061.ルチェル再起源
「…王族?なんで?」
クロロは何故力が強かったら王族扱いになるのかわからなかった。
王族とは何か特殊な能力を持つ人のことではなかったか。クロロはほんのちょっぴり人より力持ちらしいだけなのに。
「クロロ!お前こそ何言ってんだ?そんだけすごい力を持ってるなら王族以外ねぇだろ」
クロロは首を傾げる。
「王族って力持ちなの?」
ゼリアが信じられないものを見る目でクロロを見た。
「お前、まさか知らないのか?!王族はその血が濃ければ濃いほど、特殊能力の力も強いが、身体的な能力も桁外れに強い!現に、噂で聞いただけだがエルベス王国の王族なんかは、女性でも片手で成人男性を持ち上げられるしい。だからお前もどこかの国の王族の血が入ってるのは間違いねぇんだよ!じゃなきゃ説明がつかねぇよ!」
ゼリアの言葉にその場にいた全員がうんうんと同意する。人さらいたちもだ。何気にさっきから周囲に溶け込んでいる。
だが、クロロは顔の前で手をブンブン振りながら否定する。
「ないない。僕は山奥の村で生まれ育ったんだよ。王族なんてあるわけない。お父さんもお母さんも別にそんなこと一言も言ってないし。だいたいね、僕の村ではみんな僕より力持ちだし、ジャンプ力なんてすごい人は本当にすごいんだから。あっという間に山の天辺までぽんぽん飛んでいくんだもん。僕なんか全然追いつけなかったなぁ」
しばし思いにふけるクロロ。
そんなクロロの言葉に周囲はざわめく。
「ねぇ、あれ本当かしら…?」
「でも、あのマジョリカさんのお眼鏡にかなった子がそんな嘘つくわけないし…」
「でもあの子、さっき馬車の天井素手で壊してたわよ?そんな力がある人がわんさかいる村って何?」
「もしかして山奥の人って毎日過酷な生活をしてるうちに、信じられないような力がつくのかしら…?」
「そんなわけないじゃない!私も山奥出身だけど、普通よ。それなら訓練してる警備隊とか騎士団の人とかの方もあの子ぐらい強くなるはずでしょ?」
「そうよねぇ…」
「ああっ!もしかして…」
『うっふんマジョリン・パーットットゥー』の面々の一人が自身の顔の前で両手を叩いた。若い女の子がやるととても可愛らしい仕草だが、派手な化粧を施したガタイの良いおっさんがやるとかなりシュールだ。
「私、昔呼んだ悲哀の恋愛ものの物語で見たことあるの。各国の王族の中から、王族の責務が嫌になった人や後継者争いで敗れた人たちが集まってできた隠れ里があるって!もしかして、坊やはそこの出身なんじゃないかしら!?どう?どう?」
「えーっ!嘘ぉ。私も読んだことあるけどあれ半分空想のお話じゃない。確か…『ルチェルの再起源』だったかしら」
「そうよ。ルチェル王国に二度目の神の降臨があったときのお話しよ。庶民だった青年が旧王族を倒して、国王になるまでの物語。彼の傍らにはいつも一人の女性がいるの。それで、最後には彼女にプロポーズをするのだけれど、彼女は決して首を縦に振らなかった。そして1通の手紙を残して、青年の前からそっと姿を消してしまったの。残されていた手紙には青年が予想もしていなかったことが書かれていたわ。実は彼女は旧王族の生き残りだったの。昔、後継者争いで命を狙われた彼女は、両親と共に命からがら逃げて王族の隠れ里にたどりついていたのよ。そこで慎ましく暮らしていたのだけれど、自国で大革命が起きそうだという噂を聞いて、様子を見にそっと戻って来ていたの。そこで偶然知り合ったのが主人公の青年だったわけよ。…彼女自身は青年のことを言葉で表しきれないほど愛しているけれど、もし結婚して子供が生まれたら、結局は旧王族の血が残ってしまい、本当の意味での王族交代が成り立たなくなってしまう。それでは青年が命を懸けて行ったことが、丸々意味のない物になってしまう…。葛藤に耐えられなくなった彼女は、とうとう青年の前から消えることを決心したわ。青年は彼女の真実を知ってもなお、彼女を探すために力を尽くしたけれど、とうとう彼女は見つからなかった…というお話しよ。…はぁ~切ないわねぇ~。私このお話し大好き」
