098.国境越え大作戦~国境越え~
「ルベス、この旅商人さんたちは少々急いでるらしい。だからあんまり時間をかけないでおいてあげてくれ」
そう言ってきたのは、先ほどの警備兵だった。
「たぶんだけど、この人たちの中に貴族がいるんだろうよ。俺達末端の警備兵ですら最近は貴族たちの失踪事件については色々噂してんだ。…そうだろ?」
彼の最後の言葉はこちらに対してのものだった。
それについて一行はうんともすんとも言わなかった。
「沈黙するってことはそういうことだろ?俺もプロの警備兵だからそれぐらいの事情の予測はつく。消えるのが嫌でここまで逃げてくる貴族も最近は多いからな。安心しな。エルベス王国もクロリア王国の貴族の失踪については秘密裏に調査を進めてくれてるらしいからな。ま、ただの噂だけどよ」
彼は最後にはニカっと笑ってその場を去って行った。
「そうだったのですか。クロリア王国の貴族の事情については存じ上げています。私はエルベス王国の貴族ですが、国は違えど同じ貴族たちがただならぬ状況で困っているのを見過ごすわけにも行きません。わかりました。そういうことなら一人ひとりでは時間がかかりすぎますので、手短に済ませますね」
警備兵の助言のおかげで検査を甘くすることができた。
ありがとう警備兵さん。さっきは驚かせてごめんね。
ルベスは全員に顔が見える状態にしておくことを指示した。
そして順々に見回っていく。
まずはハティ。
「よろしい」
次にテリーヌ。
「よろしい」
続いてリュック。
「…よろしい。…ご苦労様です」
ルベスの労いの言葉にリュックは心底疲れたように頷いた。
その次はクラッチ。
「…よろしい。あなたも大変ですね」
「わかってくれるか?わかってくれるか!」
理解者を得たりとクラッチはルベスと握手をするとぶんぶん腕を振った。
ルベスはじゃっかん迷惑そうだ。
気を取り直してメリーとアリス。
「お二人ともよろしい」
そして隣のオズ。
「よろしい。…お辛くはありませんか?」
「何も言うて下さるな。私の尊厳はとうの昔にはぎとられてしまった」
哀愁漂うオズ。いつものダンディな雰囲気がまるでない。
ルベスは外にいるメンバーを一通りチェックすると、荷物の検査に移ろうとした。
だがそこでオズが彼を止める。
「お待ち下さい。実は私たちの旅の仲間はこれだけではありません。彼…今は彼女と言うべきか…その人の馬車の中にまだたくさん仲間がいるのです」
わざわざハイルたちの存在を教えてしまったオズに、リュックは慌てた視線を送る。
だが、オズは堂々と言い放つ。
「私たちは何も悪いことはしておりません。ですが、何もお伝えしないまま荷台のチェックの最中に人がいたとなれば、まるで隠しているように思われてしまうでしょう?」
「教えていただきありがとうございます。ここは私からもうお仲間はいないかお尋ねしなければなりませんでしたね。失敬しました」
ルベスはオズに向かって軽く頭を下げる。
彼らのやり取りを聞いて他のメンバーも納得し、オズに感謝の視線を送る。
「では、そちらの馬車の幕を開けていただけますか?」
リュックは意を決して幕を開けた。
馬車の中にいた者たちは突然の眩い光に目を細める。
「おや。これは思ったよりたくさんいらっしゃいますね。外でのやり取りの声は聞こえていたと思います。すみませんが、私に顔をよく見せて下さいますか?」
クロロたちは一斉に帽子を取ったり、前髪を上げたりして顔を見せる。
「…うん?少々お待ち下さい」
ルベスは心の中に何か引っ掛かりを覚えた。
彼の言葉に馬車の中のメンバーは戦々恐々となった。
全員顔にはなるべく出さないようにしているが、バレたかという思いでいっぱいだ。
ルベスは一人ひとりの顔をじーっくり見た。そして…
「もしやあなたは?」
と言ってクロロの前で視線を止める。
クロロは『およ?』っと思いながら首を傾げた。なんだ、なんでこっちを見るんだ?ハイルたちのことがバレたんじゃないの?
「やっぱり。クリリ街で人さらいに攫われていた…確か名前はクロロさんでしたか?」
その台詞にクロロはハッとなった。
(しまったー!普通に女装が楽しくて、ルベスさんと顔を合わすことが思いっきり抜けてたー!)
「そ…そうです!本日はお日柄もよく!絶好にアツソウですね!こんな日はツメタソウに限る!」
クロロは自分でも何を言っているのかわからなくなった。テンパりすぎた。
「???まあ、お元気そうで何よりです。ですが、どうしてあなたがここに?」
「私はエルベス王国に行きたいんです。それで不思議な洞穴がたくさん開いてる渓谷を見に行くの!」
クロロは自分の本来の目的を正直に言った。
「もしやそれは『霧隠れの谷』のことですか?…私はあそこはあまりお勧めできませんね。そこに足を踏み入れた者はいつの間にかどこかへ飛ばされるという話を耳にしたことがあります。そして、彼らは運が良ければ何か月何年後かにエルベス王国に戻ってこれる場合もあるそうですが、そうでない場合の方が多い。か弱い女性が行くには危険すぎる場所です」
ルベスが親切にも注意をしてくれる。
「いいんです!私が行きたいだけだから!それに危ないと思ったら戻って来るし、どこかにランダムで飛ばされるなんて面白そう!」
なんとも呑気な意見である。
「そうですが。貴女の人生です。私がとやかく言うことはできませんが…。ところで一緒に馬車に乗っている女性たちはお仲間ですか?」
クロロはどっきーんと心臓を刎ねさせたが何とか答える。
「そ、そうです。この旅で知り合った友達たちです。皆いい子ですよー!」
クロロは嫌な汗をたくさんかいているが、幸い馬車の中は少々薄暗いので目立たない。
ルベスは再び全員をじーっと見たが満足してひとつ頷いた。
「よろしい。こちらは女性たちばかりのようですし、私の探し人はいらっしゃらないようです。お手数をおかけしました。…それにしても今どき女性たちがこれだけ多い集団も珍しいですが…まあ、こういうときもあるのでしょう」
彼は軽く頭を下げて馬車から離れていく。
全員がほーっと胸をなで降ろした。
外ではルベスがほかの馬車の中の荷物を点検する声が聞こえたが、やがてそれも消えた。
「皆さん。私たちが見たところおかしな物や人は見当たりませんでした。どうぞ国境を越えて下さい。エルベス王国は緑と草原の国です。クロリア王国が古き良き国なのとは対照的に、現代的で常に最新を追い求めています。それでは良き旅を!」
ルベス一行は大きく手を振って一行を見送ってくれた。
皆、それに合わせて手を振ったが内心は罪悪感の塊だ。
(((丁寧に対応してくれたのに騙してしまった…)))
彼が権力を笠に横暴な振る舞いをする人物ならまだよかったのに、なまじ親切な対応と見送りまでされると、土下座して謝りたくなる。
ショルなどは
「今からルベスさんに謝ってここに探し人がいるって言っちゃおうかしら」
などと言っている。それに対し、ハイルとギルとマジョリカは
「やめて下さい」
と頭を下げるしかなかった。
そんな一行はなんだかんだとトラブルだらけだったが、なんとか目的の国境越えを果たしたのである。




