#4 Escape from...
さて、バカップルが帰ったことで残った問題はあと一つ。
残ったというか、彼らが作り出したとも言える僕と亜希子とのこの微妙な空気感。さっきとは違って殺意に満ちていないし、打って変わって何処となく心地良いとも言えなくもないような気がするようなしないような、でも、やっぱり悪くないこの空気感。
だが、いくら殺意の波動がないとは言え、問題だ。
とにかく何かしらの話題を提供しよう。沈黙は、気まずい。沈黙は時に人を死に至らしめるものなのだ。
「あの時の僕らは子供だったよね…」
懐かしいような恥ずかしい様な心境。
今の僕たちが別に大人という訳ではないけど、少なくとも小学生より幼いってことも無いだろう。そんなこと、あってはならない。
亜希子が思い出すように、慈しむように虚空を見つめ、僕に同意した。
「…そうだね」
だから何なんですか? この雰囲気は。一体何の罪に対しての罰なんだよ。
日頃からそんなに善いことはしてないけれど、悪事を働いた覚えもないよ。
だとすれば前世か? 前世で何かやらかしてしまったのか? 前世のことは覚えてない分、質が悪い。大体仮にそうでも前世での罪は、現世の僕に継承する様なものでは無いはずだ。
「ねぇ、ユキ」
僕が罪と罰、悠久の時間における輪廻転生について想いを馳せていたら、アキが口を開いた。
きっと彼女が止めていなかったら、僕は延々と意味のない思索にふけったと思う。僕にはどうも昔からそういう節がある。
「ねぇ、ユキはどれくらい約束を信じてる? その、け、結婚の約束のこと…」
ちょっと待ちなよ亜季子さん。ここは教室ですよ? まだ残っている生徒も少なくはないんですよ。ほら、みんなこっち見てんじゃん。なんで君はそんな真剣な顔してんのさ。おいコッチ見んなよ! 僕らは見世物じゃないぞ。目を輝かせて口を開けてんじゃねぇ。うわ、凄くいたたまれねぇ。
「アキ。ちょっと来て!」
ここじゃ無理だ。人が多すぎる。人の視線が苦手な僕には苦行過ぎる。
僕が軽度の視線恐怖症なのと僕の前髪が長いのは無関係ではない。色が茶色なのは…関係ない。…これも蛇足。或いは尺繋ぎとも呼べる時間稼ぎ。
僕が亜希子を連れて行ったのは旧校舎の屋上。僕が授業をサボタージュするのに使う場所。所謂一つの隠れ家的スポット。見晴らしが良く、校庭を超えて街を一望できるのが気にいっている。
自分のフィールド(物理)に来たことで若干の平静を取り戻した僕は、そこで初めて亜希子の手を取っていたことに気づき、慌ててそれを放した。うわ、手汗かいてる。
結構恥ずかしかったのは、それでも彼女には絶対に内緒だ。