086.大丈夫だったが、心にダメージ
ルベスの要求にリュックは快く応えた。
ショルとの結婚が決まって、クロロのことがうっかり頭から飛んでいたらしい。
(あわわわ!どーしよう!下手に隠れてハイルとかと間違えられるのも嫌だし…。あ、そうだ!ここは馬車の中で薄暗いし、あんまり姿は見えないんじゃない!?それなら、歴戦の猛者雰囲気を出してクールに対応しよう!そうすればルベスさんはその迫力で怖気づいてすぐに出ていくよ!)
クロロはツッコミ不在の状況で一人結論を出した。
「ご協力感謝します。皆!各自手分けして馬車の中を確認しなさい。くれぐれも彼らに失礼がないように」
ルベスが号令をかけると、部下の騎士たちが次々に返事をして馬車の中へ入る。
商人一行はそれをおとなしく見ている。
クロロが隠れているリュックの馬車には運の悪いことにルベス自身が入ってきた。
クロロはドキドキしながら、太陽を背にするような感じで、剣を軽く支えにしながら座る歴戦の猛者を演じた。ちなみに彼女は長い剣を持っていなかったため、売り物のモップをそれっぽいシルエットに使っている。
「おや?そこにいるのは誰ですか?」
案の定ルベスが不審者を見つけた感じで話しかけてきた。
「オレ様は歴戦の猛者。今は訳あってこの商隊の護衛を仕っている。ふっ…オレ様にかかればどんな奴らもイチコロよ…。おっと…俺の懐には自慢の相棒が眠ってるぜ。これ以上近づいたらこいつでお前さんを切り刻んでしまうかもな」
クロロは自身の出せる最大限低い声で、事前に考えていた最も効果的だと思う台詞を言った。
ふっ…これでルベスさんは怖がってこれ以上構ってこないはずだ。
ナーイス自分!
「…」
だが、予想に反してルベスは無言だ。無反応だ。
クロロは焦った。なんで何も言ってこないのか。
予定では「なんですって!これは失礼しました…」と言って、早々に馬車から出ていくはずだったのに。
それどころか、ルベスは無言のまま近づいてきた。
えっ…?やだやだ、なんでこっち来るの?き、切り刻んでしまうよっ!本当だよ!わわわ、これ以上来ないでー!バレるぅぅ!
クロロの思いも空しく、彼は顔がわかりそうな距離までやって来て…。
『ポンッ』
と彼女の頭に優しく手を置いた。
「???」
クロロは彼の行動の意味がわからない。
ルベスは生暖かい笑みを浮かべながらそのまま彼女の頭を撫でた。
「あなたくらいのお年頃はそういうことを言いたくなりますよね。すみません。騎士とはいえ大きな体格の人がたくさん来て驚いたんですよね。だから怖くなって馬車に隠れたんですよね。なのに、その怖そうな大人が馬車に入ってきたから、精一杯強く見せようとしてるのですか?こんな子供を怖がらせては騎士失格ですね…」
なんということだ!怖がって虚勢を張っている子供に見られている!
