063.風呂場にて
クロロが2人の将来を心配している間に、パリシアはさらにゼリアに詰め寄っていった。
「お兄さま。気づいていたのかということは、お兄さまもクロロさんが女性だとご存じだったわけですよね?」
「い、いや…その…」
「それを知っていながら一緒の部屋やテントで寄り添って寝ていた…ということですわよね?」
「だから…それは…致し方なく…」
「よく知りもしない女性と一緒に寝るための致し方ない事情とはなんなのでしょう。野宿に関しましては、まぁ百歩譲って仕方がないとしましょう。では、同じ部屋で寝る致し方ない事情とは?」
「そ、その…あれだ…」
「あれではわかりませんわよ」
パリシアはしゃべる度にゼリアとの距離を縮めて行く、それに合わせてゼリアはどんどん後ろに下がっていたが、とうとうベットに足が当たり、そのままベットに尻餅をついてしまった。
必然的にゼリアはパリシアを見上げる形になってしまった。
下から見るパリシアは新鮮で、ちょっと兄の心をくすぐったが、彼女の表情を見るとその気持ちもすぐに引っ込んだ。
パリシアは能面のように、表情をなくして、兄を見下ろしているのだ。
ゼリアは観念した。
これはパリシアにはできれば黙っていたかったが、仕方がない…。
「…が…ったから…」
「何とおっしゃいましたの?聞こえませんわ、お兄さま」
「ううう…その…。金が…なかった…から…だ」
「お金ですって?…仮にも次期領主となる方の金銭が足りなくなる事態とはなんなんですの?」
パリシアが逃がしてくれない…ゼリアは情けくて泣きそうになりながら事の顛末を語った。
「そ…その…。俺はパリシアが攫われた手がかりを掴んだとき無我夢中で…、親父に報告に行くとか、護衛を連れて行くとか、路銀を確保しておくとか…全部頭から飛んでて…それで、着の身着のまま馬だけ借りて街を飛び出して来ちまって…」
それを聞いたパリシアは大きな目をさらに見開いた。
目が落っこちそうだ。
「お父様にここに来ていることを報告していないとはお聞きしていましたが…まさかお金も持たずに飛び出していただなんて…」
「…すまない…」
パリシアの言葉にめちゃくちゃ落ち込むゼリア。
兄の威厳として、この事情までは話したくなかったのだが、パリシアの迫力に負けてしまった。
…もういっそ、人さらいたちの尋問もパリシアに任せればうまくいくのではないだろうか…。
ゼリアは遠い目をしながら思った。
パリシアは一通りゼリアの話に納得したのか、彼から離れて、次は黙って様子を見ていたクロロの方に向き直った。
先ほどのやり取りを見ていたクロロは、ピキンと固まった。パリシアちゃん怖いよー…。
大男や超強面の男性の迫力には対してビビらないクロロだが、なんだか今のパリシアには逆らってはいけないような気がした。つまること気圧されている。
しかし構えていたにも関わらず、パリシアは自身のスカートを両手でつまんでクロロに向かって足を折り曲げながら優雅にお辞儀をした。
「遅ればせながら、私クリリ街の領主アゼパスの娘でパリシアと申します。この度は危ないところを救っていただきまして誠にありがとうございます。また、道中私の兄が大変お世話になりました」
「あ…いえ…どういたしまして」
クロロもヘコヘコと頭を下げる。パリシアのような優雅さは微塵もない。
「ですが、クロロさんに申し上げます。女性が年頃の男性と共に寝るのは今後控えた方がよろしいでしょう。クロロさんは大変な力の持ち主でいらっしゃるようですが、このご時世何が起こるがわかりません。それに、一般的に夫婦や恋人以外で年頃の男性と一緒の部屋で寝られるというのは大変はしたない行為です。これを機にご自覚なさいませ。…私でさえ、最近はお兄様と同じ部屋で寝ていただけないというのに…羨ましい」
最後の台詞は、周りに聞こえないような小声だったが、クロロにはバッチリ聞こえていた。
…完全にやきもちを焼いている。
ここは、彼女を安心させてあげなくては。
「ごめんねパリシアちゃん。いくら男装してるからって、ちゃんと女の子だってこと自覚しなきゃね。注意してくれてありがとう。…実はついこの間、別の男性たちとも一緒に旅したことがあって、そのときもずっと固まって寝てたからその癖がついてたみたいだ」
