084.出発直前トラブル
そこに立っていたのは神官のクリアだった。
彼女は中年オヤジを指差しながら言い放つ。
「村長!あんたの悪巧みもこれまでだ!あんたこうやって国境を目指す旅人を眠らせては、人買いに売っていたね!もう証拠はつかんである。観念しな!」
突然のクリアの勝ち誇ったような宣言にその場にいた全員驚いた。
商人と旅人メンバーは彼が村長だったことにも驚いた。
昨日クリアが糾弾していたのはこの人物のことだったのか…。
まさか本人自ら村に入る者たちを検査をしたり、罠にはめているとは思わなかった。
ある意味大変仕事熱心である。
「な、何を言い出すんだ!おかしな言いがかりはやめてもらおう!まったく、神殿も堕ちたものだ!人におかしな容疑をかけるなんて…。おおかた次の村長選で有利になりたいがために取った蛮行だろうがね」
クリアの台詞に反論するだけでなく、言いがかり返しの業を仕掛けてきた。
「ふん。負け惜しみはよしなよ。証拠はつかんであると言ったろ?ほら、見て見な!これがオネムの木の実入りのナカーミだよ。あんたは旅立つ者たちにこのナカーミだ!」
クリアは言いたいことが多すぎたのだろう。省略しすぎて何を言っているのかわからない。
「なにかと思えば。それにオネムの木の実が入っていたところで、私が準備したものだという証拠はあるのか?突然そんな怪しげなナカーミを見せられても、私には何の事だかさっぱりだな!」
村長が強気で主張した。
しかし、それに続くようにナカーミを差し出していた男性が発言する。
「それは村長自ら用意したナカーミです。私は彼がそのナカーミにオネムの木の実を入れるのをしかとこの目で見ました」
彼はクロロにナカーミを差し出したまま、罪悪感たっぷりの顔で村長を見た。
ちなみにクロロは2個目のナカーミに手を伸ばしている。
「村長…。もうこんなことはやめましょう…。僕はあなたの娘さんが欲しいあまりに手を貸していましたが、もう…彼女はこの村にいないんでしょう…?僕、ずっと姿を見ていない彼女のことが心配で、先日彼女に会いにあなたの家に無断で忍び込んだんです。ナカーミ作りのために預かっていた鍵を利用してね…。だけど、そこには彼女どころか彼女が使用するであろう家具さえもなかった…。おかしいと思いながらも、現実を直視できなかった僕は、もしかしたら彼女はまた別の場所で静かに療養してるのかもと自分をごまかして今日まで生きてきました。だけど、昨日のクリアさんの話を聞いてがっくり来ました…。まさか、もうとっくの昔に王都に嫁いでいただなんて…。そんなこととはつゆ知らず、あんたの言いなりになっていた自分が恥ずかしくて、浅ましくて…。僕は…僕は…うわぁぁぁん!!」
彼は感情が抑えきれなかったのだろう。泣きながら蹲ってしまった。
その際に、ナカーミが入った容器を感情のままにぽーんと放り投げて。
「うわわわわわ!ナカーミが!美味しいナカーミが宙を舞うよ!」
クロロは慌ててそれをキャッチする。
ナカーミの無事を確認してホッとしたクロロは、それを持ってリュックたちのところに戻る。
「みんな!ナカーミを貰ったよ!リュックとショルと僕は昨日食べたけど、他の皆は食べたことある?ないなら食べてみなよ!美味しいよ」
ずずいっと容器をみんなの前に差し出すクロロ。
「うぅぅ…。僕は今まで何のために…」
「よしよし…。辛かっただろう…。もう大丈夫だから。あんたは解放されたんだ…」
「ひっく…ひっく…クリアじんがん~」
「ば、馬鹿な!お前裏切ったのか!」
村長が真っ青になっている。
「ふん。最初に村人たちを裏切ったのはあんただろう。さあ、観念してお縄に就くんだね」
「誰が!」
村長はそう言うと、中年とは思えないほどの瞬発力を発揮してクリアを突き飛ばした!
「うわっ!」
クリアは尻餅をついてしまった。
その隙に村長は、みんなにナカーミを配ろうとして背を向けているクロロを人質にとった。
首には隠し持っていたと思われるナイフをつきつけている。
「しまった!…ぎゃぁぁぁぁ!しまった、しまった、しまった!!よ、よりにもよって、クロロ殿をぉぉぉ!」
事態に気付いたクリアが絶叫する。
予想しなかった動きについていけなかったリュックや、実はナカーミが気になっていたクラッチも慌ててクロロを救出しようと動こうとした。
「動くな!動くとこの子供の首を切るぞ!」
村長がクロロにナイフを突きつけながらじりじりと後ずさる。
これでは誰もうかつに動けない。
夢中でナカーミに注目していたクロロだが、やっと事態に気付いた。
「え?あれ?…およ?」
「クロロ君!動くな!動くんじゃないぞ!頼むから動かないでくれー!」
「あああわわわわ…。クロロ君だめよ!絶対動いちゃだめよ!…ひぃぃぃぃ!」
クラッチとショルもクリア同様この世の終わりのような顔をしている。
…当たり前だ。神殿記を持つ者の命を狙うと言うことは全世界の神殿を敵に回しているようなものなのだ。もう国王の命を脅かしているレベルと同等だ。
幸か不幸か人質を取っている村長はその事実に気付いていない。後で知ったら泡を吹いて倒れると思われる。
「おい、お前ら何でそんなに慌ててるんだ?あの、クロロだぞ。後ろの中年オヤジなんてすぐに追っ払うさ」
「そうね。私もあまり心配はしていないわ。感覚がマヒしているのかしら?」
「あわわ。でもでも…クロロ君大丈夫かな?ナカーミこぼさないかな?」
