最強の男
エネルギー過多といわれて数世紀。人類は第6次産業革命を迎え、もはやとどまるところを知らず、寧ろブレーキしてくれればいいのにと思う。私の職場であるかつて港町呼ばれた街も、その荒波にすっかり飲まれてしまっている。震度10にも耐えうるとされるセメントで固められた高層ビルを並べては超防災都市を訴え、100m区間に一つずつ10ヶ国語翻訳可能な固定電子辞書を配備し国際都市をアピールしている。他の都市に負けぬよう都市開発を進めた努力が、いやらしいほどに見える。これほどまでに進歩した街では、人間の欲望が肥大になるのが必然だ。そして、そのブレーキ役として私の仕事が増えるのもまた悩ましい必然なのだ。兵庫県警察庁所属、警察特殊部隊、部隊長白洲健。これが私の肩書きだが、肩書きを背負う以上はそれなりの仕事をしなければならないのだろうか。
「こんなグダる気温で取引とは、律儀なお方ですね……こっちはいい迷惑ですよ」
慣れてしまった愚痴を事も無げに吐く。悩みの種は、望遠ゴーグル越しに映る青と白のボーダーTシャツにヨレヨレのジーンズを男だ。名前は、国本仁次。資料を読む限り不幸の看板を背負っているような人物だ。元厚労省の職員でありながら、度重なるクレーム対応と上司のパワハラにより心身ともに疲弊。疲れ切った彼が歓楽街に赴いたところ、あまりの疲弊ぶりに「ヤッている人」と思われ、麻薬売人から取引交渉を受ける。酒も入っていたらしく、酔った勢いで使用したのが運のつきで、約4か月間ですっかり薬のとりこになってしまった。タレコミは近所の初老の女性。毎朝律儀にゴミ掃除しながら挨拶をしていた国本だったが、4月に入ってから掃除もせず会っても「あー、どうも」としか言わなくなったことで、おかしいと感じたらしい。ご近所付き合いに誠実すぎた故に、犯罪がばれるとか善人だか悪人だか。
ちなみに、もう国本がヤッていることについて裏は取れている。自宅のカーテンの隙間から注射器らしきものが見えたのを、捜査員が確認している。私は、決定的な取引現場と売人の両得を抑えるために高層ビル最上階から炎天下にさらされながら、こうして国本の動向を追っているというわけだ。
トゥルルル
右手につけている手袋型通信機器から着信音が鳴る。どうやら同じ悩みを抱えた部下から、報告が届いたようだ。私が指揮を執る警察特殊部隊の部下、谷崎清純からの報告だ。
≪こちら谷崎。裁判所に念のために令状をもらった。もうどんな形であろうと、逮捕できるぞ≫
≪わかりました。では、さっそく久慈さんにお伝えしておきます≫
≪え・・・・・・・・あいつ出していいのか?派手な逮捕劇になると、麻薬取引自体が御釈迦になるぞ≫
≪大丈夫ですよ。実は、また新しい麻薬探知機が発明されましてね。その探知機によると、半径500mにおける高濃度の麻薬の匂いをかぎ分けるそうなんです。しかも密封した麻薬ですら探知可能。どんな鼻を持っているんだか≫
≪そりゃまたすごい新発明で≫
≪とにかくこれで探知したところ、国本と取引相手と思しき人物のカバンのみに反応あり。売人の方にも共犯はいません。だから、久慈さんの馬鹿力で取引相手ともども一網打尽にしようってことです≫
≪なるほど。それなら俺は遅めの昼餉に行っても大丈夫かな、部隊長殿?≫
≪どうぞ。寧ろ離れてくださいな≫
≪つれないねぇ。じゃあ、結果報告だけよろしく≫
プツッ
緊張感ないことこの上ない。しかし、今回については仕方ないのだ。なんせあの久慈頼人のご登場ときたもんだ。手袋型通信機器に「警察特殊部隊、久慈頼人につないでくれ」と命令する。
【命令承りました。警察特殊部隊、久慈頼人にアクセスします】
