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067.ボロボロのクラッチ

「ただいま~」

 クロロが宿屋の食堂に戻ってくると、先ほどまでと変わらない面子がそこにいた。

「っ!!クラッチーー!?」

 リュックがクロロに背負われているクラッチを見るやいなや大声を上げる。

「そ…そんな…。クラッチが…クラッチが…嘘よー!クラッチ死なないでー!」

「クラッチー!どうしちゃったの!?返事をしてよ、クラッチーー!」

 続いてショルとハティが悲惨な悲鳴を上げる。

 どうやら彼らの中でクラッチは帰らぬ人になっているようだ。

「あなたたち、落ち着いてよく見なさい。彼はただ気絶してるだけっぽいわよ。ほら」

 一人冷静な女性が仲間たちをなだめる。

 …しかしながら、周りがこれだけ騒がしいというのに、クラッチは目覚める気配がまるでない。

 とりあえずこのままでは動きにくいので、クロロは彼を食堂の椅子の上にひょいっと乗っけた。

 倒れないよう食堂の机に項垂れるように置いておく。

 これでいいや。

 クロロが作業を終えると、冷静だった女性がクラッチに近づいていき、彼のほっぺをペチペチ叩く。

 反応がないことを確認すると、次はベッチンベッチンとかなり本気のビンタをお見舞いしていた。

 すると、クラッチがわずかな呻き声を上げた。

 それに満足したのか女性は、腕を組んでうんうん頷いた。

「坊やすごいじゃない。あのクラッチをここまで伸してしまうなんて。彼は元々旅の護衛が専門の用心棒出身なの。結構優秀だったから、引く手数多でね…。それで色々な行商人たちの護衛をするうちに、彼らの商売のやり方を自然と覚えて、これは自分でもできるんじゃないかって思って商人になったっていう変わりもなのよ。あ、あとこれはどうでもいいことだけど…彼、私の旦那ね」

 ちょっと待て。

 最後の発言が一番気になる。

 あなた人妻だったのか。

「ふふふ…。あの人がこれだけ無様に気絶してる姿はなかなかお目にかかれないからね。…日頃のうっぷんを込めてちょっと強めに叩いちゃったわ。…ふふふ」

 口元を隠して、ひっそりと嬉しそうに呟いている。

 …怖い。クラッチよ一体彼女に何をした。

「さてさて、一応確認なんだけど、坊やが彼をこんな状態にしたのよね?」

「うん」

「一体どうやって?」

「こうやってだよ」

 クロロは物を両手でもってくるくる回る仕草をした。

 だが、それを見た一行はそろって首を傾げる。

 クロロはかなり忠実に再現したつもりだったが、どうやら伝わらなかったようだ。

 当たり前だ。誰がクロロのような小さな人物が大男をぶんぶん振り回すシーンを思い描けると言うのか。

 4人は「回転チョップかな?」「もしかして幻の魔法陣?」「いや…砂埃による目くらましじゃ…」「回ることによって、残像を作ったのかも…」などなど、好き好きに意見を出し合う。

 クロロはクロロでそれを聞きながら一つ一つに心の中で返事をしていた。

(回転チョップか…それいいな。今度やってみよう!)

(幻の魔法陣って何だ?)

(砂埃は今回使わなかったよー)

(残像を作るならもっと早く動かなきゃダメなんだよね)

 彼らの妄想は止まらない。

「もしや、俺達の知らない未知のパワーを授かる儀式とか…」

「口から毒ガスを吐き散らしたのでは?」

「実は回っていると見せかけながら移動して、気づいたときには背後に…」

 どんな曲芸師だ。

 そろそろ埒が明かないので、クロロが正解を伝えようとしたとき、リュックが閃いた。 

「そうか!わかったぞ!坊やはクラッチとダンスを踊ったんだな!」

「っそれならあの仕草は納得だわ!ダンスは優雅に見えてかなりハードな運動だものね。それで体力テストをしたのね」

「なんだーそうだったのか。それでクラッチくるくる回りすぎて目を回しちゃったんだね。なさけないなぁ」

「…そうかしら?」

「いや、なんかそこはかとなくあってるので、それでいいです」

 クロロは基本的に細かいことはあまり気にしない。

 結果が合っているので、もうそれでいいことにした。

「ふむ。クラッチの目を回したということは、君は彼より体力や根性があるとみた!うん、ナカー村までの護衛として雇おう!」

(そんなんで護衛を決めていいの?)

