091.マジョリカの事情
「…ふぅむ…。お2人の言うことを聞いていると、どちらの言い分も正しいような気がしてきますな。…クロロ君はどう思うかな?」
しばらく傍観していたオズが素っ頓狂な声を上げたクロロに意見を求める。
「え?僕?」
「左様。君はこの中で唯一全員の人となりを知っているからね。メリーやアリスたちと面識もある、商人たちとしばらく旅も経験している、あちらの方々とも一緒にいたことがあるのだろう?残念ながら我々は彼らとは初対面だからね。彼が嘘を言うような人間なのかわからないのだよ」
オズはちょっと困った顔で言った。
クロロはしばらくうーんと唸っていたが、やがてショルの方を見ながら答える。
「これはちょっとだけハイルたちと旅をした僕の勘だけど、彼は酷いことをする人間じゃないと思うよ。以前、僕の村に案内してほしい言ってたけど僕がそれは無理だって言ったら無理強いすることもなかったし、食糧をあげたりしたらちゃんとお礼を言ってくれたし…。なんだろな、明確な理由はないんだけど、なーんかハイルたちは信じてもいいような気がするんだよね」
クロロは「なんでだろうね?」と言いながら大穴の向こうの曇天をなんとなしに見上げる。
彼女自身も説明できない不可思議な感覚を持て余していた。
(なるほどな。それではやはり彼がそうか)
(うーん。知ってはいたけども、ものの見事に出会うなぁ)
オズとメリーは目線だけで互いの思っていることを察した。
クロロは突然背中にのしっとした重みを感じた。
振り返ると、メリーが彼女にのしかかっていた。
「君がそう思うならそれでいいんじゃない?誰を信じるかは個人の自由だし。ショルたちも、クロロ君の勘を信じるかどうかは自分たちで判断したらいいと思うよ」
そう言いながら、彼女はクロロが持っていた肩掛け鞄をショル達がいる方向にさりげなく見せる。
「それはそうと、クロロ君の服って全然水滴が付かないんだね?すごいよ!もしかしてこの鞄も同じ素材でできてるの?」
「え?そうだよ。この鞄もお母さんに作ってもらったんだ。丈夫で濡れないし、いっぱい物が入るから気に入ってるんだ」
クロロはお母さん手作りの鞄を褒められて上機嫌になり、そのままメリーとおしゃべりを始めた。
その様子を何気なしに見ていたショルはハッとなった。
あの鞄の中に神殿記が入っていたことを思い出したのだ。
神殿記は、大神官以上の者に認められて始めて手にすることができる。
大神官とは「勘」という第六感が極めて優れていなければなることができないのだ。
そのため彼らは相手の人となりを見て判断する以外に、自身の勘を最大限考慮すると聞いたことがある。
神殿記を持つクロロも彼らと同等かそれ以上に、そういった能力を有していると考えるのが妥当だろう。
そんな彼がハイルを信じるに足りると評価しているのだ。
リュックを見ると、彼もまたその考えにたどり着いたのか、ショルを見て頷いている。
彼女は自分の考えが間違えているとは微塵も思っていなかった。
だが、クロロの存在がそんな考えをぐらつかせた。
しばし俯いていたが、意を決したようにハイルの方を向いた。
「ハイル。やっぱり私はあなたを信じることができないわ」
「そうだろう。俺も逆の立場ならそうだ」
「でも…クロロ君があなたを信じているなら、もう少し様子を見てもいいかもしれないと思ったわ。彼の勘は信じられるわ」
「…彼は能天気で嘘などつかなさそうだが、勘に関しては関係ないのでは?なぜそう信じられるんだ?」
ハイルの疑問にショルは、彼が神殿記のことを知らないのだと確信した。
(…教えてあげる義理はないわよね)
ショルは彼が知らないことを知っていることに優越感を感じ、悪戯っぽく口に指を当てて笑う。
「それは内緒よ」
この日ショルは初めてハイルに笑顔を見せた。
ショルとハイルが小さな和解をしていたころ、クロロたちサイドではまた違った話題で盛り上がっていた。
「マジョリカ。そろそろ完全にビビリ種の効果は切れたと思うんだけど調子はどう?」
「もうすっかりいいわよ。まさかあんなに取り乱すとは思わなかったわ。地味な効果なのに怖いわね、ビビリ種…」
マジョリカは自身の身体を抱きしめながら、おどけて震える。
「それじゃあもういいわよね?…よくも切りかかってくれたわねー!」
突如岩内に『ペッチーン!』というビンタ音と「うぶぅ!」という野太い声が聞こえた。
そこにいたメンバーは驚いて皆がアリスたちの方を振り返った。
「さあさあ、答えてもらうわよ。どうしてこんなところにいるのよ。しかもさっきから聞いていれば、あの人たち反国家組織の人なんでしょ?」
