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096.国境越え大作戦~神化教の実情~

「じゃあ、最初の質問よ。あなたちはどうして貴族を攫うの?」

 ショルがいきなり確信に触れる。

 その質問にはカイチョが答えた。

「そりゃ、この国に二度目の神の降臨を促すためだ。この国に古い貴族がたくさんいるから、新しい神様が降りて来られないんだ。だから、貴族たちには一時的にクロリア王国から出て行ってもらって、神の降臨があったら、今度は一般人としてこの国に戻ってきてもらう予定なんだよ」

 彼の回答はこちらの予想の斜め上をいっていた。

「なんですって?一時的にクロリア王国から出て行ってもらうって…?じゃあ、今まで攫った貴族たちはどこにいるのよ?」

 ショルがもっともなことを言う。

「クロリア王国とルチェル王国の国境付近だ。そこに今クロリア王国の貴族たちだけを集めた村を作ってるんだ。そこにみんないるはずだぜ」

 その言葉にショルは眉をひそめる。

「はずってどういうこと?あなた達はその場所を見たことがないの?」

「ああ。俺達の仕事は、その村以外に行こうとしている貴族を捕まえて、輸送隊に渡すだけだからな。それ以降のことは実際に見たことはない。だけど、神化教の人たちは皆いい人たちなんだ。なんせクロリア様の二度目の降臨を本気で考えてるからな」

 カイチョの台詞に同意するように、他の兄弟たちも頷く。

「私たちは都会に出てショックだったんだよ。コモン村ではあれだけ敬わられてた神殿とクロリア様が、すごく軽く扱われてることに」

「そうそう。そんなときに神化教の人たちに声をかけられてさ。神様のことを真剣に考えてる俺達は見どころがあるって言って仲間にしてくれたんだよな」

「実際路銀も尽きてたから助かったのなんのって~」

「クロリア様にはもう一度戻って来てほしいしさー」

 案外まともな理由で神化教に入ったようだ。

 クロリア様の扱いに関してはクロロもちょっとどうかと思っていたので、彼らの気持ちはわかった。

「じゃあ、なんで強引に攫ったりなんかしてるの?そんな真っ当な理由があるなら、話し合いで解決すればいいじゃない。いきなり攫われたり、家族を失う方の気持ちも考えなさいよ!」

 憤りを込めた声でショルは彼らに詰め寄った。

 彼女の迫力に少々恐れをなしたのか、カイチョはフクカイに説明係を譲った。

「っ…。さ、最初は神化教も話し合いをしようとしたらしい。だが、貴族たちは自分たちが貴族の地位を失うかもしれないということから保身に走り、全く聞く耳持たなかったそうだ。だから仕方なく強硬手段に出ることにしたのだ」

 ショルは少し言葉に詰まり、そこから何か言おうとしたが、自分の考えがまとまらないのか黙ってしまった。

 その隙に今度はアリスが質問をする。

「それなら、なんであなた達は貴族以外の人も攫おうとするの?私たちは貴族でないけれど、幾度となくおかしな人たちから奇襲を受けたりしたわよ?」

 すると、美女が大好きカイケイが話し出す。

「そりゃ、あれだよ。貴族村で働く人材を集めてたんだ。あの村のことは秘密らしくて、外に漏らされたら貴族たちに警戒されちまうからな。旅人や旅商人なら急にいなくなっても、あんまりしつこく捜索されたりしないからな。大丈夫。貴族村では皆結構楽しくやっていけてるって聞いてるから」

 カイケイはとびきり下心のある笑顔をアリスに向けた。

 と、思ったらその後ろに控えてるクラッチ宛だったようだ。

 先ほどの筋肉美の女性とはクラッチのことを指していたらしい。

 女装中のクラッチはまさか男からそんな顔をされるとは思っていなかったらしく、ぞわぞわっと全身に鳥肌を立てると、テリーヌの後ろに回り込みブルブルと震えだした。

 その様子がまたよかったのか、カイケイは彼に向かって無意識に舌舐めずりをした。

 その辺だけ、カオスな空間が広がっている。

 だが、そんな様子に怯むことなくアリスの尋問は続く。

「さっきから聞いてると、あなたたち自身では本当に攫った人間たちはそういった対応をされているって確認したことはないのよね?…ねぇ、本当にそんな風にうまくいっていると思っているの?」

「どういうことだ?」

 カイチョが首を傾げる。

「貴族は貴族村へ。貴族以外の人を攫った場合はその村で働く人材に。…本当にそうかしら?貴族たちも馬鹿ではないわ。いきなり知らない村に連れていかれて、さあそこで生活しなさいと言われて、大人しく受け入れるとは到底思えないわ。それにあなた達のやり方はともかく、ここまで来るのに襲い掛かってきた人たちは皆、こちらが傷ついても構わないような襲い方をしてきたわよ。働く人材とするなら、五体満足でないといけないのに…」

