表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/209

069.続・とある商人の話

 リュックは緊張しながら、屋敷の廊下を歩いていた。

 一体このメイドは自分に何の用事があるというのか。

 彼女は迷いなくずんずん奥へ奥へと進んでいく。

(一体どこまで行くんだ?結構ここには通っているが、こんなに奥に来たのは初めてだ)

 目の前を歩く彼女はまだ止まる様子を見せない。

 リュックはどんどん不安になっていく。しがない商人がこんなところまで入り込んでいいものなのか。

 ただでさえ、今日の主人の機嫌は激悪だというのに…。

 不法侵入で取引停止になったらどうしてくれる。

 そもそも、このメイドは誰だろうか。

 リュックは屋敷で働いているメイドをすべて覚えているわけではないが、ある程度いつも顔を見る女性たちぐらいは知っている。

 彼女の若さから考えて、新人メイドだと予想できるが、それならばリュックが顔を知らないのがおかしな話なのだ。

 新人メイドは最初は仕事や物の動きを覚えるために、たいてい商人から受け取る商品の仕分けなどをやらされるからだ。

(うーん…。でも、全員が絶対という訳ではないし…)

 彼女の正体もわからなければ、リュックをどこへ連れて行くつもりなのかもわからない。

 そうこうしているうちに、彼女はついに行き止まりで立ち止まった。

 周りには全く人気がない。

(…はっ!まさか、こ、こここれは…このシチュエーションは…こ、こ、こ、告白なのでは!?そうだ!そうに違いない!きっと彼女はちょっと前からお屋敷の奥で働いていたんだ。それで、遠目から商品を受け渡ししている俺の姿を見ていたに違いない。そうこうしている間に、俺のことが気になり始めて…。今日、勇気を持って俺に告白をする気なんだ。だから、こんなに人気のないところまで俺を誘導してきたに違いない。ほら、見て見ろ、この子の様子を!目がわずかに潤んでいて、手も少し震えている…。畜生、俺はなんて罪な男なんだ!ごめんよ、メイドちゃん。全然気づかなくて!)

 リュックはドキドキしだしながら、精一杯素敵な笑顔を浮かべた。

 大丈夫。俺は君の全てを受け入れよう。

 なぜなら、俺は独身だから。

 君のような可愛い女の子はいつでもウェルカムさ!


 リュックがリゴーンとベルの鳴る結婚式の様子まで妄想していると、メイドは周囲に人気がないことを確認した上で行き止まりの壁をごそごそといじり出した。

 すると「ガコン!」という鈍い音が鳴ったかと思うと、そこには地下に続く階段が現れた。

 そこは薄暗く、人を不安にさせる雰囲気だった。

 周囲は石が積みっぱなしで、灯りもなく先は暗闇で見えない。

「ここから先は扉を閉めると完全に暗闇になります。残念ながら中に灯りの設備はありません。私があなたの腕を握りながら誘導します。ついてきて下さい」

 彼女はそれだけ言うと、さっさとリュックを階段へ誘い、扉を閉めた。

 完全な闇の空間だ。

 メイドは宣言通り、リュックの腕を掴んでゆっくりと階段を下りていく。

 階段は思いのほか長く、終わったかと思うとまだ通路は続いている様子だった。

 途中、右へ曲がったり左へ曲がったりを繰り返し、進んでいく。

 リュック自身もうどこを歩いているのかわからなくなった。

(これ…もしかして告白じゃない?え?じゃあ俺は一体どこへ連れていかれてるんだ?大丈夫なのか?ももも、もしかしてこの子さっきの神化教の奴の仲間じゃ…。それで仲間になるのを断った俺のこと消しに来たんじゃないのか?…や、やばい!逃げなきゃ!)

「あ…あの俺もう…」

「ここです」

 リュックが逃げようとしたちょうどその時、メイドが立ち止まりまたごそごそと動き出した。

 すると、そこには扉があったのか突然向こう側からの眩しい光が彼らを包み込んだ。

 最初は眩しくて目を開けられなかったが、すぐに慣れて視力が戻ってきた。

「え?」

 そこは簡素な倉庫のような部屋だった。

 それ自体は別にいい。

 問題はそこにいた人物だ。

「よく来てくれた」

 丁寧に手入れをされた、口ひげ。その右半分は薄紫色をしていた。

 そう、彼はしばらく前までリュックのことを怒鳴りつけていた屋敷の主人その人だった。


 訳がわからないまま、リュックは勧められた簡素な椅子に腰かけた。

 同時にここまで道案内をしてきたメイドは主人の隣の椅子に座った。

「まず、最初に謝らせてほしい。今日は理不尽に怒鳴ったりしてすまなかった」

 主人は椅子に座りながらも深々と頭を下げた。

 貴族からの丁寧な謝罪に、リュックは戸惑った。

「い…いえ。そりゃ、人間なんですから機嫌の悪いときもありますって…」

「いや、今日のことはそういうことではないのだ。失礼ながら、君を試させてもらった」

 話が見えてこない。試させてもらった?

