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078.商人たちの事情

「よし…。では、クロロ君。俺達が何故わざわざエルベス王国に向かおうとしているのか考えたことはあるかい?…いや、ないかな…?」

 いつも能天気なクロロの様子を思い出して、発言を撤回するリュック。

「失礼な!僕だっていろいろ考えてるもん。例えば、皆なんで急いでエルベエス王国に行くのかなー。もしかして、王都から逃げて来てるのかなー。女の人たちの中に貴族がいるみたいだしなー。とか」

 クロロの言葉に商人たちは言葉を失う。

 しばらく皆が固まっているので、クロロも一緒になって固まってみた。

 うむ。これがチームワークってやつだろう。

 クロロは妙な満足感を覚えた。

 そんな中唖然とした表情でリュックが呟く。

「え…?なんで俺達の事情をそこまで完璧にわかってるんだ?俺君に説明とかしてないよね…?」

「いやね。僕も旅立ってからなんか貴族がらみの話をよく耳にしててね。王都から離れていく貴族の人って、たぶん狙われてるんだろーなーと…」

「いや、それ以前になんで俺達の中に貴族がいるってわかったんだ?」

「だって、今日の検査の後女性陣が『貴族色を見られた』って言ってたから」

「まさか!あの距離から聞こえていたのかい!?俺がせっかく自然な感じで見事に君を足止めできたことに、満足感を覚えていたというのに!」

 リュックはガビーンとショックを受ける。

 クロロはなんだか申し訳ない気持ちになった。

「うん。というか普通あれくらいの距離なら聞こえると思うけど?」

「聞こえるわけないよ!そもそも、声自体もだいぶ押さえてたのに!」

 ハティが頭を抱えて大げさな仕草でうなだれる。

「はぁ…まあ、聞こえてたもんはしょうがねぇな。というわけで、俺達は現在狙われてる身だ。エルベス王国に向かってるのは、追手から確実に逃げ切るためだ。さすがに他国へはそうそう追ってこれないだろうからな。エルベス王国の王族は追跡能力に関しては世界で一番優れていると言われている。おかしなことをすれば、すぐに見つかるだろうからな」

「そうなんだ」

 クロロはそう言いながら内心ドキドキしていた。

 うわー…追跡能力世界一って…ヤバくない?

 ハイルたちを追っかけてたルベスって人エルベス王国の人だし…。もう捕まっちゃったんじゃ…。

 クロロは一人で目を白黒させた。

 そんなクロロの様子に疑問を持ったテリーヌが心配そうに話しかける。

「クロロ君どうしたの?お目目がキョロキョロしてるわよ?」

 彼女の言葉にハッとするクロロ。

「いえいえなんでもないです。実は僕の知り合いにも貴族の人がいて…なんかあの人たちも誰かに追いかけられてたなぁと思って…。そんでその追いかけてる人たちにも会ったことがあるんだけど、確かエルベス王国の人だったなぁと…」

 クロロがしどろもどろになりながら答えると、ショルが突然立ち上がった。

「クロロ君!どういうこと!?エルベス王国の人たちに追いかけられてる人に出会ったの?」

「う、うん」

「ねえ。それもしかしてハイルっていう名前の人じゃなかった?」

「うぇっ!?」

 (な…なんでハイルの名前がここで!?)

 クロロは嫌な予感がしつつ、なんとか答えをはぐらかそうとする。

「さ、さぁ…。僕も名前までは知らないなぁ…。ちょっと会ったくらいだし…」

(嘘です。結構一緒に旅してました)

 明後日方向を見ながら、答えるクロロだがショルの追及は止まらない。

「クロロ君、私の目を見て言いなさい。あなた嘘つくのがわかりやすいのよ。ハイルという人物が今どこにいるかわかってるんじゃないの!?」

 ショルがまるで縋り付くようにクロロの両肩を掴む。そして、めっちゃすごい勢いで揺さぶり始めた。

「うわぁぁん!うわぁぁん!ぐらぐらするよぉ…。ショルぅぅやめてぇぇ」

 ぐわんぐわんと揺さぶられるクロロ。

 相手はか弱い女性なので、あまり乱暴なことができず、なすがままになっている。

「どぉうぅしっちゃったぁぁのぉぉ」

 ぐらぐらしながらも、なんとか会話をしようとするクロロ。

 そこに救いの手が差し伸べられた。

「よせショル。どうしたんだ?何をそんなに焦っている?お前らしくないぞ」

 救い主はクラッチだった。

 どうやら彼もショルの変貌ぶりに心当たりがないようで困惑している。

「離してクラッチ!クロロ君がハイルを知っているかもしれないの!私は彼に会いたいの!エルベス王国へ行くから諦めていたけど、近くにいるかもしれないもの!」

「だから、どうしてだ!落ち着けよ!」

 クラッチがショルをなだめようとするが、彼女の興奮はなかなかおさまらない。

「ショル。大丈夫だから。別にクロロ君は逃げたりしないから。落ち着いて。さぁ、落ち着くんだ…」

 次はリュックが彼女を落ち着かせようと、歩み寄った。

 …何故か穴の開いたコインを糸で吊るしたものを手に持っている。

 そして、彼女の目の前でそれを左右にゆっくり振り出した。

「ほーら、ほーらショル。君はだんだん落ち着いてくる。…そうだ、ゆっくり、ゆっくり…。落ち着いてくる…。ほら…耳を澄ませてごらん…。外のフルフルロウの鳴き声が聞こえてくるよ…。ホォー、ホォー…」

