#39 Shake My Fucking Head
全く……信じられない程によく出来た滑稽譚だ。これは、流石に…もう、何ていうかさ。無神経な僕としても、これは『マトモ』にやってられないよ。
「があああふああああああああはあおあああひあああああはああぁあはああぉおあああああ? うはははっはっはははっっははっはあああああにのうあはっはは」
化物を消すために、僕はバケモノになりました。ミイラ取りがミイラになった。医者の不養生。桁が違う。
でもさ、しかしながら、別に大して特別に珍しい話じゃない。殊更傍点で強調するストーリーでもないだろ! 古今東西よく聞く話だ。ありふれて普遍的展開だろ!
傑作だ。なにそれ? 文字通りなんてものじゃない。だってさあ、笑うしかないじゃないか。大した喜劇でジョークだよ。英国紳士もびっくりだ。驚天動地。こんな酷い脚本を書いたシナリオライターを逆に褒めてやりたいね。大どんでん返しじゃないか。類を見ないすごい才能だ。いやいや感服だよ。腹を見せての服従だ。まさしく正しくジーニアス。
何て冷静ぶってクールなふりして、クレバーのつもりでリアリストを気取って何になる?
ペシミスティックな佇まいのオプティミスト……そんな気分のシニカル野郎のつもりなのだけども、事実は哀れなピエロ。或いは行き場を失い虚しいジョーカー。
そんな下等な存在からしてもこれはもうだめだ。終わってる。理から外れて、身体は消失、精神も壊れて。何が残った? アイデンティティの崩落。在り処の行方不明。
僕はもう僕ではいられない。自己の喪失。意識の倒壊。シュレディンガー的なエンドオブザワールド。茶番だ。
出来あがるのは鎖に繋がれ、顔の引き攣った道化師。
「ははははあははははあははははははははっはあああああははははあはあああああああああああはつははははああああこはあぁあああああきああはははぁはあああっあははははははははははあああははっははっはふはっああひあはああああああっああああはあああああぶあああああはああああはっはははっはっははっはっはっはあははははっはあああああああああああはあああははははあははっははああああああっあはあ」
故に僕は、咆哮とも中傷ともとれない、自嘲するでも何でもない乾いた声をあげた。
それに込めたのは絶望? 的外れだ。
悲鳴に似ただけで何の意味も価値もない、余りにも報われない空っぽの嘲笑。ただの振動。波の揺れ方の一つ。
『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
なんとなく、昔読んだ本に書いてあったドイツの哲学者の言葉が脳裏に浮かんだ。
まったく神も仏もありはしないね。信心深くない無宗教でよかった。信じているものに裏切られるほど辛いことはないから。何処にも救いなんて存在しないじゃないか。
また一つ扉を開けて進む。前にも後ろにも何も無い道をただ進む。退廃した大敗の道を。
「あぁ全部消そう…生き物もそうじゃないものも全てを塵にしてしまおう」
もういい、たくさんだ。誰かのルートに従うなんてコリゴリだし、これ以上茶番には付き合ってはいられない。猿芝居は全力疾走だよ。だから全部壊そう。醜悪な自分が霞むぐらいに全てを僕以上に歪めてしまうことにする。
醜い自分が映る鏡は残らず割ってしまおう。そうすれば見たくもない僕を見なくとも済む。
化物としてのスキルを使って、世界を無に戻そう。
僕を取り巻く環境全てが崩れてしまえば良いんだ。
それが最適解。
だから、僕の目が届く範囲に居れば殺す。手の届く距離に居れば潰す。翼が見えるのなら消す。
つまりは有象無象森羅万象、その全てを塵芥へと変えてみせる。
この幼稚な破壊衝動こそが僕の思いの根源なのかな? それとも違うのかな?
