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070.続々・とある商人の話

 リュックは椅子から立ち上がりながら言う。

「あなたにはたくさんの恩義がありますが、それとこれとは話が別です!俺には荷が重いですよ!それに、先ほど地位の低い貴族たちから消されているようだって言ってましたけど、どうしてその人たちを助けてあげなかったんですか?自分の娘を助けたいのは親として当然だと思いますけど、他の貴族の人も助けてあげるべきだったんじゃないんですか!?」

「やめて!」

 メイドが責めるような視線をリュックに向けてきた。

「パパは精一杯やっていたわ!でも、そもそも貴族が消えていたのに気付けたのがここ最近だったのよ!本当に少しずつ、少しずつ消えていたの。報告によれば10年くらいかけてゆっくり、ゆっくりと。運の悪いことに宰相のアゼパス様が一般人たちも国の政治に関われるようにしようと改革を始めた時期と被ってしまったから、働く貴族の人数が減っているのは自然なことだったのよ…」

 大きな声を出してしまったのを恥じているのか、メイドは徐々に声を小さくしていった。

 ちょっと恥ずかしそうにしているのが可愛い。

 …ではなくて、今衝撃的なことを聞いたきがする。

「…パパ…?」

「…そこ?…ええ。私のパパはこの人だもの」

 主人を指差して言うメイド。

 ということは…

「ええ!もしかして、連れて逃げてほしいのってこの子ですか!?」

「いかにも。『神化教』の連中の目を少しでも欺くために、この子には日常的にメイドの格好をしてもらっている」

「マジですか!?全然似てないんですけど!?可愛いんですけど!?」

「似てないとは何だ!だが、可愛いのは事実だ。不埒な考えは許さんぞ…と言いたいところだが、まぁなんだ。君なら多少は不埒な考えをしてもいいだろ…」


 『ペシンッ!』


 メイド服の娘のビンタが主人に炸裂する。

 だが、音も可愛らしい。

 …ちくしょう。この子が娘だった時点でアウトだ。

 リュックの心はもう決まってしまった。

「パパの言ったことはまだ忘れていて。…最初はね、もっと腕のたつ護衛や大商人に頼むっていう話もあったの。…でも、逃げるのは私よ。捕まるのは今日かもしれないし、明日かもしれない。そうなったら命があるかどうかもわからない…。それなら私、今一瞬一瞬を後悔しないように生きたいの。だから…好きになった人のそばになるべく長くいたいの」

 そう言って彼女は、リュックを熱のこもった瞳で見る。

 リュックは最初言われた意味がわからなかったが、その意味に気付いた途端に真っ赤になった。

(…そ、それはつまり…その…お…おおおぁぁ!)

 ウソだろ、嘘だろぅ?こ、こんな可愛い子が俺に…俺に…片思いしてただとおぉぉぉ!

 まさかまさかの本当に告白だった!

 しかもお父様の目の前で!

 妄想では結婚までしていたが、現実にこうも好きだとハッキリ言われるとタジタジになってしまう。

 が、頑張れリュック。男だろう!

 可愛い女の子にここまで言われて引き下がるのか?

 できるわけないだろ!そんなことするくらいなら、男なんてやめてしまえ!

「…っ。わ、わわわわかりました。女の子にここまで言われて断るなんてできません」

 リュックの返事に彼女は目を輝かせる。

「本当!?嬉しい!私玉砕覚悟だったの!…まだ、あなたにとって私はほとんど初対面だもの。私はあなたのことを何度も遠くから見ていたけれど…」

 嬉しそうな娘とは対照的に複雑な表情なのか父親だ。

「ううう…。娘が言い出したこととはいえ複雑な心境だ…。とにかく引き受けてくれてありがとう。恩に着る。そもそも私は君のことはかなり気に入っているんだ。仕事も真面目だし、屋敷内の評判もいい。…まさかこんな大仕事を頼むことになるとは思わなかったけれどね…。…娘のことを頼む。…私はもう、この子を守ることができない…。もしかしたらこの先二度と会えない可能性だってある…」

 彼は名残惜しそうに娘を見た。

「パパ。何を弱気になっているの?私は逃げるだけよ。この『貴族狩り』が解決したらまた戻ってくるわ。それまで、パパこそ無事でいてよ」

 彼女は心配そうに両手で父親の頬を包み込む。

 父親も一度そっと娘を抱きしめた。

「さて、そうと決まれば善は急げだ。娘を逃がす準備はすでにできている。君の準備ができ次第ウーエー国境に向かって出発してくれ」

「ウーエー国境?エルベス王国に逃げるんですか?この王都からならルチェル王国の方が近いのでは?現に王都を拠点に国を股にかける旅商人たちは皆ルチェル王国へ商売に向かう人ばかりだし…」

