101 滅多にない休日の光景
ヤクザの事務所に向かうこととなった4人の運命は・・・・・・ 予定よりも早めに投稿します。
私たちを乗せた車は歌舞伎町のはずれにある雑居ビルの前に止まったわ。運転している男に促されて降りると、そのビルはキャバクラや風俗店が上から下までずらりと入居しているいかにもという感じの建物だったの。年頃の女子をこんな場所に連れてくるなんて酷い扱いよね。交渉が終わったらビルごと結界で封鎖してやろうかしら。
「ついて来い」
入り口の横にあるエレベーターで最上階に上がると、そこには〔西山興業〕というプラスチック製の安っぽいプレートが貼り付けられている鉄製のドアがあるわね。ここがこいつらの事務所らしいわ。さくらちゃんは何だか嬉しそうな表情をしているけれど、明日香ちゃんは依然として真っ青な顔色ね。カレンもさすがにここまで来ると事態を把握したようで、どうしようかと戸惑った表情をしているわ。
運転役の男の案内でドアの中に入ると、中はタバコの匂いが染み付いた嫌な雰囲気が漂っているわ。ソファーには先に到着していた『兄貴』と呼ばれる男が腰掛けて、その横にはセダンを運転していた男が立っているわね。どうやらこの兄貴はヤクザの世界ではそれなりに高い地位にいるのね。もっともそんな地位なんてこの大賢者から見ればゴミ以下にしか映らないけど。
「よくここまで付いて来たな。ここに連れ込まれたらお前たちはもうお終いだよ。今のうちに覚悟を決めておいたほうがいいぞ。これは親切心で言っているんだからな」
「お終いでも何でもいいから今のうちに有りっ丈の組員を集めておくんだよ! あとから『こんな筈じゃなかった!』って泣かないようにね!」
兄貴の脅しにさくらちゃんが平然と応対しているわ。しかも『組員全員を集めろ!』なんて、何を考えているのかしら? まあさくらちゃんにこの場は任せてしばらくは様子を見ましょうか。いざとなったら大賢者が収拾に動けばいいだけだし。
「兄貴、こいつは肝が据わっているのか世間知らずのバカなのかよくわからないガキですぜ」
「なんでもいい、こいつのリクエストに応えて若い連中を全員集めておけ」
「へい」
兄貴から命じられた男は携帯を取り出して連絡を取り始めるわね。この場にいる組員は3人だけど、どうやら増援を呼んでいるようね。何人ぐらい集めるつもりかしら? たとえ何人集めたところで、さくらちゃんがちょっと本気を出せば全滅するんだけどね。
「若い者が揃うまでもうちょっと待ってもらおうか」
「いいけど早くするんだよ!」
さくらちゃんはソファーに腰掛けて横柄な態度で返事をしているわね。あっ! 暇だからってアイテムボックスからスナック菓子を取り出して食べ始めたわ! よくこんな状況で食欲が湧いてくるわね。本当に神経がどうなっているのか調べてみたいわ。やがて1人2人と事務所に人相の悪い連中が次々と入ってきて、兄貴と私たち4人が向かい合って腰掛けているソファーを取り囲むわ。
「さてそろそろいいだろう。話し合いを始めようじゃないか」
「いいいけど手早くするんだよ! それでいくら欲しいのかな?」
「車の修理代は300万だ」
「バカじゃないの! あんな傷程度だったらこれで十分だよ!」
さくらちゃんはお財布から500円玉を取り出して、それをテーブルの上に指で弾いて放るわ。その様子を見た兄貴は額に青筋を立てているわね。でもまだ口調は辛うじて平静を装っているようね。
「嬢ちゃん、俺たちをバカにしているのか? 大の男がガキの使いじゃあるまいし500円玉ひとつで納得できると思っているのか? そもそもお前たちが置かれている状況をもっと理解しないとな。今お前たちは一歩間違うととっても危険な立場にいるんだぞ」