「しかしながら、あまり大げさな言葉は使ってはいけませんよ。いつかこの時のことを思い出して、恥ずかしさで悶絶する日がやってきます。私は大丈夫でしたが、先ほどの怖そうな大人たちの中にはそういった体験をしている者が大勢います。さて、あなた以外にこの馬車に人は乗っていそうにないので、私はもう行きますね」
ルベスは優しげにそう忠告すると、自身の胸ポケットを探る。
「ほら、怖がらせてしまったお詫びです。こういう甘いものは疲労回復に良いのでいつも持っているのですが、今回はこれで勘弁してくれますか?」
そう言いながら、差し出したのはオランジ味の飴だった。
クロロはぽかーんとしながら、だが咄嗟にその飴を両手で受け取った。
最後にルベスはもう一度クロロの頭を『ポンポン』と叩くと馬車を出て行った。
「皆!不審な人間は確認できませんでしたか」
「はい!どの馬車にも商品が積んであるだけで、人らしき者はいませんでした!」
「わかりました。私のところも、子供が1人いただけでハイルたちらしき人物はいなかった。…急ぎウーエー国境へ向かいます!ハイルはもしかしたら国境を越えるつもりかもしれません!皆、ついてきなさい。飛ばしますよ!」
「了解!」
ルベスたちは風のように去って行った。
残された商人たちは一度全員で集まって、話し合いを行う。
「皆、何か問題はあったかい?」
リュックがみんなを見渡したが、これといったことはなかったようだ。
「こっちも特に問題はなかったけど…それにしてもここにきて反国家組織なんて…物騒でやだなぁ」
ハティが恐々言う。
その様子に、彼らに協力しない決断をしたのが正解だったと悟るショル。
確かにこれは私だけの旅ではないのだ。先ほどは頭に血が上っていたから考えられなかったが、普通はハティのように怖がるなずなのだ。
ちょっとうっかりしているところはあるが、やはりリュックにはちゃんとした判断力がある。
ショルは自分には人を見る目があると、心の中で自画自賛した。
「あら?そういえばクロロ君がいませんけど、どうしたのかしら?」
キョロキョロと周りを見ながらアリスが言った。
そういえばと他の皆もクロロを探す。
すると、クロロはリュックの馬車からのそのそ出てきているところだった。
「どうしたんだいクロロ君?もしかして君が馬車に隠れていることを忘れて、騎士さんたちを招いてしまったことを拗ねているのかい?」
リュックが心配そうに尋ねると、クロロは泣きそうな顔をした。
「う゛ぅ~…。ルベスさんに…ルベスさんに…」
まさか、あの短時間にルベスから何かされたのだろうか。
クロロの様子にメリーが密かに怒気を露わにしている。
「こ、子ども扱いされて…。飴ちゃんもらった…」
そう言いながら、もらったオランジ味の飴を見せるクロロ。
「おかしいよ…。僕、めっちゃ歴戦の猛者な雰囲気で威嚇したのに…べそべそ…」
あぁ~…。
と全員がなんとなく事態を推測する。
この子の体格で歴戦の猛者はそもそも無理があるだろう。
なんか一生懸命背伸びをしている子供にでも見られたに違いない。
ハティは半泣きのクロロの肩に優しく触れると
「大丈夫だよ。そんな君でも私は…好きだからね!もう少ししたら立派に大きくなるもんね」
と少し顔を赤くしながら慰めた。
「うわぁ~ん!ハティ、ありがとー」
クロロは感極まってハティに抱き着く。
ハティは真っ赤になりながらはわはわしつつも、ちょっと嬉しそうだ。
その様子をメリーは少し厳しい目で見ていた。
「こらこら、そんな目をしていたら不審に思われるよ」
「だってぇ…」
「まあまあ、落ち着きなさい。彼女にとってはクロロ様と一緒にいられる時間はわずかなものだ。あなたは一時離れようが、この先ずっと一緒にいれるのだから少しくらいいいじゃないか」
「ぶー…。そうだけどさ…」
メリーは口をとがらせながら、ちょっぴり拗ねる。
「さて、気を取り直して進もう…か…」
一行が落ち着き始めた頃を見計らって、リュックが出発の合図を送ろうとしたとき、彼の頬に水が一滴落ちてきた。
ハッと空を見ると、いつの間にか分厚い雲が頭上を覆っているではないか。
「まずい!通り雨だ!早く雨宿りができる場所に行かないと!一先ず森の中に行こう!」
リュックが慌てて全員に移動を支持する。
「リュック!あっちに少しだけど獣道がある!そこならギリギリ馬車も入りそうだよ!」
クロロがルベスたちが来たのとは反対側にある森の方を指差す。
「了解だ!皆、雨よけの外套を着つつ、俺についてきてくれ!」
リュックがクロロの指示に従って獣道に馬車を進めた。ちなみにこのときクロロは、さっきこの外套を着ておけば、顔を確実に隠せたことに気付いた。ひそかに一人反省会だ。
少し進むと山肌がむき出しの場所を発見した。
そこには運よく巨大な亀裂が入っており、人が入ることができそうだった。
一行は馬車や馬を木の下に置いて、そこに駆け込むことにした。
念のためにクラッチが先陣切って入って行ったのだが、そこでいきなり銀色に光る刃を見た。




