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059.パリシアの救出と人さらいたちの誤算

 クロロはそう宣言すると、ひとっ跳びで馬車の屋根へ移動した。常人ではありえない跳躍力にゼリアも人さらいたちも唖然とする。

 彼女はそんな周囲の視線に気づかず、マイペースで内部にいるパリシアに話しかける。

「パリシアちゃん。なるべく馬車の前側に移動してくれるー?」

「え…?あ、はい…。何をなさるの?それに、あなたは誰?」

「ゼリア君と一緒にパリシアちゃんを助けに来た旅人だよ。今から馬車の天井引っぺがしちゃおうと思います」


 そして、クロロはおもむろに拳を固めて馬車の屋根の後部に振り落す。


 『バキッ、バキッ、バキッ、バキッ』

 『バリバリバリ』

 『ベリッベリベリベリ』


 何度も拳を叩きつけ、複数の穴をあける。

 そしてその穴から手を突っ込み、馬車の屋根を力任せにひっぺがしてゆく。

 この場にいる誰もが、信じられない光景を目にしている。

 特に鍵を飲みこんでまでパリシアを手放そうとしなかった細身の商人は開いた口がふさがらないようだった。

 なんかもうそのまま鍵を吐き出しそうな感じだ。


 あっという間に馬車の天井の半分がなくなった。

 クロロは残り半分の場所にから馬車の内部を覗きこむ。

 そこには、両手で口元を隠しながら唖然とした表情でこちらを見上げる少女がいた。ウェーブした長い髪は茶髪で見開いた瞳は琥珀色で見事にゼリアと同じ色合いだ。ただし、兄と違って髪の先の方だけが薄紫色をしている。彼女が貴族だと言うなによりの証拠だ。

 クロロは少女に向かって手を差し伸べた。

「パリシアちゃんだよね?さあ、この手に捕まって。引き上げてあげるよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 パリシアと呼ばれた女の子は恐々とクロロの手に捕まる。

