090.岩の中の人々
「んもー!全然話が前に進まないよ!とりあえずショルは話し合いの後にいろいろやってよ。二度手間にならないように、皆が起きるのを待ってたから、僕だってまだハイルに聞きたいことあんまし聞けてないんだよ」
クロロはきゃいきゃい騒いでいるリュックやショルに注意をする。
周りの皆もその意見には賛成のようで、うんうん頷いている。
幼いクロロに叱られた2人は少々冷静さを取り戻したようだった。
「…そうね。ごめんなさい皆。私、貴族狩りの犯人だと疑わしい人が目の前にいると暴走しちゃうみたい…」
ショルはしゅんとしながら謝る。
「…もしかしてあなたは貴族なのか?」
掴みかかったことを怒りもしないで、ハイルはショルに尋ねた。
彼女は先ほどまでのように問答無用で彼を捕まえようとはしなかったが、警戒心も露わに答える。
「…そうよ。私も両親も貴族よ。だけどしばらく前に母は行方不明になったわ。母だけじゃない、父の知り合いや他の貴族たちも次々にいなくなっているわ。父はそんな状況の国に私を置いておくのがもう耐えられなくなって、私だけでも逃がそうとあらゆる手を尽くしてくれたわ。…自分のことは二の次にして…」
最後の台詞を言ったときの声は震えていた。
「ねえ!どうして貴族がどんどんいなくなるの!?一体消えてしまった人たちは今どこにいるの?私のママはいつ見つかるの!?ねえ、答えてよ!」
とうとうショルは両手で顔を覆って悲痛な声を上げて泣き始めてしまった。
その様子を見ていたハイルは眉間に皺を寄せて俯いている。
「…お嬢ちゃん、その気持ちは痛いほどわかるわ。私も妹が行方不明になってしまったから…」
泣き崩れるショルの肩にそっと手を置いたのはマジョリカだった。
どうやらビビリ種の効果はほぼ切れたようだ。
「…実はね、私も貴族の一員だったりするのよ」
「えっ!?そうだったの?」
マジョリカの言葉に反応したのはアリスだった。
「ええ。私の貴族色はまつ毛よ。ここはお化粧でマスカラを付けるから隠しやすいの。おかげで私、自分から言わない限り誰にも気づかれたことはないわ。私の扱うお化粧品は汗や雨でどろどろになっちゃうような代物じゃないしね。…そうだ!もしよかったら、事が落ち着いたらいつか私のお店に来て頂戴。今回あなた達を気絶させちゃったのは私だし、お詫びも兼ねてお化粧品を融通してあげるわ」
マジョリカはショルを元気づけようとわざと明るい声を出して両手を叩いた。
「ふふふ。それはいい考えね。ショルさん、マジョリカの化粧品は街でも知る人ぞ知るものよ。お言葉柄に甘えちゃうといいわ」
アリスに優しく慰められたショルは少しばかり笑顔を見せた。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらいたい」
リュックが全員を代表して発言する。
「まずは全員が今の状況を正確に把握できるようにしたい。さっきいきなり気絶させられた女性たちは気が付いたらこの場所で見知らぬあなた達と顔を合わせている状態なんで…」
リュックの言うことももっともだったので、それぞれが改めて軽く自己紹介をすることになった。
まずは言い出しっぺのリュックから。
「最初は俺達の商隊についてお話ししよう。俺、ショル、ハティ、クラッチ、テリーヌの5人は商人だ。ショルは貴族だが今は訳あって俺達の商隊と一緒に行動している。俺の未来のお嫁さんだ!だから誰も手をださないでくれよ!…ごほん。俺達の目的はエルベス王国で商売を始めることだ。今はその旅の途中。ただ、最近は賊に狙われることが多くなったため、臨時の護衛としてウーエー国境までクロロ君を雇っている次第だ。…ちなみに、さっきあんたたちに気絶させられたのは全員俺達商隊のメンバーだよ」
リュックはちょっと恨みがましくハイルたちを見た。
ハイルは「うぐぐ…」と呻きながらタジタジになった。
「ふむ。では次に私たちのことをお話ししましょう。私はオズという者で、こちらの女性たちはそれぞれメリーとアリスという。彼女たちは世界ファッションデスマッチに参加する為に旅をしている最中です。先ほどリュック殿がおっしゃったとおり、最近は賊が頻繁に現れて危険ですので、なるべく団体で行動した方がよいと思い、一緒にウーエー国境を目指すことにしたのです。ちなみに彼女たちは元々クロロ君と顔見知りですよ」
オズが大人の落ち着きを見せながら話す。
すると、マジョリカが納得したように言う。
「アリスとメリーがどうしてこんなところにいるのかと思ったら、そういうことだったのね。…はあ~、相手が悪かったわ…。アリスが作った服は強力ですもの。私も鈍ってるとはいえ、あれだけあっさりやられるなんて、ちょっとショックだったんだけど…仕方ないわね。貴女の服に対抗するにはそれなりの対策が必要だわ」
