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074.ナカー村に到着

 クロロがナナバに釣られて契約更新をした日からさらに3日後、一行はナカー村に到着した。

 村というくらいだから、シータ街からここに来るまでに通ってきた集落よりもわずかに大きな規模を想像していたクロロだったが、予想以上だった。

「ほへー…。でっかぁい。これ街じゃないの?」

「本当だなぁ。俺達も初めて来たけど、予想以上にでかいな」

「これ、本当にナカー村なの?」

「でも、そこの看板に『ナカー村にようこそ!』って書いてあるよ」

「お前たちとりあえずそのポカンと空いた口を閉じろ。まずは中に入って今日の宿屋を見つけるぞ」

 クラッチが皆をまとめる。なんか保護者のようだ。

 

 一行が村に近づくと、村人が何人かやってきて簡単な取り調べが行われた。

「ナカー村は初めてかね?」

 リーダーらしき中年のおじさんが話しかけてきた。

 こちらからは代表でリュックが対応することにする。

「ええ、そうなんです。我々は新米の旅商人でして」

「そうかい、そうかい。よお来なすった。本来なら自由に入ってもらうんだが、何せ最近シータ街からここまでの道で賊が出るという噂があってな。念のため悪い奴らが入り込まないよう、初めてここに来る人たちには簡単な検査を受けてもらっているのだよ」

 彼の説明でリュックは納得した。

「そういうことならご協力します」

「それは助かる。いやぁ、こういったことをすると怒り出す人も多くてね。『俺は何も悪いことはしていない!』『何故私がそんなことに付き合わなくてはダメなのだ!』とか言って…。そういう態度が後ろ暗いことがありますよと言っているもんなんだがね。その点、あんたたちは大丈夫そうだ」

 彼はニコリと笑うと、近くにあった2つのテントに一行を案内する。

「それでは男性は右のテント、女性は左のテントの中に入って簡単な検査を受けてくれ。その間に私たちは馬車の荷台を調べさせてもらう。もし馬車を野放しにしておくのが怖いのならば、誰か残ってもらって、荷台の検査後にテントで個人の検査を受けるというのもありだよ」

 クロロは間髪を入れずシュパっと手を上げた。

「はい!僕が馬車の見張りをします!」

 なんというピンチ!そしてなんというチャンス!

 クロロ自身も最近ちょっと忘れかけることがあるが、クロロは男装をしているだけで本当は女の子だ。

 どんな検査をされるかはわからないが、さすがに男性用テントに入るにはリスクが高い。

「え?クロロ君、別にいいよ。この人たちは良い人そうだし、クロロ君も一緒にテントに行こうよ」

 クロロはぶんぶんと首を横に振る。

 誘わないでくれリュックよ。こちらにはこちらの事情があるのだ。

 そこで思わぬ助け舟がやって来た。

「いや、クロロの言うとおりだ。商品は俺達にとっての命だ。他人に預けるのは些か不安だ。ここは護衛として俺も残ろう」

「え…?いやいやいや、僕一人でも大丈夫…」

「お前は俺の話を聞いていなかったのか。俺はこの商人の一員だからここにいる。お前は雇われ護衛だろ。いわば、他人だ。他人だけに大切な商品を預けることはできない。」

 クラッチの厳しい目線に、クロロはタジタジだ。正論過ぎてぐうの音も出ない。

 結局、その場にはクロロとクラッチが残り、他の3人はテントへ移動した。

 少しすると3人は検査を終えて戻ってきた。

 しかし、女性陣の表情が少し妙だ。

「どうした?」

 クラッチは彼女たちに近づいて声をかける。

 ちょうどその時クロロはリュックに話しかけられた。

「荷物の検査の方はどうだ?」

「あ、うん。もうあと半分ってとこみたい」

 クロロは彼女たちの方も気になったが、リュックの質問に答えた。

「そうかそうか。残りは誰の商品だ?」

「ハティとクラッチの分だよ。この2人の分は種類が多いから調べるのに時間がかかってるみたい」

 リュックと会話しながら、クロロの耳には向こうの女性陣とクラッチの会話が聞こえていた。


(貴族色を見られちゃったよ…)

(っち…。もしかしたらこの検査自体が奴らの罠なのかもしれない。…だがここで拒むのも不自然だ。…くそう。してやられたかもしれんな…)


 クロロは貴族色という言葉にピクリと反応した。

 もしや、彼女たちの誰かが貴族だったのだろうか。

 …賊から狙われる貴族、旅商人、今どき少ない馬車での移動…。

 あれ?もしかして…もしかして…?またもや貴族関係の厄介ごとに関わってしまっているのでは?

 うっそーん。


 目の前で突然、ガビーンという表情をするクロロにぎょっとしたリュック。

「なんだ、なんだ?クロロ君?…おーい、クロロ君?どうしたのー?…お腹減ったの?」

 最後の言葉に我に返るクロロ。

「お腹は…まあまあ減ってきた…」

「おお、ごめんよクロロ君。育ちざかりの君にはたくさん食べてほしいが、先に検査を受けて来てくれ。ここは今度は俺らがいるから」

 なんということだ、そうだった。まだ検査という試練がクロロを待ち構えていたのだった。

「えーっと…そうだね。検査…検査…うん…」

 クロロが二の足を踏んでいると、後ろから首根っこをひょいっと誰かに掴まれた。

「ほら、ぐずぐずしてないで行くぞ」

 クラッチだった。

(の…のぉぉぉぉん)


