新入部員
双海高校の
「おい、お前ら届いたぞ。自分で注文したものくらい自分で運べよ。というより何で二つも注文したんだ?」
ある科学部
「えっ?そんなに頼んでませんよ~先生!」
「よし、みんな集まったか。」
ほとんど毎日各自自由活動の科学部に珍しく招集がかけられた。
「突然どうしたんですか歌川先輩。」
「実はお前らに伝えないといけないことが起きた。」
そして歌川先輩は机の上に積まれた二つの段ボールを指して、
「我々はうっかり間違えて3Dプリンターを二つも頼んでしまった。」
『…』
今さらっとこの人『我々』って言ったよ。これ注文したの歌川先輩なのに。確かこれを買った通販サイトって期限内に返品したら全額返金してくれたはずだし…。
「ということで俺らは二つも使わないから酒匂お前使うか?」
返品しないんだ…
「部品作るの、一つで充分。」
そりゃそうだわな。酒匂のいうことはもっともだうちの部で3Dプリンターを使うのはほとんどが酒匂になるだろうならばわざわざ二つも必要無いだろうし。
「自由に使ってもいいぞ、酒匂。」
「欲しい。」
結局もらうんだ…自由って何するんだよ。
「それと、3Dプリンターを余分に頼んでしまったから部費の無駄遣いは控えろよ。」
一瞬、視線がぼくらの方に集まった気がした。
「よし、それじゃぁ解散。」
しかしみんなすぐには解散しない。
「あのぉ、先輩。」
声を上げたのは笠燠だった。
「どうした、笠燠。」
「その娘はどなたですか?」
そう、みんなが疑問で解散出来なかったこと。それはごく自然にさも科学部員の一員であるかのように参加している少女のことだった。
「おっと忘れてた。彼女は細小々椛澄ちゃん、細小々生徒会長の妹さんだ。今日から入部する。」
普通にうちの部員だったらしい。というより普通忘れないでしょそんなこと。
「ということで取りあえず誰かこの部の説明をしてあげ…」
先輩が言い切るか言い切らないかの時にはみんな蜘蛛の子を散らすように去っていた。
「そうか、残ったのは桜田と笠燠だけか。そんじゃ細小々ちゃんを頼んだよ。」
こうして細小々は晴れて科学部員となったのだった。
「よろしく細小々さん、ぼくは桜田薫。そしてこちらが笠燠ほのか、どちらも理数科二年。」
「よろしく、細小々さん。」
「私、細小々椛澄…普通科二年よろしく…。」
身長はぼくより少し低いくらい。黒く長い髪で顔と体格からどこか幼さがにじみ出るこの少女はぼくらに聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声で答えた。
「うちには細小々さんを合わせると部員は九人だ。まず、あそこでパソコンをいじっているの女子が倉木りん、理数科一年。中学生にして日本情報オリンピック本選出場を果たしている。そしてあそこにいる歌川先輩と一緒に勉強している女子が小西千草、同じく理数科一年。この子も中学の頃日本数学オリンピックで本選進出。物理チャレンジでも本選へ行った強者だよ。」
細小々はこくこくと頷きながら聞いている。
「歌川先輩も得意なものは物理。昨年は物理オリンピック日本代表の最終選考まで残った。さらに科学グランプリでも本選進出で金賞を受賞した。そんな二人、いやっ歌川先輩を見つめているのが内海千尋先輩。昨年は日本生物オリンピックで本選金賞を受賞している。二年生はぼくらと後はそこで勉強している沢田遥人。彼は一昨年と昨年に化学グランプリ本選進出。そして工作室に籠っているのが酒匂睦ロボット制作が得意らしいがもうレベルが分からない。」
一通り部員を説明し終わると細小々は数回頷くと
「覚えた…。」
「はやっ…」
「本当!」
一見コミュニケーション能力は低めなのかと思たけど案外高いのかもしれないな。
「僕を除くとこの科学部は一癖も二癖もあるような連中ばかりだから疲れちゃうかもしれないけどよろしくね。」
その言葉に少女は黙って頷いた。
「ちょっと、なんで天才に私が含まれるのよ。それと私の一癖って何よ。」
「まず、研究発表会で数多くの賞を受賞していること。一癖はそうやってすぐつっかかってくること。」
「別に研究発表で賞って言ったって桜田君も一緒に行って発表しているわけだから賞の数だって一つか二つ私が多いだけでしょ。あと、すぐつっかかるって…別につっかかっとる訳やなくて、ただ…ちょっと…気になってただけじゃん…」
というと顔が急に真っ赤になった。そんなに怒るようなことを言ったつもりはないんだけどな。
くいっくいっ
服を引っ張られてそちらの方を見ると細小々が捨てられた小犬のようにこちらを見ていた。
「えっ、どうしたの細小々さん…。」
「私は…、何をすればいいの?」
我が双海高校科学部においてほとんど決まった活動なんてない。ただ暇で個性抜群の部員がここ生物教室にたむろしているだけなのだ。なので説明に困っていると、
「はっはっは、なかなかに鋭い質問だねぇ。後輩に何か難しい質問をされて困っている桜田君のざまはまさに師匠と弟子の関係だねっ。」
「内海先輩、細小々はぼくの後輩じゃなくて同学年ですから。」
「私…師匠?」
「違うよ違う違う椛澄ちゃん、桜田君が師匠で椛澄ちゃんが弟子だよぉ。弟子は大抵師匠に難しい問いをして困らせるものだよ。あとうちには決まった活動なんてないすぐ帰ってもいいしだらだらしていても勉強してもいい自由な部だよっ。」
どうやら内海先輩と僕の間では子弟観に齟齬があるらしい。
「私弟子…薫師匠…。」
そうか、ぼくが師匠か。新しくぼくに弟子が…って待てよ今細小々何て?
「ちょっちょっちょ、桜田君と細小々さんって下の名前で呼び合う仲に…いつの間にっそんな関係に…、ちょ待って、えっ。」
「おい、落ち着け笠燠、お前事の一部始終見ていただろ。いつの間にも何も全然そんな話になる脈絡無かっただろ。」
「薫、ダメ?」
細小々が質問してくるそんな光景を内海先輩はニヤニヤしながら見ている。
「青春だねぇ、私もしてみたいよぉ。」
「黙っててください先輩、あと細小々、薫はダメだ。」
「かおり?」
「読み方を変えろと言ったわけじゃない、女子みたいじゃないか。」
「薫製?」
「調理するな。」
「おいしそう…」
「運動してる訳じゃないから筋肉もついてないしただ痩せてるだけのぼくを食べても美味しくないから。」
「薫」
「すっげぇキラキラしてるな!」
「じゃぁ…」
そうためると細小々は自信ありげに
「師匠!」
その目はご褒美を期待する小犬のごとく輝いていたが、
「だめ。もう薫でいいよ。」
こうして細小々の入った新科学部の活動は始まったのだった。