#25 Dialogue
現在の時刻は午前四時過ぎ、僕は音も無く激走していた。人知を超えた全速力で。
深夜に激走と聞くといかにも格好良さげな語感で―――いかにも首都高バトルをしている走り屋みたいな雰囲気を醸しだすけれど、残念ながら僕が走っているのは制限速度が時速五〇キロのありふれた住宅街で、尚且つ未成年の僕は普通免許を持っていないので手段は自らの脚だけだ。
う~ん、正に夢も希望もない話。悲しい現状である。
どうやら身体が疲れを感じることはなくて、常にフルスロットルで活動しても息切れ一つ起こさない。便利なもんだ。
だけどね、何というかさ。すごく便利なのだけどね。
「なぁシャーロット! あのさぁ! つかぬことを伺いたいんだけどさっ! 僕も君みたいに飛べないのかなあっ?」
こう悔しいっていうか。納得できないし、釈然としない思いが腹に溜まる。
「だから何度も言っているでしょう? 貴方は生き物としても幽霊としても不完全なの。だから、大きく人の理を離れることは出来ない。せいぜい身体能力の向上と理からハズれたものを視認し、それに接触できるぐらいね。ちなみに異形の者としての欠点は全部適用されるのでご注意を、マイマスター」
無様に地を駆ける僕とは比較にならない程に優雅に華麗に、彼女は宙を飛んでいる。
加えて、服がキャミソール風の下着チックなものからドレッシーなヒラヒラの付いたシャツの様なワンピースっぽいものになっているせいか、優雅さが無骨に地面を走る僕との違いが際立っている。
さながら部屋着から外出着へのシフト。『概ね似たような物なんじゃね?』という疑問はそっと胸の内に仕舞っておいた。
彼女の服装はともかくとして……くそ! なんて不便で理不尽なんだ。
でもいくら泣き言を積み上げたところで、それは意味のないバベルの塔。無理なもんは無理なのだ。しょうがない。そういう限界は何においてもあり得るものなのだ。越えられない壁だから限界なのだ。
だから前向きに考えよう。息切れを起こさずに走れて、体力というリミットがないのなら常にトップギアを入れて最高速で走れる。ならば、僕は陸上で最速のものになれる。
はっははー、吹き荒ぶ一陣の風になってやるぜ。
しかし、基本的に頭は冷ややかな感じで行こう。荒ぶってばかりもいられない。
先程から頭に引っかかっている懸案事項があるんだ。
「でさ、気になってるんだけどさ、その『御主人様』とか『マイマスター』とかって何?」
実にくだらないどうでもいい質問。
案の定、シャーロットは質問の意味を計り兼ねているようだ。
「だからさ、その妙に下手で従順な態度とか、僕を御主人様扱いする意味がまるでわかんないんだよ」
いや、嬉しくないわけじゃないよ?
でも、気恥ずかしさが勝るというか、すげぇテンションは上がるんだけど、やっぱりね……違和感がマックスとでも言えばいいのかな? 僕が王族とか貴族とかの生まれだったらしっくりくるのかも知れないが、残念ながら平民出なもんでね。恭しい姿勢に対しての正しい接し方とか謎だし?
それに基本クールでいたい僕は常に理性的でありたいんだよ。
けれども、シャーロットに下手な言葉でそういう態度で来られると、阻止したはずの僕のダムの崩壊の危機が再び訪れることになる。
しかし、僕の理性と本能のせめぎあいなど、何処吹く風で彼女はつらつら飄々と答える。さも当然のことを告げるだけみたいに、そこに一分の迷いはない。
「私は貴方の為に消えると決めたの。それは貴方だけに尽くす存在だと言ってもいいわ。だったら、それは主従関係にあると言っても過言では無いと思うの。あとは…」
「あとは?」
「気分の問題ね。ノリよ」
さいですか。
分かるような分からないような、でもやっぱり解らないその理論。
例え幽霊だとしても女の子の気持ちは、一生僕には分からないってことなのか? 僕の限界はそこなのか?
だとすれば、僕が男女の恋の方程式の解を正しく導き出せる日は一体いつのことになるのかな?