「そうだ。実は君も気づいていると思うが、最近王都で貴族が行方不明になる事件が相次いでいる。表立っては色々理由があるがね…。どうやら、この事件の裏には神化教とやらが深く関わっているようなのだ」

 リュックは先ほど話しかけてきた怪しい男のことを思い出した。

「奴らはなかなか尻尾を掴ませない。信者を捕まえたとしても、ほとんどはただの善良な市民で、別に悪さをしているわけでもない。神の降臨がないこの国の貴族に少々悪印象を持っているだけだ。…耳の痛い話だがね。…だが…」

 そこで、一度主人は言葉を切り、真剣な眼差しでリュックを見た。

「神化教の真に恐ろしいところは、甘い言葉で信者を増やしていき、信者の中でも見どころのありそうな人物に声をかけ、真に神になるための儀式を行うということだ。そしてその儀式にどうやら貴族たちが必要らしい。私は神化教にスパイを潜り込ませることに成功はしたのだが、さすがにその儀式を受けるまでには至っていないので、どうして貴族が必要なのかまではわからないのだがね…。ほら、先ほど君に声をかけた神化教の信者がいただろ?実は彼がスパイなのだ。今、なんとかして儀式の勧誘をしてもらえるよう、信仰心の厚い人物を装ってもらっている」

 なんと先ほどの彼はスパイだったのか!

 リュックは驚きと同時に尊敬の念を抱いた。

 あれだけ本物の信者っぽい演技ができるとは、なんと優秀な人物か。

「今日のことはすべて彼と打ち合わせてあった。私が君に理不尽なことをし、その後彼が神化教への誘いをする。もし誘いに乗れば、それはそれで君の自由だったのだが、もしこの誘いに見向きもしないようなら、君をここまで連れてくるよう彼女に指示していた」

 そこで初めて、メイドが口を開く。

「あなたは文句なしに合格よ。あなたなら信頼できる」

「信頼…?あの、さっきから話が見えないんですけど…。神化教という団体が貴族を狙ってるってのはわかりました。でも、それで俺はなんで知らない間に試させられて、ここに連れて来られてたんでしょう」

 そこで、いきなり主人がガバッと先ほどよりも深く頭を下げてきた。

「君に頼みがある。うちの娘を連れて、この国から逃げてくれ!報酬は弾む!頼む!もう時間がないんだ!」

「へっ?」

 予想もしていなかった展開に頭がついていかないリュック。

「狙われる貴族は地位の低い者たちばかりだった。ちょうど、一般人たちがすんなり成り代われるような。だが、最近になってもうそのような手ごろな者たちがいなくなったんだろう。今度は国の中核をなす貴族までも奴らの手に落ち始めている。…私の妻もこの間行方不明になったという知らせが来た…。地方の小さな村の視察行った帰りだった…突然盗賊に襲われて、そのまま今も消息不明だ…。今思えばあの仕事自体が罠だったのかもしれない…」

 主人は両手を強く握りしめ、俯いた。涙を堪えるようなその様子にリュックの胸が痛くなる。

「妻は私と同じように国のために働いていた。彼女は優秀で、特に商売に関わる審判が得意だった。国の経済部のグループリーダーだったんだ。そんな彼女までターゲットになった。私が狙われる日も近い。だがしかし、それよりも私の一人娘の方が先に犠牲になる可能性が高い。今はまだ街から出る用事もなく、常に護衛たちと行動させているため無事でいるが、いつ奴らの魔の手が襲い掛かるかわからない。幸いにして彼女の貴族色は足の爪だ。日常生活ではまず人に見られない。この国を離れれば、貴族とバレずに生きていける。頼む!」

「ちょ…ちょ…ちょっと待って下さい!どうして俺なんですか?あなたなら、もっと腕の立つ人や、やり手の商人への伝手だってあるはずだ!あなた自分が誰かわかってるんですか!?…王都の東館通りの主『アクロ・ダーバック』さんですよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