クロロの強さを知っているクラッチ、テリーヌ、ハティはあまり心配をしていない。
「あああ!俺はお前たちが羨ましいよ!知らぬが仏とはよく言ったものだ!!」
「同じくぅぅぅ!」
商人サイドはなんだかごちゃごちゃしてきた。
一方の旅人サイドはというと…
「大変!早くクロロちゃんを助けないと!いくらジョウブ菜の服を着ててもむき出しの肌は守れないわ!」
慌てるテリーヌに対し
「うーん。大丈夫だよ。クロロちゃんああ見えて強いから」
「うむ。痛い目を見るのは村長殿だな」
メリーとオズは哀れな者を見るような目を村長に向けている。
そして、青くなっているアリスを余所にぼそぼとと話す。
「クロロ様…あのナカーミの誘惑に負けちゃったね」
「…致し方あるまい。神官殿が村を守るために丹精込めて作ったナカーミだ。さぞかし彼女には魅力的なお菓子に映ったのだろう。…あとでお仕置きが必要だがね。これはあなたの役目だ。頑張りなされ」
呆れたように頭を抱えるオズ。
「むー…。クロロ様を叱るのは気が重いけど…頑張るよ」
メリーも同様に頭を抱えた。
そんなこんなで周りが騒がしくしているうちにも、村長は行動を開始する。
「おい坊主!死にたくなければ大人しくしていろ」
「なんで、あなたの言うこと聞かないといけないの?嫌だよ。美味しいナカーミをくれたのは嬉しいけど、これ作ってくれたの、あっちのクリアさんでしょ?」
思いの外従順にならないクロロにいらだつ村長。
腹いせに少し首の皮を切って自分の立場をわからせてやろうと、ナイフに力を込めようとした。
だが、クロロは自身の足を顔近くまで振り上げて、彼の手をナイフごと蹴とばした。クロロは身体が柔らかいのだ。
「ぎゃっ!」
まさかそんなところから強烈な一撃が来るとは思っていなかった彼は、その反動でナイフを落として、数歩後ずさった。
ちなみにクロロが手ではなく足を使ったのはナカーミを持っていたからだが。
その隙を逃さずクリアが大声を上げる。
「みんな!今だよ!村長をとっ捕まえて!」
その瞬間、建物の間や木の後ろから大量の村人が現れて、あれよあれよという間に村長を縄でグルグル巻きにした。
「やったぜ!早朝から張り込んでた甲斐があった!」
「ちくしょう!これまで俺達をさんざん言い様に使いやがって!」
「ざまあ見ろ!」
「このこのこのこのこの」
出てきた村人たちの中には昨日クロロに伸された者たちもいた。どうやら、村長の娘の婿詐欺に対して復讐に来たようだ。
見事な段取りにリュックたちが唖然としていると、クリアがばつの悪そうな顔で言う。
「うちの村長が迷惑をかけてすまなかったね…。実はあいつを捕まえるために旅立つあんたたちを囮に利用させてもらったんだ。おかげであいつの悪事の現場を押さえられた。感謝するよ。…クロロ殿を人質に取られたのは予想外だったけどね…」
「い…いえ…。俺達は基本的に何もしてませんから…。クロロ君があんな目にあったのには正直肝が冷えましたが…」
2人は目を合わせてから笑いをする。
「まぁ、なんにせよ迷惑かけてすまなかったよ。お詫びと言っては安いけれども、さっきのナカーミは全部あげるから道中食べておくれ。…さて、私はこれからこの村長がやっていた悪事を洗いざらい吐かせるよ。これから忙しくなるわ」
「うーん」と伸びをして去っていくクリア。
その様子に気付いたクロロが慌てて彼女に声をかける。
「クリアさん!クリアさんのナカーミとっても美味しいよ。優しい味がして、僕大好き!これからも作ってね」
ニッコリ笑うクロロ。
「あ、あと。次の村長選、クリアさんが当選するよ。この先もナカー村は豊かに暮らせるよ。頑張ってね。よい人生を」
言いたいことを言って、バイバイと手を振ってクロロはリュックたちの元に戻った。
「…嬉しいこと言ってくれるじゃないか。神殿記の坊やにそう言われると本当にそうなりそうだ。ありがたや、ありがたや」
クリアはこの先の忙しいスケジュールを想像しながら村に戻って行った。
村に戻ると、さきほど傷心していた男性がまだ立ち直れずに地面でべそべそ泣いていた。
クリアはこれ以上どう慰めたらいいかわからず、途方に暮れた。
そこに…
「お母さん!」
可愛らしい声が響いた。
「エリアじゃないか!あんたクリリ街から戻ってきたのかい?」
「うん。クリリ街での神官の修行は終わったの。だから、これからはナカー村でお母さんと一緒に神官として働けるよ。それにしても最初はここがナカー村だって信じられなかったわ。何年も戻って来てなかったけど、こんなに変わるのね」
なんと、神官の修行に出ていた娘がこのタイミングで帰って来たのだ。
「なんていいタイミングで帰って来てくれたんだい!私はこれから忙しくなるから、助かるよ。今となっては数少ない神官だからね」
「うん!私頑張るね!それで、お母さんみたいな素敵な神官になるわ!」
若い女性の声にふと顔を上げた傷心男性。
その瞬間、彼の目が「カッ!」と見開いた。
「お嬢さん!あなた神官なんですか!?いやぁ、奇遇ですね。僕も神殿は大好きでしてね。今どきの若者としては珍しいでしょう。どれくらい神殿が好きかというと、毎日でもお祈りに行くぐらい好きなんですよ。だから、これから先毎日顔を合わすかもしれませんね。はっはっはっはっは!」
そして、彼のバラ色の人生の門扉も開かれた…気がした。




