黒に住んでいたのよ。なんだか懐かしい感覚を覚えてくるわね。一度だけ自分が暮らしていた家を見に行ったんだけど、残された両親と弟が以前とあまり変わった様子もなく暮らしていたわ。もうあそこには私のいる場所はないんだと、その時にようやく実感が湧いてきたのよ。あら、なんだか話が横に逸れてしまったわね。



 ワゴン車は高い壁で囲まれた広い敷地に建つ白亜の豪邸の門に向かっているわね。高級住宅地だけあって周囲にも立派なお屋敷があるんだけど、この建物だけは一見して他の建物と違っているのよ。まず目を引くのは壁の上に神経質なまでに配置された多数の監視カメラよ。まるで付近を通り掛る人を1人残らず監視しているかのようね。よほど人から恨まれているか敵対する勢力を恐れているのかしら? 常に襲撃に備えているかのように私の目に映るわね。実際にこれからさくらちゃんが襲撃するんだけど。ご近所の皆さん、どうか物音に驚かないでくださいね。


 鉄製の門は厳重に封鎖されて、両側には見張りの人相の悪い男が睨みを効かせているわね。ワゴン車はその見張りが立っている門の前に停車すると、兄貴が運転席から降りて見張りに話し掛けるわ。



「歌舞伎町の権田だ。客人を連れてきた。失礼のないようにするんだ」


「権田の兄貴! わざわざ兄貴が運転していらっしゃったんですか! それは大層なお客人ですね。裏に連絡しておきますので、駐車場からお入りください」


「わかったぜ、中にも連絡しておいてくれ」


「へい、承知しやした」


 初めて知ったけど、私たちの運転手を務めていた兄貴の名前は権田というのね。見張りがペコペコしているところを見ると本部でも相当な地位にあるようね。でも今はもう私たちの手先も同然になっているけど。


 ワゴン車は豪邸の裏側に回りこんでいくわ。そこには誘導役の男が待ち構えていて、合図灯を振りながら車を敷地内に誘導してくれるわね。ワゴン車が停まるとすかさず車に駆け寄って外からドアを開くわ。



「権田の兄貴、ご苦労様です! お客人とご一緒というお話ですがご案内いたします」


「ああ、頼んだぜ」


 ワゴン車のスライドドアが開いて私たちは車から降りていくわ。年若い女子4人が降り立った光景に見張り員は驚いたような表情をしているわね。さくらちゃんなんか見ようによっては小学生くらいにしか映らないし。


 それにしても○クザの本部というのはこんな感じになっているのね。広い庭には立派な植え込みがしつらえてあって、ぱっと見は落ち着いた雰囲気を醸し出しているけど、至る所に監視カメラと見張りの人員が目を光らせているのよ。それもよくもまあこれだけ人相が悪い連中を集めたものだと感心してしまうレベルね。あっちの世界の私の実家のようにもっと優雅にお客様を出迎える用意をしないとダメよね。



「フィオさん、立っている人がみんな怖い目で私たちを見ています」


「明日香ちゃん、ここはそういう所ですからね」


 都内にあるとは思えないような広大な敷地を歩いて建物の正面に出ると、そこにも見張りをしている集団があるわね。その中の1人が私たちの姿を見て不振な表情を浮かべているわ。



「何故そこの嬢ちゃんたちから妖力を感じるんだ? おい、権田! お前は何者をここに連れてきた?」


「山吹さん、勘弁してください。事務所は憲兵隊のガサ入れを食らって、拳銃やら薬やら全部押収されちまったんだ。本部に案内しないと俺の命もヤバかったから、悪く思わないでくれ」


 あらあら、この山吹という男は私とさくらちゃんが巧妙に隠していた魔力の気配に気がついているわね。さすがにカレンの正体や明日香ちゃんの謎の能力までは気が付いていないようだけど。それにしても一体何者なのか気になるわね。その時、今まで黙っていたさくらちゃんが男の前に立つわ。



「ほほう、多少は腕に覚えがあるみたいだね。せっかくだからこのさくらちゃんが叩きのめしてあげるよ!」


「ガキが、多少の妖力があるからといっていい気になるなよ! 怪我の元だからな」


「まだ全然わかっていないみたいだね! これでも多少の妖力だと言えるのかな?」


 さくらちゃんが体内に秘めている魔力を解放するわ。オーラのように燃え上がる真っ赤な魔力がさくらちゃんから噴き出しているわね。その様子を見た男の表情が一気に険しくなったわ。