 実際に襲われ続けたアリスの言葉に息をのむ兄弟たち。

 するとそこに低い声の大柄な美女3人組が現れた。

「えっ?あれ?…あんたたち一体どこにいたんだ?さっきは見当たらなかったが…?」

 カイケイは頭の上に「???」をたくさん浮かべた。

「うぉっほん…。今はそんなことはどうでもいい…。いいか、お前たちが言う村は存在しない。ルチェル王国とクロリア王国の間には蜃気楼の国境があるのみだ。あそこは常に濃い蜃気楼が見えている。正確な地形が見えるのはごく限られた場所だけだ。酷い時には数歩先に別の風景が見えることもある。そんなところで生活するのはまず不可能だろう。俺はそこに何度か足を運んで実際にみたことがあるから断言できる」

 声の主はハイルだった。

「そ…、そんな…?じゃあ、僕たち騙されてたってこと?」

 ショキが唖然とした声を上げる。

「じゃあ、僕たちが今まで攫った人たちは本当はどうなったの?」

「それはわからん。だが、貴族だった場合は無事では済まないはずだ。俺は彼らの末路を見たことがあるからな…」

 ハイルは苦々しい顔で答える。

 騙されているかもしれないとショックを受けている彼らに、とてもじゃないが生血のことは話せなかったのだ。

「た…大変だ!早く『聖女会』の連中にもこのことを知らせなくては!」

 カイチョが慌てるあまり、縛られているのも忘れて立ち上がろうとする。

 だが、そのせいでバランスが崩れ兄弟たちは団子になる。

「う…重たい…。皆どいてくれ!」

「兄さんが急に動くからじゃないか!ちょっとあんまりひっつっくな!」

「俺だって好きで引っ付いてないわ!」

「うわーん。どきたくても動きたくても足が地につかないよー」

「同じく~」

 兄弟団子はプチパニックだ。


 先ほどからしばらく考え込んでいたショルだが、兄弟団子の前に行き尋ねる。

「ねえ、あなたたちにお願いがあるの。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、一度その貴族村というのが本当にあるのか確かめて来てほしいの。それでその結果を教えてくれない?」

「こ…この状況で聞かれても困る…。うぅぅ…く、苦しい…」

 下敷きになっているカイチョはほぼ虫の息だ。

「もし、してくれるなら、今回は見逃してあげるし、助けてあげるわ。どうする?」

 何気にショルのやり方がエグい。

「や…やる。やるから、助けてくれ…ぐふり…」

 そろそろカイチョは虫の息だ。

「やった。ありがとう。…リュック、じゃなかったリュッ子。この縄を切ってあげて」

「いいのか?」

「うん。なんだか話だけ聞いていたらこの人たちそんなに悪い人たちじゃないのかもしれないと思って。田舎から出てきて、うっかり騙されてしまっただけっていうこともあり得そうだし。本当は私自身が直接その貴族村に行って真相を確かめたいけど、さすがに命がけでここまで連れてきておいてもらってそれはできないわ」

 リュッ子はその言い分に納得して彼らの縄を切った。

 とたんバラバラになった兄弟たちは「ぐえぐえ」言いながら地面に転がる。

「さっきのことは約束よ。絶対よ。あなた達のことを信じてるから。私たちはエルベス王国の王都手前の『フェブック』という街で商売を始める予定よ。調査の結果は手紙で送ってちょうだいね。『聖斗会』役員のあなた達の働きに大いに期待します」

 よろよろと立ちあがりながら、兄弟たちは顔を見合わせる。

「いいだろう。あんたたちの話を聞いて、初めて俺達も神化教を客観的に見ることができた気がする。今までは盲目的に信じてたけど、ちゃんと本当のところを確認してみる。でないと、ずっとこのモヤモヤした気持ちのままだからな」

「エルベス王国の『フェブック』ですね。覚えました。…この胸のトキメキに賭けて」

「ま、もしかしたらそこにも俺を待っている女性がいるかもしれないし、いっちょ行ってみるか。そんでその報告を口実に『聖女会』の子たちとも仲良くなろう!」

「お兄ちゃんたちが行くなら僕も行くー」

「僕だけ置いて行かれるなんていやだ!僕だって行くからね!」


 こうして『聖斗会』たちは新たな旅に出たのだった。


 さて、少々トラブルはあったが次はとうとう国境越えだ。


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