 いや、フルフルロウの鳴き声完全にあなたがやってますよね。

 リュックは催眠術を試みているのだが、そんなこととはつゆ知らないクロロにとっては謎の行動でしかない。

 そして肝心のショルはといえば…

「うるさいわね!それどころじゃないのよ!…でも…、リュックのその訳の分からないことを本気でやろうとしている姿勢は私好きよ…」

 ポッと顔を赤くするショル。今のどこにリュックの魅力があったのだろうか…?理解しがたい。

 だが、なんとかショルが落ちついたのでよしとする。

 そこで改めてクロロは質問を繰り返す。

「落ち着いたところで…。ショル、なんでハイルに会いたいの?」

「うん。私も気になるよ。どうしちゃったのショル?」

 ハティも心配そうに尋ねる。

 すると彼女は少し俯きながら答えた。

「大きな声では言えないけれど、ハイルというのは反国家組織のリーダーの名前なの。実はしばらく前に王都に住む貴族たちに宰相様からの勅命が下ったの。反国家組織の存在を確認した、各貴族たちはすみやかに組織の壊滅とリーダーの捕縛に尽力せよってね」

(うわぁ…。ハイル完全にお尋ね者になってるし!)

「私の読みでは、その反国家組織のリーダーのハイルという人物が今回の貴族狩り…私たちはそう呼んでるの…の犯人じゃないかと思うの。だから、彼さえ捕まえたり倒したりすれば、貴族たちが狙われることがなくなるんじゃないかと思って…。そしたら、私もまた家に帰れるわ…」

 ハイル、大変な濡れ衣を着せられてますけど!

 これ私が誤解とかなきゃいけないやつ?

 というより、家に帰れるということは…。

「やっぱり、貴族なのはショルなの!?」

 クロロは驚き半分納得半分で言った。

「ええ。そうよ。私の本名はショル・ダーバックというの。これでも王都の東館通りの主の娘よ。今回は一目ぼれしたリュックに無理を言って、エルベス王国へ逃がしてもらっている最中。…でも、まさかここまで追いかけられるとは思ってもみなかったわ。私の読みが甘かったのよ…。みんなには迷惑や怖い思いばかりさせてて、本当に申し訳なくって…」

 ショルは泣きそうになりながら言う。

 どうやら罪悪感が半端ないらしい。

「何言ってるの。私はこういう刺激に満ちた毎日を待ってたんだよ。それに、ショルは狙われやすい貴族だからって、気配に敏感でしょ。それで追手が近づいてきててもすぐにわかるし、まだ誰も大事になってないんだから、そんなに気にしなくても大丈夫だよ!」

 ハティが明るく答える。

「そうよ。リュックからの話に飛びついたのは私も一緒よ。エルベス王国に行く機会を貰えたことに、すごく感謝してるのよ。しかも今どき馬車つきなんて、贅沢にもほどがあるわ。おかげで商品もたくさん載せられて、商売の輸出入がすごく楽で助かってるの。むしろこれであなたを連れて逃げるという依頼料までもらっちゃっていいのかと思ってるくらいなんだから」

「俺はテリーヌの行くところには必ずついて行く。俺の居場所はテリーヌのそばだけだ」

 一見クールな意見を述べるクラッチだが、ただただテリーヌにメロメロなだけだ。

「もう、クラッチったら…」

 呆れたように言うテリーヌだが、満更ではなさそうだ。

「俺はショルと旅することができてすごく嬉しいよ。だって、君は俺が想像していたより素敵で強い女性だ。君みたいな人が俺を選んでくれるなんて今でも夢みたいなんだから…」

「リュック…」

 室内がピンクな雰囲気に包まれている。

 残念ながらクロロとハティは蚊帳の外だ。

 ハティはクロロと目を合わせながら

「どうしよう。私たちも2人でピンクになってみる?」

「いや…僕はいいや…」

「なに?私が相手じゃ不満なの?」

「そんなことないよ!ただ…その…えーっと…」

 本当は女だと言い出せないクロロの態度を別の意味に取ったのかハティが笑って言う。

「あはは。冗談、冗談。皆がピンクになるのはよくあることだよ。ああなったらしばらく皆独自の世界から戻ってこないからもう私たちは部屋に帰って寝よ寝よ」

 ハティは気兼ねなく部屋を出て行った。

 クロロもそれに続いて自室に戻るのだった。

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