057.戦闘開始
大声を上げたのは細身で目が細く出っ歯の男だった。街道の宿屋のおかみさんが示したニンソウの一つにそっくりだ。
「おい!起きろお前たち!大切な商品が盗まれる!」
男は上の階に向かって叫ぶ。
「やべぇ!あの野郎応援を呼ぶ気だ!早くパリシアの方へ行かねぇと!」
そう言って、ゼリアは素早く裏手に続く扉へ駈け出した。クロロもそれに続く。
2階からはバタバタと人の走る音と共に「どうした」だの「急げ!」という声が聞こえてくる。
「パリシアー!どこだー!」
宿屋の裏手は思っていたより広かった。申し訳程度の屋根が付いた厩に複数の馬車が泊まっている。
ゼリアが叫んでいると、一番大きな馬車からか細い声が聞こえた。
「だれ…?」
クロロはすぐにゼリアの腕を引いて、声のした馬車へ向かう。
「ゼリア君!あの馬車から女の人の声がしたよ!」
「なんだって!?パリシア、パリシアなのか!?」
「その声は…おにいさま…?」
今度は、先ほどよりもハッキリ声が聞こえた。これはゼリアにも聞こえたようだ。
「パリシア!パリシアー!」
ゼリアは声のする馬車に飛びついた。
その馬車の上部には格子付の小窓が付いており、彼はそこから中の様子を窺った。
すると、そこには多少やつれてはいるが、五体満足な妹の姿があった。
「パリシア!無事でよかった!」
「おにいさま…本当にお兄様なのね!?」
「可哀想にパリシア。こんな狭くて不衛生な場所に閉じ込められて…。すぐにお兄ちゃんが助けてやるからな!」
そう言ってゼリアは馬車の前方に回り込み、扉を開けようとした。
だが、そこには鍵がかかっておりビクともしない。
「っち。やっぱり鍵がかかってやがる。おい、パリシア!扉からなるべく離れていてくれ!こうなったらこの扉を壊す!」
「危ない!」
まさにゼリアが剣を構えて振りかぶろうとした時、クロロが叫んだ。
ゼリアは反射的にその場から飛びのいた。
すると、一瞬前にゼリアがいた場所に誰かのナイフが突き刺さる。
「ちっ。よく避けられたな。…ダメだなぁ坊や。盗みは犯罪だぜぇ」
ゼリアとクロロが聞きなれない声のする方を見ると、そこには街道の宿屋のおかみさんが選んだニンソウそっくりの3人組と、ガタイの良い男の3人組の計6人が立っていた。
「けっけっけ。なんだよ、慌てて来てみればガキが2人商品を盗もうとしてやがらぁ」
「ひっひっひ…。なんだ、明るい場所で見て見れば案外2人とも器量よしじゃねぇか。しかも、片方は貴族…。こりゃあ王都で高く売れるぞぉ…。じゅるり」
「んふんふんふ。これぞ飛んで火に入るその辺の虫だ。こいつらも売って、その金で王都の可愛子ちゃんと…むふむふむふぅ」
人さらいの主犯格であろう3人組は、パリシアを取り返しに来ているのがまだ若い少年たちだけだと知り強気だ。あろうことか2人も捕えて売ってしまおうと計画している。
さらには、ゼリアが貴族だということまで目ざとく気づいているようだ。
ゼリアの貴族色は右手の人差し指と薬指の爪にしか出ていないというのに。ちなみに鈍いクロロは何日もこれに気付かず、彼に馬鹿にされた。
「おいおいおい。こいつらをおとなしくさせるのは誰だと思ってんだい。ちゃんと俺らにも依頼料はずんでくれるんだろうな」
「けっけっけ。もちろんですとも旦那。さぁ、ちょちょいのちょいっとやって下さいよ」
護衛たちは、それぞれ腰につけた剣を抜き、クロロたちに詰め寄ってくる。
「クロロ、下がっとけ!ここは俺がやる!」
ゼリアはクロロを下がらせると、護衛の1人に切りかかる。
ガキンッと金属と金属がぶつかり合う音が周囲に鳴り響く。
「っち。思ったより力があるな」
ゼリアと剣を合わせた男が呟く。
