092.国境越え大作戦~男たちの受難~
「だ、断固反対だ!」
「それは…、だいぶ無茶だろう…。やめよう、やめるべきだ」
「なんってこと言うんだ!あんた正気か!?」
「その作戦には私も入っているのか!?や、やめてくれ!」
メリーの提案を聞いたギル、ハイル、クラッチ、オズが口々に反対の意を唱える。
しかも皆必死だ。
「あら?私は構わないわよ?楽しそうじゃないのよ!」
「うぅぅ…俺はものすごく嫌だが、その方法ならショルが狙われる可能性も少し減るし…。こ、ここは涙をのんで我慢しよう…ものすごく嫌だが!」
「僕はいいよ!全然いいよ!構わないよう!」
彼らに対し、賛成の意を表明したのはマジョリカ、リュック、クロロの3人だ。
「いやだ、いやだ!俺は絶対そんなことしねぇぞ!ほら、反対4人で賛成3人だ。多数決で俺達の方が多い。だからやめるべきなんだ!」
ギルが一生懸命主張しているが、マジョリカが親指を立てて自身の後ろを指差した。
「きゃー!楽しそー!ねぇねぇ、早く馬車から色々持ってきましょうよ!」
「いいね、いいね!それじゃあ私のところからは細かい小道具を提供するよ!」
「あらあら。それなら私も、どういった物がいいか考えないとね」
「それじゃあ、ショルさんの馬車には私が行くわ。ハティさんにはメリーがいいわね。テリーヌさんの方はマジョリカに頼むといいわよ。最適な物を選んでもらえるわ。うふふふ、忙しくなりそうだわ。メリー、大名案ね」
「でっしょー!こんなに道具と人材が揃ってるんだから、使わない手はないよ!ショルも守れるし、ハイルたちも国境を越えられるだろうし、我ながら冴えてるぅ!」
多数決を取っていた男性陣とは裏腹に女性陣は全員この作戦にノリノリで、どんどん準備を始めている。
「ちょ、ちょっと待て!お前ら俺達の意見も聞かずに話を進める気か?!」
「そうだぞ!だいたいその作戦は無理がありすぎる!どう頑張っても無茶だし、不自然だ!」
ギルとクラッチが大慌てで女性陣達を止めに入る。
「だいじょぶ、だいじょぶ!ちゃぁんと考えてるから。ふふふ、馬車の中に少々小細工をするんだけど、それはオズが上手いだろうから任せるよ」
メリーはオズにウインクする。
オズは真っ青になっている。
「私がやるのかね!?」
「当たり前じゃない。あなたほど適任はいないよ。…ただし、物理的なことだけで済ましてね。くれぐれもやりすぎないように」
メリーは人差し指でオズを指差しながら、後半は小声で釘をさす。
オズは項垂れて肩を落とした。普段はダンディな彼だが、今はただのしょぼくれたおじさんだ。
そんな彼の背中を優しく叩く人物がいた。
「オズさん!一緒に頑張ろうね!」
目をキラッキラさせたクロロだった。
もう、ワクワクしてたまらない顔をしている。
彼はそんな彼女を無下にできるほど強くはなかった。
「うぅ…、そうだね…。頑張ろうか…頑張るしかないのか…」
クロロはオズの横で「オー!」と拳を上げて、勢い付いている。
この作戦内容はクロロにとって、ただのご褒美なのだ。
メリーは本当にいい提案をしてくれた!
「さて、今から忙しくなるよ。この雨は今日一日止まなさそうだから、今晩はここで野宿にしよう。それで明日の朝には作戦決行ね!みんなー、はりきっていこう!」
「はーい」と楽しげな声とともに女性陣とマジョリカ、クロロは準備に走った。
残された男性陣達はどうにかこうにかこの作戦を止められないか考えたが、良い案が浮かばず。結局は彼女たちのいいなりになるしかなかった。
翌日。
「俺の中では、布団にくるまれて移動させられたのが、人生で一番の恥ずかしい思い出になるはずだったのに…」
「言うな。言うんじゃない。俺達は今、最善を尽くしている。ただそれだけだ」
ハイルは無我の境地を会得したようだ。
「あらん。なんだか面白そうなことを言ってるじゃない?何々?お布団にくるまれたってどういうこと?詳しく教えてちょうだいよぉん」
マジョリカはギルの言葉に耳ざとく反応する。
ギルはしまったという顔をした。
(噂好きのゴンザインにだけは知られたくなかったのに、ついつい声に出しちまった!)