「よっと」

「きゃ」

 クロロはパリシアをひょいっと引き揚げて、彼女を横抱きにして馬車から降りる。

 パリシアを地面に下すと、彼女は一目散にゼリアの方へ駆けて行き、抱き着きた。

「お兄さま!お兄さま!パリシアは…パリシアは信じておりました!わぁぁぁん!」

「パ、パリシアぁぁぁ!良かった!無事でよかったぜ!パリシアぁぁぁ!わぁぁぁん!」

 お互いにひしと抱き合い大声で泣き出す。2人とも互いの元気な姿を見て、緊張の糸が切れてしまったようだ。

 クロロも彼らの感動の再開を目にうっすら涙を浮かべながら見守っている。うんうん、よかったよぉ。


 だが、彼らが安心するのはまだ早かった。屈強な護衛の男たちこそ伸びているが、この場にはまだ人さらいたちがいるのだ。

「おい!お前たち、ぼーっとしてるな!大切な目玉商品が盗まれるぞ!」

「はっ!しまった!おい、応援はまだこねぇのか!」

「んんん!んふっ。なんか宿屋の裏口が騒がしいよ。もうみんな来たんじゃない!」

 男たちの台詞にはっと正気に戻ったクロロ一向。裏口の扉に目を向けると屈強な男たちがぞろぞろと出てくるではないか。

 すかさずゼリアが指示を飛ばす。

「クロロ!パリシア!ヤバイぞ、奴らの応援が来ちまう。あっちの柵の方から逃げるぞ!走れ!パリシアいけるか」

「ええ、お兄さま。せっかく助けていただいたんですもの。運動が苦手など言っておれませんわ」

「大丈夫だよ、パリシアちゃん!もし走れなくなったら僕が背負ってあげるからね」

 3人は柵の方へ向かって走り出す。

 しかし、なんと柵の方からもガタイの良い男たちが集まってきてしまった。

「っく…。一歩遅かったか…。おい、2人とも。俺がなんとか時間を稼ぐ。その隙に逃げてくれ」

「そんな!お兄さま、無茶ですわ。相手は10人以上いますのよ!」

「だが、もうそれしか方法はない…。クロロ!パリシアを頼んだぞ!」

 そう言って、ゼリアは痛む体に鞭打って戦いを挑もうとした、その時だ。

「その必要はねぇよ」

 宿屋の裏口から主人であるガイダンと呼ばれていた男が現れた。

「やっちまいな」

 彼のその一言で、集まってきた男どもが人さらいたちを次々に捕えて行く。

「な、なんの真似だお前たち!ガイダンこれは一体どういうことだ!」

 無精ひげの男が唾を飛ばしながら叫ぶ。

「いくつか理由はあるが…。ここに集まった奴らが、あのガキの味方をしたいって言ってきたのが一番の理由だな」

 そう言ってガイダンはゼリアの方を見てニヤリと笑う。

 事情が呑み込めず目を白黒させている彼を面白がっているようだ。

 その間も男たちはテキパキと人さらい3人組を縄で縛っていく。

 そして、あらかた片付いたとき、事に当たっていた男たちがゼリアに向かって近づいてきた。

 ただなんだか揃いもそろって歩き方が内股だ。

「坊やねぇ~。私たちの仲間に入りたいっていうのはー」

「あらやだ。想像してたよりももっと若いわぁ~」

「きゃー!お肌ツルツルよぉ!私嫉妬しちゃう」

「私たちぃ、街であなたたちの噂を聞いてどんな子が来るのか楽しみにしてたのよぉ」

「その年で心に決めた人だって男の子を紹介するなんて…そういうの燃えるわぁ!私も見習わなくっちゃ」

 なんと、シンディちゃんのいた宿屋での騒動がもうここまで広まっているようだ。そして、新たな同類を温かく迎えようとわざわざ集まって来たらしい。

 なんという情報伝達速度。恐ろしい。

 ゼリアはいろんな意味で青ざめる。

 ギギギと音がしそうな首の動かし方でパリシアの方を見る。

「どういうことなのお兄さま…?」

 不安そうな表情のパリシアが彼を見上げるようにして見ていた。

 その様子に男たちがざわめきだす。

「え?え?ちょっと待って…?お兄さま?」

「うそ…まさか、お兄さまの思い人が男の子だと知って妹ちゃんがそれを止めに来たの?」

「きゃー!修羅場よ、修羅場ー!」

「あぁあ、誰の味方をすればいいのかしら。同志の男の子?それとも思われ人の男の子?可憐な女の子?」

「ああーん。みんなそれぞれいい子そうで迷っちゃうわー」

 屈強な男(?)たちは完全なるお姉様言葉でぺちゃくちゃ喋りまくる。

「それにしてもビックリしたわよねぇ。どんな子が来るのかと思って『シロアリ』に集合したら、人さらいの商人たちに狙われてるんだもの」

「本当、本当。私たちの同志に何しようとしてんだって感じよね。えーい、このこのこの!前々から気に食わなかったのよ。この男たち!そもそも不細工ばっかりだし!感じ悪いし!」

「そうよ、そうよ」

「ぐえ、ぎゃ、痛い…痛てぇよ!やめろ!」

 彼らのうちの何人かが捕ええた男たちの頭をポカポカ殴る。ガタイがいいだけ、結構痛そうだ。


 『パンッ!パンッ!』


 男たちがぎゃいぎゃい騒いでいると、後方の方から手を叩く音が聞こえた。

「おらおら、てめぇらが騒いでたら全然話が進まねぇ。一先ず全員宿に入いんな」

 ガイダンが親指で裏口を指しながら、その場の全員を促す。

「その悪党共も連れて来な。ガキ共はそいつらに聞きたいことが山ほどあるだろうしな」

 チラリとクロロたちの方を見るガイダン。

 ゼリアは彼に向かって深々と頭を下げた。


「さぁってっと。こんな朝っぱらからよくも騒ぎを起こしてくれたもんだぜ。面倒くせぇ」

 全員が宿屋の食堂に集まったのを確認したガイダンは縄でぐるぐる巻きにされた人さらい3人組を見下しながら言った。

「畜生!ガイダン、てめぇ裏切りやがったな!この宿は客のことを詮索しねぇって言ってたじゃねぇか!この地区にはいろんな事情の奴がいるからって言ってたのは嘘だったのかよ!」

 髭面の男は怒りを露わにする。

「嘘じゃねぇさ。基本的には俺はどの客も平等に扱うし、特定の誰かを贔屓することもねぇよ」

「じゃあ何で今回俺達の邪魔をした!」

「さっきも言ったが、事情はいくつかある。まずはそいつらだ」

 彼が指差したのは、男たちの集団だ。

「運のねぇ奴らだよ。腕っ節の強い奴を連れてこいって言ったらしいが、この辺りで一番腕の立つ奴らってったら『うっふんマジョリン・パーットットゥー』の店員集団だってのに。そいつらがこのガキの妙な噂を聞いてて、ちょうどこっちに向かってたもんだから、てめぇの頼みを聞いた奴はこれ幸いとこいつらを連れて来ちまったってわけだ」

 ガイダンはおかしくて堪らないのかガハガハ笑った。

「んもう、びっくりしたわよ。報酬は弾むから、力を貸してくれって言われて案内されたのが目的地だったんだもの。それで、相手が私たちが会いたかった子だもの」

「そうそう。いくら報酬を弾むって言われても、同類を攻撃なんてできないわん」

「ええ。一目見たときから才能ありそうだったし」

「どっちの味方をするかなんて決まりきってたわよねー」

「ねー」

 ニコニコしながら「ねー」っと言い合う男(?)たち。えらく濃ゆい空間が出来上がってしまっている。

 しかしながら、クロロは聞き捨てならない台詞を聞いたような気がした。

「『うっふんマジョリン・パーットットゥー』?」

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