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056.シロアリ到着

 宿屋からある意味命からがら逃げてきた2人は、道中の露店で食糧を補給したりしながら東側の地区へ向かう。また、人さらい集団と戦闘になったときのために、ゼリアには剣も購入しておいた。クロロには一応懐刀があるので今回武器の購入はなしだ。

 買い物の合間にクロロたちは街の人からシータ街についての詳細な話を聞くことができた。


 シータ街は街道沿いの1軒の宿屋から始まった。ある時からそこが王都とエルベス王国へ向かう分岐点としてちょうど良い場所になり、次第に多くの人々が利用するようになった。そうなると必然的に宿屋や食料品店などが増え、いつの間にか今のような大きな街になったのだ。ただ、計画してできた街ではないため、人々が好き勝手店を構えたり、畑を作ったりして、結果ハチャメチャな並びの街になってしまった。なので、クリリ街のように明確な商店街があるわけでも道が綺麗に整備されているわけでもなく、かなり複雑に入り組んだ街並みになっているそうな。

 そして肝心の宿屋『シロアリ』がある東側の地区は、この街の最も古い場所の1つで、大変複雑な街並みになっているとのこと。それ故、誰かから身を隠したいもの、人には言えぬ商売をしているもの、元犯罪者などが集まりやすくなっているらしい。


「クロロ。怖いんならどこか安全な場所で待っててくれてもいいんだぜ」

「それはできないよ。だって僕は君が無茶しないように見張らないといけないんだから」

「お前まだそんなこと気にしてたのか。金で依頼されてる訳でもないのによ」

「乗りかかった船だもん。それにここまで来たら、パリシアちゃんの無事を見届けないと旅の続きができないよ」

 クロロがそう言って笑うと、ゼリアは彼女の方へクルリと向き、真剣な面持ちで両肩を掴んだ。

「聞いてくれクロロ。真面目な話だ。俺は正直お前を守りながら、パリシアを救出する自信がない。商人たちだけを相手にするなら問題ないが、おそらく奴らは腕のたつ用心棒を雇っているだろう。俺は剣術には自信があるが、そいつら相手にどこまでやれるかわからない。本音を言えば怖くて、今すぐにでも逃げ出したい。だが、パリシアを見捨てて逃げるなんて絶対に嫌だ」

 そこまで一気に言って、ゼリアはガバッと頭を下げた。

「もしも…もしもだ…パリシアとクロロどちらかしか助けられない状況になったら、俺は迷わずパリシアを助ける。それだけはわかっていてくれ。…すまない」

 まさか、ゼリアから謝罪を聞く日が来ようとは…。出会った当時からは考えられないほど彼は精神的に成長した。

 彼はこの台詞を言うのに、どれだけ覚悟を決めていたのだろう。

 彼の気持ちを思うと、クロロはなんだか子を思う母親のような気持ちになった。うんうん、これが母性ってやつか。

 クロロは少々背伸びをして、彼の頭をなでなでした。

「いいんだよ。いいんだよ。ゼリア君。パリシアちゃんをちゃんと救うんだよ。それに僕は旅人だから、ちょっとくらい戦えるよ!」

「そうか…。本当にすまねぇ。…あの、そろそろ撫でるのやめてくれねぇか。むちゃくちゃ恥ずかしい」

 ゼリアは周りの人々から、微笑ましいものを見るような眼差しが痛かった。


 東側の地区は噂で聞いた通り、むちゃくちゃ入り組んだ街並みになっている。

 道は細かったり太かったりマチマチで、時折見かける店はボロボロだったり新しかったり…。まさに無秩序というのがふさわしい。

 その辺を歩いている人々も、人相のあまりよろしくない者たちが多い。たまに片腕がない者や、指の数がちょっと足りない人もいる。

 クロロは初めて体験する雰囲気にドキドキしていた。あの人たちどうして身体の一部がないんだろう。生まれつきかな、それとももしやかの冒険者ウララのように、天空から襲い掛かってきた獰猛な鷹と戦ったのだろうか!?それなら是非とも話を聞きたい!だがしかし、今はパリシアちゃんの救出が先だ。致し方ない、またの機会にしよう。

 クロロがキョロキョロしながら妄想を膨らませていると、いつの間にかゼリアが通行人に声をかけていた。おそらく『シロアリ』の場所を聞いているのだろう。いけない、いけないよそ見してたらはぐれちゃう。