 クロロは心の中でツッコミを入れたが、せっかく雇ってくれると言っているので、お言葉に甘えることにした。

「短い間ですが、よろしくお願いします!」

「よし!そうと決まれば、ちゃんと自己紹介しとかないとな!」

 リュックはそういうと仁王立ちになって、自分を指差して言う。

「俺はリュック!この商団…といっても5人なんだが…のリーダーだ!基本的に日用品を売っている。よく、クラッチにうっかり者だと言われる!」

「続いては私ね。私はショル。主に衣服を売ってるわ。よく、クラッチに天然と言われるの!」

「はい、はーい!次は私ね。私はハティ!可愛い雑貨とか扱ってるの。よく、クラッチに考えなしって言われるよ!」

「最後は私ね。私はテリーヌ。扱っているのは宝石ね。よく、クラッチに『捨てないでくれ!』と言われるわ」

 彼らの自己紹介には、クラッチからの評価を言わなければならないというルールがあるのだろうか。

 最後のテリーヌだけは言われている台詞の分類が違う気がするのだが…。

「君はたしかクロロと言ったね。その年で旅人とはまたチャレンジャーだな」

「大丈夫です。僕はこれでも16歳なので!」

「っっ!なんだってーー!おい、聞いたか!この子16歳なんだと!この見た目で!?」

 また、こんな反応だ。

 クロロ自身は、自分は平均よりちょーっと小さいだけで、そこまで驚くことではないと思っている。

「なんてことなの…。よほど貧しい村で育ったのね…」

「そうか…お腹いっぱいたくさん食べられなかったから、なかなか背が伸びなかったんだね…。うっ、うっ…なんて可哀想なの…」

 するとそれが聞き捨てならなかったのか、今まで黙ってやり取りを聞いていたガイダンが思わずといった様子で言葉を発す。

「いや、クロロ殿は信じられない量をペロリと平らげるんだが…」

 しかしながら、彼の台詞は完全に無視された。

「短い旅路だが、その間はたくさん食べさせてあげるからな…。クラッチは大量の食糧を売ってるから、報酬の一部としてそれを食べられるようにしておくよ」

 リュックが勘違いしたまま、親切な申し出をする。

 クロロとしては嬉しいが、あまり食べすぎると売り物がなくなりそうなので、そこは自重しておこうと思うのであった。

「よし、それじゃあ自己紹介も済んだことだし、もういい時間だから各自解散して寝よう。明日はお昼ごろこの街を出発する予定だ。それまでは自由時間だから、必要なものは個々に買い足したりするなりしてくれ。お昼にシータ街北門に集合だ。それでは解散!」

 リュックはテキパキと支持を出すと、クラッチを抱えて部屋に戻って行った。

 リーダーだと言うだけあって、しめるところはちゃんとしめるらしい。

「リュックもう眠いんだね」

「そうね。あの人は自分が眠いときだけは、パッパと効率よく動くのよね」

 彼女たちの会話は聞かなかったことにする。

 その後、皆はリュックの指示通りそれぞれ部屋に戻って明日に備えることにした。


 翌朝、クロロは荷物をまとめて、約束の時間までシータ街の北側の地区を探検することにした。

 ちょうどこの地区だけまだ見て回っていなかったのだ。

 しばらくキョロキョロしていると、この周囲で一番目立つ建物を見つけた。

 しかしながら、それは一番目立つのと同時に今まで見た建物の中でも一番寂れていた。


 他の地区で探して見つからなかった建物、シータ街の神殿がそこにあった。

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