もういいや何でも。どっちでも良いし、何でも良い。
貴重な脳細胞を用いて考えるのに疲れた。無意味に思い悩むのにも飽きた。些事で僕を煩わせるな。小事件で心を揺らすな。
――――――もう、躊躇うなよ。迷うな。覚悟を決めろ。
目に映る美醜のその全てを消せば、何も僕の中に入ってはこない。僕を揺るがすものはなくなる。
それはなんて素敵なことだろうか。
僕は世界の運命に見放され、理に逆らう存在だ、ならば僕がそんな理不尽で不都合な運命を見放したとても赦される行為のはずさ。
世界に見捨てられた僕の背中の両翼は一振りで容易く地面を抉り、両の手は余裕で人体を引き裂けるのだろう。そこには何の信念も矜持もない。ただ壊す。大きな力と折れた心の八つ当たり。
雑念を払拭。
思考を止めろ、想いのまま動け。陳腐な理論武装はもう必要ない。
理性なき衝動で結構。どうせ僕は下卑た化物なのだから。
「雪人おッ!」
悲痛な叫びを携えて、従僕であったシャーロットが再び目の前に現れ立ち塞がる……その距離は本当に目の前で。目と鼻の先。吐息の交わる距離ってやつ。
華奢でアルビノテックな両腕で僕を思い切り抱きしめる。
挙動の余波で揺れる銀色の月の涙が身体に当たる。かゆい。
僕は彼女の精いっぱいに、虚ろな目と声で応えた。
「なに?」
大体、亜季子はどうした? さっきまで背中にいただろう。
僕がその所在を聞くより前に、彼女は上を見た。それに習い、僕も顔をそちらに向ける。
あぁ…屋上か――――――角度的、立地的、そして物理的、その他の常識では絶対に見えないはずの幼馴染がコンクリの壁を背に力無く寝ているのが見える―――やっぱりまともじゃないな。
静かに沈んでいく僕の肩を揺らし、僕の意識とは対照的に激しく彼女は問う。
「いやいや、『なに?』じゃないわよ! 貴方何をしようとしているか解っているの? その頭は正しく機能している? 淀んだ両の目はちゃんと万物を正しく正確に捉えている?」
何度似たような質問を繰り返せば気が済むんだよ。いい加減馬鹿でも分かるよ、解っているに決まっているじゃないか……他でもない自分のやろうとしていることだ。
加えて視界は極めて良好、タガが外れた頭もほどほどに問題なく冷却され、努めて正常に働いている。
その証拠にシャーロットが僕の肩を揺するのを止め、再び包み込むように背中に腕を回したこともきちんと感じ取っている。思いの外のツーカー。意識外の意思疎通。
「口にすると笑えるけど……地球滅亡かな? 人もモノも自然も、有機物も無機物も全部消す。存在するありとあらゆる全てを無に還そうと思う」
今の僕。現状を鑑みれば、尊大不遜な妄言とは言い切れない。
「まず、手始めに……地面で虫の息なあのゴミカスをこの世から完全に消す。そして、その行為の意味は―――絶望した僕の八つ当たり。ただそれだけのことだよ」
そう、ただそれだけ。
僕は僕の理想を、世界の全てに対して強制し、強要する。
歴史の世界には往々にしてよくあることさ。中世の絶対王政とかその典型。本当にありふれたこと。
でもきっと、その過程で数多の邪魔が入ることは人類の歴史が証明している。
異形の同族とかはその筆頭であるし、人類側からはゴーストバスターだかスイーパーだとか、秘密主義の黒装の男達が介入してくるんだ。そんなの予想の範疇だし。
そして、そんな奴らに邪魔されるレベルであるならば、僕の存在なんてその程度だ。それならば、それでいい。
僕を抱く両手に力が入る。深く碧い瞳には多くの涙を溜めて。彼女は叫ぶ。
「貴方はっ! 貴方は自分が消えられない理由…守るべき亜希子も手にかけるの? 彼女は貴方の大切なものじゃなかったの? 死んでまで助けたい女じゃなかったの?」
そんなこと分かっているさ。本当は何が大切なのかってことくらい自覚している。
いくら僕の頭が悪いからといって、そこまでアホじゃないつもりだ。
「…大切だからさ。本当に大切で、大事だから―――だから、自分の手で最後から二番目に殺す。他の誰にも手を出させない。確実に僕が自らの手で彼女を殺す。絶対に僕以外には殺させない。そして、その次が僕だ」
格好良く言ってみたけど、ただ僕は掌に収まる程の宝物も守れないってこと。
『それ』を大切に大事に愛おしく慈しみたいと渇望しても、その器量がない。
「ふざけないでっ! それじゃあ私との約束は? 私と貴方は! 一緒に消えるのでしょう?」
