081.ナカー村の神殿(裏話)
ショルはリュックの腕を引いて、今までいた個室から十分な距離を取るため神殿の大広間まで移動した。
するとそこにはクロリア様の像に一心不乱に祈りを捧げるクリアの姿もあった。
「ああぁぁ…どうしましょうクロリア様…。神殿記が私の目の前に…。あのような安っぽいお菓子をお出ししてしまいましたし、言葉づかいも無礼でした。後悔してもしきれません…。こんな私をお許し下さいぃぃ」
クロリア様の像の下で蹲りながら半泣きで祈るクリア。
ショルもリュックも彼女の気持ちが痛いほどわかる。というより、自分たちも今更ながらとんでもないことをしてきたと真っ青になってきた。
「クリアさん。大丈夫ですか…?」
青くなりながらも、ショルは気の毒なクリアに声をかける。
「あぁ…お連れの方々にも大変な失礼をぉぉ」
クリアは床に頭を押し付けながら謝る。
「やめてください!私は大丈夫ですから…いえ、気持ち的には大パニックを起こしているのですが…」
ショルはあまりにも焦っているクリアを見て、逆に落ち着いてきてしまった。
「そもそも、俺達も今さっき初めて神殿記を見たんです。まさか彼があんなものを持ち歩いていたなんて、思ってもみませんでした」
リュックも顔色を悪くしながら言う。
「俺達は旅商人なんですが、実は彼は正確には俺達の仲間ではなく、俺達の護衛で雇っている旅人なんです。だから素性もよくわからないし、今までどうやって育ってきたかもわからないんですよ。ただ、信用できる人からの紹介なので、犯罪者とかでは絶対にないのだけは確実ですが…」
リュックの言葉に少し緊張の糸が緩んできたのか、先ほどよりは冷静になったクリアが話し出す。
「そりゃそうでしょうよ。そもそも神殿記を持っている人物が犯罪者や危険人物である可能性はないよ」
クリアは言い切った。
「あんたたちは神殿記についてどこまで知っているんだい?今どきの若い者でもさすがに相当価値ある物だということはわかっているんだろうけど…」
彼女の質問に答えたのはリュックだ。
「俺もあまり詳しいことは知りません。ただ、それを持っている人のバックには全世界の神殿がついているものと思えとしか。あぁ、それ故その人物は下手をすれば各国の国王並の存在になることもある…と聞いたことも…」
自分で語りながら、リュックはどんどん顔色が悪くなっていく。
…国王並みの人物に自分は一体何をした。
ナナバを食べてよいという許可を出したり、危険な目に合うような状況で出動させたり…。あ、これダメなやつだ。俺死んだ…。
自身の妄想で身も心もボロボロになってしまったリュック。完全に心が真っ白に燃え尽きている。
「リュック、リュックしっかりして。戻ってきて!」
どこか遠くに行ってしまいそうなリュックの魂をかろうじて肉体に留まらせようとするショル。
両頬にビンタを炸裂させたり、頭を乱暴に揺さぶったりしている。
その結果、リュックはさらに天国に近い場所へ昇天しかけている。
見かねたクリアがショルを止めに入る。
「わわわ。落ち着きなさいお嬢ちゃん。彼氏の魂が大変なことになる手前だ。大丈夫まだ間に合う。落ち着いて彼をその辺の長椅子に横にさせなさい」
ショルは言われた通りリュックをその辺の椅子の上に置いた。
「それで…お嬢さんたちなどうしてここに?部屋にいなくていいのかい?」
ショルはハッと思い出した顔になった。
「そう、それよ。実はさっきあまりにも神殿記の扱いが雑なクロロ君が本当に神殿記の価値をわかってるのか聞いてみたんですよ。そしたら彼、神殿記は単にスタンプラリーを楽しめる物なんだと思ってるみたいで…。神殿記の威光を借りて何かしようという気は全くないみたいでした。だから、もういっそのこと価値はあまり教えないでおいた方が無難なんじゃないかと…。今までだって、本当にクロロ君が神殿記を使って神殿の力を何かに使っていたら、噂ぐらいは出回っていたと思うんですよ。だけど、そんな話どこからも聞こえていなかった。ということは、彼は本当にただスタンプラリーを楽しんでいるだけなんですよ。あまり目立つことも好きじゃないらしいし、このままそっとしておいてあげようかと…いう話をリュックとするために部屋から出て来たんです」
目を回し気味のリュックに目線をやるショル。
「う…。そ、そうだったのか…さすがだショル。さすが俺を見込んだ女性だ…」
どうやらかろうじて意識はあるようだ。
説明の二度手間にならなくてよかった。
「とにかく…。私たちは神殿記なんて見なかったことにしましょう。スタンプラリーの本を見ただけにしましょう。それがいい。それしかない。クリアさんもそんな感じでお願いします。この先彼と一緒に行動する私たちの精神の安定のために」
かつてないほど力強い目でクリアを見つめるショル。じゃっかん目が血走っている。
むちゃくちゃ必死な様子のショルにクリアはちょっぴり引き気味だ。だが気持ちはよくわかる。
「そ、そうだね。そうしよう。そうしよう。私はただの指輪印スタンプラリーに印を押すだけだよ」
半ばやけくそになりながら、クリアはクロロの元に戻って行った。
クリアが部屋に戻ると、クロロはおとなしく机の上で神殿記を眺めていた。
先ほどよりは冷静になったクリアは彼の視線の先をちゃんと見ることができた。
よくよく見ると、指輪印はまだ少数だ。
彼が神殿記を手に入れて日が浅いことがうかがえる。
…これを押した神官たちがどれだけアタフタしたか想像できるが…。
(とにかく私は自分の役目を果たすだけだ!)
クリアは心を決めた。
「お待たせしたね。それじゃあ指輪印を押すから神殿記をかしてね」
彼は笑顔で神殿記を差し出した。
「さて、まずは形式に乗っ取っていこうかね。あなたのお名前は?」
「クロロです!」
「この神殿記を与えてくれたのは?」
「ロリア元神官です!」
「この神殿記の持ち主があなたであると証明されました。指輪印を押します」
クリアは自身が手に持った神殿記がすんなり開いたことで、改めて彼が正当な神殿記の持ち主であると確信した。神殿記は持ち主以外が持ったとき、このやり取りをして初めて開くことができる。
万が一偽造された物だったとしても、この古代の技術までは再現できないので、これで確認ができた。
クリアは手を震わせることもなく、指輪印を押した。
彼女は一度覚悟を決めたら、四の五の言わずどっしり構えるタイプなのだ。
まあ、言い方を変えるならば一周回って落ち着くタイプと言える。
何はともあれ無事に指輪印を押し終えて、クリアは人生で最も大義と思われる仕事を終えた。
「わーい、わーい!ありがとうございますクリアさん」
神殿記の持ち主であるクロロは周りの気も知らないで無邪気に喜んでいる。
そしてその後すぐにショルとリュックも合流し、クロロと共に礼を言いながら神殿を後にした。
しっかり最後まで見送ったクリアは、先ほどまでいた個室に戻り、どっしりと腰を下ろした。
「まったく。なんて1日だ。こんな刺激的な日は初めてだよ。…この先、嵐が来ないといいけどね」
クリアの独り言は、だいぶ後になって現実のものになる。
だが、今はとある1名を覗いてそのような未来があるとは思ってもみないのだった。