「なるほど、ガキだと思っていたら本物の竜が現れたというわけか。これは俺も立場上本気にならないとな」


「いくらでも本気になっていいよ! このさくらちゃんが華麗にぶっ飛ばすからね!」


 さくらちゃんがいつもの調子で相手を挑発しているわね。まさかこんな玄関先でいきなり戦いが勃発するとは思っていなかったわ。ご近所に迷惑を掛けるといけないから、敷地全てを大賢者が結界で覆いましょうか。はい、これで良し! もう誰も出入りできないわ。



「フィオさん、これから何が始まるんですか?」


「明日香ちゃん、よく見ておきなさい。これが異能力者同士の戦いよ」


 実戦経験が少ない明日香ちゃんにとっては貴重な機会ね。さくらちゃんの戦いぶりをよく見ておくといいわ。それにしても私たちの魔力を目聡く発見した山吹という男は何者なのか気になるわね。



「全員危ないから下がっていろよ! さて、俺の力をよく見ておくんだな」


「いいよ、先に撃たせてあげるから一番強力なやつで来るんだよ!」


 さくらちゃんの挑発に呼応するかのように山吹の体に魔力が集まるわね。本人は『妖力』と呼んでいるけど、これは間違いなく魔力そのものよ。



荒御魂あらみたま由羅由羅戸ゆらゆらとふるいたまう御魂みたまの御力おんちから 弐竜にりゅうここに顕現けんげんなしたまえ


 何でしょうね? まったく聞いたことのない呪文ね。陰陽師の皆さんが使用する呪術とも違っているわ。耳にした感じだともっと古い日本の呪術の源流のような雰囲気が伝わってくるわね。


 両手を組んだ山吹の体から一気に魔力が放出されると、2体の炎の竜が現れて火の粉を撒き散らしながら宙を舞っているわね。大賢者の目から見てもこれは中々のレベルの魔法よ。合格点を付けてあげられるわね。



「どうだ、驚いたか! これが俺の力だ」


「ふーん、まあまあだね」


 自らの実力を誇示しようという山吹だけど、さくらちゃんの評価は私と同様にまあまあレベルのようね。周囲の組員たちはこの光景に圧倒されて腰を抜かしているわ。そんな有様では異世界では半日も生きてはいけないわよ。



「その言葉を後悔するなよ! 炎の竜よ、襲い掛かれ!」


 宙を舞っていた1体がさくらちゃんに、もう1体は私たちに襲い掛かってくるわ。しまった! 私は敷地を覆う結界を展開中であまり動きたくはないのよね。結界が揺らいでしまうわ。此処はカレンに任せようかしら。



「カレン!」


「私に任せてください! えいっ!」


 カレンが反応するよりも素早く明日香ちゃんが両手を突き出して前に出るわ。炎の竜は明日香ちゃんの手に触れた瞬間消えてなくなったわね。凄いじゃないの! いつの間にか明日香ちゃんがこんなに成長しているなんてとっても嬉しいわね。



「ナイスよ、明日香ちゃん!」


「火を消すのはずいぶん上達しましたから自信があります!」


 これで残るは1体だけね。空高く駆け上った炎の竜はさくらちゃん目掛けて一気に襲い掛かってくるわ。でも・・・・・・



「ふん!」


 キーーン!


 さくらちゃんの拳から放たれた衝撃波が金属を引き裂くような音を立てて下から竜に襲い掛かっていくわね。その結果・・・・・・



 ドゴーン!


 空中でぶつかり合った炎の竜と衝撃波はその場で爆発して消え去ってしまったわ。相変わらずさくらちゃんの魔法殺しは冴え渡っているわね。



「なんだと! 俺の術が簡単に破られただと!」


「この程度じゃさくらちゃんの壁は越えられないんだよ! さて、何者か正体を明かしてもらおうかな!」


「どうやら相手が悪かったようだな。俺は山吹、とある方のお言い付けでここの用心棒をしていただけだ。特に義理はないから退散するぜ」


 山吹は懐から何か書き付けてある呪符を取り出すと魔力を込める。光に包まれたその体は光が収まると消え去ってどこにも見当たらないわ。おかしいわね、大賢者が展開している結界すらもすり抜けてどこかへと行ってしまったわ。



「なんだ、逃げられちゃったのか。まあいいや、それじゃあ今からガサ入れをするよ! 抵抗するやつは大怪我をするからね!」


 腰を抜かしている見張りの組員たちは放置して、私たちは建物の内部に踏み込んでいくわ。刀や拳銃で襲い掛かってくる連中はさくらちゃんが簡単に蹴散らして、私たちはこの組織の総長がいる部屋に乗り込んでいるのよ。



「どうやらお前が責任者だね。相当な悪事を働いているようだから、素直にお縄に付くんだよ! フィオちゃん、憲兵隊に連絡をしてよ」


「わかったわ」


 総長の身柄を押さえて待っていると、塀の周囲を市ヶ谷の部隊が取り囲む様子が目に入ってくるわね。あっ、そうだった! 結界を解除しておかないと中に入れないわ。こうして門を破って屋敷の内部に突入してきた市ヶ谷の連隊が次々と組員たちを拘束していくわ。最後に総長の身柄を引き渡すと、私たちの仕事は完了ね。