アリスは見事な手形がついたマジョリカの顔を睨みつける。目から光線が出そうなほどギラギラした瞳だ。
マジョリカは恐れおののいて思わず尻餅をつく。
(美人が怒ると怖い…)
その場にいる皆の気持ちが一つになった。
それでもなかなか話し出さないマジョリカにしびれを切らしたアリスは右の拳に「はぁ~」と息を吹きかけ、第二撃の準備を整える。次は拳らしい。
「いんやぁ~!これ以上顔はやめてぇん!言う、言うから落ち着いて!」
マジョリカはお尻で後退しながらあわあわする。
「ハイルとは昔馴染みなのよぉ。私、昔は王都のお城で警護団に所属してたんだけど、そのときから彼とは仲良くしてたの。それである日、私の妹が王都で行方不明になってしまって…。ありとあらゆる手を使って探したけれど、どうしようもなくて…。その相談を彼にしたら、宰相の秘密を打ち明けてくれたの。…私は妹の真相が知りたくて、彼の仲間に入れてもらうことにしたのよ。私たちは自分たちを革命軍と呼んでるけど、宰相たちから見たら王国に反旗を翻す者たちだってことで、反国家組織なんて呼ばれちゃってるけど…」
彼(彼女?)は身体を小さくして、手を顔を前に持ってきてもじもじしている。
仕草は可愛らしいのだが、やはりいかんせんやっている本人がごっつい…。
「で、でもハイルたちのことは昔から知っているし、信用できるわ。それに…実はそこにいるギルは私の教え子の一人だったりなんかしちゃって…」
「「「え?」」」
アリスとメリーとクロロの声が重なった。
「いやぁ、ゴンザインは当時そりゃもう容赦ない指導者だったんだぜ!この俺がボコボコのベコベコになるまで毎日しごかれてた」
いかにも戦士だという風貌のギルの言葉に、アリスは目を丸くする。
「もしかしてマジョリカって結構すごい人だったりするの…?」
「実はするんだな、これが」
ギルがニヤニヤしながら答える。
「んもう!過去の話はいいじゃない!私はマジョリカよ!それ以上でもそれ以下でもないわ」
マジョリカがくねくねプリプリしながら怒る。
「ちょうどクロロ君が私のお店に来たのと同時くらいに、ハイルたちと再開したのよ。それで、エルベス王国に向かうって言うものだから、私も一緒に行くことにしたの。ちょっとした行き違いで私、彼らに一度置いてきぼりをくらったものだからね」
マジョリカは恨みがましくギルを見上げる。
「うっ…。だからそのことは謝ったじゃねぇか…」
彼は後頭部を掻きながら明後日の方向を見た。
それからしばらくは個人個人で会話をしていたが、そろそろ今後のことをまとめようということになった。
「まあ、今後と言っても俺達は特に問題なくエルベス王国に入国しようと思う。ウーエー国境はもう目と鼻の先だからな。賊が心配だが、国境にはクロリア王国の警護団に加えて、エルベス王国側の警護団もいるから安心だ。…しかも、今は反国家組織を追ってる集団もいることだし」
リュックがこれ以上安全なことはないと胸を張る。
同時に、これ以上危険なことはないとハイルは胸を落とした。
「…ああ。あなた達はそのまま国境を越えるといい。…問題は俺達の方だ。なんとかここまで来たはいいが、さっきリュック殿が言ったような状況だ。正直、あのルベス率いる団体を舐めていた。まったく見事な機動力だよ」
ハイルは皮肉気味に笑う。
「そうだな。結構かく乱しながら来たつもりだが、ことごとく見つかったり先回りされたからな。こりゃ、あちらさん側に俺達の位置を把握できる手段があると思って間違いないな…」
ギルの言葉にマジョリカが首を傾げる。
「それなんだけど、おかしくない?普通私たちの位置がわかるなら、今この瞬間にでもこの場にやってきてもいいはずなのに、全然そんな気配がないじゃない?なんか少し前から待ち伏せもないし…。どうしたのかしら?調子が悪かったり、不測の事態が起きてるのかしら?」
「それはわかんねぇよ。だが、こりゃこっちにとちゃ好都合だぜ。…かーっ!この隙にどうにか秘密裏に国境を越える方法はねぇもんか!」
ギルが頭を抱えながら呻く。
「そうだ!」
そのときメリーがポンっと手を打った。
そしてクロロの方をキラキラした目で見る。
「ねえねえ、クロロ君。君はこの反国家組織の人を助けてあげたい?」
「え?…そうだなぁ…。なんか乗りかかった船だし、まあできるなら助けてあげたいかな?僕はハイルたちが酷いことをするとは思ってないし、国境越えで手伝えることがあればやってあげてもいいと思ってるよ」
するとメリーはその返事に満足したのか、にっこにこしながらハイルたちにある提案を持ちかけた。
「ねえ、私に良い考えがあるんだけど、どう?かなりの妙案だと思うよ?」