「ふーん、この程度で危険なんだ。まあそれはそうとして、オッチャンたちも今とっても危険な状況に居るんだよ! 一歩間違うとこの組が全滅しちゃうかもね!」
さくらちゃんが珍しく真面目な表情で警告しているわね。私の見る所では圧倒的に危険に曝されているのは男たちの方ね。それも今までの行いを心から全て悔い改める気持ちになれるくらいの目に遭えるかもしれないわね。どれ、そろそろ剣呑なムードになってきたから私たちを守る結界の準備でもしましょうか。
「おい、このガキ! お前は正気か? これだけの組員に囲まれているんだぞ!」
「オッチャン、目が節穴なんじゃないの? この程度の人数でビビるさくらちゃんじゃないからね! せめてこの3倍くらいは居ないとダメだよ! どっち道1000人単位で待ち構えている正規軍でも私の敵じゃなかったけどね」
さくらちゃんは人を怒らせる天才ね。相手の言葉を上手に返しながら怒りのメーターを急上昇させていってるわ。こういう機転が利くなら、なぜ普段からもっと頭を使わないのか不思議でしょうがないわね。色々と残念過ぎる子よね。
「どうやら俺を怒らせたようだな。おい、このガキを痛い目に遭わせろ! 2度と口答え出来ないように歯の2,3本折ってやれ」
「あーあ、知らないよ! 私に手を出したら痛い目に遭うのはどちらかよく見ているんだよ!」
さくらちゃんは音も立てずに立ち上がると、周りを取り囲んでいる男たちを押し退けてちょっと広くなっている場所に歩いていくわ。男たちの中から3人がその後ろからついて行くわね。明日香ちゃんは何が起きるのか不安そうな表情でそちらを見ているけど、なんとなくさくらちゃんの意図がわかってきたようで、さっきよりも顔色が良くなっているわね。
「あ、あの・・・・・・ フィオさん、さくらちゃんはいつものように暴れるつもりなんでしょうか?」
「ええ明日香ちゃん、たぶんそのとおりよ。だからそんなに心配しなくていいわ」
小声で返事をした私の顔を見て明日香ちゃんはひとつ頷いてさくらちゃんの方向に目を遣るわね。さて、果たしてどうなるのかしら?
「嬢ちゃん、兄貴に対してずいぶんナメた口をきいたな! これはお仕置きだから覚悟するんだぜ」
「うーん、私が何を覚悟すればいいのかいまひとつ意味がわからないね! いいから早くするんだよ!」
「おい、両側から腕を押さえろ!」
「いいぜ、死なない程度にやれよ」
さくらちゃんの左右から男が腕を取ろうと無用心に迫ってくるわね。どう対応するのかと思って見ていると、さくらちゃんはされるがままに両腕を男たちに取らせているわ。珍しいわね、先手必勝がさくらちゃんの戦法なんだけど、わざわざ両手の自由を失っているわね。
「嬢ちゃん、まずは最初の1発目だぜ」
男はコブシを構えてさくらちゃんの腹を殴ろうと踏み込むわね。そして男の右手がさくらちゃんに伸ばされたその瞬間・・・・・・
ゴキッ!
「ギヤァァァァァァ!」
さくらちゃんの右足が振り上げられて、伸びかかった男の肘の辺りを爪先で蹴り上げたわ。ゴキッという音は爪先が当たった部分の骨が折れた音のようね。ほら、男の右腕の肘から先がブラブラになっているじゃないの。
「さて、これで正当防衛が成立したね。私にも一応立場があるから、先に手を出すわけにはいかないからね」
まさかの反撃を受けて両側の男たちは動きを停止しているわね。ひ弱な獲物だと思っていたさくらちゃんが隠していた牙を露にしたのに何も動かないなんて全然ダメじゃないの! 一方のさくらちゃんは冷静な声で宣言すると今度は右側の男の爪先に思いっきり踵を落とすわ。
ゴキリ!