「うふふ。お褒めに預かり光栄だわ。…それにしてもマジョリカの戦いぶりには驚いたわ。体格が凄くいいから、元々身体を使った仕事をしていたのかと思っていたけれど…」
「ほんとだよ。私もまさかあんなに容赦なく人をなぎ倒していったのがマジョリカだったなんて思いもしなかった!」
アリスとメリーがマジョリカの新しい側面を発見して、驚きを露わにする。
「…それでは最後に俺達の自己紹介といこう。俺はハイル、こっちがギルで、最後にゴンザイン…」
「マジョリカよ!そこんとこ間違えないで!」
マジョリカがすぐさま修正を入れる。
「うぅぅ…わかった。マ、マジョリカだ。俺達も訳あって今エルベス王国に向かって旅を続けている。クロロ君とはしばらく前に短い間だが一緒に旅をした事がある。…本来ならこれ以上のことは言わないんだが、それではそちらのお嬢さん、ショルといったか?彼女が納得しないだろう?」
ハイルは気迫の目でこちらを見てくるショルに視線をやった。すぐに逸らした。どうやらちょっと怖かったらしい。
「俺達はクロリア王国から反国家組織と呼ばれている。大変不本意なことにな。俺達はただ貴族たちを救いたいだけなんだ。だが、それには現在国の政権のトップを担っているオーグルを倒さなくてはならない。あいつがこの一連の貴族行方不明事件の真犯人だからだ!」
ハイルが力強く宣言する。
しかし、ショルはそれでは納得しない。
「どうしてそんなことを言うの?オーグル様ほど立派な方はいらっしゃらないわ。貴族だけでなく、一般人も政治に関われるようにして、どんどんいろいろな人の意見を取り入れた政治活動をしてらっしゃるわ。それこそ飾りだけでまったく表舞台に出て来ない国王に代わってね。どうしてそんな人が貴族狩りなんてする必要があるの?今、これだけ国民の支持を得ていて、地位も名誉もあるというのに」
ショルの意見はもっともで、他のメンバーも「そうだそうだ」「理由がないな」など言っている。
「それよりもあなた達の方が疑わしいわ。どうしてあれだけ国のために尽くしているオーグル様を悪く言うの?正直あなたたちが何か悪いことを企んでいて、それをオーグル様になすりつけようとしているようにしか思えないわ。…クロロ君からチラリと耳にしたけれど、あなたオーグル様が貴族の生血を飲んでいるなんて悍ましいことを言っているそうね。証拠はどこにあるの?」
彼女は畳みかけるように尋ねる。
ハイルはしばらく沈黙したまま俯き、絞り出すように言う。
「…物理的な証拠はない。俺もその光景を見たときあまりにも恐ろしくなって、すぐに逃げ出してしまったからな…。あるとしたら状況証拠だけだ。オーグルが一般人たちを役人にし始めた時期から貴族の数が徐々に減り始めたこと。そしてそれが起こり始めたのがオーグルが管轄していた部門のからだったこと。あとは…これは噂にすぎないが、オーグルの周りにいる連中はほとんどが神化教の信者だそうだ。…神化教とは二度目の神の降臨がないこの国の貴族に呆れ、自分たちで神を呼び込もうとしたり、自分たちが神に進化できるのではと日々活動している人々のことを言う。…そして後者の中には、僅かながら神の血を引き継いでいると思われる貴族たちの血を自身に集めて、神の力を手に入れようとしている者がいると踏んでいる。それこそがオーグルである可能性は非常に高い。…そして、俺は確信している。あいつが…あいつこそが前国王と新国王を殺害した犯人だと!神の力をこの国で一番濃く有していたのはその2人だからだ!あいつは、彼らの生血が目的だったに違いない!」
ハイルは後半になるにつれ感情を露わにしていった。
これにはショルも驚いた。
そして、この一連の貴族狩りの恐ろしさに一同も身震いをした。
「でも、それが本当だとは限らないわ。あなたの思い込みという可能性も…」
「ああ!だが、オーグルが生血を飲んでいたことは確実だ。俺は元々かなり地位のある貴族なんだ。オーグルの屋敷に足を踏み入れられるくらいにはな。そして、彼はその地下室で…」
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
クロロが思わぬ悲鳴を上げる。
実は先ほどから、クロロの位置から見ると、ハイルは上からの光が地面の岩に反射したところにちょうどいるのだ。
だから顔の下から明りが当たっており、大変怖い状態になっている。
そんでもって、ああいった怖いことをいうものだから思わず声が出てしまった。
ちょっとシリアスモードに入っていた一同だったが、クロロの変な悲鳴のせいで気が抜けてしまった。