昔は彼に何か知られると、警護団員すべてに知られることと同意だったのだ。しかも、余計な尾ひれがたくさんついて…。
幸いなのは、今は少数精鋭で動いているから広めようにも周囲にそんなに人がいないこと…
「ちょっと聞いてよー。この人ったらついこの間、赤ん坊みたいにお布団にくるまれて抱っこされて運ばれたんですってぇ」
マジョリカは自分が座っている馬車から外に向かって声を張り上げた。
「ちょ、てめぇ!黙れゴンザイン!そこまで言ってない!」
彼(彼女?)の困ったところは、何故か噂の尾ひれが真実であることが多いということだ。
こちらがうっかり口に出したことを、どんどんテキトウに解釈して伝えていくのだが、大抵それが当たっているからたちが悪い。人には知られたくないこともたくさんあるというのに…。
ギルは慌ててマジョリカの口をふさごうと動いた。
狭い馬車の中がガタガタ揺れる。
「こ、こら!あまり動くんじゃない!急ごしらえだから立てつけが甘いところが多いのだ!」
オズが注意する。
だが、彼もまた少々元気がない。
「…う。す、すまねぇ…」
ギルはおとなしく元の位置に戻る。
向かいに座っているハイルはブツブツと「これは最善の策。これは致し方ないこと。これは貴族を救う唯一の手段…」などと呟いて正気を保とうとしている。いや、すでに正気ではないのかもしれない。
「でも、本当にこれで大丈夫なの?」
マジョリカが不安そうに外にいるメンバーに尋ねる。
「いや、本当にすごいよ。今でも自分の目が信じられない。見た目もそうだが、体の大きさが全然違う。まるで噂に聞く魔法のようだ」
リュックが感心している。
「うっふっふ。そうでしょ、そうでしょ。私も噂に聞いてただけで、本当に実践してるのを見るは初めてなんだ。さっすがオズだね!これに私とアリスとマジョリカが加わってるんだから早々バレることはないよ。…皆の口調がそんな粗雑でなければね!」
メリーは男性たちをちょっぴり怒った顔で睨みつける。
「そうでございますわよ!もっとお上品なお言葉づかいをしなくてはダメざまーす!私を見習いなさいませ。ぅおーっほっほっほぉ!」
馬車内でクロロが高笑いをする。彼女の頭には以前メリーに貰った髪飾りが輝いている。服装は少々ヒラヒラとキラキラした飾りが多いワンピースだ。ご丁寧に手元には派手な扇を広げて自分を仰いでいる。
「いや、クロロちゃんはいつも通りでも比較的大丈夫だから。そんなノリノリでやっても不自然だから」
様子を見ていたハティがツッコミを入れた。
「クロロちゃんほどでなくてもいいから、皆ももっと真剣に協力してよ。体格や見た目はごまかせても声や口調、仕草なんかは自分でどうにかしてもらわなくっちゃ。特に馬車の中にいるハイルとギルとマジョリカは注意してよ。あなた達のために私たちは危険を犯してるんだからね」
厳しい言葉を言うメリーだが、彼らからひとたび顔を背けると、声を殺しながら大爆笑をしている。
メリーだけでなく、女性陣は朝から笑いが止まらない。
メリーが提案した作戦とは「木を隠すなら森の中、ショルを隠すなら女性の中大作戦」だった。
これは読んで字のごとく、ショルを女性たちで隠してしまおうと言うものだった。
ナカー村でショルが確実に貴族であると知られてしまったため、この後国境までの間に最後の猛襲撃がある可能性が否定できない。
だがら、まずは彼女の見た目を変えることにした。いわゆるイメチェンだ。
そして、さらなる安全のために、もういっそこの集団全員を女性にしてしまうことにした。
総勢12人の女集団から、イメチェンした1人の女性を見分けるのはなかなかに骨が折れるだろう。
それに、この作戦ならハイルたちも変装することになるので国境でバレる可能性が減る。
彼らは常に分厚い外套とフードを被っていたため、素顔はあまり見られていないそうだし、効果は高いだろう。
まさか、相手もつい昨日真剣勝負をした相手が女装して再登場することは予想だにしていまい。
予想していたらその思考回路が怖い。
ここには、服、化粧品、小道具を扱う商人が3人。髪型、服、化粧のプロが3人そろっている。
もう、この作戦をするために集まっているとしか思えない。
彼女たちにかかればどんな不細工男も美しい女性に仕上げられるだろう。
唯一の問題は、見目は帰られても彼らの大きな体躯だけは変えられないと言うことだった。
だが、ここはオズに馬車に細工を施してもらうことで解決できた。
今回の作戦で最も敵を錯乱させるのはこの仕掛けだ。
仕組みを聞いても、いまだに目を疑う光景に一同は不思議な気持ちを抱き続けている。
そうこうしているうちに、彼らはルベス一行と出会った街道まで戻ってきた。
さて、ここからが本番だ。
心が折れている者も多少いるのがちょっと心配だが…。




