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083.クラッチの危機とクロロの危機

 明日の早朝宿泊している屋敷の前に集合する約束をして、解散をした。

 クロロは部屋に戻ろうとするクラッチの服の裾を「ガシィ」と掴んだ。

「きょん!ってやめろクロロ!いきなり何をするんだ」

 またもや変な声が出たクラッチは顔を真っ赤にしながら怒る。

 だか、クロロはそんな彼の様子はお構いなしだ。

「ちょっと話があるんだけど…」

 そう言って、クラッチを宿の外に連れ出した。


 そして、その様子を見ていた者がここに2人。

 オズとメリーである。

 2人は少々険しい顔をしながら目を見合わせた。

「怪しいな」

「怪しいよ」

「どうするのかね?」

「決まってるよ。私、偶然を装って会話に混じる。クロロ様に不埒なことをしようとするなら…おしおきだよ」

 目がマジだ。

「いや、どちらかというとクロロ様の方が彼を連れて行ったが…?」

 だが、メリーにはそんなこと関係ないようだ。

 いやはやなんという盲目的な忠誠心。…まぁ、自分たちの性だから致し方ないが。

「あまり過保護にしすぎると、主に嫌がられるから気を付けることをおすすめする」

「あれ、もしかして体験談?」

「…左様」

「ふーん…。肝に銘じておくよ。忠告ありがとう。じゃ、私は行ってくるね」

 メリーはクロロの後を追って行った。

「まあ、心配になるのは致し方ないか。いくら君でもクロロ様の未来は見ることができないものな」

 オズはそう呟くとおとなしく部屋に戻った。


 クロロは人気のない宿屋の裏にクラッチを連れてくると、周りに誰もいないことを確認して、ずびしっとクラッチを指差した。

「さあさあ、クラッチ!機会が無くてなかなか聞けなかったけど、吐いてもらうよ!」

「…何をだ?」

 全然心当たりがなさそうなクラッチにムッキーとなるクロロ。

「何をだって!僕にはとても重要な事なのに!なんで、なんで僕が女だって知ってるんだよ!僕ずーっと聞きたくてもやもやしてたのにー!」

「ぬぅあんだってーー!」

 クロロの台詞に建物影で会話に混じるきっかけを狙っていたメリーは思わず飛び出した。

「あんた!クロロちゃんの秘密をどうして知ってるの!まさか、まさかお風呂を覗いたりしたのかー!」

 彼女はクラッチの胸倉を掴んで持ち上げる。

 想像以上にメリーは力持ちのようで、低い身長にもかかわらず両腕をMAXまで伸ばしている。

 クラッチの両足は地面から僅かに浮いた。

「ぐっぐえっ…。ご、ごご誤解だ…」

 …クロロと出会ってから彼はロクな目に合わない。

「じゃあ、何で知ってるの!」

 突然現れたメリーにビックリしていたクロロだが、クラッチの現状がヤバイことにハッと気が付いた。

 なんだが、コモン村でオースがハイルたちに初遭遇したときと状況が似ている。

「あぁ!メリリン!クラッチの顔色が大変な変貌を遂げてるよ!これじゃあ、喋れないよ!手を放してあげてー!」

「え?あ、あれ?本当だ!やりすぎちゃった!」

 メリーは慌てて手を放す。

 重力に従ってクラッチの身体は地面に崩れ落ちた。なんということだ、扱いが雑すぎる。

 彼はしばらく咳き込んでいたが、徐々に回復する。

「ま…まるでクロロが2人いるみてぇだ…」

 そして回復第一声がこれである。

 クロロとメリーは互いに顔を見合わせたが、にぱっと笑いあった。

「僕たち似てるのかなー」

「やったー!うれしい!私たち仲良しだもんねー」

「ねー」

 両手を掴み合ってくるくる回ってテンションも上がっている。

 特にメリーが嬉しそうだ。

 だが、そのメリーはひとしきりクロロと楽しんだ後、クラッチに鋭い眼光を放つ。

 元が可愛いだけに尚更怖い。

「…で?なんであんたはクロロちゃんのことを知ってるの?」

 クラッチは怯みながらも正直に答える。

「さ、最初の手合せの時にこいつに両手を掴まれたときから気づいてた。男にしては柔らかい手をしてたし、身体の動かし方やなんやらで徐々に確信していった感じだな」

 おおう…。結構正当な方法で気づいたようだ。

「ああう…」

 クロロは地面にしゃがんでのの字を書き始めた。

「く、クロロちゃん!こればっかりは仕方ないよ!この人に並々ならぬ観察力があっただけだよ!…ところで、あんた!クロロちゃんに恋慕でも抱いてないでしょうね!」

 メリーの質問にぎょっとしたクラッチ。

 全力で首を横に振る。

「ば、馬鹿言え!いくらなんでもそれはない!絶対ない!」

「そこまで否定しなくてもいいでしょ!」

 否定したら否定したでメリーが怒り出した。

 どうしたらいいのだ。

 すると、復活したらしいクロロが彼のフォローに入る。

「メリリン、クラッチはすでに結婚してるよ。ほら、さっきも食堂にいたテリーヌって人が奥さんだよ。しかもめちゃくちゃ好きみたい」

「あれ?そうなの?それじゃあいいよ。…でも、くれぐれも他のメンバーには内緒なんだからね!どこから情報が漏れるかわからないんだから」

 メリーはクラッチに釘をさす。

「というより、俺的にはあんたがクロロのことを知ってたことに驚きなんだが、あんたこそどうやって知ったんだよ?」

「私はクロロちゃんが信頼してる東商会のオースさんから聞いたんだよ。彼女に対してちょっとしたサプライズプレゼントを渡すためにね」

 そう言ってメリーはクロロに向かってウインクをする。

 クロロもそれに笑顔で返す。

「そういうことなら、まあいいけどな。とにかく、俺がクロロに何かするとかありえないから安心しろよ。…万一そんな誤解がテリーヌの耳に入って、あの人にフラれたらもう立ち直れねぇぜ…」

