094.国境越え大作戦~とある賊の受難2~
【フクカイの場合】
フクカイはカイチョが馬車の女性に向かっていったのを尻目に、自分は乗馬中の女性に近づいて行った。
現在この集団にいるのは、目に見える範囲だけで7人だ。
そのうちの3人は大柄で変装した男性のように見える。見た目はかなり美しいが…。
さらに別の2人は20代ぐらいで、大変グラマラスな身体つきだ。
すると自然と残り2人のどちらかがターゲットであるとフクカイは考えた。
馬車を操っている方に対しては、先ほどカイチョが向かって行ったのが見えたので、自分はもう1人、乗馬中の彼女のところに向かったのだ。
「やあ。お嬢さん初めまして。私はフクカイと言います。あなたのお名前は?」
フクカイは大変胡散臭い笑みを浮かべながら自己紹介をする。
「はじめまして。私はメリーっていうの。短い間だけどよろしくね。…でも、あなたなんでそんな顔をしてるの?なんか笑顔が変だよ。胡散臭いよ?」
メリーと名乗った女性は、初対面にも関わらずフクカイの笑顔に強烈なダメだしをする。
普段客商売をしている彼女は、本来であれば初対面でこんな失礼なことを言わないのだが、本当に呆れるぐらい胡散臭い笑みだったので、ついつい本音が出てしまったのだ。
どれぐらい胡散臭いかというと、いきなり自宅に高価なツボを売りつけに来る変な営業のおじさんくらい胡散臭い。何か企んでます感がすごい。
「なっ…。そんな…。私の完璧な笑顔を見破るとは…。どうして分かった。私が心の闇を抱えていることに…。だがしかし、なんだろうな…この清々しい気分は…。私はもしかしたら誰かにこの気持ちを知ってほしかったのかもしれない。笑顔という名のバリアを抜けて、私のむき出しの心に触れてくれたのは貴女が初めてだ…」
フクカイは熱い目線をメリーに送る。
一方のメリーはちょっと彼の言っている意味がわからなかった。
あんだけ企み顔をされたら誰でも突っ込んでしまうと思うし、目の前の人物の心の闇とか正直どうでもいいし、何のことかよくわからない。むき出しの心ってなんだ?
メリーが混乱しているのにも気づかず、フクカイは少々強引に彼女の手を握る。
「貴女と2人きりで少し話がしたい。ちょっといいか?」
先ほどまでのクールな印象とは裏腹に、馬上のメリーに向かって上目使い&潤んだ瞳を炸裂させる。
大抵の女性はそのギャップで落ちる。
メリーは無言で馬を降りて、彼の目の前に立つ。
「ああ…ありがとう。この私の心を動かした貴女と話せるなんて夢見たっぐふぅっ!!」
フクカイは突然心臓を両手で押さえて前かがみで蹲る。
「がっ…、はっ…。一体何が…。し、心臓にいきなり衝撃がっ…ま、ま、ま…まさか…、こっ、これは…こ、こ、こ…恋!?ぐふ…」
フクカイはそのまま倒れて動かなくなった。本当に短い付き合いだった。
「…こいつは一体何者なんだろう。とりあえず、油断してたから心臓付近に掌底をくらわせといたけど…。あれだけの衝撃を受けて、こんだけ喋れるって結構な精神力だね。…変な人だったけど、そこんとこ感心するよ」
【カイケイの場合】
カイケイは最初からターゲットを1人に絞っていた。
有力候補の女性たちには、他のメンバーが向かっているし、今回は自分が出るまでもないだろう。
それならば、自分の好みの女性を口説き落として、熱い夜を過ごしても罰はあたるまい。
カイケイは遊び人風を装っているが、実際のところ本当に遊び人だった。
ストライクゾーンが大変大きく、女性と見ればすぐに口説きに行く。
そんな彼は、今回ちょうどお付き合いしてみたい女性がいたので、迷わずその人のところに近づいて行った。
「はじめまして。俺はカイケイ。旅人さ。あなたはなんて名前なんだい?」
「いっ!?わ、私かね…?いや、ええっと…私は…お、オズリーで、です…わ」
カイケイが話しかけたのは、先ほどカイチョが候補から外した女性の1人であった。
女性にしては大柄だし、30代後半ぐらいに見えた。
明らかにターゲットの特徴とは異なるが、少しくたびれた幸薄そうな雰囲気が気に入ってしまった。
最近はあまりこういった人とお近づきになっていなかたので、これ幸いとアタックし始める。
「オズリーか。素敵な名前じゃないか。どうだい?今晩俺と熱い夜を過ごしてみないかい?」
カイケイは馴れ馴れしく、彼女の肩に腕を回す。
(ふふん。こういった年上の女性には周りくどい言い方よりも、ストレートの方が上手くいったりするんだな、これが。…おーおー困ってる、困ってる。そんなところも魅力的だよオズリーちゃん)
肩に置かれた腕を身ながら、オロオロしているオズリー。
カイケイは思わず跪いて、彼女の手にキスを送る。
そして、その瞬間彼の意識は途切れた。
「はー…はー…。思わず気絶させてしまった。長年生きているが、ここまでゾッとしたのは初めてだ。…誇りに思うがよい。私にここまで得体のしれない恐怖を植え付けたのは貴殿が初めてだ」
オズリーは彼を気絶させた手刀を構えたまま、仁王立ちで呟いた。