クロロの台詞にゼリアが焦ったように彼女を見た。
「クロロ!お前別の男にもあんなことを!?」
なんか言い方が嫌だ。
「あんなことっていうか…あの時はまだ簡易テントもなかったから、本当に着の身着のままの野宿だったけどね。あの人たちもお金も食糧も持ってなくて、ほっとけなかったんだよ」
クロロはハイルやギルのことを思い出して、ちょっとセンチメンタルな気分になった。
あれからそんなに経っていないが、元気にしているだろうか。
「で、ではクロロさんは、その…お兄さまに特別な感情をお持ちになっている訳ではないのですね?」
「もちろん」
「微塵もですか?」
「微塵もですよ」
「…そんな全力で肯定しなくてもいいじゃねぇか…」
ゼリアは自分とは何でもないんだと間髪を入れずに答えるクロロに、ちょっとショックだった。
「…なぁんだ、よかったぁ…。私お兄さまがクロロさんに取られてしまうかと思って、怖かったんですの。お兄さまは、まだ私のお兄さまでいて下さるのね…」
「パ、パリシア!なんて健気な子なんだ!お兄ちゃんはどこにも行かないよ!ずっとパリシアだけのお兄ちゃんでいるからな!」
「お兄さま!」
ひしと抱き合う兄妹。
完全に二人の世界になってしまった。
しかしながら、お腹が減ったクロロはその雰囲気を頑張って崩した。
「ふ、二人とも…そろそろガイダンさんが作ってくれた昼食を食べに行こうよ。それで、そのあとパリシアちゃんはお風呂に入ろう。今、結構汚れちゃってて気持ち悪いでしょ?」
クロロに指摘されたパリシアはしまったという顔をして、急いで兄から離れた。
「すみません、お兄さま。私このように汚れた格好でお兄さまに抱き着いておりました!お恥ずかしい!」
「気にするな。不可抗力だ。でも、クロロの言うように昼飯を食べたら、風呂に入ろうな。気持ち悪いだろ?」
「はい。そういたします。私もお腹が減っておりますし、昼食を頂きにいきましょう」
その後、一行はガイダンが準備してくれた昼食を食べた。
強面に関わらず彼の食事は繊細な盛り付けで、見た目にも楽しいものだった。もちろん味もよかった。
ガイダン曰く「置時計亭様専用の食事だからな」とのことだ。
ただ、さすがの彼もクロロの大食いには驚いていた。
「お前の体内は全部胃袋か!」と言いながらも、おかわりを大盛りで出してくれたところに彼の優しさを感じたクロロだった。
食事の後、ひとごこちついて一行は風呂場に向かった。
パリシアだけ入ってもよかったのだが、クロロやゼリアも先ほどの戦いでなかなかに汚れていたので、一緒のタイミングで入ることにした。
ガイダンに説明された通りに進むと、宿の奥の方に男女に分かれた風呂場があった。
ここで、パリシアとクロロは女湯に、ゼリアは男湯へと別れた。
風呂場で何気なくパリシアの方をみたクロロは目ん玉をひん剥いて驚いた。
彼女はそれはそれは素晴らしいプロポーションをしていた。
特に胸が…胸が…もんの凄い。たしかに彼女が身に着けていた洋服は、全体的にダボッとしていて身体つきがわかりにくかったが、まさかあの服の下にこんな豊満なものが隠れていただなんて!
ついでに腰つきも素晴らしい。なんなんだあのくびれ!
顔立ちだってとっても可愛らしいし…正直羨ましすぎる!こんちくしょう!
だがしかし、パリシアはパリシアでクロロの体型が心底羨ましかった。
小ぶりな胸は肩が凝らなさそうだし、小さな体は庇護欲をそそる。あれだけ力があるというのに、体つきは筋肉質どころか、ふわふわと柔らかそうで男性たちなら守ってあげたくなること間違いなしだ。
お肌も旅人とは思えないほど綺麗で、正直羨ましい。
結局、お互いがお互い無い物ねだりをしながら褒め合って、きゃいきゃい騒いで楽しい入浴時間を過ごした。ゼリアに対する誤解が解けた二人は、波長が合ったのか短時間で大変仲良くなったのである。
ちなみに女湯での会話が、男湯の風呂場に筒抜けで、話だけで2人の身体がどのようなものか知ってしまったゼリアが、必死に鼻を押さえていたことは余談である。