 フラれた自分を想像してしまったのか、クラッチが一人涙目になった。

 相変わらずテリーヌ命である。

 確かにこの様子では他の女性は目に入らないだろう。

 メリーは内心ほっと一息ついた。

「…さて、僕が言いたかったことは全部メリリンが言ってくれたや。クラッチが他言しないならそれでいいんだ。明日も早いしそろそろお互い寝よう。僕もうお布団に入りたいよ」

 クロロの言葉に2人も同意し、それぞれ部屋に戻って行った。


 翌朝。

「さてさて全員いますね。俺達はこれからウーエー国境に向けて出発します。隊列を崩さず、交代で周囲を警戒しながら進んでいきます。おかしな動きをする連中や不審な物を見つけたらすぐに俺に伝えて下さい」

 この総勢9人の大所帯はリュックが仕切ることになった。

 ほぼ全員が馬車や馬を連れているという、今どきでは大変珍しい集まりになっており、それだけで大変迫力がある。

 常に周囲を警戒している様子のショルや、頑丈な盾をすぐ隣に常備しているハティ、服の防御に絶対の自信のあるアリスなど女性陣の物々しい雰囲気や、武人当然としてるクラッチやオズの貫録もヤバイ。

 こんな強そうで警戒心バリバリの集団、賊でも襲うのに躊躇するだろう。

 というか、自分たちが賊だった場合もっと隙の多い襲いやすそうなターゲットに狙いを変える。

 あえてこの集団を狙うならばそれ相応の理由が必要だ。

 だが、本当にヤバイのは唯一馬を持たずリュックの馬車の中でのんびり出発を待っているクロロと、彼女のこととなると見境がなくなるメリーの2人だということを、オズ以外の誰も知らない。


 そんな賊の方が心折れそうな一向に声をかける命知らずがいた。

 この村で最初に話しかけてきた中年のおじさんだ。

「おやおや、一昨日この村に着いたところだというのにもう出発されるのですか?」

 とっとと村を後にしようとしていたのに、厄介な人物に声をかけられてしまった。

 こんな早朝に村の出口にいるなんて明らかにおかしい。

「ええ。実は私たち先を急いでおりまして」

 リュックは嫌そうな顔を隠しもせずにそう答えた。

「それは残念ですね。…そうだ!せっかくこの村に寄っていただけたのです。せめて村の名物のお菓子をお食べになってから出発されるのはいかがでしょう?ちょうど、昨日の夜に出来上がったばかりなんですよ。ナカーミという名のお菓子です。ほら、ちょうどこちらにたくさんありますので皆様好きなだけお食べ下さい」

 彼がそう言うと、後ろに控えていた男性にナカーミが大量に入った器を持って前に出てくる。

「い、いえ。俺たちのことはお構いなく。もう出発しますので」

「そんなことお言いにならずに。実は旅人や商人の方には皆食べていただいているのですよ。そうして、ナカー村には美味しい物があると各地で宣伝してもらうようにしているのです。いやはや、この作戦が功をなしまして、今ではこんなに発展した村になりました。だからどうでしょう?村の発展にご協力いただけませんかな?」

 言葉巧みにナカーミを食べさせようとする。

 これが普通の旅路だったら、彼の言い分に納得してパクッと食べてしまうところだ。

 あぶない、あぶない。

 現に相手からは見えないが、クロロが涎を垂らさんばかりにナカーミを食べようと馬車から出かけている。そしてそれを必死にショルが抑えている。

「クロロ君。ダメだって。アレ確実に罠だって!」

「だって、だって、ショル。あのナカーミ美味しそうだよ!朝ごはんのデザートにうってつけだよ!」

 すでにクロロは馬車から半分はみ出している。

 さすがにショルひとりではクロロの進撃を止められない。

 ぎゃーぎゃーやっていると、おじさんにもこちらの様子が伝わってしまった。

「おや、お連れ様はナカーミを食べたいご様子ですね。さささ、こちらにお越しください。村自慢のナカーミをどーんとご賞味あれ!」

 中年男性は手をもみもみさせながら、クロロがやって来るのをニヤつきながら待っている。

 罠だし!これ罠以外のなにものでもないし!

 だが、クロロは彼の言葉に釣られてのこのこ馬車を出てきてしまった。


「こらクロロ君!知らない人から食べ物を貰うんじゃありません!あの、本当に困ります。こういうの…。」

 リュックはクロロの顔をがっしり掴んで、進行を止めようとする。

 しかしながらクロロはむーむー言いながらも進んでくる。

 ちくしょう!さすがに力が強い!

「いいではないですか。こんなに食べたそうにしているお子さんに我慢させるなんて酷というものですよ。それに名物を味あわせずに村から旅立たせるなんて、そんなことしては村の沽券に係わりますゆえ!皆さんもぜひ!」

 なおも攻めてくる中年オヤジ。

 そしてなおも進むクロロ。

 とうとう、彼女の手がナカーミに伸びて…

「ありがとうおじさん!いっただっきまーす!」

 パクリとクロロはナカーミを食べてしまった。

 その表情は至福の時を堪能している。

 しかし、そのときだった。

「そのナカーミは食べても平気だよ!なんせこの私が昨日、オネムの木の実入りナカーミとすり替えておいたからね!」

 朝日を背にし、まるで後光が差したかのように輝く人物が堂々と言い放った。

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