 少しすると、彼は話し相手に礼を言って戻ってきた。

「『シロアリ』は結構有名な宿みえてぇだな。そもそもこの地区には『シロアリ』以外の宿はねぇから当然かもしれねぇが…。詳しい道も聞いてきたから、早く行こう!」

 それから2人はしばらく曲がりくねった道や、分かれ道を何度も通り、目的地に到着した。

 ここからが本番だ。中で何が起こってもおかしくはない。

 2人は互いに頷き合って、宿屋の扉を開けた。


 最初に目に飛び込んできたのは、しんと静まり返った店内だ。

 ちょうど日も高くなって、さあこれからだという時間にも関わらず誰もいない。店の人ですら見かけない。結構気合を入れてたのに拍子抜けだ。

 仕方なく、受付のカウンターらしき場所で少々大きな声を出してみることにする。

「すみませーん。誰かいませんかー?」

 …返事がない。

 しようがないので、もう一度挑戦してみる。

「誰かいませんかー!すみませーん!」

 ふむ…どうやら本気を出すときが来たようだ。

 クロロはめいっぱい息を吸い、腹の底から声を上げようとした。

 その瞬間、

「うっせぇな!今何時だと思ってやがる!まだ昼前だぞ!」

 店の奥から寝癖だらけのひげ面の男性が出てきた。

「っち、ガキ共がっ!どっから迷い込んできやがった!シッ、シッ。とっとと失せな!」

 男はクロロたちを追い払う仕草をしたかと思うと、再び店の奥に戻ろうとした。

「ち、ちょっと待ってくれ!俺達は別に迷ってここにたどり着いたわけじゃねぇ!人を探してるんだ!たぶんこの宿に泊ってるはずなんだよ!」

 ゼリアが慌てて男を引き止める。

「あ゛あ゛っ?そんなこと俺の知ったこっちゃねぇな。だいたい、ここの営業は昼ぐれぇからだっての。俺を含めたいていの連中は朝方まで酒を飲んでるからな!こんな時間に起きて行動する奴なんていねぇよ。ガハハハハ!出直して来な!」

 ゼリアは一瞬拳を固め、目の前の男を殴ってやりたい衝動に駆られた。

 以前の彼なら、すぐに相手をぶん殴っていたところだが、クロロと一緒に旅をするうちに一度冷静に考えるという習慣がついていた。

 今、どうすればいいのか。感情的になってはいけない。そんなことをすれば、目の間の男は余計に口を閉ざすだろう。今、奴らがここにいるのか、いないのかそれだけがまず知りたい。

 ゼリアは考えた末、男に向かって堂々と頭を下げた。

「俺の妹が先日クリリ街で攫われた。その犯人らしき連中を追ってここまで来た。頼む、俺は妹を助け出したい。せめて人身売買をしてそうな連中がまだこの宿にいるのか、そうでないのかだけ教えてくれ。いや、下さい」

 しばらく沈黙が続いた後、男の口から「はぁ~」というため息が聞こえてきた。

(やっぱダメか…)

 ゼリアが内心しょんぼりしていると、彼の頭の上にいきなりズッシリとした重みがのしかかってきた。

「いよぉ、ガキ。てめぇ、ただのチンピラかと思ったが、案外人ができてんじゃねぇかよ。ここで感情的になるならぶん殴って追い出してたとこだぜ」

 男はニカッと笑って、クロロとゼリアを見た。

「ここは腐っても宿屋。お客人の情報はおいそれとしゃべれねぇ…。だから、これは俺の独り言ってことで…。数日前から大きな馬車に乗った3人組がこの宿に泊まってる。あいつらは今日の昼には王都に向かって出発する手はずだったかな。ちょうどこの宿の裏に馬車が泊まってる。おそらく商品もその中だろうな」

 そこまで言って、男はチラリとゼリアを見た。

「そういえば、ちょうど数日前から夜になると外から女のすすり泣きの声が聞こえてくるって噂が流れてるな。泊まってる連中は女の幽霊がどうのこうの言っていたが…。俺からすりゃ幽霊なんてこの世に存在しないがな。そうだな、そんな声を出すのは生きてる女だけだ」

 話を聞いたゼリアは、見る見る間に泣き笑いの表情になった。

 パリシアはまだ生きている。

 それも、今この場所のすぐ近くで!

 ゼリアはすぐさま宿屋の裏手に行こうとした。色々喋ってくれた男も右手の親指で傍にある扉を示している。

 その途端。

「てめぇ!ガイダン!俺達を売りやがったな!!」

 宿屋の2階に続く階段から、大声が聞こえた。


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