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058.クロロの反撃

 クロロは自分には戦いのセンスがまるでないと思っている。

 なぜなら村にいたとき、チャンバラごっこしても、なんちゃって組手をしても、手押し相撲ですらも誰にも勝てなかったからだ。

 だから、旅に出ても極力厄介ごとに巻き込まれないようにしようと誓っていたのだ。戦いになったとき誰が相手であろうとも自分はおそらく負けるから。

 だが、今はそんなことは言ってられない。

 か弱い女の子は売られる寸前、一緒に助けに来た男の子はやられてしまった。ここでやらなきゃ、女がすたる!


 クロロは自分につきつけられているナイフの刃を素手で掴んだ。

「でいやっ!」

 そして、掛け声とともにそれを握りつぶした。

「え?」

 クロロを人質にしていた男は唖然とした。今、目の前で起こったことに頭がついていかなかったのだ。

 気が付けば持っていたナイフの刃がバラバラになっている。どうしてこうなった?

 このナイフはさっきこの腕の中の少女が突然掴んで、それで…。

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 状況を理解した男は、あまりのことに腰を抜かして尻餅をついた。

 クロロは片手でその男の胸倉を掴み、グイッと持ち上げた。…クロロの身長が足りなくて、彼の足はまだ地面に引きずられているが。

「お前ぇ!そんなに脱いだ肌を見たいなら自分で脱げぇ!」

 クロロは男の服をもう片方の手でがしぃっと掴むと、ビリビリに破いた。

「きゃぁぁぁー」

 男はまさかそんなことをされるとは思っていなかったのか、恐怖と恥ずかしさでやけに女っぽい叫び声を上げた。誰得だ。

「破廉恥なことをされる女性の気持ちがわかったか!」

 どうやらクロロは破廉恥なことをされる女性の気持ちをわからせたかったようだ。

 男は両手で自身の肌を隠しながら、こくこくと頷く。

「ならばよし!その辺で寝ていろ!」

 クロロはもう用はないとばかりに、男を放り投げた。

「ぎぃやぁぁ!」

 彼はきれいな放物線を描いた末、頭から地面に叩きつけられてピクリとも動かなくなった。

 

 クロロは放り投げた男の最後を見ることなく、次のターゲットをロックオンして向かって行く。

「くっ、来るなぁぁぁ!」

 彼女に狙われたのは、口をあんぐり開けてこちらの様子を窺っていた護衛の男だ。さっきまでゼリアと戦闘をしていたのだが、一緒に戦っていた相方がゼリアを仕留めたため、ぼーっと突っ立って成り行きを見ていたのだ。

 仲間があっさりやられる光景を見てパニックになっていたが、さすがに戦闘を生業にしている者だけあって、クロロが向かってきたときには、咄嗟に剣を抜いていた。

 クロロは懐に入れていた懐刀を抜いて応戦する。

 そして両者の刃物が交わったとき、先ほどのゼリアのときと同じく、金属と金属がぶつかると音がすると思われたが…。


『スパッ』


 まるで、包丁で大根を切ったかのような音がかすかに響いただけだった。

 そしてそのすぐ後、クロロと刃を交えた護衛の剣の刃が真横に切れて地面に落ちた。

 ついでに、彼の髪の毛の大部分も一緒に切れたようで、はらはらと散っていく。

「う…そ…」

 そう呟き、引き攣った顔でクロロの方を見た。

 彼女はすでに次の攻撃態勢に入り、刀を縦横無尽に振るいまくっていた。男の顔すれすれを何度も何度も刃が通っていく。彼女が刀を振るうたびに、何やら不吉な「ザンッ!ザリッ!ザザザ!」という音が耳につく。

 クロロの攻撃は唐突に止んだ。

 最後の一太刀を終えたクロロは「チン」という軽い音を立てながら懐刀を鞘に納めた。

 少し遅れて、男の目に飛び込んできたのは大量の髪の毛だった。

「あ…あ…。ま、まさか…」

 彼は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る自分の頭に両手を置いた。

 ない。彼の大切な…大切な…髪が…ない。

 年の割にふさふさで仲間たちからも一目置かれていた髪が。

「ぎゃあぁぁぁぁ」

 男はショックのあまり、頭を抱えながら両膝をついて、そのまま白目を向いて倒れてしまった。

「ふっ…。せめてもの情けだ。毛根を残しておいた。髪は…命だから…」

 クロロは髪の毛に対して慈悲深いのだ。

 