「その裏をかく作戦だ。娘に追手がかかった場合、相手もそう考えてルチェル王国が先に頭に浮かぶはずだ。だからあえて遠いエルベス王国へ行ってもらいたい」

「はぁ…わかりました。乗りかかった船だ。どこまでもやりますよ。ただ、出発は少し待ってください。俺もこちらだけじゃなく、他にも取引先があるんで…その引き継ぎとかで5日くらいほしいです。それと、今回の旅に妹も連れて行ってもいいですか?1人王都に残して行くのも薄情だし、あいつは元々旅商人になるのが夢だったんで…。それに人数が多ければそれだけ紛れることができるでしょ?」

 主人は頷いた。

「いいだろう。君の妹さんなら私も何度か会っているし、彼女なら問題ない。だが、危険な旅路であることだけは覚悟しておいてくれ。この子が王都から逃げ出したとバレたら、すぐにでも追手がかかる可能性がある。だから、念のため国境を超えるまではなるべく護衛もつけてくれ。妹さんも一緒ならなおさらだ。信用できる人物がありがたい。心当たりはあるか?」

 リュックは頭の中で幼馴染の2人を思い浮かべた。

 彼らは商売もできるし、何より一人は用心棒から商人になった変わり者だ。

 リュックは迷いなく頷いた。

 それを見たアクロはほっとした様子だった。

 

 それから5日後。

 リュック一行は再び屋敷を訪れていた。そこには旅商人に変装した彼女もいた。

 前のメイド服も似合っていたが、これもいいなとリュックは内心鼻の下を伸ばしていた。

 彼の視線に気づいた彼女も、ほんのり顔を赤くする。

 一行は互いに軽い自己紹介をした後、アクロに見送られながら王都を出発した。

 娘と父親の別れは軽い抱擁だけだったが、そこには言葉にはできない切ない思いがあった。


 出発してしばらくは順調だった。

 小さな集落や村に立ち寄り、商売をして路銀を稼ぐ。

 貴族の彼女は当初戸惑っていたが、商売に慣れてくると、楽しそうにしていた。

 どうやら思いの外、旅商人が肌に合っていたらしい。

 さすがに、ベテランたちほどは稼げないが自分の食い扶持くらいは儲けられるようになった。

 しかし、もうしばらくすればシータ街というところで突然盗賊に襲われた。

 元用心棒のクラッチが上手く立ち回ってくれたおかげで、こちらに大したダメージはなかった。

 運よく彼らの実力がクラッチより遥かに低かったのだ。

 いや、逆にクラッチが強すぎたと言うのが正しいかもしれないが…。

 一体用心棒時代にどれだけ鍛えていたのか…。

 しかし、そこからが大変だった。

 なんと次々に盗賊や、人さらいなどがこちらに襲い掛かるようになってしまった。

 これは確実に、貴族の娘がこちらにいることがバレているとみて間違いなさそうだ。

 おそらく奴らは王都から貴族が逃げたしたことに気付いたのだろう。

 困ったことに、奴らは後方だけではなく前方からもやって来る。

 そう、シータ街の方からだ。

 完全に先回りされている、もしくは同じように王都から脱出する貴族が他にもいるのかもしれない。

 そういった者たちを捕えるために、奴らの仲間が各街や村に最初から潜んでいる可能性が高い。

 

 だが、ここから彼に幸運が訪れた。

 『時計亭』系列の宿屋だけは安心だったのだ。

 そこにいる間だけは、襲われることはなかったし、さらには時折同じように逃走中の貴族と会うこともあった。

 お互いに情報提供することで、どのルートが安全か検討することもできた。

 なるべく、短時間でできるだけ目立たず。

 それを徹底しながら進んだ。

 こうしてなんとかシータ街に到着した。

 だが、戦闘を専門にしていたクラッチがそろそろ一人では限界だと言う。

 おそらくこの先、国境までが山場だと踏んで、できればもう一人護衛を雇うべきだという意見だ。

 それに対しては全員が賛成した。

 そこで、シータ街の『置時計亭』の主に護衛を雇いたい旨を相談したところ、不思議なちっちゃい少年を紹介されたのだった。

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