「ああ、そうかい。でも、俺は力だけの男じゃねぇぜ!」
ゼリアはそう言うと、すぐさま後ろに下がり、その場で90度回転して隣の護衛に襲い掛かる。
まさか、いきなり標的を変えてくるとは思っていなかったのか、襲い掛かられた護衛はとっさに剣を振りかぶったものの、間に合わずまともにゼリアの攻撃をくらった。「ぐっ…」という呻き声とともに地に伏せる。
「ぼーっとしてるからだぜ!」
それから、ゼリアは残り2人の護衛たちを相手に素早い動きで立ち回る。
激しい戦闘が始まった。
ゼリアは護衛の男2人を相手に互角以上の戦いぶりを披露した。
時には敵の剣を受け止め、いなし、僅かな隙をついて急所を狙った攻撃をしかける。
だがしかし、敵は服の下に帷子などを着ているのか、ゼリアの攻撃を何度か受けているにも関わらずダメージが少ない。
「はあ、はあ、はあ」
それに比べて、一対二の不利な状況で戦っているゼリアは徐々に体力が持たなくなってきている。
しばらく粘っていたが、とうとう敵の1人が放った蹴りをまともに受けてしまった。
「がはっ!」
たいした装備を身に着けていないゼリアはその一撃で地面に叩きつけられ、起き上がるのが困難になってしまう。
「はぁはぁはぁ、まったく…手こずらせやがって…」
倒れたゼリアに近づいた男は、彼の髪を鷲掴みにして顔を寄せ、そっと呟いた。
「まぁ、どっちにしろお前はもう降参するしかないんだがな」
「っ!どういうことだ」
ゼリアが顔を顰めながら吐き捨てるように言うと、男は彼の髪を掴んだまま顔の方向を変えさせる。
するとゼリアの視界に、最初に沈めたはずの男によって人質に取られたクロロの姿があった。
クロロは先ほどまで、ゼリアの応援をしていた。
「ああああ…。危ない!あ、よかった。わわわわ!だから危ないってぇぇ…」
ハラハラしながら戦闘の行方を見ていたのだが、あまりにそれに熱中しすぎて、背後から近づいてくる男に気付かなかったのだ。
突然腰に手を回されて、首にナイフを突きつけられたときにはビックリした。
ちょうどその瞬間、ゼリアの方も相手の蹴りを食らって地に伏せてしまった。
そして、強制的に頭を掴まれてクロロの方を見させられている。そんな現状。
そんな中、クロロを人質にしている男が唐突に彼女の身体の至る所を触り出した。
「ぎゃー!何するの!気持ち悪い!」
「おい!ご依頼者さんたちよぉ、あんたら本当ついてるぜ!こいつ女だ!」
商人たちの目つきが変わった。
「マジか!けっけっけ!ついてる、ついてるぞ!若い女は貴族の次に高値で売れる!」
「ひっひっひ。今回の商品は貴族の女に、貴族の男、若い女…儲けを想像するだけで涎が止まらねぇ」
「んふんふんふんふ…若い女…オイラちょっと味見してもいいかなぁ…ぺったんこのお胸がちょっと残念だけど…」
ちなみに彼らの会話でクロロが一番腹が立ったのは、最後の「ぺったんこのお胸」のところだったりする。
「クロロ!ちくしょう!俺が守ってやらなきゃダメだったのに…」
一方でゼリアはクロロを守れなかった事実に打ちひしがれている。
「せっかくだし、ちょっとお肌を見せて俺達にサービスしてくれよ!」
クロロの身体を弄った憎っくき男は、首に突き付けていたナイフで彼女の服の胸元を切り裂こうとした。
だが、一向に刃が服に入らない。
「あれ?おかしいな。どうなってやがる」
「そんなへなちょこナイフでこの服が切れるわけないじゃないか。それよりも、よくも触ったな!それからお前!誰がぺったんこのお胸だ!言わせておけばぁ!もう怒ったぞ!ボコボコにしてやるー!」
男たちはまだ知らない。
この場で一番怒らせてはいけない人物の堪忍袋の緒を切ってしまったことに。




