006.村の不思議
クロロはきょとんとして答える。
「どこで得た知識かと言われても…村のみんなに教えてもらっただけですよ。これだけじゃなくて、もっともっとたくさんのことを僕は知っています。僕の村では全員16歳になったら旅人として世界中を回るのが掟なんです。そのために16歳までは村で旅に必要な知識を教えてもらうんです」
「ちょっと待て。聞き捨てならねぇ!お前…そんななりして16歳なのか!?そんななりして!?」
「そんななりで悪かったな!僕は16歳だ!だから、村から出してもらえたんだ!なんだよ、ちょっとくらいでっかいからっていい気になるなよ!」
ギルの言葉にクロロがカチンときて言い返す。だがギルは一人でブツブツしゃべっていた。
「16歳…マジかよ…あんなことしちまったし、これは責任取らなきゃいけないんじゃ…」
なにやら真剣な考え事をしている。
そんなギルを無視してハイルが質問した。
「クロロ、それではその村はいずれ滅ぶのではないか?旅に出た人が全員村に戻ってくるという保証はどこにもないだろ?若者が外に出てしまったら年寄だらけの村になってしまうぞ」
「あ、それは大丈夫です。村の掟はいくつかあるんですが、旅に出た者は1年以上は村に戻れませんが、それ以降は必ず村に戻ってくるという約束があるんです。特に帰ってくるまでの期限は設けられてませんけど」
「しかし、外の世界で魅力的な土地や異性と出会って戻りたくなくなる者や、病気や怪我、最悪死んでしまって戻りたくても戻れない者も出てくるだろう」
「えっ!?…あ、あれ?そうか…そういうこともあるのか…?んんっ?でも、僕の村ではそういった人はいませんよ。みんなちゃんと外に出て帰ってきた人ばっかりです」
クロロは今初めてその事実に気づいたようだった。
しかしハイルの追及は止まらない。
「それはそうだろう。旅に出て戻ってきた人か、もしくはまだ旅に出ていない若者しか村にいるはずがないからな。クロロ、君の前に旅立った人で何人村に帰ってきた」
クロロはハッとしたように考え出した。しばらく考えていたが、どんどん顔が強張っていく。
「…いません」
クロロが呟くように言った。
「僕が村で最年少だったんですが、村で僕と一番歳が近かったのは僕の父親なんです。だからそもそも僕は前に旅立った人を見たことはないし、僕が生まれてから帰ってきた人もいません」
クロロはそのまま四つん這いになってうなだれた。
ハイル自分の失言を悟った。
大切な人を疑わなくてはならない辛さは、自分が今一番よくわかっていたはずなのに…。
「すまない。余計なことを言」
「僕…。よく考えたらお父さんより歳の近い人としゃべったのって初めてじゃない?!同年代の知り合いなんて初めてだった!これすごく大切なことですよ!」
「あ、ああ…。っく…、あはははは!君はそういう思考回路なのか!」
クロロはハイルがなぜそんなに笑うのかわからなかった。
一人ブツブツ言っていたギルもめったに聞かないハイルの笑い声に反応した。
「なんだハイル。なにか面白いことでもあったのか?」
ハイルは目元に涙を浮かべながら、羨ましそうな目でクロロを見た。
「クロロ、君は村人たちが自分に嘘をついているとは思わなかったのか。本当は村の掟なんて嘘で、自分を村から追い出して何か企んでいるとか、実は村人は誰も旅立ったことがないとか」
クロロはその言葉にキョトンとした。
「何を言ってるんですか?みんな僕の大切な人たちですし、みんなが僕を大切に育ててくれたのもわかっています。嘘をついてるなんて微塵も疑ったことはないです。お父さんなんて強がってたけど、僕の旅立ちの日なんて今にも泣きそうでこっちがハラハラしてたくらいですもん」
クロロは「それに…」とケラケラ笑いながら続けた。
「僕は生まれたときから、みんなの旅の話を聞いて育っています。子供一人騙すのに村人全員で作り話を考えたり、16年も時間をかけたりしないでしょう。それに僕はみんなのこと心の底から信じています。疑うなんて微塵も思いつきませんでしたよ」
クロロのあっけらかんとした言い分に、ハイルもギルもつられて笑ってしまった。
「そっかそっか、クロロはそもそも疑うってことさえ思いつかなかったのか!そうだよな。大切な仲間だもんな。信じてやんなきゃダメだったんだよな。…なんか、俺スッキリしたぜ!なぁ、ハイル。やっぱみんなのことは最後まで信じ切ってやんなきゃな!」
「…そうだな。俺たちは追い詰められすぎて、一番大切な部分を見えなくさせられてたのかもな。もしかしたら、この状況そのものがあいつらの狙いだったのかもしれんな」
クロロは何の話かわからなかったが、2人が元気になったのでまぁいいかと思った。
これまでの話の断片から、おそらく2人は誰かに追われてここまで逃げてきたが、仲間の中に内通者がいる可能性を考えていたのだろう。それなら初対面のときあれだけ殺気立っていたのも頷ける。
この2人のことは嫌いではないが、長くいればいるほど大変なことに巻き込まれそうな気がしてならないクロロだった。