#8 Blooming memories
僕らが小学六年生で一二歳の長期休暇。それは夏休みだったか冬休みだったか。でも、長袖のシャツを着ていたので、おそらく冬休みだ。
卒業式を数ヶ月後に控えた僕は、不思議なほど気持ちが高揚していたように思う。卒業しても仲の良い友達は皆同じ中学に進むので、寂しいとか悲しいとかはほとんどなく、ただ春から始まる新生活に漫然とした思いを馳せ、漠然とした期待や希望が占める比率が大きかったのだろう。
まぁ、その頃の僕がそこまで考えていたかは今となっては思い出せないし、いま現在の僕にとって大事なのは、僕が一二歳の小学六年生だったこと。時期は小学最後の冬休みで、亜希子と二人で公園に遊びに行ったということだけなのだ。
浮かれたクリスマスが終わり、無駄にきらびやかな装飾は街から姿を消した。
代わりに街に溢れていたのは、年末独特の形容しがたい浮ついた忙しなさ。
例に洩れずに僕の家も何かバタバタしていて、何となく居場所がなくなった僕は亜希子を誘って公園に遊びに行こうとしたわけだ。ちなみに遥は熱を出していて(多分インフルエンザとかだった気がする)、外に連れ出せる状況ではなかったことを付け加えておきたい。
「雪人くん、早い。待ってよぉ~」
亜希子が長い黒髪を揺らしながら、懸命に僕を追いかける。当時の彼女はまだ金髪などには、しておらず純日本風な黒髪の乙女だった。当然だけれど。
「アキはほんとに遅いなぁ。やーい、のろまー」
一方僕はといえば、好きな子気になる子につい意地悪を言ってしまうような典型的な小学生男子だったため、こんな感じで毒を吐いていたと思う。うん、我ながらテンプレ通りのアホガキだね。
でもね、
「…アキ。ほら」
「え?なに?」
僕は彼女の腕を強引にとる。手を握る。
彼女は『え?』と小さく驚きの声を漏らした。
そして僕はその行動の意味をぶっきら棒に伝える。
「…これなら同じ早さで歩けるだろ?」
「雪人くん…ありがとう」
うわ! やべぇ。思い出したら死にそうだ。おい! どんだけ素直じゃないんだよ過去の僕。
男のツンデレとか気持ち悪いだけだろ。あー穴があったら永住したい。
でも、ピアスも開けていないし、染髪もしていない幼い僕らは本当に子供で、ただ子供で純粋で青くて―――何よりも透明だった。
そんな周囲には微笑ましく写り、僕らにとってはえらく真剣なやりとりを繰り返しながらも、僕らの足は動いているわけで、とても大きな洋風のお屋敷の前を通って、やがて目的地である近所の公園に着いた。
その公園は大きな桜の木が中心に陣取っている以外はよくある公園で、僕らのたまり場だった。すべり台やブランコ、ジャングルジムなどがあり、適度にひらけた空間があるため鬼ごっこなんかもできた。そのため公園で遊んでいれば、近所の子に少なからず会う。近くの子供や奥様たちのたまり場で寄り合い所。
だけど、その日に限って言えば少し様子が違った。人の姿が全くないのだ。
大晦日や正月を前に実家に帰省する者たちもいただろうが、流石に公園内人口がゼロというのは未知数で、多分首を傾げたはずだ。
だが、当時からオツムが少々残念だった僕は公園を独占できるチャンスだと限りないほどにポジティブに受け取った。亜季子の手を離し、真っ直ぐに中央に駆けていく。
大きな桜の木の下に。何も考えずに。
そこで僕は今日の公園が僕ら二人だけのものでは無いことを知った。
桜の木の下で優雅に佇む誰かがいたのだ。
―――そうだ、彼女は、確か。