 テントの前に到着すると、クラッチはクロロをポイッと左側のテントに放り込み、自身は右側のテントにとっとと入って行った。

 テントの中で、クロロは「あれれ?」と首を傾げた。

 そこにいた女性たちは最初不審そうにクロロを見ていたが、何かを納得して、どんどん彼女の服を脱がせにかかった。あっという間に下着姿にされた。

 そして、彼女たちは上から下までじろじろクロロを観察すると、手元の手帳に何かを書き込み、また彼女を元通りの格好に直すとテントから出した。

 見事な手際により、何が起こったかよくわからないままテントの外に立ったクロロ。

 その彼女の手を強く引く者がいた。

 またもやクラッチだ。

「ボーっとするな。早くそこから離れろ。…もたもたしてたら、あいつらにもバレるぞ」

「え?え?え?…クラッチなんで知って…」

「話は後だ」

 彼は有無を言わさずクロロを仲間の下へ引っ張っていく。


「様子はどうだ?」

「こっちは検査が終わったところだよ。もう中に入っていいってさ」

 リュックが親指で馬車の方を指差す。

「ええ、ええ。協力ありがとう。このナカー村に来られたということはおそらく、次の目的地はウーエー国境じゃないのかい?十分な物資の補給と休息をしてから出発することをお勧めするよ。ちなみに、私的にはこの道を進んだ突き当りにある『カミロウ亭』がお勧めの宿屋だ。協力してくれたお礼に、部屋を取っておこうか?」

 彼の申し出にリュックが申し訳なさそうに断りを入れる。

「いえいえ。おかまいなく。俺達は俺達のスタイルがあるので、それに合う宿屋を探させてもらいますよ」

「そうかい。差し出がましいことを言ったね。それでは、ナカー村でのんびりしていてくれよ」

「ありがとうございます」

 リュックは彼に当たり障りのない反応を返して、馬の手綱を持って歩き始める。

 他の皆もそれに習う。


 村に入ると旅商人の一行は、かなりの頻度で村人に話しかける。

 会話の内容を聞いているにどうやらこの村にある宿屋の名前を聞いて回ってるようだ。

 だが、そろそろ日が落ちそうな時間になっても一向に宿が決まらない。

 クロロ的にはどの宿屋でもいいのではないかと思っている。何かこだわりがあるのだろうか。

 あと、いくら大き目の村だとはいえ、馬車を5台もぞろぞろひきつれて移動していると結構人目についている。

 その中にも何人かこちらをじーっと観察する目がいくつかあることにクロロは気づいていた。

 そしてとうとうリュックが村はずれの丘の近くで立ち止まった。

「くそう!これだけの規模の村だ。絶対『時計亭』系列の宿屋があるはずなのに、見つからない!…みんな、一応今まで聞いたこの村にある宿屋の名前を教えてくれ」

 全員が疲れたようにため息をつきながら答える。

「『カミロウ亭』『ナカーの癒し亭』『清らか朗らか滑らか亭』よ…」

「私もー…」

「私もね…」

「俺もだ…」

 クロロは首を傾げる。

「何でその中から選ばないの?」

 ショルが首を振りながら答える。

「…ちょっとした理由があって、今私たちは村の人たちを信じていないの。全員が全員信用に足りないわけじゃないと思うんだけど、正直誰を信じていいかわからないのよ。そんな中オススメされた宿屋はどうも胡散臭くて…」

「はぁ…誰か確実に信用できる人がいれば…。でも、こんなところまで来て知り合いなんていないし…。『時計亭』系列の宿屋を紹介してくれる人がいれば一発で信用できるんだけど…」

 いつも元気なハティすら元気がなくなっている。

「所詮、大きいとは言っても村は村だ。そもそも『時計亭』の宿屋がない可能性も高い。女性陣の体力もそろそろ限界だ。ここは半分賭けになるが、さっきの3つの宿屋から選ぶしかないか…?」

 クラッチの提案にリュックは良い顔をしなかった。

「賭けをするのはできれば避けたい。…実はさっきからショルが複数の人物がずっとこちらを見張っていることに気付いる」

 クラッチ、ハティ、テリーヌは目を見開いた。

「本当か、ショル!」

「ええ…なかなか皆に言うタイミングがなかったんだけど、この村に入ってから何人かこちらをつけてる…」

「うっそぉ…。やっぱり最初の検査は貴族色を見つける罠だったんだ!どうしよう!宿屋に泊っても襲われそう、でも夜の街道を走っても捕まりそう…。万事休すじゃん!ここまで来てえぇぇぇ」

 ハティは地面にうつ伏しながら泣き始める。

「どうにか手はないのかしら…。クロロ君やクラッチがいくら腕が立つとはいえ、相手の数もわからないんじゃ不利だわ」

 テリーヌも困った顔で頭を抱える。

 旅商人一行は暗い雰囲気に包まれた。


 皆がどよ~んとしてしまったのを傍目で見ながらクロロもどうしようかと考える。

 用は信頼できる人から紹介された宿屋、もしくは『時計亭』系列の宿屋でなくてはならないのだろう。

 …うーん、そんなこと言ってもなぁ…。

 クロロが黄昏の空を眺めていると、村の方から小柄な女性が軽いステップでこちらに向かって来るのが見えた。

 すると、あちらもクロロに気付いたようだ。

 そして少しの間お互いに驚いた表情になり…。

「「ああああああああああ!!!!」」

 同時に大声を上げて走り出した。


「クロロ君じゃないのよぉぉぉ!」

「メリーさぁぁぁん!どうしてここにぃぃぃ!」

「んもう!メリリンって呼んでって言ったでしょう!」

 彼女は素敵な笑顔でウインクをしながら、クロロに注意する。

 クリリ街で美容院を経営しているはずのメリーとの衝撃の再会だった。

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