「それは中途半端だった頃の僕としたものだろう? 今の僕とは『決定的』に違うモノだ。かつての僕は人間で、今の僕は……そう、ただのバケモノだ」
ハズれてしまったバケモノなら、それに準じた生き方…いや在り方をすべきなのだ。
約束を守るのをモラルとして捉えるのは善良な人間だ。醜悪な化物である今の僕がそれを破ることになんら不思議はない。
「じゃあ、亜季子との約束は? 私と会った次の日に交わしたあの契りは?」
「…それは、かつての昔話だ。もう時効だよ」
そう昔のことだ。それに人間は化物とは結婚出来ない。それが常識。役所は絶対に婚姻届けを受理してはくれないだろう。不可能だ。出来もしない約束は瑕疵であり無効だ。そんなもの約束じゃない。
「どうしても止めないの?」
僕から腕を解いて、シャーロットは震える声で縋るように質問する。
「あぁ」
考える余地なんてありはしない。迷う必要もない。
「亜季子との約束も破るの?」
僕のそれより小さな拳を握り締めている。
何かを固めるように、挫けないように。
「それも仕方ない」
僕らの距離が少し離れる。
「貴方は私と一緒に消えてくれはしないの?」
碧い瞳から流れ出た哀しみと怒りと絶望の大河を拭くこともない。
「申し訳無いが、独りで消えてくれ。せめてもの償いとして、僕がお前を消すから」
そう…。彼女は深く息を吐き出し、僕を睨みつける。
彼女の雨音は流れ、ただ降り続けているのに、それでも言葉を紡ぎ続ける。
「ならば、貴方を消して私も消えるわ。これは妥協じゃない。むしろそれこそが私の本懐。私が望む未来。私の在るべき―――在りたい道」
彼女の端正な顔に、不気味な笑みが滲む。
笑うことで出来た皺に流れこむ涙は、濁流に侵された河を思い出させた。
そうか…結局君も化物なんだなと同病相哀れむ。
「―――哀しいね。君の全ては僕の手の中だ」
自らの感情を体現するかのように。
朝方の空気を伸ばした右手で掴み、潰す。何の感慨もない無意味な行為。
けれど、握り潰したのは多分…。この瞬間までは大事な物だった、僕の宝石。
「嘘は聞き飽きたわ。言って解らないのなら戦うしかないの。反乱の時ね、御主人様。お互いに譲れないのなら潰しあうしかない。それが想いの……欲のもたらすもの、覆しようのない運命と言い換えてもいいわ」
シャーロットは亜希子のそれとは天と地ほどの差があるふくよかすぎる胸の前で右の拳をきつく結び、吠える。亀裂が決定的になった。
それにしても、よりにもよって欲ってさ……
それは人特有のものだと思っていたんだけどなぁ…。
理から外れた化物になっても、その醜い業に振り回されるのか……。
欲望を御する方法があれば、是非知りたかったもんだね。因数分解に四苦八苦するよりかは、よっぽど大衆の役に立つ。大衆を内包する全てを消す僕による、全くもって筋違いでくだらない物思い。
「なら僕の欲望、地球滅亡の第一歩としてシャーロット、君から消そう。お前が犠牲者第一号だ。そしてこれは運命なんかによるものじゃない。そこに神様を含んだ他者の介入はない、僕の意思と僕自身の手で以てお前を消す……お前じゃ僕には届かないよ」
やはり、最初の障害は君なんだね。
でも、道は狭く二つが通れるほどの余裕はない。
しかし、そこに立つ僕らに譲り合う気はない。
ならば、どうする? 僕らはどう行動するべきか。
答えは単純明快、整地するだけ。他者を排し、己を通す。実に原始的で下卑た醜い争い。
「吠えるな新参! 運命は否定するものじゃないわ、信じるものよ。神サマの悪戯で愛する二人が殺し合うなんてとてもロマンチックじゃない? そしてドラマチックだと思うの」
涙を流し続けるシャーロットは憑き物がなくなった様な晴れ晴れとした笑みをその顔に滲ませる。いや、逆に憑き物が付着し具現化したのかもね。苦笑。
本当にくだらない。どうでもいいことを妄想するのは僕の悪い癖なのかな?
左手で髪を掻き上げ、自分の悪癖に頭を抱えてしまう。自然と笑みが零れた。
「間違っているよ、シャーロット……運命は従うものじゃない、創り出すもんだ。従う他ないのならば、その運命を定めたヤツ…神様仏様、神話に出てくるような全ての神々……ムカつく糞野郎どもを一つ残らず無に還してみせるよ」
くだらない運命なんてねじ曲げて修正してみせるさ。
曲げることが不可能ならば、粉々に壊して創り直してやる。僕が納得出来るものに再構成してやる。
ロマンチックからは程遠い、自分の望みを遂げるため、自らの意思を通すための醜い争いが『ドラマティック』に、その幕を開けた。