「い、痛てぇぇぇぇぇぇ!」
たぶん足の指が折れているわね。その激痛に堪らずに男はさくらちゃんから腕を放して蹲るわ。そして左側の男には返す刀で急所に膝をめり込ませているわね。男は顔面蒼白になってその場で意識を失って倒れ込むわ。3人を相手にしてさくらちゃんは右足しか動かしていないのよ。それでいながら確実に戦闘力を殺いでいるんだから、本当に呆れるくらいの強さね。
「さーて、これでお終いかな?」
「なんだこのガキは! おい、チャカで脅かせ!」
私たちを取り囲んでいる男たちが一斉にロッカーに向かって、その中から拳銃を取り出してさくらちゃんに向けようと準備しているわ。たぶん脅しだろうけど、万一流れ弾に当たるといけないから私はさくらちゃんにウインクしてソファーに座っている3人を結界で覆っておきましょうか。さくらちゃんは私の方にビシッとサムアップしているから、その意図を了解したようね。
男たちは拳銃を手に取ると慣れた手付きでマガジンをグリップに押し込んでいるわね。カシャンという音を立てていつでも発砲可能になった銃を半数がさくらちゃんに、もう半数が私たちに向けているわ。どうやら私たち3人を人質にしようという魂胆ね。それにしてもあの拳銃はトカレフよね。元々はロシア製だけど、中国で生産された物が日本に大量に密輸されている話は聞いているわね。でもこうして実物を目の当たりにするとその危険性が身につまされるわね。
「フィオちゃん、ピストルを持っているんだから容赦なく鎮圧していいんだよね」
「ええ、さくらちゃん。思いっきり暴れて構わないわよ。むしろそれが私たちの職務ですからね」
「よーし! それじゃあ行きますか!」
さくらちゃんはどうやらちょっと本気になるようね。両手にはオリハルコンの篭手を嵌めて臨戦態勢を固めているわ。こうなったらもう誰にも止められないわ。敵が全滅するまでさくらちゃんの独り舞台が続くのよ。でも一瞬で3人の男を倒したさくらちゃんの実力がわかっていない兄貴は、拳銃での脅しが効果があると思っているようね。
「ガキがいい気になるなよ。ちょっとでも動いてみろ、お前と仲間が蜂の巣になる。この部屋は防音工事を済ませているから銃声は外に漏れない。観念して大人しくするんだな」
「これでも死人が出ないように大人しくしているんだよ! いいから早く撃ってくればいいんじゃない! いつでも構わないよ! 早く撃たないとこっちから行くよ!」
さくらちゃんが踏み込もうとする様子を見て、兄貴の表情が変化したわ。4丁の拳銃を向けられて平然と迫ろうとするさくらちゃんに只ならぬ雰囲気を感じたのね。でももう手遅れよ。あなたたちの運命は最初から決まっていたんだと早く気付くべきよ。
「構わないから撃て! あの生意気なガキを殺すんだ!」
さくらちゃんが発する僅かな殺気に当てられてややパニック気味になった兄貴が部下に発砲を命じたわ。
パン! パン! パン! パン!
乾いた音が4発響いて明日香ちゃんは目を覆っているわね。そしてさくらちゃんは・・・・・・
「こんなオモチャじゃ私には効果がないね。ほら、飛んできた弾は全部キャッチしたよ!」
さくらちゃんの右手から鉛の弾丸が床に零れ落ちていくわね。駐屯地で時々魔法銃や自動小銃を自分に向けて撃たせて魔力弾を破壊したり弾丸をキャッチしたりしているから、この程度の芸当はお手の物かしら。でもこの光景を見た兄貴を筆頭に組員たちは顔面蒼白ななっているわ。どこの世界に銃弾を手で掴み取る人間が居るんだという、彼らの中でのごく一般的な常識が崩壊しているようね。本当にご愁傷様でした。常識を悉く覆す存在がさくらちゃんなのよ。
「さて、覚悟するんだよ!」
さくらちゃんの姿が不意に消えたわ。と思ったら私たちを取り囲んでいる男たちが次々に声を発する暇もなく倒れていく。僅か2,3秒で室内に居た男たちの殆どが床に倒れているわね。無事に残っているのはソファーに腰掛けている兄貴ただ1人になっているわ。
「役に立たない部下で残念だったね。さて、こうなったら車に傷どころの話じゃないよね。まずは私に誠意を見せてもらおうかな」