 2人目の護衛も沈めたクロロの目はすでに、ゼリアの髪を鷲掴んでいる最後の護衛の男に向けられている。

 彼女は無言で彼に近づいていく。

「く、来るな。化け物めぇ!」

 彼女の奇行を目の当たりにした男はゼリアの頭から手を離し、一目散に逃げ出した。

 だが、クロロは彼を逃がすつもりはなかった。

「誰が化け物だ!お前の顔面の方がよっぽど化け物だ!この不細工ー!」

 クロロは乙女に言うにはあんまりな台詞に怒り、彼を追いかけ、そして追い抜き、正面に対峙すると、彼の顔面に拳をお見舞いする。

 まともにそれを食らった男は、顔をひしゃげながら、しばらく中を舞ってだいぶ離れたところにどさっと落ちた。

 すでに男は気を失っていたが、クロロは彼の下へ行くと、襟首をつかみながら「パパパパパ」と往復ビンタを繰り出した。

 彼女的には手加減をしているつもりだが、元々の力が強すぎるため見る見るうちに彼の顔は膨れ上がっていった。もはや元の顔の面影すらない。クロロの復讐ここに極めり。


 さあ、残りは主犯格の人さらいだけだ。

 クロロは彼らの方を見た。

 だが様子がおかしい。彼らは多少青ざめてはいるが、何故か勝ち誇った表情でニヤついている。

「なにがおかしいの」

「けっけっけ。お嬢さん、見た目に寄らず凄まじい戦闘力じゃねぇか。…だがな、いくら強くても数の力には敵わねぇだろうぜ」

「ひっひっひ。実はさっき2階で騒いだときに、宿泊客たちにも応援を頼んでおいたのさ。もしものときのために、この街の腕利きの奴らを集めてきてくれってな」

「んふんふ。そういうことだ。今頃は街のゴロツキたちをたくさん集めて来てくれてることだろうよ」

 彼らの言葉にゼリアは焦る。

 クロロの戦闘力は想像を遥かに超えていたが、さすがに不特定多数の男たちから攻められるのは不利だろう。自分もさっきの戦いで体力を使った上、ダメージも負っている。これ以上の戦闘はさすがにキツイ。こうなれば、とっととパリシアを助け出して、この街から脱出するしかない!

「ちっ、そういうことか!こうなりゃ時間との勝負だ!」

 ゼリアは主犯格の男たちに剣を向けながら叫ぶ。

「馬車の鍵を持ってる奴は誰だ!今素直に鍵を渡せば痛い目みなくてすむぞ!」

 すると反射的に、無精ひげの男と小太りな男が同時にチラリと細身の男の方を見た。

 ゼリアはニヤリと笑う。

「てめぇだな。とっとと出すもん出せや!」

 どんどん口が悪くなるゼリア。もはやどちらが悪役かわからない。

「っち!てめぇらこんなわかりやすい陽動に引っかかりやがって」

 細身の男は悪態をつく。

「誰が渡すか!苦労してやっと手に入れた貴族の娘だぞ!あいつは絶対やらん!絶対にだ!お前たちみたいなガキに盗られるくらいなら…」

 そう言って、彼は懐から小さな鍵を取り出した。

 そして大口を開けたかと思うと、あろうことかその鍵を飲みこんでしまった。

「なんだとっ!」

「ひっひっひ…。さぁ、どうする?どうする?もうこれであの子は馬車から出られないぞ。もたもたしてるうちに応援が来て、お前たちはお陀仏だ。ひっひっひ」

「どちくしょう!今すぐ吐けぇ!」

 まさかそんな手段に出るとは思わず、ゼリアは焦る。

「けっけっけ!やるじゃねぇかガリオー!」

「ひっひっひ。できればこんな手は使いたくなかったがな。まぁ、王都へ行けば合いカギぐらいあるだろう」

「んふんふんふ。お嬢さんはそれまで馬車から出られなくなっちゃうけど、別にいいか。どうせ綺麗な状態で売らなきゃいけないから、僕とはお遊びできないし」

 商人たちの台詞に青ざめるゼリア。

 最終手段として馬車ごと移動しようと周りに目をやるが、通りに出るための道に柵が張られていて、人は通れるが馬が通れる隙間はない。おそらく馬車の出入りの時だけその柵を開けるのだろうが、一見しただけでは開け方がわからない。馬車の盗難防止用に少々複雑にしてあるようだ。今、これを解析して開ける時間はない。まさに万事休すだ。

 ゼリアが両手両膝をついて項垂れる。

「ちくしょう…。ここまで来て…」


「ちょっとゼリア君。何項垂れてるの?早く立って」

 ゼリアが絶望していると、クロロにペチペチと背中を叩かれた。地味に痛いが、ゼリアの気持ちはそれどころではないので突っ込まない。

「だけどよ、クロロ…。馬車の鍵がないんじゃパリシアを助けられない。馬車ごと逃げようにもあの柵が邪魔で通れねぇ。どうすりゃいいんだよ!」

「じゃあ、馬車を壊せばいいじゃない」

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