【ショキとサブショの場合】
彼らは双子の兄弟だ。
いつもいつでも何をするのでも一緒だった。
彼らは馬車の中が怪しいと思っていた。
みんなはすでに目に入っている人たちから、ターゲットを探そうとしているが、もし自分たちが同じ立場なら、そういった大切な人物はもっと人目に付かないように隠すと思うからだ。
彼らはいそいそとリュッ子と名乗った人物が操る馬車に近づく。
「ねえねえ、リュッ子さん。僕たち馬車の中を見たいんだけどいいよね~?」
「いいよねー?何を売ってるのか気になっちゃって!」
「えっ?あ、ちょっと君たち!」
リュッ子の声を無視して、彼らは馬車の後ろに周りこみ、無断で幕を上げた。
するとそこには5人もの女性たちが所狭しと座っていた。
「ビンゴだ!」と彼らは内心ガッツポーズをとる。
「あれれ~?リュッ子さん、ここに女性たちがいるよ?」
「ほんとだ、ほんとだー。もしかしてリュッ子さんが売ってるのって女の人なの?」
双子がニヤニヤと腹黒そうな表情で見つけた女性たちを見渡す。
全員が女性としては平均的な身長かそれ以下のように見える。
ふむ。外にいる連中よりもターゲットの特徴に近い人物たちが多い。
これは他のメンバーにも応援を要請した方が良いかもしれない。
「せっかく、こんなに可愛らしい女性たちがいっぱいいるから、僕みんなを呼んで来ようかな~。ご挨拶しなくっちゃ」
「そうだね、そうしよー」
そう言って彼らが馬車から離れようとすると、中にいた一番小柄で一番派手な装いをした女性が立ち上がった。
「ほーっほっほっほ!よく来たわね、あなた達!私の名前はクロロ!どう?この高貴な衣装!どう?この素敵な扇子!どう?このキラキラのドレス!素敵でしょー!」
狭い馬車の中から一歩出てきて、自分の服装をこれでもかというほど見せてくる。
くるくる回りながら楽しそうに笑っていることから、普段はあまりこういった服を着なれていないのかもしれない。
「このふわふわのスカートがポイントなの!ほら、回るとふわーってなって可愛い!でね、でね、この髪型も見てよ!私みたいに短い髪でも、こんなに可愛く盛れるんだよ!」
普段仲間内ではテンションが高いと言われる双子だったが、目の前の女性には敵わなかった。
よほど今日の衣装が気に入ったのか、ずっとくるくるしている。
(ねえサブショ、この着なれてない感…。この子小さいけど、男の子なんじゃないかなぁ~)
(僕もそう思うよ。きっと可愛いものとか好きなのに、男の子だから着れなくて我慢してたんじゃないかな…)
2人は目だけで会話をした。さすがの双子である。
クロロの興奮がとりあえずはひと段落したとき、ショキはポンっと彼の肩に手を置いた。
「今のうちにたくさんはしゃいでおくんだよ。たぶん着れるのはこれっきりだからね。…君、男の子だろう?…いや、皆まで言わなくていいよ。その気持ちは察するよ…」
となりではサブショがうんうんと頷いている。
だが、それを聞いたクロロは唖然と口を開いている。
「それなりにうまく化けてるつもりかもしれないけど、うん。態度を見ればわかるよ。君はちょっと浮かれた男の子だね?」
サブショが畳みかけるように言う。
すると、先ほどまでテンション高めのクロロだったが目に見えて落ち込んだ。
元気がなくなってしまった。
「さてさて、ねぇ君たち。僕らの仲間を紹介したいから一度外に出てくれない?」
ショキはクロロのお迎えに座っていた女性に話しかける。
「えっ…、いや、その…」
何故かオロオロとしだす女性。
これはもしや…?
「ねえ、ちょっとくらいいいじゃない。挨拶だけだよ」
「い、いえ…私は結構です…」
「そんなこと言わずにさぁ」
ショキとサブショがさりげなく彼女の左右を固めて逃げられないようにする。
そして自然を装って、彼女の髪を強めに引っ張った。
すると、髪の毛がずるりと動き、足元に落ちてしまった。
「あっ!」
彼女は慌てて頭に手をやるが時すでに遅し。
被っていたカツラは完全に取れてしまった。
そしてカツラの下から出てきたのはショートカットの黒髪だった。
(う~ん?ターゲットは肩までの髪だって言ってたけど、この子は短いなぁ。この子じゃないのかなぁ?)
(うーん。だけど一応気絶させて連れ去ろうよ。きっと何かの役に立つし)
「わあ!君、その短い髪の方が似合ってるよ!」
「本当だ!ちょっとビックリしたけど、素敵な髪じゃない!ねぇ、ここじゃ暗いし、もっと明るい場所で見せてよ」
2人は少し強引だが、彼女を馬車から出そうとする。
そのあたりになって、やっと復活したクロロが双子の頭を左右の手でいきなり鷲掴みにする。
「キャー!何するの!?」
「キャ~!何するの!?」
クロロは無言で二人を馬車から引き離した。
そしてそのまま、掴んだ頭をそこいらの木にぶつけて、彼らを気絶させた。
「なんって失礼な奴らだ!天誅!」
パンパンと手の誇りをとりながら、クロロはじゃっかん怒りの籠った目で伸びている双子を見た。