「わ、わかった! わかったからその銃を降ろしてくれ!」
さくらちゃんは床に落ちていたトカレフを兄貴に突き付けているわね。気の毒にさっきまでの勢いはどこへやらで、兄貴は額から冷や汗をダラダラ流して声が震えているわ。さくらちゃんが拳銃を下に向けるとホッとした表情で声を絞り出すわね。
「車の傷の件はチャラにする。もういいからお前たち全員ここから出て行ってくれ!」
「何を眠たいことを言っているのかな? 私に銃を向けてきた件に関する誠意を見せろと言っているんだよ!」
さくらちゃんは再び銃口を兄貴に向けるわ。本当に人を追い詰めることに関して容赦ないわね。
「わかった! 頼むから銃を降ろしてくれ! い、いくら欲しいんだ?!」
「有り金全部出してもらおうかな」
さくらちゃんが顎で『立て!』というゼスチャーを示すと、兄貴は操り人形のように立ち上がるわね。もうこの場はさくらちゃんの言い成りになるしかないと覚悟を決めたようね。壁に埋め込んである金庫を開いてそこにある札束をテーブルに置くわ。〆て500万ね。
「今ある全額だ。これで勘弁してくれ!」
「フィオちゃん、どこかに隠し部屋がないか探査してよ」
「ええ、いいわ」
さくらちゃんの要請にしたがって私は結界を部屋中に広げていく。更に壁を越えて部屋の外側まで広げると、建物全体の構造を探査出来るのよ。大賢者の結界を甘く見ないでね。
「あったわね。北側の壁の奥に奇妙なスペースが存在するわ」
「ほほう、面白いことになっていたよ! さっさとそこに案内するんだよ!」
再び拳銃を突き付けて兄貴を脅迫するさくらちゃん、諦めた表情の兄貴は壁にある照明のスイッチに向かうわ。壁に嵌めこんであるスイッチ板をドライバーで外すと、そこには赤いボタンがあるわね。どうやらこのスイッチはダミーでこのボタンを隠していたのね。照明のスイッチなんてどこにでもあるものだからついつい見逃してしまうわよね。ヤクザも中々頭を使っているじゃないの。
兄貴がその赤いボタンを押すと壁が横にスライドして人の背丈くらいある大型の金庫がお出ましになるわね。さくらちゃんが兄貴を脅かして開かせると、中からは現金の他に白い粉と借用書のような書類があったわ。
「ふむふむ、これは重大な犯罪だね! 証拠としてこの現金は私が押収するよ。全部で2000万くらいかな。フィオちゃん、副官ちゃんに連絡して部隊を寄越してもらってよ。警察よりも手っ取り早いでしょう!」
「ええ、そうしましょうか」
こうして富士駐屯地に連絡を取った結果、市ヶ谷から憲兵隊が派遣されることに決定したわ。兄貴は私たちが国防軍関係者と知って真っ青な顔になっているわね。もし仮にここにある武器と薬物が中華大陸連合と関わりがあったら、国家反逆罪で軍事法廷に掛けられるんですもの。判決は死刑か無罪のどちらかしかないわ。何しろ今は戦争の真っ只中ですからね。
「さてここは憲兵隊に任せるとして、まだちょっと物足りないよね。この組の上部組織はどこにあるのかな?」
「うちは総本部の直轄の組だ。上には本部しかない」
「それは都合がいいね! 憲兵隊が来たら本部に案内してもらうよ。それまでは大人しくここで待機するんだよ!」
呆れたわね! さくらちゃんはこの事務所だけではなくて本部にまで押しかけるつもりのようね。まあ出先の事務所がこんな調子なんだから本部に行けばもっと面白い物が押収出来るかもしれないけど。それにしてもさっきまでの休日の生温いムードが完全にハードモードに切り替わってしまったわね。でもこうなったら乗りかかった船よ、とことんやってやりましょう!
こうして憲兵隊の到着を待ちながら私たちは次の作戦について協議を開始するのでした。
勢いに任せて今度は本部に強襲を掛けようというさくら、果たしてその結果はいかに・・・・・・ 次の投稿は月曜日の予定です。
感想ありがとうございました。またブックマークも多数お寄せいただき感謝しています。
次回の本部強襲の件が落着したら、話は再び海南島攻略に戻る予定です。あっちこっちに話が飛んで申し訳ありませんが、時間軸的に同時進行で事件が起きているのでその点をどうぞご理解ください。