永遠に来ないであろうその日に思いを馳せることを諦めたので、僕は議題を真面目なものへとシフトさせる。
「もういいよ、なんでも。好きに呼んでくれ。で、亜季子は何処だ?」
僕らが探しているのは、あの時シャーロットに会った僕以外の人物。
理から外れたものに、惹かれやすくなっているはずの女の子。
僕とわだかまりを残したままの幼なじみ。
僕がまだ消えるわけにはいかない理由の人物。
論理的に考えれば亜季子が絶対に彼に狙われるとは限らないのだけど、それでも彼女が狙われる気がした。
理屈じゃない。カタチのない漠然とした何かがそう告げている。
いわゆる第六感的なやつが僕に警告を促している。
僕的には彼女を助けるまで死んでも消えきれない。僕が在る内は守ってみせる。僕が消えたあとは……どうしようもないし、運命に任せるさ。神のみぞ知るってやつだよ。
「知らないから、こうして探しているの。そんなことも解らないの? 見た目の割に意外とオツムの出来がよろしくないのかしら、私の御主人様は」
おい露骨に深い溜息ついてんじゃないよ。随分な忠誠心だな。
でね。
「そう言えばさ、あと二つほど気になっているんだけど…」
「あら何でしょう? 雪人様」
妙に恭しい彼女の態度。完全に悪ノリしているな、僕の従属様は。
もういい。呼び方についてツッコむのはやめよう。話が全く進まない。
僕らが熱く議論すべきはそんなことじゃない。
「まず一つ目。色々教えてもらったけどさ、何でお前はそんなに色々な知識があるんだ?」
僕の置かれた状況、正体、能力、弱点。
僕が疑問に思ったこと、不思議に思ったことに彼女は基本的に迷いなく、すらすら回答した。
でもそれって何かおかしくないか?
「何の自慢にもならないけれど、私は死んでからそこそこ長いの。だから、幾らかの同族には出会ったし、所謂ゴーストバスター的な専門家にも出会った。そして、その全てが好戦的なわけではなかった」
それはそうだろうな。いくら理から外れていようとも、その全てが猟奇的なやつではないのだろう。いい奴もいれば悪い奴もいる。いかにも勤勉そうな名前の働きアリの中にも、一定数働いているようには見えないやつもいるらしいし。
僕が出会った幽霊は彼と君だけだけど、統計学的に見れば彼だけが少数派の猟奇的な性格破綻者だという可能性だってある。
「ってゴーストバスター? そんなの居るの? マジで?」
「或いはゴーストスイーパーとも呼べる者達」
いやいや流石に嘘だろ? マジでそんな職業が現存してんの?
幽霊退治を生業として生きる人間とかフィクション以外に見たことねぇよ。
「ひょっとして、ボディコンに身を包んだいい女とか、掃除機片手に追いかけるナードとか。或いは黒スーツにサングラスを掛けて記憶を消したりする人もいるのか?」
「ん? どういうこと?」
本気で首を傾げられるとこっちも困る。どうやら彼女は余りアニメや映画を嗜まないことは分かった。生前は結構お嬢様らしいし、大衆娯楽には触れてこなかったんだろう。
「いや、知らないならいいんだ。うん。質問に戻ろうよ」
「そんな割と温厚なものから聞いたの。なんか仙人みたいな佇まいを持つお爺さんにね。でも、それも又聞きらしいから、絶対に正しいとは言い切れないけれど…」
「マジョリティこそが常識で正解なんだろ?」
もし、その話がシャーロットだけの真実ではないのなら、異形と専門家達の過半数がそれを正しいと思っているのなら、それは民主主義的らしい『この世界』にとっての正解だ。
人間にもそれは当てはまることだけれど、例えそれが本来の意味とは異なった意味を持ったことわざの解釈が市民権を持ったりすることは、往々にしてよくある。『気の置けない間柄』とかね。それにしても理から外れた理屈じゃ説明できないもの達が、理屈に縛られているってのは結構滑稽で可笑しな話だね。
「あら、実は意外と賢かったのかしら」
しかして、コイツの中には本当に、僕に対する忠義があるのか?
果てしなくどうでもいい疑問だけど。気になるったらありゃしない!




