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#5 Blow of contrition

 とりあえず一服だ。


 男は常にクールでなくてはならない、というのが僕の持論だ。

 胸ポケットから白地に黒い星があしらわれたパッケージとオイルライターを取り出す。ライターは先に出た通り、もちろんアキから貰ったものだ。

 箱から一本取り出して火をつける。何時間ぶりかのニコチンが血液を介して身体中に染み渡る。あぁ悪くない。頭が冴えてくる…ような気がする。多分気のせい。


 沈みかけの太陽が校舎に隠れながらも、存在感を放つ。朝はきっと昇っていく陽がさぞ綺麗に見えるのだろうな。まぁ毎日が遅刻との闘いである僕には確認のしようもないけど。


 制服のネクタイを軽く緩めて亜季子に向き直り、僕は問う。


「で、亜希子。君も高校二年生の一七歳だろ? 人の事を言えるほど僕は大した人間じゃないけどさ…流石に場所を考えて発言しようよ。暇を持て余したクラスメイトの前で、あの問いは、色々とハードルが高すぎる」


 彼女対してに真剣な話をするとき僕は亜季子と呼ぶらしい。

 意識しているつもりはないけれど、どうもそうらしい。何にせよ、今からするのは割と大事な話だ。


「…ライター」

「うん?」


 今にも切りだそうとしていたら、唐突に遮られた。突っ込んで行こうとした鼻っ柱にカウンターで返された僕は間抜けな声をあげてしまった。いかん、クールにいこう。


 だが、亜希子は主導権を簡単には渡してくれない。


「本当に使ってくれてるんだね」


 そういえばさっき歩たちとの会話に出てきたもんな。ならば嘘はツケないし、そもそも必要がない。首肯する。


「うん、そうだよ」

「嬉しいな。いつもユキと一緒にいれるみたいで」


 風で揺れる金髪を手で抑えながら、アキがはにかむ。

 余談だけど、こう見ると結構絵になるな…


 しかし、やけに素直だ。こんな風にストレートに来られると、こっちも偽ってばかりはいられない気がするのは僕だけか? 故に僕は偽らずに道化ではぐらかす。


「それならピアスもね。むしろ付けっぱなしの分、年がら年中一緒にいるよ」


 なんかまた雰囲気が変わった気がした。遠くで部活に励んでいるだろう生徒や、お喋りをしながら下校する生徒らの声がする。特筆するまでもない、何の変哲もないありふれた青春の一ページ。


 それはとにかく、このままでは僕のペースに持っていけない。アグレッシブに行かなければ。


「なぁ亜季子、僕はそ…」


 僕の話を強引に区切り、亜季子が僕に言う。そこに先程までの赤面ではなく、ひどく真剣な面持ちで。眉の角度を急にして、その声を震わせて。そして、



―――どこか潤んだ瞳で



「ユキは! 雪人は…さ、私のこと、別に好きじゃないよね」


 北風が強くなった。遠くで木々が乾いた音を静かに、哀しげに奏でている。

 近くでは僕の心臓が暴れている。心がザワつく。ちょっと待てよ。

 視界が明滅して、軽く地面が震えた気がした。


 動揺する僕とは対照的に極めて冷静に、それでいて何処か頼りなく、亜季子はただ言葉を紡ぎ続ける。


「ううん。違うね。自分で言うのもなんだけど、好きじゃないわけではない。ただ、雪人が見ているのは私よりもっと遠くの人。それは私じゃない、別の誰か。その人が好きだから、雪人とその人とを繋ぐ直線の途中にいる私を好きなだけ」


あ、き、こ?


 僕は声が出ない。何を言っているんだ? いや違う。それでも。

 頭が動かない。いつものように冗談で茶化すんだ。先程のように丸め込め。


 亜希子の口は閉じることなく、彼女の思いを形にしていく。対照的に僕の想いは世界に現れない。


「みんなは…そこに私も含めて。ユキがその人を見る過程で、より近くにいる私を見ていることだけに注目しているだけ」


 凄く乾いた甲高い音が響いた。


 それは何かがハマった音なのか、何かが壊れた音なのか。それは耳から入ったものなのか、頭の中から出たものなのか。その時の僕には、分からなかった。


「それによくあの公園で桜の木を見ているよね。私たちが約束したあの公園で。凄く哀しい目で、何かを思い出すように、悼むように、そんな表情で」

「なっ…」


 なんでそんなこと知ってんだよと言おうとしたのだが、言葉にならなかった。絶句。息を吸う。こひゅうと間抜けな音が小さく鳴る。


 そもそも僕のその行為はそんなに明確な目的を持っているものじゃない。もっと漠然として霞がかったもの。記憶に刺さったトゲの正体を見極めるような、そんな微微たる理由。

いや、そこはどうでもいい。今はポエムに浸っている場合じゃない。些細な間違いを指摘する場面でもない。


 僕が考えるべきは、もっと別のことだ。


「変なことを言ってごめん。違っていたらもっとごめんなさい」


 何か言え。お前の口は何のために存在するんだ。喋るためだろ? ここで言葉を紡げないのは致命的な気がした。


「あっ…あの……さ、」


 それでも僕の唇が空気を震わせ、明確な形をなすことは、なかった。


「…先に帰るね。また明日」


 何も言わない僕が彼女の瞳にどう映ったのかは、わからない。

 肯定ととられたのか、否定として捉えられたのかは分からない。だって僕は亜季子ではないのだから、その心中を正確に測ることは出来ない。僕はあくまでも僕でしかなく、僕以外の何者にもなれないのだから。望もうと望むまいと僕は僕だ。


 兎にも角にも、彼女は思いの丈をぶつけ、僕を置き去りにする。屋上から。現在から。

 僕は現在にいても、そこだけを見ているわけではない。

 僕には黙って屋上を去る彼女を見送る以外に出来ることはなかった。

 手すりにうなだれ、すっかり短くなった煙草の吸殻をコンクリートの地面に叩き付ける。


 全ての音が遠くに聞こえた。暮れなずむ街の冷たい風は冬特有の乾きを持っていて、不快に僕の髪を撫でる。


「だぁ~本当についてねぇ」


 ようやく明確な形を形成出来るようになった僕の口からは、現状を嘆く情け無い台詞とひとひらのため息が漏れた。



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