「さくらちゃん、ここにある現金には手をつけないのかしら?」


「うーん、もう十分だからいいよ。面倒だし」


「それじゃあ撤収しましょうか。事情聴取で私たちも一旦市ヶ谷の駐屯地に行かないといけないわ」


 私たちは迎えに来た車に乗り込んで一路市ヶ谷駐屯地へと向かうわ。そこでは・・・・・・








「非番だというのにずいぶんな活躍だったね」


「広域暴力団が組織ごと壊滅するとはさすがの僕にも予想外過ぎるよ」


 市ヶ谷駐屯地で私たちを出迎えたのはマネージャー役の東中尉と陰陽師部隊の真壁少尉だったわ。2人とも連絡を受けて急遽駆けつけたのね。休暇を楽しむために送り出した私たちがこれだけの大立ち回りをやらかして呆れた表情ね。そうだわ! 真壁少尉にはあの件をぜひ聞きたいと思っていたからちょうどいいじゃないの!



「真壁少尉、私たちは奇妙な術を使う者に出会ったのですが、正体はわかりますか?」


「どのような術者だったのかな?」


「古代から伝わる日本の呪術の源流のような感じがしました。もちろん陰陽術や修験道とは全くの別物です」


 私は真壁少尉に本部で出会った術者について事細かに話す。ちなみにさくらちゃんと明日香ちゃんは『喉が渇いた!』といって食堂に走って行ったわ。面倒な事情聴取が嫌だったというのがミエミエよね。本当にわかりやすいんだから。



「そうか、呪術の源流か・・・・・・ たとえば我々陰陽師は本家を頂点としてひとつの組織を作り上げている。本家が定めたルールに従って妖怪の調伏や祓い、清めなどを行っているんだ。現在陰陽師の大半は神社に所属してむやみに力を行使しないようにしている。例外は国防軍に所属している我々かな」


「一般の人に危害を及ぼさないように配慮しているんですね」


「そのとおりだよ。我々だけではなく真言密教の術者も寺院に所属しているんだ。これらは表の術者の組織だね」


「表があるということは裏もあるんですね」


「そうだ。中にはフリーの陰陽師などもいないわけではないのだが、それはまた別の話だ。問題は我々が〔鬼道〕と呼んでいる連中だよ」


「鬼道ですか?」


「そう、陰陽術よりも古くからこの日本に存在する呪術だ。というよりも鬼道に神道や陰陽道を加えて体系化したものが陰陽術だといえる」


「初めて聞きました」


「大賢者ともあろう者にも知らなかったことがあるとは私の方が驚きだよ。それはそうとして、魏志倭人伝という古い文献を知っているかね?」


「知っています。卑弥呼のくだりが書いてある中国の文献ですね」


「そうだよ。そこにはこのような記述がある。『倭国大乱の後に卑弥呼という女王を立てて国を治める。卑弥呼は鬼道に仕えて衆を惑わす』というものだよ」


「なるほど、卑弥呼の時代から存在した呪術というわけですね」


「そうだね。我々にも中々尻尾が掴めない鬼道を操る存在がついに表に現れたんだね。この件に関しても君たちの功績は大きいよ」


「その術師の言葉ではどうやら連中を率いている存在がいるようです。正体は判明しませんが何者かが裏の世界に蠢いているんですね」


「そういうことだ。我らは司令官の命でその存在を暴こうと調査をしている。この情報は大変ありがたいものだよ」


「お役に立ててよかったです」


 こうして私たちは事情聴取のために市ヶ谷で1泊して、翌日に富士駐屯地へと戻るのでした。結局休日を楽しめたのは半日だけだったのが私的には大きな不満よね。服も全然見る暇がなかったし。でも無事に駐屯地に戻って来れてなんだか自分の家に帰ってきたような気持ちになったわ。私が帰る所はやっぱりここしかないのね。ちょっと寂しいけど、それが私の宿命だと納得しましょう。




さくらのお小遣い稼ぎが完了しました。今回登場した鬼道を操る者に関しては○○話の内容にいずれ発展していきます。ようやく1つ伏線が回収できました。


次回からは舞台が再び南シナ海に移ります。派手なドンパチ再開です。ですがここで作者もお盆休みをいただきたいので、投稿は今週末までお待ちください。その分内容を濃くしていきます。


1週間お休みをいただきますが、どうぞこの小説を応援していただきますようお願い申し上げます。たくさんのブックマークありがとうございました。



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