なんてことだ。『ルチェルの再起源』が完全にネタバレした。
結構面白そうな内容だったのに、オチまで聞かされてしまった。クロロはなんか悔しかった。
「まあ、このお話しは完全とはいかないけど、だいぶ色々事実を脚色してあるらしいけどね。確か…もう1500年くらい前のお話しらしいし」
「そんなに前なの!?だったら、話に出てきた王族の隠れ里なんて余計眉唾物じゃない」
「でもでも、それくらいしか私考えられないんだもーん」
そこからまた、男たちのぎゃぴぎゃぴした男子トークが始まった。
色んな恋愛ものの物語で盛り上がり始めた。
また始まったとガイダンは頭を抱える。
「すまねぇな。あいつら腕っぷしは確かなんだが…年頃の娘のような話題が大好きでな…俺には止められん。こっちはこっちで話を進めるか」
そう言って、彼はゼリアとパリシアとクロロの方に向き直る。
「で…だ。お前たちは今後どうするつもりだ?」
それにはゼリアが答える。
「とりあえず、まずはパリシアを連れてクリリ街に戻る。それで今回のことを親父たちに相談して、対策を練るつもりだ。パリシアもそれでいいか?」
「え…ええ。でも、帰りの護衛が心もとないですわ…」
パリシアはクロロの方を見た。
やはり、何故か険のある目をしている。だから何故だ。
「あらん?あなたたち、クリリ街に帰るの?それで、護衛がもっとほしいのん?」
おしゃべりに夢中になっていたと思われる『うっふんマジョリン・パーットットゥー』の一人が話に割ってきた。
「なんなら私たちが一緒に行ってあげましょうか?」
「え…?」
思ってもみない提案にゼリアが目を丸くする。
「実は明日、マジョリカさんのお店へ商品を届けに出発する予定があるのよん。どうせ行く方向も同じだし、護衛も兼ねてご一緒できるわよん。もちろん、護衛代はいただくけどねん」
そう言って彼は『バチコン』とウインクをした。なかなか強烈なウインクだ。
「いいのかよ!」
「いいのですか?」
ゼリアとパリシアは同時に言った。さすが兄妹。ちなみにクロロは出遅れた。
ちょっと心の中でのの字を書きたい。
「こっちも移動中にお金を儲けられるチャンスですからね。いわばビジネスよ。同志の坊や」
再び『バチコン』攻撃。さらには、せっかく忘れようと思っていた話題を蒸し返されてしまった…。
「うっ…いや、その提案は願ってもないんだが…同志というのはちょっと誤解があって…」
「え?誤解…?」
「俺は別にクロロが好きなわけじゃ…、いや友人としては大変好ましいんだが…」
「なになに?もしかしてまだ、恋人までいけてないの?」
「こ、こ、恋人!?」
ゼリアが真っ赤になる。
「なんてこと!見た目に寄らず奥手なのね!…いいわ!いいわよ!そういうの!」
「きゃー!嘘もしかして、超純愛なの?きゃー」
「頑張んなさいよ、坊や。この子可愛らしいから、もたもたしてたら別の人に盗られちゃ・う・ぞ!」
「いや、別に取られていい…」
「あー、もしかしてこの後、この子を狙う第三、第四のイケメンや美女が出てきて取り合っちゃったりするのかしら?」
「いやーん!いいわねそれ!それで、お互いすれ違いながらも、どんどん意識するようになるのね!」
「それで、それで!」
彼らの妄想は留まるところを知らない。
クロロとゼリアはすでに真っ青を通り越して、真っ白になっている。
ガイダンが可哀想な子を見る目で二人を見た。
「あいつらはほっといてもいいだろう。仕事はきっちりやる奴らだから、クリリ街までの護衛はしてくれるだろうぜ。ガキ、お前クリリ街の領主の倅らしいじゃねぇか。きっちり報酬ははずんでやれよ」
ゼリアは精神的にだいぶ疲れていたが、力なく頷いた。
そこでしばらく黙っていたパリシアが唐突に口を開いた。
「お兄さま。あのように強そうな方々に護衛していただけるのでしたら…クロロさんはもういらないのでは?」