ナレーションの次にピッという短いクリック音が鳴ったら、アクセス完了の合図だ。
≪久慈さん、お仕事です≫
淡々と部隊長として命令する。
≪ヌフォフォオオオ!!待っていましたよ、部隊長殿!!わたくしずっと!ずぅ~~っと!!『アイドルライバー』の天宮詩乃夏ちゃんのスカートを見ながら、蓄電していたというのに!!全然現場に出してくれないのですから、漏電しないかヒヤヒヤもので!!≫
≪久慈さん、声大きい。そりゃ私も貴方を現場に出したい気持ちはありますよ?けれど、貴方の力量は私の手に余るんですよ≫
≪いやいやいやいやいや、部隊長殿!!!貴方が命令してくれるからこそ、わたくしは自由奔放に戦えるのです!!この前だって、高層ビル2つ一部損壊してしまいましたが、部隊長殿が正当防衛であると丁稚あげを!!≫
≪久慈さん、それくらいで!!とにかく、今は逮捕です逮捕。海岸通りの税関跡地に麻薬取引の容疑者がいます。最新型の麻薬探知機で調べたところ共犯無し。個人で活動しているところを考えると、相手はかなりの手練れです。気づかれる前に、貴方の力で一気に押さえつけていただきたい≫
≪お任せあれ!!≫
≪では、より詳細な容疑者の容姿と現在位置を送りますので、1分で片づけてください≫
≪はっ!!≫
プツッ
アイドルライバーのみならず、あらゆる萌えアニメ文化の愛を垂れ流し続けるこの男こそ日本最強の武人、久慈頼人その人である。彼一人で訓練に訓練を重ねた自衛隊を一網打尽にできる力量があると言われている。ならば、防衛省にでも入るべきなのだが、国防という大きな仕事ではアニメ視聴の時間が取れないといって、この地方の警察部隊に配属した。私の部下、谷崎清純曰く「あまりにもふざけた奴」。それでも彼は最強の男なのだ。
ドゴオオオオオン
私は今、容疑者がいる場所から400m離れた高層ビルの最上階にいる。それでも、目の前に落ちたようにハッキリと見える強烈な雷鳴は間違いなく久慈頼人だ。時計を見ると、まだ30秒も経っていない。確か久慈頼人はアニメ視聴のために10㎞離れた自宅で待機していた筈だが。彼を最強足らしめているもの、それは血流の勢いでタービンを回す血流発電機、通称BFG(Blood flow Generater) 以外の何物でもない。上腕二頭筋に軽く注射するチップ上の装置なのだが、このチップをはめ込むだけで、通常時でも電気自動車1日フル稼働の電力が賄える優れものだ。
何を隠そう、このBFGこそ第6次産業革命の幕開けだった。効率的かつ恒常的に発電を行うことができ、また汎用性に優れていることから軍需産業として流行るのは最早当然のことだった。脊髄に埋め込んでいるICチップにより運動神経の限界突破、蓄電を挟んでの高電圧の雷撃、電気バリアを駆使しロケットレベルのGに耐えられることで可能となった超高速移動。人間が一つの兵器になる要素盛り沢山の夢の装置。そんなBFGを効率的に使うには、端的に高血圧の人間が最も相応しい。そう、久慈頼人とは、常に汗をかいている肥満体であり、二次元のどんなエロスにも異常に興奮できる血圧最高位の男、最強のBFG使いなのだ。
トゥルルル
《はい、こちら部た……》
≪ミッション、コンプリィィィィィト!!!≫
≪……久慈さん、見りゃ分かりますよ。また派手にやってくれましたね≫
この落ち着きのないアニメオタクを含め、私が指揮する警察特殊部隊はBFGのスペシャリストなのだ。別名、興奮部隊。そんな部隊長を務める私だが、さてどうしたものか。とにかく血圧上がりっぱなしのずいぶんと疲れる私の部隊の話が、私の個人的な愚痴話が、始まる。始まってしまうのだ。